月光書房
寅の刻 ・ 夜明け前 ・ 第 一 話

数える

芦田 千夜
家族・医療 ・ 約25頁

数える

午前三時をまわると、病室の空気はいちばん重くなる。

わたしはそのことを、この五日間で身体で覚えてしまった。夕方の面会時間には誰かの見舞いの声や配膳車の車輪の音がまだ廊下に残っていて、夜の八時、九時には巡回の看護師の靴音が規則正しく通り過ぎていく。けれど日付が変わり、二時をまわり、三時に近づくにつれて、そういう物音がひとつ、またひとつと世界から抜け落ちていって、最後には母の胸のあたりから聞こえてくる機械の音だけが残る。

ピッ、と一定の間隔で鳴る心電図のモニター。すう、と吸って、はあ、と吐き出す人工呼吸器の、風のような音。それから点滴の滴が落ちる、耳を澄まさなければ聞こえないほどの、かすかな水の音。

その三つの音のあいだに、母の呼吸がある。

わたしはパイプ椅子を母のベッドのできるだけ近くまで引き寄せて、その左手を両手で包んでいた。冷たい手だった。もう何日も、この手はずっと冷たい。血のめぐりが末端まで届かなくなっているのだと、若い医師が昨日、遠慮がちに教えてくれた。手足の先から、順番に。まるで潮が引いていくように。

「峠は、今夜だと思います」

その医師が、日付の変わる少し前にそう言った。当直の担当医で、まだ三十をいくつも過ぎていないように見える人だった。彼はわたしの目を見て、それからすぐにそらして、母の顔のほうを見ながら言った。目を合わせて言うには重すぎる言葉だったのだろう。

「今夜、明け方にかけてが、いちばん厳しい時間帯になります。ご家族の方に、来ていただけるなら」

来ていただけるなら、というその先を、彼は言わなかった。言わなくてもわかった。来ていただけるなら、いまのうちに。そういうことだった。

けれど来られる家族は、もういない。父は三年前に逝った。弟は仕事で北海道にいて、いちばん早い便でも昼過ぎだと電話口で言っていた。声が湿っていた。姉ちゃん、ごめん、間に合わないかもしれない、と弟は言った。わたしは、いいのよ、と答えた。母さんはあんたが小さいころのことをいちばんよく話していたから、あんたのぶんまでわたしが見ているから、と。そう言いながら、自分の声が知らない人の声のように聞こえた。

夫にも、連絡はしなかった。したところで、来てくれとは言えなかった。夫はわたしの母を、悪くは思っていない。けれど、他人の親の死に目というのは、そばにいる者にとって、どうしても遠いものだ。それに、いま隣に誰かがいたら、わたしはきっと、その人に寄りかかってしまう。寄りかかってしまえば、母のそばにいる自分が、少し薄くなる気がした。この夜だけは、母とわたしの、ふたりきりでいたかった。子どものころ、熱を出した夜に、母がわたしとふたりきりで、朝まで付き添ってくれたときのように。今度は、わたしが、母についていてやる番だった。

だから、この病室で母のそばにいるのは、わたしひとりだった。それでいい、と思った。ひとりで、母を、送るのでも、送らないのでもなく、ただ、そばにいる。それが、いまわたしにできる、たったひとつのことだった。

母の呼吸を、わたしは数えている。

いつからそうしているのか、もうよく覚えていない。たぶん、医師が峠は今夜だと言ったあたりからだ。数えていないと、母がいなくなってしまいそうな気がして。数えているあいだは、次の一回がまだ来るのを、確かめていられる気がして。

すう……はあ……。

いち。

すう……はあ……。

に。

一回ごとに、そのあいだが少しずつ長くなっているのが、わたしにはわかった。以前は、たとえば十を数えるあいだに母は十回きちんと息をしていた。それがいまは、九回になり、八回になっている。人工呼吸器が空気を送り込んで、母の胸を無理やり膨らませ、しぼませる。そのリズムのなかに、母自身の力で吸おうとする、ほんのわずかな動きが混じることがある。その動きを見つけると、わたしはうれしくなる。まだいる、と思う。まだここにいる、と。

母の顔は、ずいぶん小さくなってしまった。

もともと小柄な人だったけれど、この一年の入院で、頬がそげ、顎の線が細くなり、いまでは布団のなかの身体がまるで子どものように薄い。けれど不思議なことに、顔は静かだった。苦しんでいるふうではなかった。眠っているだけのようにも見えた。まぶたは軽く閉じられて、そのふちに、細かな睫毛が並んでいる。この睫毛を、子どものころのわたしは、母の膝で眠るまえによく見上げていた。母がわたしの髪を撫でながら、低い声で何か歌ってくれるのを聞きながら。

「母さん」

わたしは呼びかけてみる。返事はない。ピッ、とモニターが鳴る。すう、はあ、と呼吸器が風を送る。

「母さん、寒くない?」

窓の外は、まだ夜だ。いや、夜というより、夜のいちばん底だ。カーテンを半分だけ開けてある。開けておいてほしい、と母がまだ話せたころに言ったからだ。母は病院の白い天井をずっと見ているのが嫌だと言って、たとえ夜でも、外が見えるほうがいいと言った。だから看護師さんに頼んで、カーテンをいつも半分だけ開けてもらっている。

その窓の向こうに、空がある。

三時半をまわったころ、ドアが静かに開いて、夜勤の看護師さんが入ってきた。

小柴さん、という名札をつけた、五十がらみの落ち着いた人だった。この五日間、夜になると必ずこの人が母の様子を見にきてくれる。足音を立てないように、けれど必ず来る。彼女はまず母の顔を見て、それからモニターの数字をしばらく見つめ、点滴の残りを確かめて、それからわたしのほうを向いた。

「少し、お休みになりました?」

わたしは首を横に振った。

「眠れそうにないので」

「そうですよね」

小柴さんはそれ以上、無理に休めとは言わなかった。かわりに、母の掛け布団を少し直して、剥き出しになっていた母の肩をそっと覆った。その手つきが優しくて、わたしは急に泣きそうになる。他人が、母をこんなに丁寧に扱ってくれるということが。

「あの」わたしは言った。「まだ、聞こえていますか。母は」

小柴さんは少し考えるようにして、それからうなずいた。

「耳は、最後まで聞こえていると言われています。だから、話しかけてあげてください。手も、握ってあげてください。伝わっていますよ、きっと」

きっと、という言葉に、彼女なりの正直さがこもっているのがわかった。断言はできない。けれど、きっと。この夜には、その「きっと」が、いちばん確かなものに思えた。

小柴さんが出ていったあと、わたしは母の左手をもう一度握り直した。冷たい手。けれど、わたしの手のなかで、ほんの少しだけ、温かくなってきているような気がした。それが本当なのか、わたしの手のほうが冷えてきて、そう感じるだけなのか、わからなかった。

この手が、と、わたしは思う。この、いま冷たくなってしまった手が、どれだけのものを、わたしのために結んできたか。

母は器用な人だった。わたしのランドセルのなかには、いつも母の縫った巾着袋が入っていた。運動着を入れる袋、給食のナフキン、上履きを入れる袋。どれも母の手縫いで、わたしが「みんなは市販のを持ってる」と文句を言っても、母は「手で作ったほうが、じょうぶよ」と言って、聞かなかった。いまになって思えば、あれは母の、精いっぱいの愛情だったのだ。お金には、あまり余裕のない家だった。買ってやれないものを、母は手で作って、埋めていた。

臙脂色の手袋も、そういえば、母が編んだものだった。忘れていた。あれは、店で買ったものではない。母が、自分で編んだのだ。だから、片方を落としてしまったとき、母はきっと、ただ手袋を一つ失った以上に、自分の手が編んだ時間を、あのバス停に置いてきてしまったのだ。それでも母は、残った片方を、捨てなかった。自分の手が編んだものを、母は、簡単には手放せなかったのだろう。

わたしは、母の左手の指を、一本ずつ、そっと撫でた。この指が、あの手袋を編んだ。この指が、わたしの巾着袋を縫った。この指が、わたしの熱い額を冷やし、わたしの背中を撫で、わたしの髪を梳いた。

「ありがとうね」

わたしは、小さな声で言った。母に聞こえるように。それとも、自分に言い聞かせるように。

母の枕元に、片方だけの手袋が置いてある。

濃い臙脂色の、毛糸の手袋だ。右手のほう。左手のほうは、どこかへいってしまった。

これには、いきさつがある。母がまだ元気だったころ——といっても、もう二年も前のことになるけれど——冬に、母とふたりでバスに乗って、隣町の月光書房という古い本屋へ出かけたことがあった。母は本が好きだった。とりわけ、その月光書房という店が好きで、月に一度は必ず通っていた。狭くて、天井まで本が積まれていて、店の奥にいつも青いマッチ箱が置いてある、変わった本屋だった。マッチ箱には月光堂という名前が刷ってあって、店主に聞いたら、昔この近くにあった喫茶店のものだと言っていた。母はそのマッチ箱の青い色が好きだと言って、いつも棚のあいだからそれを眺めていた。

その帰り道、バス停で待っているあいだに、母は片方の手袋を落とした。左手のほうを。気づいたのはバスのなかで、もう引き返せなかった。母は少しがっかりした顔をして、それから笑って、「片っぽだけでも、右手はあったかいわ」と言った。そして残った右手の手袋をわたしに見せて、「これ、あんたにあげようか。片っぽだけじゃ、いらないでしょう、わたし」と言った。

わたしは要らないと言った。片方だけの手袋なんて、何の役に立つの、と。

母は、そうねえ、と言って、それをコートのポケットにしまった。

その日、月光書房で、母は一冊の古い詩集を買った。表紙のとれかかった、薄い本だった。母は帰りのバスのなかで、その本を膝にのせて、片方だけになった右手で、そっと表紙を撫でていた。店を出るとき、店主が、いつものように、あの青いマッチ箱を一つ、母の手にのせてくれた。月光堂、と刷られた、深い青のマッチ箱。「寒いから、火でも点けて、あったまってください」と店主は言った。母はそれを、大事そうにコートのポケットにしまった。手袋を落とした、あの左のポケットではなく、右のポケットに。

そのマッチ箱を、母はとうとう使わなかった。入院してからも、母のロッカーの奥に、青いマッチ箱は、しまわれたままだった。母は、きれいな青いものを、使ってしまうのが惜しかったのだ。手袋も、マッチ箱も、詩集も、母はいつも、大事なものを、使わずに、しまっておく人だった。もったいない、が口ぐせだった。もったいない、もったいない、と言いながら、母は自分のためのものを、いつも、あとまわしにした。

その手袋を、母は捨てなかった。入院するときも、荷物のなかに入れてきていた。わたしはそれを、母のロッカーを整理していて見つけた。片方だけの、右手の、臙脂色の手袋。青いマッチ箱と、あの薄い詩集と、いっしょに。母がなぜこれを取っておいたのか、聞くことはもうできない。けれど、なんとなくわかる気がした。母はきっと、いつかもう片方が見つかるような気がしていたのだ。あるいは、あのバス停に落としてきた左手のほうを、ずっと待っていたのかもしれない。片方だけでは意味をなさないものを、それでも、捨てられなかった。片方だけでも、いつか、もう片方と出会える日を、母は、待っていたのかもしれない。

わたしはその手袋を枕元に置いた。母のそばに、母のものを、置いておきたかった。

すう……はあ……。

数えるのを、いつのまにか忘れていた。あわてて、また数えはじめる。いち。母の息が、また来た。よかった。まだ、いる。

二時間前のこと

思い返すと、二時間前——つまり、夜中の一時半ごろ——一度だけ、母が目を開けた。

わたしがうとうとして、母の手を握ったまま、椅子の背にもたれかけていたときだった。手のなかで、母の指がわずかに動いた気がして、わたしははっと目を覚ました。見ると、母のまぶたが、ほんの少し開いていた。

「母さん」

わたしは思わず立ち上がって、母の顔をのぞきこんだ。母の目は、天井のほうを見ていた。それから、ゆっくりと、わたしのほうへ動いた。焦点が合っているのかどうか、わからなかった。けれど、母の視線が、たしかにわたしをとらえた瞬間があった。

母の口が、動いた。声にはならなかった。人工呼吸器の管が口に入っているから、言葉は出せない。けれど、口の形で、わたしには読めた。

——さむい。

母は、そう言った。声にならない声で。

わたしは母の手を握りしめて、「あったかくするからね」と言った。掛け布団をもう一枚かけてもらおうと、ナースコールに手を伸ばしかけた。けれど、そのとき母の目が、もう一度動いた。今度は、枕元のほうへ。片方だけの手袋の、置いてあるほうへ。

母は、それを見ていた。

わたしは手袋を取って、母の右手に、そっとはめた。冷たくなった母の右手。指を一本ずつ、手袋のなかへ入れていく。母の手は、もう自分ではほとんど動かない。わたしが動かした。臙脂色の毛糸のなかに、母の五本の指がおさまった。

母のまぶたが、ゆっくりと閉じた。

安心したように、見えた。片方だけの手袋。それでも、右手はあったかい。母がいつか、笑って言ったとおりに。

それが、母がわたしに見せてくれた、最後の意識のようなものだった。そのあと母は、また深い眠りのようなものへ沈んでいって、二度と目を開けなかった。

数える、また数える

三時四十分。

わたしは母の呼吸を数えつづけている。

すう……はあ……。

呼吸と呼吸のあいだが、また少し長くなった。わたしは心のなかで、いち、と数えて、次の息が来るまで待つ。待つ。待つ。……来た。ほっとする。に、と数える。

こうしていると、時間の感じ方がおかしくなる。呼吸ひとつのあいだが、とても長く感じられたり、逆に、十分がまばたきのあいだに過ぎたりする。時計の針は、たしかに進んでいるはずなのに、この病室のなかだけ、時間が別の速さで流れているようだった。

窓の外を見る。

まだ、暗い。空はまだ、いちばん暗いところにいる。

これがいちばん暗くて、いちばん冷える刻なのだと、わたしは思う。夜明け前。夜のいちばん底。父が逝ったのも、たしか、こんな時間だった。三年前の冬。あのときもわたしは病室にいて、父の手を握っていた。父のときは、もっと急だった。夕方に容体が変わって、夜中に、あっという間だった。数える暇もなかった。

母のときは、数えている。

なぜだろう、と思う。なぜわたしは、こんなに一生懸命、母の呼吸を数えているのだろう。数えたところで、母の息が一回でも増えるわけではないのに。それでも、わたしは数えることをやめられない。数えているあいだは、母がまだ生きている。数えている、いち、に、さん、というそのあいだ、母はたしかに、この世界にいる。わたしはそれを、この目で、この手で、確かめていられる。

たぶん、祈りというのは、こういうことなのだ。

何かに向かって、うまく言葉にならないものを、それでも差し出しつづけること。返事があるかどうかわからないまま、それでも呼びかけつづけること。母の呼吸を数えるわたしの、この、いち、に、さん、が、わたしの祈りなのだ。

わたしは、神さまを、信じてはいない。父の葬式のときも、母に手を引かれて寺へ行ったけれど、お経のあいだじゅう、わたしはただ、床の畳の目を数えていた。何かを信じることが、わたしにはうまくできなかった。けれどいま、この病室で、わたしはたしかに、祈っていた。誰に、とも言えない祈りだった。もし神さまがいるのなら、その神さまに。もし、いないのなら、この部屋の空気そのものに。母の胸のうえを流れる、機械の風に。窓の外の、まだ見えない空に。

どうか、と、わたしは祈った。どうか、あと一回。あと一回だけ、母に、息をさせてください。それが叶ったら、また、あと一回だけ。欲張りはしません。ただ、一回ずつ。一回ずつでいいから。

祈りというのは、遠い未来を願うことではないのだと、わたしはこの夜、知った。祈りとは、いま、この一瞬の次に、もう一つの一瞬が来ることを、ただ願うことだった。次の一回。それだけ。そのささやかさが、かえって、痛いほど切実だった。

そのとき、母の呼吸のあいだが、はっとするほど長くあいた。

いち、と数えて、次を待った。来ない。に、と数えるはずのところで、母の胸が動かない。人工呼吸器は変わらず風を送っているのに、そのなかにあるはずの、母自身の吸おうとする動きが、ない。

わたしは母の顔を見た。母は静かだった。あまりに静かだった。

「母さん」

わたしの声が、少しうわずった。母の手を、両手で強く握った。

「母さん、まだよ。まだ行かないで」

モニターを見た。緑の線が、いつもより間隔をあけて、けれどまだ、動いていた。ピッ……ピッ……。遅くなっている。けれど、まだ止まってはいない。

わたしは母の手を握ったまま、額を母の手の甲につけた。臙脂色の手袋の、毛糸の感触が、頬にあたった。

「まだ、行かないで」

そのとき、わたしの口から、ひとりでに、あるメロディがこぼれた。

歌おうと思って歌ったのではなかった。ただ、喉の奥から、勝手に、それがのぼってきた。母がかつて、わたしにうたってくれた歌。わたしが眠るまで、何度も何度も、低い声でうたってくれた歌。

「眠れ……眠れ……」

わたしは、うたった。

「眠れ、眠れ、星が海をわたるまで」

母がうたってくれたのと、たぶん同じ節で。同じ言葉で。子どものころ、母の膝のうえで、母の胸に耳をつけて、その振動ごと聞いていた歌。

「眠れ、眠れ、星が海をわたるまで」

不思議なことに、うたっているうちに、涙がとまった。声がふるえなくなった。わたしはただ、うたっていた。母のために。あるいは、子どものころのわたし自身のために。あるいは、この夜のいちばん暗いところにいる、わたしたちふたりのために。

眠れ、眠れ

その子守唄には、続きがあった。

わたしはずっと、最初の一節しか覚えていないと思っていた。眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。そこから先は、記憶のなかで、ぼんやりとかすんでいた。けれど、うたっているうちに、続きが、自然と口をついて出てきた。母の声を、身体が覚えていたのだ。

眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
夜はながくて、夜はふかくて、
けれど朝は、かならず来る。
眠れ、眠れ、ひとつの星が、
のこらず消えて、光になるまで。

そんな歌詞だった。正確かどうかは、わからない。けれど、わたしの喉が、そう覚えていた。母の声が、そう覚えていた。

うたいながら、わたしは思い出していた。

母がこの歌を、いつも冬にうたっていたことを。夏には、なぜか、うたわなかった。冬の、いちばん寒い夜、布団のなかでわたしがなかなか寝つけないとき、母はわたしの背中を撫でながら、この歌を低くうたった。星が海をわたるまで。子どものわたしは、その「星が海をわたる」というのが、どういうことなのか、ずっと不思議だった。星は空にあるのに、どうして海をわたるのだろう、と。

いちど、母に聞いたことがあった。母さん、星は海をわたるの、と。

母は笑って、こう言った。

「わたるのよ。朝がくるまえの、いちばん暗いときにね。空でいちばん明るい星が、海のうえを、ずうっとわたっていくの。それが向こう岸に着くと、朝が来るのよ。だから、星が海をわたるまで眠っていれば、目がさめたときには、もう朝なの」

わたしは、その話が好きだった。星が海をわたる。いちばん暗いときに、いちばん明るい星が。

母は、その歌をどこで覚えたのか、いちど教えてくれたことがあった。母のそのまた母、つまりわたしの祖母が、うたってくれたのだという。祖母もまた、戦争のころの、ひもじく、暗い夜に、その母からうたってもらったのだと。だから、この子守唄は、ずいぶん古いものなのだ、と母は言った。何代もの母たちが、何代もの子どもたちに、いちばん暗い夜にうたってきた歌。眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。その言葉のなかに、たくさんの、名前も知らない母たちの声が、重なっている気がした。

「昔はね」と母は言った。「いまみたいに、明かりがなかったの。夜は、ほんとうに真っ暗だったのよ。だから、夜がこわい子には、こうしてうたってあげたの。だいじょうぶ、朝はかならず来るからね、って。星が海をわたるまで、目をつぶっておいで、って」

だいじょうぶ、朝はかならず来るからね。その母の声を、わたしはいま、夜のいちばん暗いところで、思い出していた。

「じゃあ、星が向こう岸に着かなかったら、朝は来ないの?」

わたしがそう聞くと、母は少し困った顔をして、それから、こう答えた。

「着くのよ。かならず。どんなに夜がながくても、星はかならず、向こう岸に着くの。それがね、決まっているのよ」

決まっているのよ、と母は言った。決まっている。かならず。

わたしはその言葉を、二十年以上たったいま、母の枕元で、思い出していた。

窓の空

窓の外を、わたしは見た。

歌をうたいながら、母の手を握りながら、わたしはふと、窓の向こうの空に目をやった。まだ暗い。いちばん暗い。けれど——。

そこに、星があった。

一つだけ、ほかのどの星よりも冴えて、強く光る星があった。青い、と言っていいような色をしていた。冷たく澄んだ、蒼い光。冬の夜明け前の、雲一つない空の、東のほうの低いところに、その星は懸かっていた。

わたしはその星を、どこかで知っている気がした。

そういえば、と思い出す。何日か前、この病室のテレビで、天気予報のあとに、そんな話をしていた。今週は、めったに見られない彗星が、明け方の東の空に見えるのだと。ミラ彗星、というような名前だった気がする。数十年に一度しか近づかない、蒼い光の彗星。夜明け前の、いちばん暗い時間に、いちばん強く光る、と。

それが、あれか、とわたしは思った。

いちばん暗い刻に、空でいちばん冴えて輝く、蒼い星。

わたしは、母のほうを向いた。

「母さん」わたしは言った。声が、自然と優しくなっていた。「母さん、星よ。星が出てる。いちばん明るい星が、東の空に。……ねえ、母さん、あれが海をわたるのよ。あの星が、向こう岸に着いたら、朝が来るのよ。母さんが、いつも言ってたとおりに」

母は、答えない。けれど、わたしは母の耳に、この声が届いていると信じた。小柴さんが言ったとおりに。耳は、最後まで聞こえている、と。

「だから、もう少しなの。もう少しで、朝が来るの。星が海をわたるまで。それまで、いっしょに待とうね」

すう……はあ……。

そのとき、母が、息をした。

さっき、長くあいた呼吸のあとで、また、母の胸が、動いた。母自身の、吸おうとする力が、そこにあった。わたしはそれを見た。たしかに見た。ピッ、とモニターが鳴った。緑の線が、また、少し間隔を縮めて、動きはじめた。

まだ、いる。

母は、まだ、こちら側にいる。

四時

四時になった。

夜明けまで、まだ間がある。冬の朝は遅い。日の出は、六時半ごろだろう。けれど、夜明け前の空というのは、日の出のずっと前から、少しずつ、変わりはじめる。

わたしは知っている。この五日間、毎晩、この窓から空を見てきたから。

いちばん暗いのは、四時ごろだ。夜のなかで、いちばん光のない時間。人がいちばん心細くなる時間。そして、いちばん冷える時間。病室のなかは暖房が効いているのに、それでも、この時間になると、指の先が冷たくなる。母の手が冷たいのも、きっと、この刻のせいだけではないのだけれど。

わたしはもう一度、子守唄をうたった。

眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。

うたいながら、母の手袋をはめた右手を、両手で包んだ。臙脂色の毛糸ごしに、母のぬくもりが、わずかに伝わってくる。いや、伝わってくると、信じたかった。

母の呼吸を、また数えはじめる。

いち。

すう……はあ……。

に。

すう……はあ……。

さん。

こうしていると、母の呼吸と、わたしの祈りと、窓の外の星と、子守唄とが、ぜんぶひとつのものに溶けていくようだった。母の息が入るたびに、星が海のうえを、少しずつ、少しずつ、わたっていく。そんな気がした。母の胸が膨らんで、しぼむ。その一回ごとに、蒼い星が、空を、東から、少しずつ、上っていく。

わたしは、思う。もしかしたら、母は、この星を、待っていたのではないか、と。

母が生死の境をさまよいはじめたのが、ちょうど、この彗星が近づいてきた時期と重なっていた。何日か前、テレビで彗星のことを聞いたとき、まだ意識のあった母が、ぽつりと言ったのを、いま思い出した。「見たいわねえ」と、母は言ったのだ。天井を見ながら、かすれた声で。「星が海をわたるの、ほんとうに見られたら、いいのにねえ」と。

あのとき、わたしは、そうだね、とだけ答えて、聞き流してしまった。けれど、母は、本気だったのかもしれない。母は、あの子守唄の星を、生きているうちに、ひと目、見たかったのだ。何代もの母たちがうたいついできた、あの星を。海をわたる、いちばん明るい星を。

だとしたら、母は、まだ、行くわけにはいかないのだ。星が海をわたりきるのを、この目で見るまでは。わたしは、母の耳もとに、口を寄せた。

「母さん、もう少しよ。もう少しで、星が、向こう岸に着くの。それを見てから。それを、いっしょに見てから、ね」

わたしは、父のことを思い出した。

父が逝ったとき、わたしは母のそばにいなかった。仕事で、遠くにいて、間に合わなかった。母はそのとき、父の手を、ひとりで握っていた。あとで母が言った。「お父さんね、最後に、ありがとう、って言ったのよ」と。声は出なかったけれど、口の形で、そう言ったのだ、と。母はそれを、ずっと大事にしていた。ありがとう、という、父の最後の言葉を。

だから、わたしは、いま、母のそばにいる。母がひとりで、この夜のいちばん暗いところを、わたらなくてもいいように。母の手を、握っているために。

「母さん」

わたしは言った。

「わたし、ここにいるよ。ずっと、ここにいるからね」

言いながら、わたしは、母が父にしてやったことを、いま自分がしているのだと気づいた。母は父の最後の夜、ひとりで、父の手を握っていた。誰にも寄りかからず、朝まで。そのとき母が何を思っていたのか、わたしはこれまで、想像したこともなかった。けれどいま、わかる。母もきっと、父の呼吸を数えていたのだ。いち、に、さん、と。次の一回を、祈るように待ちながら。

娘というのは、母がしてきたことを、母がいなくなるまぎわになって、ようやく、自分の身体でなぞるものなのかもしれない。母の手のぬくもりも、母の子守唄も、母の祈りも、こうして母のいちばん暗い夜になって、はじめて、わたしのなかで、ほんとうの意味を持ちはじめる。遅すぎる、と思った。もっと早く、わかってやればよかった。母がまだ、話せるうちに。母がまだ、笑えるうちに。

けれど、遅すぎるということは、ないのかもしれない。母の耳は、まだ聞こえている。だとしたら、いまからでも、伝えられる。わたしは母の手を、もう一度、強く握った。

「母さん。わたしね、母さんの子でよかった」

声が、震えた。

「ほんとうに、よかった」

四時十五分。

小柴さんが、また来た。

今度は、若い医師もいっしょだった。峠は今夜だ、と言った、あの当直の医師。ふたりはモニターを見て、母の様子を確かめて、それから、しばらく無言で立っていた。

医師が、わたしに向かって、静かに言った。

「呼吸が、だいぶ、間があくようになってきています。……いつ、どうなっても、おかしくない状態です。おつらいと思いますが、心の準備をしておいてください」

わたしはうなずいた。

「はい」

不思議と、取り乱さなかった。取り乱すには、この五日間が、長すぎたのかもしれない。あるいは、うたっていた子守唄が、わたしをどこか静かなところへ連れていってくれたのかもしれない。

「あの」わたしは医師に言った。「窓、開けてもいいですか。少しだけ」

医師は少し驚いた顔をしたけれど、それから、うなずいた。

「寒くない程度に、少しなら」

小柴さんが、窓を、ほんの少しだけ開けてくれた。冷たい空気が、すうっと、部屋に流れこんできた。夜明け前の、いちばん冷たい空気。けれど、その空気は、澄んでいた。凍りつくように、澄んでいた。

その冷たさは、いやなものではなかった。むしろ、頭の奥まで、しんと冴えるようだった。この五日間、暖房のこもった病室で、わたしの感覚は、少しずつ鈍っていた。時間も、音も、自分の身体さえも、生ぬるい霧のなかに沈んでいた。その霧を、外から流れこんだ冷気が、ひとふきで、払っていった。わたしは、久しぶりに、自分がたしかに、この夜のなかに生きて立っている、という感覚を取り戻した。

冷えるということは、生きているということでもあった。冷たさを感じられるのは、まだ、こちら側にいるからだ。わたしは、その冷気を、胸いっぱいに吸いこんだ。母のぶんまで、吸うつもりで。

そして、その隙間から、蒼い星が、さっきよりも、少し高いところに見えた。

星は、わたっていた。海のうえを、たしかに、わたっていた。ゆっくりと、けれど、たしかに、向こう岸へ向かって。

星が海をわたるまで

四時半をまわった。

母の呼吸は、ますます、ゆっくりになっていた。

いち、と数えて、次の息を待つ時間が、いまではとても長くなっていた。に、と数えるまでに、心のなかで、ずいぶんたくさんのことを考えられるくらいに。

わたしは、その長い、長いあいだに、母との思い出を、たくさん思い出した。

子どものころ、熱を出したわたしの額に、母がずっと濡れた手ぬぐいをあててくれたこと。運動会のお弁当に、母がいつも、卵焼きをいちばん端に入れてくれたこと。わたしが高校で失恋して泣いていたとき、母が何も言わずに、となりに座って、いっしょにテレビを見てくれたこと。わたしが結婚して家を出るとき、母が玄関で、行ってらっしゃい、とだけ言って、いってきますじゃないのよ、と笑ったこと。父の葬式で、母がわたしの手を、痛いほど強く握ったこと。

そのぜんぶが、いま、母の一回の呼吸と、次の呼吸のあいだに、詰まっていた。

すう……。

母が、息を吸った。

はあ……。

母が、吐いた。

わたしは待った。次の息を。

いち。

……。

に。

……。

さん。

来ない。

母の胸が、動かない。

わたしは母の顔を見た。母は、静かだった。とても、とても、静かだった。もう、苦しそうではなかった。ただ、深く、眠っているようだった。

モニターの緑の線が、間隔をあけて、一度、また一度と、山を作った。ピッ……。長い間。ピッ……。もっと長い間。

わたしは、母の手を握った。臙脂色の手袋の、右手を。両手で、包んだ。

「母さん」

わたしは、うたった。最後の力をこめて、けれど、静かに。母を起こさないように。母を、驚かさないように。

「眠れ、眠れ、星が海をわたるまで」

窓の外の、蒼い星を見た。星は、もう、かなり高いところまで、上っていた。もうすぐ、向こう岸だ。もうすぐ、あの星は、海をわたりきる。

「眠れ、眠れ……」

そのとき。

母の胸が、動いた。

長い、長い沈黙のあとで、母は、息を、吸った。

深く。ゆっくりと。まるで、ずっと遠くから、戻ってくるように。

すう……。

わたしは、息をのんだ。

はあ……。

母は、吐いた。

そして、また、吸った。すう……。今度は、さっきより、少しだけ、確かに。母自身の力で。人工呼吸器の風に、母の意志が、たしかに、重なった。

モニターの緑の線が、間隔を、縮めはじめた。ピッ。ピッ。ピッ。さっきより、速く。規則正しく。

わたしは、母の顔を見た。

母の頬に、ほんの少し、血の色が、戻ってきていた。気のせいかもしれなかった。窓から差しこみはじめた、ごくかすかな、朝のいちばん最初の光のせいかもしれなかった。けれど、母の顔は、さっきより、たしかに、生きているように見えた。

わたしは、窓の外を見た。

蒼い星が——ミラ彗星が、東の空の、いちばん高いところにいた。そして、その向こうの、空のいちばん低いところが、ほんのわずかに、青みを帯びはじめていた。夜明けの、いちばん最初の、青。

星は、海をわたりきったのだ。

そして、母は、こちら側に、残った。

夜明け

わたしは、泣いた。

声を殺して、母の手を握りしめたまま、わたしは泣いた。うれしくて、こわくて、ありがたくて、わけがわからなくなって、わたしは泣いた。臙脂色の手袋の甲に、わたしの涙が落ちて、毛糸に染みこんでいった。

母は、また、息をしていた。

いち。すう、はあ。に。すう、はあ。さん。すう、はあ。

呼吸のあいだが、少しずつ、縮まっていた。母は、戻ってきていた。夜のいちばん暗いところから、ゆっくりと、こちら側へ。

小柴さんが、部屋に入ってきた。わたしの泣いている声を聞きつけたのだろう。彼女は母のモニターを見て、それから、目を見開いた。数字を確かめて、もう一度、確かめて、それから、わたしのほうを見た。

「……持ち直しましたね」

小柴さんは、静かに、けれど、はっきりと、そう言った。

「峠を、越えたのかもしれません。まだ油断はできませんけれど。でも——今夜のいちばん厳しいところは、越えました」

わたしは、うなずくことも、返事をすることも、できなかった。ただ、母の手を握って、泣いていた。

小柴さんは、わたしの肩に、そっと手を置いた。そして、窓の外を見た。

「きれいな星ですね」

彼女は、蒼い星を見て、そう言った。

「あの星が、明け方に見えるのも、今夜が最後だそうですよ。数十年に一度の彗星なんですって。次に来るのは、わたしたちが、もういないころかもしれませんね」

わたしは、窓の外の星を見た。ミラ彗星。いちばん暗い刻に、いちばん強く光った、蒼い星。それがいま、夜明けの青に、少しずつ、溶けていこうとしていた。役目を終えたように。海をわたりきったように。

朝が、来る。

手袋

夜が明けていくのを、わたしは母のそばで、見ていた。

窓の外の空は、東のほうから、少しずつ、色を変えていった。いちばん深い青から、少し明るい青へ。それから、青のふちに、かすかな、灰色がかった白がにじんで、やがて、ほんのりと、桃色のようなものが、東の低いところに差してきた。

星は、もう、見えなくなっていた。朝の光に、溶けてしまった。けれど、わたしにはわかっていた。星は消えたのではない。海をわたりきって、向こう岸に着いたのだ。そして、朝を連れてきたのだ。母がいつも言っていたとおりに。決まっているのよ、と。かならず、と。

母は、眠っていた。今度は、危うい眠りではなかった。安らかな、深い、けれど、たしかにこちら側にある眠りだった。呼吸は、まだ弱かったけれど、規則正しかった。いち、に、さん、と数えても、母はちゃんと、そのたびに、息をした。

わたしは、母の右手の手袋を、そっと、外そうとした。もう、寒くはないだろうから。朝が来たのだから。

けれど、母の指が、わずかに、手袋のなかで動いた。

外さないで、と言っているように。

わたしは、手を止めた。そして、手袋を、そのままにしておいた。片方だけの、臙脂色の手袋を、母の右手に。

いつか、母がまた話せるようになったら、聞いてみようと思った。母さん、どうしてあの手袋を、捨てなかったの、と。もう片方は、見つからなかったのに。どうして、片方だけで、取っておいたの、と。

母は、きっと、笑って答えるだろう。

片っぽだけでも、右手はあったかいでしょう、と。

そして、ロッカーの奥の、あの青いマッチ箱のことも、聞いてみよう。あれで、いっしょに火を点けてみよう、と。あんなにきれいな青を、しまっておくのは、もったいないから。母さん、もったいない、が口ぐせだったでしょう、と。今度は、母のためのものを、母のために、使おう。あの詩集も、いっしょに読もう。母が好きだった詩を、母の声で、読んでもらおう。

やりたいことが、次から次へと、浮かんできた。この五日間、わたしは、母を失うことばかり考えていた。母のいない先のことばかり。けれどいま、わたしの頭のなかは、母とこれからしたいことで、いっぱいになっていた。それは、母が、こちら側に戻ってきてくれたから、生まれた願いだった。夜明けが、わたしのなかに、たくさんの明日を、連れてきてくれた。

弟から、電話があった。

朝の七時。空はもう、すっかり明るくなっていた。北海道を発つ飛行機に、これから乗るのだと弟は言った。姉ちゃん、母さんは、と、弟の声が、緊張していた。

「持ち直したよ」わたしは言った。「峠を、越えたって。今朝、夜明けに」

電話の向こうで、弟が、息をのむのがわかった。それから、しばらく、何も言わなかった。泣いているのだ、とわたしにはわかった。

「……間に合うか」と、弟は、しゃくりあげながら言った。「間に合うかな、俺」

「間に合うよ」わたしは言った。「母さん、待ってるから。あんたのこと、待ってるから。だから、気をつけて、来なさい」

電話を切って、わたしは、母のほうを見た。

母は、朝の光のなかで、眠っていた。窓から差しこむ光が、母の顔を、やわらかく照らしていた。頬に、たしかに、血の色が戻っていた。もう、気のせいではなかった。

わたしは、母の手を、もう一度、握った。臙脂色の手袋の、右手を。

そして、最後にもう一度だけ、小さな声で、うたった。もう、祈るためではなく。ただ、母のそばにいる、しるしとして。

眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。

母の胸が、静かに、上下していた。

いち。に。さん。

窓の外は、もう、朝だった。夜のいちばん暗いところを、わたしたちは、越えてきた。星は海をわたり、向こう岸に着いた。そして、朝を、連れてきた。

いちばん暗いときに、いちばん強く光るものがある。そのことを、わたしは、この夜明け前に、知った。それはたぶん、ずっと母が、あの子守唄で、わたしに伝えようとしていたことだった。

母の呼吸を、わたしは、まだ数えている。けれどもう、いなくなってしまうのを、確かめるためではない。ここにいることを、いっしょに、喜ぶために。

いち。すう、はあ。

母は、いる。ここに、こちら側に、朝の光のなかに、母は、いる。

この物語にひそむ符牒

ほかの物語と、ひそかに分かち合っているもの:

  • ミラ彗星
  • 月光堂のマッチ
  • 子守唄
  • 月光書房
  • 片方の手袋

十二をつなぐ符牒について →

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