月光書房
戌の刻 ・ 宵 ・ 第 一 話

飴色の灯りの下で

温井 湊人
現代・団欒 ・ 約25頁

午後七時の台所には、いつも同じ匂いが立ちこめる。だしの湯気と、炊きたての飯の甘さと、それから母がさっき点けたばかりの換気扇が吸いきれずに残していく、油のかすかな苦みと。その三つが混じりあった匂いを、私はたぶん、この世でいちばんよく知っている。目をつぶっても、その匂いのなかを、台所の板の間から茶の間へ、迷わず歩いていける。

橙色の灯りが、食卓の上にひとつ、灯っている。

天井から吊りさげられた笠つきの電灯で、笠は飴色のプラスチック製、もう二十年も使っているから、灯りをつけると内側の埃までうっすら透けて、光がほんの少しくすんで見える。その、くすんだ橙色こそが、私にとっての夕餉の灯りだった。青白い蛍光の下では、この家の飯はどうしても味気なく見えてしまう。母もそれを知っているから、茶の間の蛍光灯はいつも消したまま、卓の上のひとつだけを灯して、私たちはそこに集まる。

灯りにはひもがついていて、そのひもの先には、木彫りの小さな魚がぶらさがっていた。誰がつけたのか、いつからそこにあったのか、私は知らない。物心ついたときには、もう、その木の魚がぶらさがっていた。引くと、かちり、と乾いた音がして、灯りがともる。もう一度引くと、常夜灯の、豆粒ほどの小さな橙にかわる。もう一度引くと、消える。三つの引き加減を、私の手は、目をつぶっていても覚えている。この家のどこにいても、あの木の魚のひもの位置を、私は間違えない。

灯りというのは、不思議なものだと思う。ひもを一度引くだけで、暗かった部屋が、まるごと、べつの場所になる。さっきまで、ただの暗い四角い空間だったところに、飴色の光がひろがって、そこに、卓があり、椅子があり、母の背中があり、父の座る場所があらわれる。灯りが、家族の輪郭を、ひとつずつ、闇から呼びだしてくる。灯りをつけるとは、そこに人がいることを、もう一度、たしかめる所作なのかもしれない。

「湊、手ぇ洗った」

台所から母の声が飛んでくる。私はもう十四で、手を洗ったかどうかを訊かれる歳ではないつもりでいたけれど、この家ではそういうことになっていた。訊かれれば、洗った、と答える。実際には洗っていないこともあって、そういうときは黙って洗面所へ立つ。今日は洗ってあったので、洗った、と正直に答えた。

「ほんとに」

「ほんとに」

母は疑いぶかそうに一拍おいてから、まあいいわ、というふうに鍋の蓋を持ちあげた。とたんに、白い湯気がふわりと立ちのぼって、換気扇のほうへ吸われていく。その湯気の一瞬の形を、私は妙にはっきりと覚えることがある。角度によっては、灯りの光を受けて、湯気の縁が金色にふちどられて見えるのだ。母の手もとで、湯気がひとつ、灯りをくぐって消えた。

今夜は鍋だった。冬のはじまりの、まだ本格的に寒いわけではないけれど、日が落ちるとすっと足もとが冷える、そういう時季の鍋。母は「中途半端な鍋」と呼んでいる。真冬のようにあれもこれもと具を放りこむわけではなく、白菜と豆腐と、鶏団子と、あとは冷蔵庫の隅に残っていた春菊を、思いだしたように足す。父はこの中途半端な鍋がいちばん好きだと言う。理由を訊いても、うまく言えないな、と笑うばかりだった。

私は台所の入口に立って、母の手もとを見ていた。まな板の上で、母の包丁が、白菜を横にすべっていく。とん、とん、と、規則正しい音。母は手もとを見ずに、ときどき窓のほうへ目をやったり、私のほうを見たりしながら、それでも包丁は正確に白菜を刻んでいく。長い年月のあいだに、母の手が、包丁と白菜のことを、すっかり覚えてしまったのだろう。私が母の年になったとき、私の手も、こんなふうに、何かを覚えているのだろうか。

「見てないで、箸でも並べて」

母が言った。私は戸棚から箸を出して、卓に三膳、並べた。父の箸、母の箸、私の箸。父の箸はいちばん長くて、先が少し欠けている。母の箸は塗りが剥げて、下のほうの木が見えている。私の箸は、いちばん新しい。三膳を、それぞれの席の前に置く。この、箸を並べるという、なんでもない所作を、私は毎晩、繰り返してきた。三膳。いつも、三膳。それがあたりまえだった。四膳でも、二膳でもなく、三膳。私たちは、三人だった。

「父さんは」

「まだ。もうすぐ帰るって」

母は答えながら、卓の上に土鍋を置く敷板を敷いた。木の敷板は、長年の熱で真ん中あたりが黒く焦げている。その焦げ跡の形も、私はよく知っている。犬の横顔に見える、と小さいころに言ったら、父が「たしかに犬だ」と大真面目にうなずいたので、それ以来この敷板は「犬」ということになっていた。犬を出して、と言えば、母は敷板を出す。

「犬、こっち」

「はいはい」

母が敷板を私のほうへ滑らせてくる。私はそれを卓のまんなかに据えて、位置をきちんと直した。土鍋がそこに来ると、卓の中心が決まる。中心が決まると、私たちの座る場所も自然と決まる。父はいつも窓を背にした席、母は台所にいちばん近い席、私はそのあいだの、犬の焦げ跡がちょうど正面に見える席。決めたわけではないのに、いつのまにかそういうことになっていた。

玄関のほうで、鍵のまわる音がした。

「ただいま」

父の声だった。少しくぐもって、疲れた声。けれどその疲れは、悪い疲れではないことが、声の張りでわかる。仕事の帰りの、ちょうどよく疲れた声。私はなぜか、この「ただいま」の声を聞くと、腹の底のあたりがふっとゆるむのを感じる。ずっと張っていたわけでもないのに、ゆるむ。

「おかえり。ちょうどいいとこ」

母が台所から言う。父は上着を脱ぎながら茶の間へ入ってきて、卓の上の灯りと、まだ具の入っていない空の土鍋を見て、「お、中途半端」と嬉しそうに言った。

「中途半端で悪かったわね」

「ほめてるんだよ」

父は手を洗いに洗面所へ行き、戻ってくると、窓を背にした自分の席に腰をおろした。座るときに、いつも小さく「よっこいしょ」と言う。この「よっこいしょ」を、母は昔からからかう。まだそんな歳じゃないでしょう、と。父は、もう十分そんな歳だよ、と返す。二人のこのやりとりも、私が物心ついたときから、少しも変わらない。

母が土鍋を運んできて、犬の上に据えた。カセットコンロに火をつける。かちり、と点火の音がして、青い炎が土鍋の底をなめはじめる。この青い炎だけは、橙の灯りのなかで、はっとするほど冷たい色をしている。けれどその冷たい色が、これから鍋を温める。灯りは橙、炎は青。その二つの色が、卓の上でいっとき同居する。

「湊、学校どうだった」

父が箸を割りながら訊いた。

「べつに」

「べつにって」

「べつには、べつにだよ」

「なんだそれ」

父は笑った。私は自分の返事のそっけなさを、少し後ろめたく思う。訊かれれば、べつに、としか言えない。言えないのではなくて、言葉にすると嘘になりそうな気がして、言わないのだ。学校で今日、何があったか。数学の小テストがあって、返却された答案の点数がまあまあで、昼休みに友だちと下らないことで笑って、六限の途中で外がもう暗くなりはじめていることに気づいて、なんとなく心細くなった。そういうことを全部ひっくるめて、べつに、になる。父も母も、たぶんそれをわかっている。だから、べつに、で許してくれる。

「まあ、べつにが一番だよ。何もないのが一番」

父はそう言って、まだ煮えていない土鍋の白菜を、箸でつついた。

「つつくと、煮えるの遅くなるでしょ」母が言った。

「そうなのか」

「そうなの。落ちついて待ちなさい」

父は、はい、と子どもみたいに返事をして、箸を置いた。母は、父にたいしても、私にたいしても、ときどき同じ口調で言う。落ちついて待ちなさい。せっかちな父と、せっかちな私は、二人とも、待つのが下手だった。母だけが、待つのが上手だった。鍋が煮えるのを待つのも、父の帰りを待つのも、私が大きくなるのを待つのも――母は、いつも、ゆっくりと、待っていた。

鍋が煮えるまでには、いつも少し時間がかかる。その待つあいだの時間を、私は好きだった。することがない。ただ、土鍋のなかで白菜のふちが透きとおっていくのを見て、豆腐が湯のなかで小さくふるえるのを見て、灯りの下で待つ。母がそのあいだにお茶を淹れる。父がその日あったことを、たいして面白くもない話として、ぽつぽつ話す。会社の後輩がどうしたとか、駅前の店がまた変わっていたとか。

「そういえば」と父が言った。「今日、帰りに空を見たら、変な星が出てたな」

「星」

「星。西のほう。低いとこに、青っぽいのがひとつ。あんな星、いつもあったかな」

母が急須を持ったまま、窓のほうを見た。この家の茶の間には、西向きの窓がひとつある。夜はいつも、母がカーテンを引く。けれど今日は、まだ半分だけしか引いていなくて、カーテンの隙間から、宵闇の空がひとすじ、細く見えていた。

「ほんとだ」

母がつぶやいた。私も見た。カーテンの隙間、まだ完全に暮れきらない、藍色に沈みかけた空のなかに、たしかに星がひとつ、青白く光っていた。ほかの星とは光り方が違う。ほかの星が、遠くで小さくまたたいているのにたいして、その星だけは、まっすぐに、静かに、蒼く冴えている。まるで、家々の窓にともりはじめた灯りと、どちらが明るいか競っているみたいに。宵の空の低いところで、その一点だけが、青く、澄んでいた。

「彗星じゃない」母が言った。「前に新聞で見た。なんとかっていう、何十年に一度の」

「ミラ、とか言ってたかな」父が首をかしげる。「ミラ彗星。うん、そんな名前だった気がする」

「へえ」

私は箸を置いて、しばらくその星を見ていた。青い星。橙の灯りの下で、湯気の立つ土鍋を囲みながら、カーテンの隙間の向こうに見える、たったひとつの青い星。妙な取り合わせだと思った。ここは温かくて、明るくて、橙色で、外はもう暗くて、寒くて、その暗さのなかに、あの星だけが冷たく光っている。私たちはこの窓のこちら側にいて、あの星はずっと遠い、手のとどかないところにある。

「引いちゃおうか、カーテン」母が言った。

「いや」父が止めた。「たまにはいいだろ。あの星、見ながら食おう」

母は少し笑って、急須を置いた。カーテンは半分開いたまま、そこに残された。青い星は、そのまま、私たちの夕餉のあいだ、ずっと窓の隅にいた。

考えてみれば、私たちの家の灯りも、外から見れば、あの星と同じなのかもしれなかった。夜道を歩く誰かが、私たちの家の窓を見あげたら、そこには、橙色の窓明かりがひとつ、灯っている。カーテンの隙間から漏れる、あたたかそうな光が。その人は、たぶん、こう思う。あの窓の向こうには、団欒があるのだろう、と。湯気の立つ食卓があって、家族が笑っているのだろう、と。

けれど、その人には、なかは見えない。父が「うまいか」と何度も訊くことも、母が「熱いから気をつけて」と言うことも、犬の焦げ跡の敷板のことも、青いマッチのことも、何ひとつ見えない。ただ、橙色の窓明かりが、ひとつ、灯っているだけだ。私たちが、あの青い星を、遠くの一点の光としてしか見られないのと、同じように。

灯りは、遠くから見ると、みんな、ひとつの点になる。そのなかにある、無数の小さな所作や、言葉や、味は、外からは見えない。だから、灯りは、いつも、少しだけ、さびしそうに見えるのかもしれない。どんなにあたたかい団欒も、外から見れば、たったひとつの、小さな光でしかないのだから。

鍋が煮えた。

母が最初に、私の取り皿に白菜と豆腐と鶏団子をよそってくれる。この家では、なぜか最初によそわれるのはいつも私だった。父ではなく。母は「湊が育ちざかりだから」と言うけれど、たぶん理由はそれだけではなくて、ただ、いつのまにかそういう順番になっているだけだ。父はそのことに一度も文句を言わない。私の皿に湯気の立つ具が盛られるのを、少し目を細めて見ている。

「熱いから、気ぃつけて」

母は毎回そう言う。私はもう十四で、鍋が熱いことくらい知っているのに、母は毎回、熱いから気をつけてと言う。私も毎回、わかってる、と返す。このやりとりも、決まりごとだ。

鶏団子を口に入れると、なかから熱いだしがあふれた。母の鶏団子は、少しだけ生姜が効いている。ほんの少し。子どものころ、生姜が苦手だと言ったら、母はそれ以来、鶏団子の生姜をぎりぎりまで減らした。けれど完全にはなくさなかった。「これくらいは入れないと、味がぼやけるのよ」と言って。だから私の知っている鶏団子は、いつも、ほんの少しだけ生姜の効いた鶏団子だ。ほかのどこで食べる鶏団子とも違う、この家の味。

「うまいか」

父が訊く。

「うまい」

「そうか」

父は満足そうにうなずいて、自分の皿にも白菜をよそった。父は白菜のいちばん外側の、繊維の多い硬いところが好きで、いつもそこを選んで取る。母は逆に、真ん中のやわらかい葉を好む。私はどこでもいい。だから鍋のなかで、外側は父のもの、真ん中は母のもの、残りは私のもの、というふうに、なんとなく分かれていく。誰が決めたわけでもないのに、私たちの箸は、それぞれ違う場所へのびていく。ひとつの鍋のなかで。

湯気が、灯りのほうへのぼっていく。橙の光を受けて、湯気のふちが金色に光る。父の顔も、母の顔も、その灯りのなかで、少し赤らんで見える。鍋の熱のせいか、灯りの色のせいか、たぶん両方だ。私は自分の顔もきっと同じように赤らんでいるのだろうと思う。この橙色は、人の顔を、いつもより優しく見せる。

昼のあいだ、家族の顔というのは、はっきり見えすぎる。青白い光の下で、母の目じりのしわも、父の白くなりはじめた髪も、くっきりと見える。けれど、宵の橙の灯りの下では、そういうものが、みんな、やわらかくぼやける。しわも、白髪も、疲れも、灯りが優しく溶かしてしまう。だから、夕餉の食卓の父と母は、いつも、昼よりも少しだけ、若く見えた。灯りが、時間を、そっと巻きもどしているみたいに。

私は、思う。人は、明るすぎる光の下では、たぶん、ほんとうのことを話せない。すべてが見えてしまう光の下では、人は、少し身がまえる。けれど、この、少しくすんだ橙の灯りの下では、なぜか、心がゆるむ。見えすぎないから、話せる。べつに、と答えても許される。そういう、ちょうどいい暗さと、ちょうどいい明るさの境目に、夕餉の灯りは、灯っている。

「そういえばね」母が言った。「今日、お隣の奥さんに会ったのよ」

「ああ、あの、犬飼ってる」

「そう。あそこの息子さん、今度、東京の大学に行くんですって」

「へえ。もうそんな歳か」

「うちの湊も、あっというまよ、きっと」

母がそう言って、ちらりと私を見た。私は聞こえないふりをして、豆腐を口に運んだ。あっというま、という言葉が、なぜか少し胸にひっかかった。あっというまに、私も大きくなって、この家を出ていくのだろうか。東京の大学に行くのだろうか。そのとき、この鍋は、どうなるのだろう。母と父の二人だけの、中途半端な鍋。私のいない食卓。橙の灯りの下に、二人だけ。

そのことを考えると、なぜか、胸のあたりが、しんとした。

まだ何も失っていないのに。私はここにいて、鍋はまだ煮えていて、灯りは灯っていて、父も母もここにいる。何も失っていない。それなのに、その「あっというま」という言葉ひとつで、私は、まだ来てもいない未来の喪失を、先取りして、しんとしている。

「湊、どうした。ぼうっとして」

母が言った。

「べつに」

「またべつにか」父が笑う。

「べつには、べつにだって」

私はもう一度そう言って、鶏団子をもうひとつ取った。ほんの少し生姜の効いた、この家の鶏団子を。今、味わっておかなくてはいけない気がした。理由はわからなかったけれど。

「そういえば、湊」父が、思いだしたように言った。「お前が小さいころ、この鍋のこと、なんて呼んでたか、覚えてるか」

「覚えてない」

「ぐらぐら、って呼んでたんだ」父が笑った。「鍋がぐらぐら煮えるからな。ぐらぐら食べたい、って、よく言ってた」

「ぐらぐら」

母も笑った。「そうそう。ぐらぐら、ぐらぐら、って。かわいかったのよ、あのころは」

「今はかわいくないみたいな言い方だな」

「今は、ねえ」母は、わざとらしく私の顔をながめた。「まあ、これはこれで」

私は、少し、むっとしたふりをした。けれど、ほんとうは、少し嬉しかった。私が覚えていない私のことを、父と母は、覚えている。ぐらぐら、と鍋を呼んでいた、小さな私。その私は、もういない。けれど、父と母のなかには、まだ、いる。私が忘れてしまった私を、二人が、覚えていてくれる。それは、なんだか、心強いことのように思えた。私という人間は、私ひとりでできているのではなくて、父と母が覚えている私も、たしかに、私の一部なのだ。

だとしたら、と、私はふと思った。父と母がいなくなったら、あの、ぐらぐらと呼んでいた小さな私も、いっしょに、消えてしまうのだろうか。誰も覚えていない私が。

そのことは、あまり、考えたくなかった。私は、ぐらぐら煮える鍋のなかへ、また箸をのばした。

食事の途中で、母が春菊を足した。

「春菊、あんまり煮ると苦くなるから、さっと」

母はそう言って、洗った春菊を土鍋のふちのほうにそっと沈める。緑の葉が、湯のなかで、みるみる濃い緑に変わっていく。その色の変わりようが、私は好きだった。生の春菊のくすんだ緑が、熱を通すと、はっとするような鮮やかな緑になる。灯りの橙のなかで、その緑だけが、別の生きものみたいに冴えて見える。

「春菊、湊は嫌いだったよな、昔」父が言った。

「今は食べるよ」

「そうか。いつのまに」

「いつのまにか」

父は、そうか、と何度もうなずいた。私が春菊を食べられるようになったことを、父はなぜか、しみじみと喜んでいるようだった。子どもが苦いものを食べられるようになる。それだけのことなのに。けれど、父にとっては、それは何か、時間のようなものの証なのかもしれない。私が、少しずつ、大きくなっていくことの。

私は春菊をひとつまみ、口に入れた。苦い。でも、その苦さのなかに、なぜか少し、甘さのようなものもあった。あるいはそれは、私がそう感じたかっただけかもしれない。灯りの下で、家族と囲む鍋のなかの春菊は、どこか、ただの春菊とは違う味がした。

鍋が半分ほどに減ったころ、父が立ちあがって、台所へ行った。

「なに」母が訊く。

「マッチ。ろうそくのマッチ、どこだっけ」

「ろうそく」

「いや、コンロの火が、なんかちょっと弱い気がして。ガス、切れかけてるのかもしれん。予備の、あの小さいコンロ用の」

母が「マッチなら、台所の、換気扇の下の引き出し」と言った。父が引き出しをあける音がした。がたがたと、なかを探る音。それから、「あった、これか」という声。

父が戻ってきた。手に、小さなマッチ箱を持っている。私はそれをなにげなく見て、少し目をとめた。藍色の、きれいなマッチ箱だった。うちにあるいつものマッチ箱ではない。表に、細い三日月がひとつ、銀色で刻まれている。

「それ、どうしたの」私は訊いた。

「ん、これか」父はマッチ箱を裏返しながら言った。「ずいぶん前のだな。どこでもらったんだったか……そうだ、あれだ。母さんと、まだ結婚する前に、変な古本屋に入ったことがあってな」

「古本屋」

「うん。路地の奥の、月光書房、とかいう名前の。その店でもらったんだ、これ。おまけみたいに。青いマッチだから、覚えてる。月光堂の、とかなんとか、店の人が言ってたな」

母が、急に懐かしそうな顔をした。

「あったわね、そんな店。一度きりしか行ってないのに。次に行こうとしたら、もう、どこにあったか、わからなくなっちゃって」

「あの夜も、変な星が出てたな。そういえば」父がふと窓のほうを見た。カーテンの隙間で、青い星は、まだ光っていた。「あんな星が」

二人はしばらく、その星を見ていた。私は、二人が私の知らない時間を持っていることに、少し不思議な気持ちになった。父と母にも、私のいない時代があった。二人だけで、路地の奥の古本屋に入って、青いマッチをもらった夜が。そのころ、私はまだ、この世のどこにもいなかった。それなのに、その夜のマッチが、今、この食卓の上にある。

父はマッチ箱をあけて、一本すった。しゅっ、と乾いた音がして、橙色より少し赤い、小さな炎が灯った。その炎で、父は予備のコンロには火をつけず、ただ、消えかけていたテーブルの上の――いや、コンロの火はちゃんとついていて、父は結局、なにに火をつけるでもなく、その一本のマッチが燃えつきるのを、じっと見ていた。

「なにやってんの」母が笑った。

「いや」父も笑った。「なんとなく、火、見てただけ」

マッチの炎は、指のところまで来て、父がふっと吹き消した。細い煙が一すじ、灯りのほうへのぼっていった。青いマッチ箱は、そのまま卓の隅に置かれた。三日月の銀色が、橙の灯りを受けて、鈍く光った。

鍋がほとんど空になった。最後に残った白菜の芯を、私が取った。父の好きな硬いところだったけれど、父は「食え、食え」と言って、私に譲った。

締めは、いつもうどんだ。母が茹でておいたうどんを、残っただしのなかに入れる。だしはもう、白菜と鶏団子と豆腐の味が全部溶けこんで、濃くなっている。そのなかでうどんが煮える。うどんが煮えるあいだの、また少しの待ち時間。

「腹いっぱいだ」父が腹をさすった。

「まだうどん入るでしょ」

「入る。それとこれとは別」

私は笑った。父はいつもそうだ。腹いっぱいだと言いながら、締めのうどんは必ず食べる。それとこれとは別、と言って。そして、うどんを食べたあとで、また「腹いっぱいだ」と言う。

「湊も、大きくなったら、わかるよ」父が言った。「腹はいっぱいなのに、締めは別腹、っていうのが」

「もうわかるよ、それくらい」

「そうか。もうわかるか」

父は、少し寂しそうな顔をした。私が「もうわかる」と言うたびに、父は、少し寂しそうな顔をする。私が大きくなること、私が父の言うことを先回りしてわかるようになること――それは、父にとって、嬉しいことのはずなのに、なぜか、少しだけ、寂しそうだった。子どもが親を追い越していくというのは、そういうことなのかもしれない、と、今の私は思う。あのときは、わからなかったけれど。

母が、うどんの茹で加減を見ながら、言った。「湊が『もうわかる』って言うようになったの、いつからかしらね」

「さあ。いつのまにか、だな」父が言った。

いつのまにか。この家では、たいていのことが、いつのまにか、だった。私が春菊を食べられるようになったのも、いつのまにか。私が「もうわかる」と言うようになったのも、いつのまにか。そして、たぶん、あの、なんでもない夜が終わってしまったのも――いつのまにか、だった。

うどんが煮えた。母がまた、最初に私の皿によそう。だしの染みたうどんは、鍋のなかでいちばんうまい。私はそう思っている。具はごちそうだけれど、締めのうどんは、その日の鍋の、全部の味の、最後の集まりだ。今日の白菜も、豆腐も、鶏団子も、春菊も、全部、このうどんのなかに溶けている。

「うまいか」父が、また訊く。

「うまい」

「そうか」

父は、それだけで満足そうだった。父がこの一言を、一晩に何度言うか、私は数えたことがある。たいてい、三回か、四回。うまいか。うまい。そうか。この短いやりとりを、父は飽きもせず、繰り返す。私も、飽きもせず、答える。

食べおわった食器を、母が流しへ運んだ。私はテーブルを布巾で拭いた。鍋のあとのテーブルは、だしの飛んだ跡や、こぼれた汁で、少しべたついている。それを拭いていくと、飴色の灯りの下で、テーブルの木目が、また滑らかに光った。犬の焦げ跡の敷板を、私は棚の定位置にしまった。

台所の流しのほうでは、母が食器を洗っている。私は、ときどき、その母の背中を見るのが好きだった。橙の灯りは茶の間のほうにあるから、台所の母の背中は、少し暗くなる。その、半分だけ灯りのあたった母の背中を、私は、なんとなく、見ている。母は、洗い物をしているとき、いちばん静かになる。昼間のよくしゃべる母でもなく、夕餉のときの、あれこれ世話をやく母でもなく、ただ、黙って、手を動かしている母。その背中には、私の知らない母がいるような気がした。私が生まれる前の、青いマッチをもらった夜の母が。

「湊、拭いてくれる」母が、洗った皿を、水切りかごに立てながら言った。私は布巾を持って、母のとなりに立った。母が洗い、私が拭く。皿を一枚、母から受けとって、水滴を拭き、棚にしまう。もう一枚、受けとる。この、母と並んで洗い物をする時間も、私は、嫌いではなかった。何も話さなくてもいい。ただ、皿が、母の手から、私の手へ、わたされていく。冷たい皿と、あたたかい母の手。二人の手のあいだを、皿が、ひとつずつ、行き来する。

「お母さんが小さいころはね」母が、ふと言った。「うちも、こうやって、みんなで洗い物したのよ。おばあちゃんが洗って、お母さんが拭いて」

「へえ」

「おばあちゃんも、こうやって、皿をわたしてくれたの。今の、お母さんみたいに」

母の手から、また、皿がわたされる。その皿を受けとりながら、私は、ふと思った。この所作は、母から、そのまた母へ、ずっと、さかのぼっていくのだ。皿をわたす手と、受けとる手。灯りの下の、台所の、この、なんでもない所作が、何十年も、何百年も、母から子へ、わたされてきた。そして、いつか、私も、誰かに、こうして皿をわたすのだろうか。私の知らない、まだ生まれていない、誰かに。

父はテレビをつけた。たいして見たいものがあるわけでもないのに、食後の父は、いつもテレビをつける。ニュースが流れている。どこか遠い国の話。父はそれを、見ているような、見ていないような顔で眺めている。ときどき、うん、とか、へえ、とか、独り言のように相づちを打つ。

父がテレビをつけるのは、たぶん、見たいからではなくて、音がほしいからだった。しんとした部屋が、父は苦手だった。だから、食後になると、いつも、テレビの音で、部屋を満たす。その音のなかで、母が洗い物をして、私が宿題をして、父がうたた寝をする。ばらばらのことをしているのに、同じ部屋で、同じ灯りの下で、同じ音を聞いている。それが、団欒というものの、いちばん静かなかたちなのかもしれない。何かを一緒にしているわけではない。ただ、同じ光のなかに、いる。それだけで、団欒だった。

一度、私は父に訊いたことがある。どうして、いつもテレビをつけるの、と。父は少し考えて、「うーん、静かすぎると、なんか、落ちつかなくてな」と言った。「音があると、みんなが、ちゃんとここにいる気がするんだ」と。そのときは、よくわからなかった。今は、少しわかる。父は、たぶん、こわかったのだ。しんとした静けさが。そのなかに、いつか、誰もいなくなる日が来ることが。

母が台所で洗い物をする音がする。水の流れる音と、食器の触れあう音。その音を聞きながら、私は茶の間にいる。宿題をやらなくてはいけないのに、なんとなく、まだ立ちあがれずにいる。テーブルの上の橙の灯りが、まだ温かい。

窓のほうを見た。カーテンの隙間で、あの青い星は、まだ光っていた。少し、位置が変わった気がする。さっきより、ほんの少し、西へ傾いた。星は動く。私たちがこうして飯を食っているあいだにも、あの星は、ゆっくりと、空を渡っている。何十年に一度の星。次にあの星が来るとき、私はいくつになっているだろう。父と母は。

そのことを考えたら、また、胸がしんとした。

「湊」母が台所から呼んだ。「お風呂、先に入っちゃいなさい」

「うん」

私は立ちあがった。けれど、立ちあがってから、なぜか、もう一度、茶の間を振り返った。

父がテレビの前にいる。橙の灯りの下で、少し赤らんだ顔で、テレビを見るともなく見ている。母は台所で、洗い物をしている。換気扇の音と、水の音。テーブルの上には、まだ橙色の灯りがひとつ、灯っている。窓の隙間には、青い星。台所の隅には、三日月の刻まれた、青いマッチ箱。

なんでもない、いつもの夜だ。

言い合いがあって、笑いがあって、いつもの味があって、父が「うまいか」と何度も訊いて、母が「熱いから気をつけて」と言って、犬の敷板を出して、締めのうどんを食べて、そして今、それぞれが、それぞれの場所にいる。

こういう夜が、これからも、ずっと続くのだと、私はそのとき思っていた。あるいは、思おうとしていた。あっというま、という母の言葉が、まだ胸の隅にひっかかっていた。あっというまに、私は大きくなって、この家を出て、そしていつか――そのいつかのことは、うまく考えられなかった。考えたくなかったのかもしれない。

けれど、なぜだろう。その夜のことを、私はやけにはっきりと、覚えている。何十年たっても。

――今、私は、あの夜のことを書いている。

もう、あの家はない。父も、母も、もういない。橙色の灯りも、飴色の笠つき電灯も、犬の焦げ跡の敷板も、どこへ行ったか、わからない。私は、あの夜からずいぶん遠いところまで来てしまった。

けれど、目をつぶると、今でも、あの匂いがする。だしの湯気と、炊きたての飯の甘さと、換気扇が吸いきれなかった油のかすかな苦み。橙色の灯りの下で、湯気が金色にふちどられて、灯りのほうへのぼっていく。父が「うまいか」と訊いて、私が「うまい」と答える。母が「熱いから気をつけて」と言う。

あのとき、私は知らなかった。あの、なんでもない一夜が、これほど尊いものだということを。何も失っていなかったから、その尊さが、わからなかった。失って、はじめて、わかった。あの橙の灯りの下の時間が、一度きりの、もう二度と戻らない、かけがえのないものだったということを。

あの夜、母が言ったのだ。

締めのうどんを食べおわって、父がテレビをつける前の、ほんの短いあいだ。母がふと、台所のほうから、小さな声で歌ったのだ。誰に聞かせるでもなく、洗い物をしながら、口ずさむように。

眠れ、眠れ、星が海をわたるまで――。

古い子守唄だった。私が小さいころ、母が寝かしつけるときに、いつも歌っていたもの。もう、寝かしつけられる歳ではなかったのに、その夜、母はなぜか、それを歌った。洗い物をしながら。青い星が、窓の隙間で光っているのを、たぶん見ながら。

眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。

私は、そのとき、なぜか、その歌を、聞かないふりをした。照れくさかったのかもしれない。もう十四だったから。けれど、聞いていた。ちゃんと、聞いていた。今でも、その旋律を、覚えている。母の声で。

母が、なぜ、あの夜、その歌を歌ったのか、私にはわからない。ただ、お隣の息子さんが東京の大学へ行くという話をしたあとだったから、もしかしたら、母も、あのとき、同じことを考えていたのかもしれない。あっというまに、私が大きくなって、この家を出ていく日のことを。そして、そのずっと先の、もっと遠い日のことを。

母は、私を寝かしつけていたころのことを、思いだしていたのだろうか。まだ、私が小さくて、母の腕のなかで、その子守唄を聞きながら眠っていたころのことを。星が海をわたるまで――その歌のなかで、星は、海をわたって、どこか遠くへ行く。そして、また、めぐって、帰ってくる。母は、たぶん、そういう歌として、それを歌っていた。行っても、また、帰ってくる。眠っても、朝には、目がさめる。大きくなっても、その子は、また、帰ってくる。そういう、祈りのような歌として。

私は、あの夜、その祈りを、聞かないふりをして、聞いていた。今なら、母に言えるのに。ちゃんと、聞いていたよ、と。あの子守唄を、ずっと、覚えているよ、と。けれど、もう、母はいない。私が「聞いていた」と言える相手は、もう、どこにもいない。だから私は、こうして、書いている。母に、届かない言葉を、それでも、書いている。聞いていたよ、母さん。ちゃんと、聞いていた。

星は、海をわたる。

あの青い星――ミラ彗星は、あの夜、宵闇の空を、家々の灯りと競うように、蒼く昇っていた。そして、ゆっくりと西へ傾き、やがて、私たちの見えないところへ、渡っていった。何十年に一度の星。次にあの星が巡ってくるとき、私は、もう、あの食卓にはいない。父も、母も、いない。

けれど、星は、また来る。同じ空を、また、蒼く横切る。そのとき、どこかの家の窓のカーテンの隙間から、誰かが、あの星を見あげるだろう。橙の灯りの下で、湯気の立つ食卓を囲みながら。「変な星が出てるな」と、誰かが言うだろう。「彗星じゃない」と、誰かが答えるだろう。そして、その一夜もまた、その人にとっては、あたりまえの、なんでもない一夜であり、そして、いつか、かけがえのないものになるのだろう。

私は、あの夜を、書いておこうと思った。橙の灯りと、湯気と、鶏団子のかすかな生姜と、犬の焦げ跡と、青いマッチと、母の子守唄を。何も失っていないと思っていた、あの、いちばん豊かだった夜のことを。

台所の引き出しの奥に、今も、あの青いマッチ箱がある。

父の遺品を整理していたとき、見つけた。三日月の刻まれた、藍色のマッチ箱。もう、なかのマッチは、湿気で使えないかもしれない。それでも私は、それを捨てられずに、今も、自分の台所の引き出しの、いちばん奥に、しまってある。

ときどき、それを取りだして、一本すってみようかと思う。しゅっ、と乾いた音がして、橙色より少し赤い、小さな炎が灯る――あの夜、父がそうしたように。けれど、いつも、すらずに、また、しまってしまう。その一本を、いつのために取っておきたいのか、自分でもわからない。

たぶん、私は、あの炎が消えるのを、もう一度見たくないのだ。父が、ふっと吹き消した、あの細い煙が、灯りのほうへのぼっていくのを。

今夜、私の台所にも、灯りがひとつ、灯っている。

蛍光灯ではなく、わざわざ、橙色の電球にした。あの、飴色の笠つき電灯を探したけれど、同じものは、もう、どこにも売っていなかった。それでも、色だけは、近いものにした。青白い蛍光の下では、飯が味気なく見えるから。母が、そう教えてくれたから。

私は、ひとりで、飯を食う。もう、鍋を囲む人はいない。「うまいか」と訊く人も、「熱いから気をつけて」と言う人も、いない。それでも、私は、橙の灯りをつける。湯気の立つものを、つくる。だしの匂いを、台所に満たす。

窓のカーテンを、半分だけ、開けておく。

そこから、宵の空が、細く見える。今夜は、あの青い星は、いない。何十年に一度の星だから、そう簡単には、来ない。けれど、いつか、また来る。そのとき、私は、この橙の灯りの下で、湯気の立つ食卓に、ひとりで座って、あの星を見あげるだろう。そして、たぶん、小さな声で、歌うだろう。

眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。

なんでもない一夜は、その夜には、なんでもない。ただ、あたたかくて、少しうるさくて、いつもの味がするだけだ。それが尊いものだと、そのときは、誰も知らない。知らないまま、私たちは、飯を食い、言い合い、笑い、灯りを消して、眠りにつく。

それでいいのだと、今の私は思う。

尊さを知りながら過ごす夜は、きっと、少し、悲しすぎる。知らないからこそ、あの夜は、あんなに豊かで、あんなに、なんでもなかった。父が「うまいか」と何度も訊けたのも、母が「熱いから気をつけて」と毎回言えたのも、私が「べつに」と、そっけなく答えられたのも――それが、いつか失われるものだと、誰も知らなかったからだ。

だから、私は、もう一度、あの夜に戻れるとしても、たぶん、何も変えない。同じように「べつに」と答え、同じように子守唄を聞かないふりをして、同じように、橙の灯りの下で、湯気の立つ鍋を食う。そして、窓の隙間の青い星を、ちらりと見て、また、鶏団子に箸をのばす。

それが、いちばん、正しいのだと思うから。

灯りを消す前に、私は、いつも、台所を振り返る。

橙色の光の下で、まだ湯気の残る流しと、片づけの終わらない食器と、引き出しの奥の青いマッチ箱と。誰もいない食卓。けれど、そこには、たしかに、あの夜が、まだ、ある。目をつぶれば、父がいて、母がいて、犬の敷板があって、湯気が金色にふちどられて、灯りのほうへ、のぼっていく。

私は、灯りに手をかける。

けれど、すぐには消さない。しばらく、その橙色の光を、見ている。あの夜の色を。あたたかくて、少しくすんだ、飴色がかった橙を。人の顔を、いつもより優しく見せる、あの灯りの色を。

そして、いつも、思う。

灯りとは、こういうものかもしれない、と。ともっているうちは、あたりまえで、なんでもない。ただ、そこにある。けれど、消えてはじめて、それが、どれほど、あの食卓を、あの夜を、あの家族を、あたたかく照らしていたか、わかるのだ。

私は、灯りを消す。

暗くなった台所に、湯気の匂いだけが、しばらく残る。窓の隙間から、宵の空が、細く見える。今夜は星はいないけれど、いつか、また、青い星が、そこを渡っていくだろう。家々の灯りと競うように、蒼く、静かに。

そのとき、私は、覚えているだろうか。あの、いちばん豊かだった夜のことを。橙の灯りと、湯気と、生姜の効いた鶏団子と、母の子守唄を。

覚えている。きっと、覚えている。

なぜなら、あの夜の灯りは、消えたのではなく、私のなかに、うつされたのだから。今、私が橙の灯りをつけるたびに、あの夜が、もう一度、静かに、ともりなおす。だから私は、消えない灯りを、ひとつ、胸のなかに持っている。あの、なんでもない一夜が、くれた、ただひとつの、消えない灯りを。

灯りをうつす、という言葉が、ふと、浮かぶ。蝋燭から蝋燭へ、火をうつすように。ひとつの灯りが消える前に、その火を、もうひとつの芯へ、そっとうつす。そうすれば、灯りは、消えても、消えない。かたちを変えて、べつのところで、また灯る。父と母が、私に、あの夜の灯りをうつしてくれたように。母のそのまた母が、皿をわたす手を、母にうつしてくれたように。

私は、たぶん、いつか、誰かに、この灯りをうつすのだろう。私の知らない、まだ生まれていない、誰かに。橙の灯りの下で、湯気の立つ食卓を囲んで、「うまいか」と訊く。「熱いから気をつけて」と言う。そして、その誰かが、それを、あたりまえの、なんでもない一夜として過ごし、いつか、それが、かけがえのないものだったと気づく。そうして、灯りは、わたされていく。母から子へ、子からそのまた子へ。宵の空を、青い星が、何十年に一度、めぐってくるように。

だから、今夜も、私は、灯りをつける。ひとりの食卓に、橙の灯りを、ひとつ。それは、私ひとりの灯りではない。あの夜から、私にうつされ、いつか、誰かにうつしていく、消えない火の、今の、ひとつの姿だ。窓のカーテンを、半分だけ開けて、私は、その灯りの下に、座る。そして、宵の空を見あげ、静かに、待つ。星が、また、海をわたって、帰ってくるのを。

この物語にひそむ符牒

ほかの物語と、ひそかに分かち合っているもの:

  • ミラ彗星
  • 月光堂のマッチ
  • 子守唄
  • 月光書房

十二をつなぐ符牒について →

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