月光書房 ・ 巳の刻 ・ 昼前
この巻について
巳の刻。朝の慌ただしさがようやく一段落し、町がゆるやかに、けれど確かに動いている刻である。
この巻の十二編に、大きな事件は起こらない。銭湯の番台、八百屋の店先、床屋の鏡、公園の将棋盤、花屋の水、保育園の砂場、交番の窓、診療所の待合室、蕎麦屋の岡持ち、縁側の陽だまり、骨董市の埃、昼前の畑――そこにあるのは、名もない人々の、ありふれた、けれどかけがえのない一齣だけだ。
昼前の淡い空を見上げれば、明け方まで見えていたミラ彗星の名残が、まだかすかに残っている。日常とは、その小さな光を毎日見落としながら、それでも続いていくもののことだ。