金曜日の傾き
金曜日の夕方というものには、ほかのどの曜日の夕方にもない、特別な傾きがある。会社を出て駅へ向かう坂道の途中で、私はいつもそのことを思う。西日が長く長く影を引き、路面のアスファルトを薄い金色に染めて、街全体がひとつの息を吐きだそうとしているような、あの傾き。人も鳥も、それぞれの帰る場所へ向かって、少しずつ重心を移してゆく刻。
私の帰る場所は、ここから四時間半、夜行バスに揺られた先にある。
オフィスのビルを出たとき、空はまだ、青みを残していた。けれど、坂を下りきる頃には、その青が、少しずつ、下のほうから、金と朱に、侵されはじめていた。ビルとビルのあいだの、細い空の帯が、まるで、誰かが絵の具を溶いて流したように、刻々と、色を変えてゆく。私は、その色の移ろいを、横目で追いながら、駅へと急いだ。
同じ坂を、同じ時刻に、幾人もの人が、下りてゆく。スーツの背中。ヒールの音。学生のリュック。買い物袋を提げた主婦。誰もが、それぞれの帰る場所へと、この夕方の傾いた光のなかを、流れてゆく。そのなかにあって、私だけが、少し、異質だった。ほかの人たちの帰る場所は、この街の、どこかにある。けれど私の帰る場所だけは、この街には、ない。私は、この街に、三年間、暮らしていながら、いまだに、ここを「帰る場所」とは、呼べずにいた。
アパートの部屋は、ある。布団も、食器も、洗濯機もある。けれど、あの、六畳一間の、がらんとした部屋を、私は、どうしても「家」と、思えなかった。夜、仕事から帰って、鍵を回し、暗い部屋の電気を点けるとき、私はいつも、ここは、ただの、寝るための場所だ、と思う。私の「家」は、四時間半、バスに揺られた、あの、山あいの街にある。妻がいて、娘がいて、母がいる、あの家に。
バスターミナルは、駅の高架をくぐった裏手にあった。改札を出て、コンビニの明かりの前を通り、ガードレールに沿って歩くと、屋根だけの停留所がいくつも並んでいて、その一番奥に、私の乗るバスが停まっている。行き先表示に、故郷の街の名が白く光っていた。その二文字を見るたびに、私は胸の底のあたりが、ほんの少しだけ痛くなる。
会社勤めを始めて十二年、単身赴任というかたちで妻と娘を残し、この街でひとり暮らすようになって、もう三年になる。転勤を命じられたとき、家族で越すという選択肢もあった。だが娘の環が、ちょうど中学に上がる年で、慣れた学校を離れたくないと言った。妻の弓子も、実家の母の介護を抱えていて、動けなかった。だから私だけが、単身、この街へ来た。
週末だけ帰る、と決めていた。金曜の夜のバスで発って、土曜の朝に着き、日曜の夜のバスでまた戻る。そのつもりだった。けれど仕事は思ったより忙しく、月に二度帰れればいいほうになり、やがて月に一度になり、この頃では、二月に一度、帰れるかどうか、という具合になっていた。
今日は、その、二月ぶりの帰省だった。
ターミナルの隅にあるベンチに腰を下ろし、発車までの時間を待った。膝の上には、土産の入った紙袋がある。デパートの地下で買った、母の好きな和菓子の詰め合わせ。妻には、この街でしか売っていない、少し値の張る紅茶の葉。娘には――何を買えばいいのか、正直、わからなかった。中学三年になった娘が、いま何を欲しがるのか、私にはもう、うまく想像できなくなっていた。
紙袋の底には、もうひとつ、小さなものが入っていた。
昨日の晩、帰り道に見つけた古書店で、私はそれを手に入れた。
奇妙な店だった。いつもは通らない路地を、たまたま近道のつもりで抜けようとして、私はその店の前に出た。細い間口に、飴色の木の看板が掛かっていて、「月光書房」と、右から左へ、古い書体で記されていた。硝子戸の奥に、天井まで届く書棚が幾重にも並び、蝋燭のような、やわらかな明かりが灯っている。妙に懐かしいような、けれど一度も見たことのないような、そんな店構えだった。
こんなところに古本屋なんてあっただろうか、と首をかしげながら、私は誘われるように戸を引いた。
店の中は、紙とほこりと、古い木の匂いがした。奥の帳場に、白髪を後ろで束ねた、痩せた老人が座っていて、私が入っても顔を上げず、手元の本のページをめくっていた。私は書棚のあいだをゆっくりと歩いた。歌集や、絵本や、旅の記録や、いつの時代のものともわからない古い写真帖が、雑然と、けれどどこか几帳面に並んでいた。
帳場の脇の、小さな木箱に、私はふと目を留めた。中に、マッチ箱がいくつも入っている。青い。深い、藍に近い青の紙で、表に金の細い線で、月と、その月をよぎる一筋の光のようなものが描かれていた。「月光堂」と、小さく箔押しがしてある。
「それは、おまけのようなものです」
老人が、初めて口をひらいた。低い、水底から聞こえてくるような声だった。
「昔は、どの家の台所にも、ひと箱はありましたよ。仏壇の蝋燭にも、竈にも、これで火を点けた。いまはもう、作るところも、ほとんどありません」
私は一箱を手に取った。軽い。振ると、乾いた、小さな音がした。母のことを、なぜか、そのとき思い出した。母はいまも、朝晩、仏壇に線香をあげる。父が逝って十年、欠かしたことがない。マッチで火を点けるのだ。ライターは、指の力が弱くなって、うまく押せないと言って、昔ながらのマッチを使い続けている。
「これを、ひとつ」と私は言った。
老人は、初めて顔を上げて、私を見た。落ちくぼんだ眼窩の奥に、けれど、驚くほど澄んだ目があった。
「どなたか、待っている方が、おありですか」
私は、うまく答えられなかった。待っている、というのとは、少し違う気がした。むしろ、待たせている、という言葉のほうが、私の胸にはしっくりきた。老人は、それ以上は何も訊かず、青いマッチ箱を、薄い和紙にくるんで、私に手渡した。
代金を払おうとすると、老人は静かに首を振った。
「マッチには、値はつけません。火は、誰かのために灯すものですから」
礼を言って店を出た。振り返ると――そこには、もう、店はなかった。ただの、暗いブロック塀が続いているだけだった。私は自分の目を疑って、しばらくそこに立ち尽くしたが、いくら見ても、月光書房などという古書店は、どこにもなかった。手の中の、和紙にくるまれた青いマッチ箱だけが、確かに、たしかにそこにあった。
夢を見たのだ、と自分に言い聞かせて、私はその晩、眠った。けれど朝、鞄の底からその青いマッチ箱が出てきたとき、私はやはり、あれは夢ではなかったのだと、認めるほかなかった。
そのマッチ箱を、私は今日、土産の紙袋の底に、そっと忍ばせてきた。母への、いちばんの土産のつもりで。
「お待たせいたしました。二十時十分発、○○行き、ご乗車のお客様――」
アナウンスに、私はベンチから腰を上げた。運転手に切符を見せ、荷物を預け、車内に乗り込む。私の席は、通路をはさんで右の、窓際だった。深く沈む座席に身を落ち着け、紙袋を膝の上に抱えると、それだけで、もう帰り着いたような、そんな錯覚さえ覚えた。
バスは定刻に発車した。ターミナルを出て、街の灯りのあいだを縫うように走り、やがて高速道路の入口へ滑り込んでゆく。料金所を抜け、本線へ合流すると、車体はゆっくりと速度を上げ、街の喧噪が、後ろへ後ろへと流れ去っていった。
窓の外は、まだ、明るかった。
夏の初めの、日の長い季節だった。八時を過ぎても、西の空には、まだ光の名残がある。バスが西へ向かって走るせいで、私は正面から、暮れてゆく空を見ることになった。地平線に近いあたりが、燃えるような茜色に染まり、その上に、朱が重なり、さらにその上へ、金の帯が薄く刷かれて、いちばん高いところは、もう、深い藍へと移ろいはじめていた。
私は、この時間の空が、昔から好きだった。
子どもの頃、故郷の家の縁側から、よくこの空を眺めた。田んぼの向こうに、なだらかな山の稜線があって、その稜線に日が沈むと、空が、いまと同じように、茜から藍へと、少しずつ色を変えていった。母は台所で夕餉の支度をしていて、私は縁側に寝転んで、その空を、飽きもせず見ていた。
「ご飯だよ」と母が呼ぶ声が、いまも、耳の奥に残っている。
あの頃、私は、夕方が、少しだけ、嫌いだった。友だちと遊んでいるのが楽しくて、日が暮れて、家に帰らなければならないのが、名残惜しかったからだ。空が茜に染まると、それは、別れの合図だった。「また明日な」と手を振って、それぞれの家へと、散ってゆく。あの、夕暮れの、少し寂しい、けれど、あたたかな帰り道。
いま、こうして、大人になって、私は、あの頃とは、まるで逆のことを、思っている。日が暮れれば、私は、家へ、帰りたい。あの、茜の空を見るたびに、私の胸は、故郷へと、引かれてゆく。子どもの頃、あんなに名残惜しかった帰り道が、いまは、こんなにも、恋しい。人は、失って初めて、あるいは、遠ざかって初めて、その、あたりまえだったものの、かけがえのなさを、知るのかもしれなかった。
高速道路は、単調だった。ときおり長いトンネルがあり、その暗闇を抜けるたびに、外の光が、少しずつ、確実に、失われてゆくのがわかった。トンネルを抜けるたびに、空は、一段、暗くなっていた。
私は、鞄から携帯電話を取り出した。妻に、いま出た、と一言、送っておこうと思ったのだ。画面をひらくと、ちょうど、その妻からのメッセージが届いていた。
「気をつけて。環が、久しぶりだから、少しそわそわしてる」
私は、その一文を、何度も読み返した。そわそわしている、という言葉が、なぜだか、胸に刺さった。娘は、私が帰ることを、そわそわして待っている。それは、嬉しいことのはずだった。けれど同時に、私は、後ろめたさのようなものを、感じずにいられなかった。娘が、父親の帰りをそわそわして待つほど、私は、家に帰っていない。二月に一度しか、帰っていない。それが、当たり前になってしまっている。
環が生まれたとき、私は病院の廊下で、泣いた。小さな、赤い、皺だらけの顔を見て、この子のためなら何でもできる、と思った。運動会には、必ず行った。授業参観にも、行けるかぎり行った。夜、仕事から帰ると、もう眠っている娘の寝顔を見るのが、私の、いちばんの楽しみだった。
それが、いつからか、二月に一度、寝顔どころか、起きている顔さえ、たまにしか見られなくなった。
娘は、この三年で、ずいぶん変わった。背が伸びて、私の肩に、もう届きそうになっている。前に帰ったとき、玄関で「おかえり」と言った娘の声が、少し、低くなっていて、私は一瞬、誰の声かわからなかった。あのとき覚えた、あの、名づけようのない寂しさ。娘の成長を、私は、飛び飛びの、コマ送りのように、しか見られない。連続した時間のなかで、隣にいてやることが、できていない。
「まもなく、○○サービスエリアに停車いたします。休憩は二十分間、発車は――」
バスは、最初の休憩に入った。乗客たちが、三々五々、車を降りてゆく。私も、伸びをして、外へ出た。
サービスエリアの空は、もう、すっかり暮れていた。売店の明かりが、煌々と照っていて、その光の届かない駐車場の隅に立つと、頭の上に、いくつか、星が見えはじめていた。夏の、宵の口の星だ。
私は、自動販売機で、温かい缶コーヒーを買った。この季節に温かいものを、と自分でも思ったが、なぜか、そういう気分だった。缶を両手で包むようにして、私は、駐車場の縁の、低い柵に寄りかかった。
西の空を、見上げた。
茜色は、もう、地平線のごく低いところに、細く、残っているだけだった。その上は、藍。深い、澄んだ、夏の宵の藍。そのなかに、ひとつ、二つ、三つと、星が瞬きはじめている。
そして――そのとき、私は、それを見た。
西の、まだわずかに茜の残る空の、低いところに、ひときわ明るい星が、ひとつ、あった。宵の一番星のように、他のどの星よりも、早く、はっきりと、そこにあった。けれど、それは、金星の色ではなかった。ふつうの星の、白や、黄の色でもなかった。
蒼かった。
深い、冴えた、蒼。そして、よく見ると、その蒼い星は、後ろへ、ほんのわずかに、光の尾を引いていた。細い、淡い、けれど確かに、尾を引いていた。
彗星だ、と私は思った。
いつだったか、天文の好きな同僚が、話していたのを思い出した。今年は、珍しい彗星が見えるのだと。ミラ彗星、とかいう名の。何百年に一度、この空を訪れる星なのだと。蒼い尾を引いて、夕暮れの西空に、宵の明星のように現れるのだと。
私は、その蒼い星から、目が離せなかった。
なぜだろう。理由は、うまく言えない。ただ、その、遠くから来て、遠くへ去ってゆく、一度きりの旅をしている星の光が、いまの私の胸のなかにあるものと、どこかで、深く、共鳴した。星もまた、帰路にあるのかもしれない、と私は思った。長い長い旅の途中で、この空を、ただ一度だけ、通り過ぎてゆく。誰にも見送られず、誰も待たず、ただ、その孤独な軌道を。
だが、それを見ている私が、ここにいる。
星は、自分を見ている人間がいることを、知らない。けれど私は、確かに、その星を見ている。そのことが、なぜか、私を、少しだけ、慰めた。
「あれ、彗星ですかね」
隣で、声がした。振り返ると、同じバスに乗っていたらしい、若い女性が、私と同じように、西の空を見上げていた。学生だろうか、大きなリュックを背負っている。
「ええ、たぶん」と私は答えた。「ミラ彗星、というそうです。何百年かに一度、しか、見えないとか」
「へえ」と彼女は、感心したように言った。「じゃあ、いま見とかないと、二度と見られないんだ」
そうか、と私は思った。二度と、見られない。私も、この彼女も、そしてこの星を見上げているすべての人間も、生きているあいだに、この蒼い星を見るのは、これが最初で最後なのだ。次にこの星がこの空に戻ってくるとき、私たちはもう、誰ひとり、この世にいない。
「わたし、帰省なんです」と、彼女が、ふいに言った。訊いてもいないのに。「就職して、東京に出て、初めての、盆でもない、なんでもない帰省。おばあちゃんが、体を壊しちゃって」
「そう、ですか」
「早く帰ってあげたくて。でも、仕事があって、なかなか。……この星、見られてよかった。なんか、いいことありそうな気がする」
彼女は、そう言って、少し笑った。それから、「先、失礼します」と会釈をして、売店のほうへ歩いていった。
私は、ひとり、蒼い星を見上げつづけた。
みんな、帰るのだ、と思った。この夜のバスに乗っている、顔も名も知らない人たちが、それぞれの帰る場所を持っていて、それぞれの、待つ人を持っている。あるいは、待たせている人を。この、暮れきった空の下を、無数のバスが、無数の列車が、それぞれの故郷へ向かって走っている。そのことが、途方もなく、けれど温かいことのように、私には思われた。
バスに戻り、再び、暗い高速道路を走りだした。
窓の外は、もう、完全な夜だった。空は墨のような藍で、その低いところに、あの蒼い星が、まだ、見えていた。バスが西へ走るせいで、星は、フロントガラスの、少し左手のあたりに、ずっと、ついてくるように見えた。
私は、目を閉じた。
眠るつもりはなかった。ただ、いろいろなことを、思い出したかった。
環が、まだ小さかった頃、寝つけない夜に、私はよく、子守唄をうたった。妻は音痴で、うたうと逆に娘が泣きだすものだから、うたうのは、いつも私の役目だった。どこで覚えたのか、いまでは思い出せないが、ひとつ、決まってうたう唄があった。
眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
そんな、ふしぎな歌詞の、子守唄だった。眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。私が低い声でそれをうたうと、環は、次第に、まぶたを重くして、やがて、すう、すうと、寝息を立てはじめた。あの、腕のなかの、あたたかな、小さな重み。あれを、私は、もう、何年も、感じていない。
星が海をわたるまで――と、私は、心のなかで、その唄をうたった。
あの蒼い星も、いま、海をわたっているのだろうか。暗い、深い、星々の海を。長い旅を経て、そして、また、去ってゆく。
高速道路を、バスは、ひたすら西へ走った。
夜の道は、昼とはまるで違う。ヘッドライトの光の輪だけが、前方の路面を切り取って、その先は、ただ、暗い。対向車のライトが、ときおり、川の流れのように、右手を過ぎてゆく。遠くの街の灯りが、山あいに、宝石を散らしたように瞬いている。そのすべてが、私を、故郷へ、近づけていた。
二時間ほど走って、二度目の休憩を告げるアナウンスがあった。今度は、私は、外へ出なかった。座席に深く身を沈めたまま、窓の外を、ぼんやりと眺めていた。
すると、通路を挟んだ向かいの席の、初老の男が、私に、話しかけてきた。
「お客さん、○○まで、行きなさるのかね」と、故郷のなまりで、彼は言った。行き先の街の、その、なまり。それを聞いただけで、私の胸は、ふいに、熱くなった。
「ええ」と私は答えた。「実家が、あちらで。単身赴任で、こっちに出ておりまして。二月ぶりの、帰省です」
「そうかね」と男は、うなずいた。「わしはね、息子夫婦の顔を見に行くんだ。孫が、生まれてね。まだ、見とらんのだよ。写真じゃあ、何度も見たがね。この、腕に、抱いてやりたくてね」
男の、節くれだった手が、膝の上で、そっと、何かを抱くようなかたちに、動いた。
「二月ぶり、というと、ずいぶん、間が空くねえ」と、男は、私の言葉を、繰り返すように言った。「わしらの若い頃はね、赴任といったら、そりゃあ、年に一度、盆に帰れれば、御の字だった。手紙が、唯一の便りでね。かかあの字を見て、ああ、達者でおるな、と、それだけで、うれしかった」
「そうですか」
「いまは、電話も、なんでもあるが」と、男は、遠い目をした。「かえって、寂しいこともある。声が聞けるぶん、顔が見えん、というのが、こたえる。声だけ聞いておると、余計に、そばに、おってやりたくなる」
私は、黙って、うなずいた。この見知らぬ老人の言葉が、私自身の、いちばん奥のところを、静かに、言い当てていた。
声が聞けるぶん、顔が見えないのが、こたえる。
そのとおりだった。毎晩のように、妻や娘と、電話やメッセージのやりとりはしている。声は聞ける。顔だって、画面越しになら、見られる。けれど、それは、そばにいる、ということとは、まるで違う。同じ食卓を囲むこと。同じ夜の音を、同じ屋根の下で聞くこと。娘が、居間のソファで、ふと見せる、無防備な横顔。妻が、台所から、鼻歌まじりに立てる、包丁の音。そういう、名づけようもない、些細な、けれどかけがえのないものを、私は、この三年、ほとんど、共に過ごしていない。
「まあ」と、男は、ふっと、笑った。「帰れるうちが、花だがね。帰る場所があって、待っとる者がおる。それだけで、人間、幸せなもんだ。わしのように、この歳になって、初めての孫に会いに行けるというのも、ありがたいことだ」
バスが、再び、動きだした。男は、それきり、口をつぐみ、やがて、静かな寝息を立てはじめた。
私は、窓の外の、暗闇を見つめた。あの蒼い星は、いつのまにか、山の陰に隠れて、もう、見えなくなっていた。
私は、また、目を閉じた。
そして、記憶の底から、ひとつの光景が、ゆっくりと、浮かび上がってきた。
三年前、この街へ発つ、あの朝のことだった。
まだ夜も明けきらない、早い時間だった。私は、大きな鞄をひとつ提げて、玄関に立っていた。妻の弓子が、見送りに出てきた。その後ろに、当時、中学に上がったばかりの環が、パジャマのまま、眠そうな目をこすりながら、立っていた。
「体に、気をつけて」と、弓子は言った。それだけだった。多くを言わない人だった。
環は、何も言わなかった。ただ、じっと、私を見ていた。私は、娘の頭に、手を置いた。
「行ってくるよ」と私は言った。「週末には、帰ってくるからな」
そのとき、環が、ふいに、自分の部屋へ駆けていった。そして、しばらくして、戻ってきた娘の手には、何か、小さなものが、握られていた。
手袋だった。
冬に、妻が娘に編んでやった、毛糸の手袋。その、片方だけ。
「これ」と、環は、それを、私に差し出した。「お守り。……片っぽだけ、持ってって」
私は、その、小さな、片方だけの手袋を、受け取った。
「もう片っぽは」と娘は言った。「わたしが、持ってる。だから、また、帰ってきたら、揃うでしょ。ふたつ揃わないと、手袋じゃないもん。だから、絶対、帰ってきて」
私は、うまく、返事ができなかった。ただ、その、小さな手袋を、ぎゅっと、握りしめた。娘の、温もりの残っているような、その手袋を。
その手袋は、赤い毛糸で編まれていた。ところどころ、目が、揃っていなくて、指のあたりが、少し、いびつだった。妻は、手芸が得意なわけではなかった。それでも、娘のために、冬の夜、こたつに入って、少しずつ、編んだのだ。その、いびつな、けれど、心のこもった手袋を、娘は、自分の宝物のように、大事にしていた。その、片方を、娘は、私に、くれようとしていた。
「いいのか」と、私は、言った。「これ、環の、大事なものだろう」
「いいの」と、娘は、きっぱりと、言った。「お父さんのほうが、大事だから」
その言葉に、私は、危うく、涙ぐみそうになった。当時、十二歳だった娘の、その、まっすぐな、混じりけのない気持ちが、私の胸を、貫いた。私は、その手袋を、内ポケットに、そっと、しまった。心臓の、いちばん近くに。
「ありがとう」と、私は、やっと、それだけ言った。「大事に、するよ」
あれから、三年。その、片方だけの手袋は、いまも、私の、この街のアパートの、机の引き出しに、大切にしまってある。ときどき、それを取り出して、眺める。そのたびに、私は、あの朝の、娘の、まっすぐな目を、思い出す。ふたつ揃わないと、手袋じゃない、という、あの言葉を。
だが、私は、いまだに、その片方を、揃えに帰れていない。二月に一度、帰りはする。けれど、私が持っている片方は、いつも、私と一緒に、この街へ、戻ってきてしまう。私は、娘の手袋を、ふたつ揃えて、あの家に、置いてきてやることが、できていない。
いつになったら、私は、この片方を、あの家に、置いてこられるのだろう。単身赴任が、いつまで続くのか、私にも、わからなかった。次の異動があれば、あるいは。けれど、それは、いつのことか。娘が、高校を出るまでか。大学へ行けば、今度は娘のほうが、家を出るかもしれない。そうなれば、私が家に戻る頃には、もう、娘は、いないかもしれない。
私たちは、すれ違ったまま、それぞれの帰路を、歩いているのかもしれなかった。
前に帰ったときのことを、私は、思い出した。二月前の、あの週末。私は、いつものように、土曜の朝に着いて、日曜の夜に発った。たった、一日半。その、短いあいだに、私は、娘と、まともに、話ができなかった。
娘は、部活があると言って、朝早く出かけ、昼過ぎに帰ってきた。それから、友だちと約束があると言って、また出かけた。夜、夕食のときだけ、私たちは、顔を合わせた。けれど、娘は、あまり、口をきかなかった。学校のことを訊いても、「べつに」「ふつう」と、短く答えるだけだった。私は、どう、話しかけていいのか、わからなかった。三年前なら、娘は、その日あったことを、堰を切ったように、私に話してくれた。給食のこと、友だちのこと、先生のこと。私は、それを、うなずきながら、いつまでも、聞いていられた。
けれど、いまの娘は、違った。娘は、娘の世界を、持っていた。その世界に、私は、もう、入れてもらえなくなっていた。いや、正確には、私が、その世界から、少しずつ、締め出されていったのだ。二月に一度しか帰らない父親に、娘は、自分の世界の、細かなことを、いちいち、報告する気には、なれなかったのだろう。それは、当然のことだった。娘を、責めることは、できなかった。責めるべきは、そばにいなかった、私自身だった。
日曜の夜、私が発つとき、娘は、玄関まで、見送りに出てこなかった。「じゃあ、行ってくるよ」と、私が、二階の娘の部屋に向かって声をかけると、「うん」という、短い返事が、返ってきただけだった。私は、その、閉ざされた襖の前で、しばらく、立ち尽くした。
そのことが、この二月、ずっと、私の胸に、小さな棘のように、刺さっていた。娘は、もう、私のことを、必要としていないのかもしれない。私がいなくても、娘の世界は、ちゃんと、回っている。私の帰りを、そわそわして待っている、と妻は言うけれど、それは、妻の、優しい嘘なのかもしれない。そんな、後ろ向きな考えが、繰り返し、私の胸を、かすめていた。
だからこそ、私は、今日の帰省を、少し、恐れてもいた。また、あの、閉ざされた襖の前に、立たされるのではないか。また、娘の、無関心な横顔を、見ることになるのではないか。二月ぶりに帰る故郷は、私にとって、望郷の対象であると同時に、ひとつの、怖れの対象でも、あったのだ。
バスは、夜を、走りつづけた。
いつのまにか、私は、うとうとと、眠っていたらしい。ふと目を覚ますと、窓の外の景色が、変わっていた。高速道路を降りて、一般道を走っている。見覚えのある、故郷の街の、外れだった。田んぼが、月明かりに、青白く光っている。その向こうに、なだらかな、山の稜線。子どもの頃、毎日、縁側から眺めた、あの、山の。
胸が、いっぱいになった。
もうすぐだ、と思った。もうすぐ、帰り着く。
「まもなく、終点、○○駅前に、到着いたします。お忘れ物のございませんよう――」
アナウンスが流れた。私は、膝の上の紙袋を、しっかりと抱え直した。母への和菓子。妻への紅茶。そして、袋の底の、青いマッチ箱。
バスは、深夜の、静まりかえった駅前のロータリーに、滑り込んで、停まった。
バスを降りると、故郷の、夜の空気が、私を包んだ。少し、湿った、土と、草の匂い。この街の、この季節の、匂い。深く、息を吸い込むと、それだけで、都会での三年間の、いろいろなものが、体の芯から、ほどけていくようだった。
駅前に、一台のタクシーが、客待ちをしていた。実家までは、そこから、車で二十分ほどだ。
「あの――」
背後から、声がした。振り返ると、サービスエリアで話した、あの若い女性が、立っていた。彼女も、この駅で、降りたらしい。
「さっきの、彗星」と、彼女は、少し、はにかんで言った。「なんか、お礼、言いたくて。名前、教えてくれて。ミラ彗星。おばあちゃんに、話してあげるんです。あんな星、見たよって」
「それは」と私は、微笑んだ。「きっと、喜ばれますよ」
「はい」と彼女は、うなずいた。「じゃあ、わたし、迎えが来てるんで。……あの、お客さんも、いい帰省を」
「ええ。あなたも」
彼女は、駅前に停まっていた、一台の軽自動車のほうへ、駆けていった。運転席から、彼女の父親らしい男が、降りてきて、娘の荷物を、受け取った。「よう帰った」という、その、なまりの声が、夜のロータリーに、静かに、響いた。
私は、その、親子の姿を、しばらく、見送った。
そして、タクシーに乗り込んだ。
タクシーは、夜の道を、走った。
窓の外を、見慣れた景色が、流れてゆく。閉まった商店のシャッター。古い、木造の橋。川のせせらぎ。田んぼ。そのすべてが、月の光に、うっすらと、照らされている。三年前と、何ひとつ、変わっていない。変わったのは、私のほうかもしれない、と思った。
やがて、タクシーは、私の実家の、細い路地の入口で、停まった。ここから先は、車が入れない。
料金を払い、車を降りると、路地の奥に、私の育った家の、灯りが、見えた。玄関の、小さな軒灯が、ぽつりと、点いていた。
こんな時間まで、灯りが。
私は、紙袋を提げて、その灯りに向かって、歩いた。深夜だった。もう、日付は、変わっていた。みんな、眠っているはずだった。母も、妻も、娘も。それなのに、玄関の灯りが、点いている。
私を、待っていてくれたのだ。
胸が、締めつけられた。私は、この家に、二月に一度しか、帰らない。それなのに、この家は、いつも、こうして、私のために、灯りを点けて、待っていてくれる。私が、どれだけ、後ろめたさを抱えていても、この灯りは、それを、責めない。ただ、静かに、点っている。おかえり、と、言うように。
私は、玄関の前に、立った。
引き戸に、手をかけた。鍵は、かかっていなかった。田舎の家は、いまも、そうだ。私は、そっと、戸を引いた。
「――ただいま」
小さな声で、私は、言った。
家の中は、しんと、静まりかえっていた。上がり框に、揃えて置かれた、私のための、来客用のスリッパ。三年、変わらぬ、その心遣い。
私が、靴を脱いでいると、居間のほうから、ふと、物音がした。
襖が、開いた。
そこに、母が、立っていた。
母は、ずいぶん、小さくなっていた。前に会ったのは、二月前のはずなのに、そのたった二月で、また、一回り、縮んだように見えた。白髪も、増えた。腰も、少し、曲がっていた。
けれど、その顔は、私を見て、ぱっと、明るくなった。
「おかえり」と、母は、言った。「よう、帰った」
その、たった、ひとことに、私は、三年間、都会でこらえてきた、いろいろなものが、こみあげてくるのを、感じた。よう帰った。母の、その、なまりの声。子どもの頃から、何千回、何万回と、聞いてきた声。
「ただいま、母さん」と、私は、言った。「起こしちゃったか」
「なあに」と母は、笑った。「眠れんかったんよ。おまえが、帰ってくると思うと。歳を取ると、な、うれしくて、眠れんのよ」
母は、私を、居間へ、招き入れた。ちゃぶ台の上に、電気ポットと、湯呑みが、ふたつ、用意してあった。私が帰ってきたら、お茶をいれてやろうと、待っていたのだ。
居間は、何も、変わっていなかった。古い、柱時計。壁に掛かった、父の写真。色褪せた、座布団。畳の、擦り切れた縁。私が生まれる前から、ここにあった、そのすべてが、いまも、ここに、ある。時が、この部屋のなかだけ、ゆっくりと、流れているようだった。都会の、目まぐるしい速さとは、まるで違う、この、たゆたうような、時間。私は、その時間のなかに、身を沈めると、ようやく、肩の力が、抜けていくのを、感じた。
仏壇のほうを、見た。父の位牌が、燭台の、ほのかな明かりに、照らされていた。母は、いまも、毎晩、寝る前に、父に、線香をあげているのだろう。その、細く立ちのぼる、線香の煙の匂いが、この家には、いつも、うっすらと、染みついていた。子どもの頃から、変わらない、この家の、匂い。
「弓子さんと、環は」と私が訊くと、母は、「二人とも、さっきまで、起きて待っとったんよ」と言った。「けど、環が、学校の疲れがあるじゃろうけ、先に寝かせたわ。弓子さんも、朝が早いけえ。……なあに、朝になったら、みんな、おまえの顔を見て、喜ぶわい」
私は、居間に腰を下ろした。母が、ゆっくりとした手つきで、お茶をいれてくれた。その、湯呑みを、両手で受け取ると、あたたかさが、じんわりと、手のひらに、伝わってきた。
「そうだ、母さん」と、私は、思い出して、紙袋を、手繰り寄せた。「土産、買ってきた」
「まあ、そんな、気を遣わんでも」と言いながらも、母の目は、嬉しそうだった。私は、和菓子の箱を、取り出して、母に、渡した。「ほう、これは、おまえ」と母は、目を細めた。「上等なもんを。もったいない」
そして、私は、紙袋の底から、あの、和紙にくるまれた、小さなものを、取り出した。
「これも」と、私は、言った。「母さんに」
母は、不思議そうに、和紙をひらいた。中から、青いマッチ箱が、現れた。
母は、その、青いマッチ箱を、手のひらに載せて、しばらく、じっと、見つめていた。
そして――ふいに、その目に、涙が、盛り上がった。
「母さん」と、私は、驚いて、言った。「どうした。マッチだよ。ほら、仏壇の、線香に。母さん、いつも、マッチを使ってるだろう。それで、これを――」
「これ」と、母は、震える声で、言った。「これ、月光堂の、マッチじゃないの」
「え」
「この、青いの」と、母は、そっと、マッチ箱の、金の月の模様を、指でなぞった。「昔な、この街にも、あったんよ。月光堂って、店が。よろずの雑貨を、売っとってな。マッチも、蝋燭も、線香も。おまえの父さんがな、まだ元気だった頃、いつも、その店で、このマッチを、買うてきてくれたんよ」
私は、息を、のんだ。
「父さんはな」と母は、涙を、指で拭いながら、言った。「不器用な人でな。優しい言葉のひとつも、よう言わん人じゃった。けど、な、毎晩、仏壇の、じいさんばあさんの位牌に、このマッチで、線香をあげてくれてな。そのときだけは、な、なんというか、こう、背中が、優しかったんよ。……その店が、もう、とうの昔に、なくなってな。このマッチも、どこにも、売っとらんようになって。父さんが逝ってからは、な、ずっと、別のマッチを、使うとったんよ。けど、な、心のどこかで、ずっと、あの、青いマッチが、恋しかった。父さんの背中を、思い出すけえ」
母は、青いマッチ箱を、胸に、そっと、抱いた。
「おまえ、これ、どこで」
私は、うまく、答えられなかった。あの、路地の奥の、夜にだけ現れて、朝には消える、月光書房。あの、澄んだ目をした老人。火は、誰かのために灯すものですから、と言って、代金を、受け取らなかった、あの老人。
「――ふしぎな、古本屋で」と、私は、やっと、言った。「都会の、路地の奥にな。月光書房って、店だった。おまけに、これを、くれたんだ」
「月光書房」と、母は、その名を、繰り返した。「……月光堂と、月光書房。ふしぎな、縁じゃねえ」
そして、母は、私を、見た。その、涙に濡れた目で、けれど、深く、あたたかく、私を、見た。
「おまえ」と、母は、言った。「ちゃんと、帰ってきてくれたねえ」
その晩、私は、なかなか、寝つけなかった。
昔の、自分の部屋に、布団を敷いてもらって、横になったのだが、目が冴えて、眠れなかった。二月ぶりの、故郷の家の、夜の音。柱の、きしむ音。遠くの、犬の、鳴く声。障子越しの、月の、青白い光。そのすべてが、懐かしくて、私を、眠らせてくれなかった。
私は、そっと、布団を出て、廊下に立った。
隣の部屋の、襖が、細く、開いていた。そこは、娘の、環の部屋だった。私は、そっと、その隙間から、中を、覗いた。
娘は、眠っていた。
もう、あの、腕に抱いた、小さな娘では、なかった。ずいぶん、大人びた、寝顔だった。けれど、その、無防備な、眠っている顔は、赤ん坊の頃と、少しも、変わっていなかった。私が、子守唄をうたって、寝かしつけた、あの頃の顔と。
眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
私は、心のなかで、そっと、その唄を、うたった。
娘の枕元に、何か、置いてあるのが、見えた。目を凝らすと――それは、手袋だった。片方だけの、毛糸の手袋。あの、三年前、娘が、私に、片方をくれた、あの手袋の、もう片方。
娘は、それを、枕元に、置いて、眠っていた。
三年間、ずっと、そうしていたのだろうか。父親の帰りを、待ちながら。片方だけの手袋を、枕元に置いて。ふたつ揃わないと、手袋じゃない、と言った、あの日から、ずっと。
私は、胸が、詰まった。
自分の部屋に戻って、私は、鞄を、開けた。この街から、持ってきた鞄。その、内ポケットに、私は、いつも、あるものを、入れて、持ち歩いていた。娘がくれた、もう片方の、手袋を。
私は、それを、取り出した。
そして、もう一度、そっと、娘の部屋に、忍び込んだ。娘の、枕元の、片方の手袋の、隣に、私は、私の持っていた、もう片方を、そっと、並べて、置いた。
ふたつ、揃った。
片方は、色が、少し、褪せていた。三年間、都会の、私の机の引き出しで、私と一緒に、過ごしてきた、その片方。もう片方は、娘の枕元で、娘の温もりの、そばで、三年間、待っていた片方。色は、少し、違っていたけれど、それは、確かに、対の、ひとつの、手袋だった。
私は、その、ふたつ揃った手袋を、しばらく、見ていた。
三年という時間が、その、二つの手袋の、色の褪せ方の違いに、宿っていた。同じ日に、同じ毛糸で、同じ人の手で編まれた、対の手袋。それが、三年間、別々の場所で、別々の時を過ごし、いま、こうして、また、並んでいる。片方は、私とともに、都会の乾いた空気のなかを。もう片方は、娘とともに、この、山あいの家のなかを。離れていた三年間が、その、わずかな色の違いとなって、そこに、刻まれていた。
けれど、二つは、確かに、対だった。どんなに離れていても、どんなに色が変わっても、それは、ひとつの手袋の、二つの片われだった。私と、娘のように。私たちは、離れて暮らしている。けれど、離れているからといって、対でなくなるわけでは、ない。私たちは、いつまでも、対だった。ふたつで、ひとつの、手袋なのだった。
そして、娘の、寝顔に向かって、心のなかで、言った。
――ただいま、環。やっと、揃えられたよ。
朝が、来た。
私は、いつのまにか、眠っていたらしい。障子を、明るい光が、照らしていた。台所のほうから、味噌汁の、匂いがしてきた。誰かが、朝餉の、支度をしている。まな板を、包丁が、叩く音。あの、名づけようもない、けれど、かけがえのない、音。
私は、布団を出て、廊下を、歩いた。
居間の襖を、開けると――そこに、みんなが、いた。
母が、台所で、味噌汁を、よそっていた。妻の弓子が、ちゃぶ台に、箸を、並べていた。そして、環が――娘が、私を見て、立ち上がった。
「――おかえり」と、娘は、言った。
その声は、三年前より、また少し、大人びていた。けれど、その顔は、間違いなく、私の、娘の顔だった。娘は、少し、はにかんで、それから、両手を、後ろに、隠すようにして、私を、見た。
その、両手には――ふたつ揃った、あの、手袋が、握られていた。
娘は、それを、私の前に、差し出した。
「揃った」と、娘は、言った。「お父さん、揃えて、くれたんだね」
私は、うなずいた。うまく、言葉が、出なかった。
「でも」と、娘は、言った。少し、いたずらっぽく、笑って。「これ、また、片っぽ、持っていってよ。お父さんが」
「え」と、私は、驚いて、娘を、見た。
「だって」と、娘は、言った。「揃っちゃったら、もう、帰ってくる、理由が、なくなっちゃうもん。だから、また、片っぽ、持ってって。そしたら、また、揃えに、帰ってこられるでしょ」
私は、娘の、その言葉に、胸を、打たれた。
この子は、私が、この家に、帰り続けるための、口実を、自分で、作ろうとしている。片方だけの手袋を、私に持たせて、私を、この家に、繰り返し、帰らせようとしている。ふたつ揃わないと、手袋じゃない、という、あの日の言葉は、私を、束縛するためのものでは、なかった。むしろ、それは、私と、この家とを、いつまでも、結びつけておくための、細い、けれど、決して切れない、糸だったのだ。
「わかった」と、私は、言った。声が、少し、震えた。「持っていくよ。また、片っぽ。そして、また、必ず、揃えに、帰ってくる」
娘は、にっこりと、笑った。あの、赤ん坊の頃と、少しも、変わらない、笑顔で。
朝餉の、ちゃぶ台を、囲んだ。
母の、味噌汁。妻の、卵焼き。娘が、盛ってくれた、ごはん。何でもない、いつもの、朝の食卓。けれど、私にとっては、二月ぶりの、かけがえのない、時間だった。
窓の外は、よく晴れていた。朝の光が、田んぼを、照らし、その向こうの、山の稜線を、くっきりと、浮かび上がらせていた。今夜も、あの、稜線に、日が沈み、空が、茜から、藍へと、移ろってゆくのだろう。そして、あの、蒼い星も、また、西の空の、低いところに、現れるのだろうか。
昨夜、あの、夜行バスの、窓から見た、ミラ彗星のことを、私は、思い出した。何百年に一度、しか、この空を、訪れない、あの、蒼い、旅する星。誰にも見送られず、誰も待たず、ただ、その孤独な軌道を、行く星。
けれど、いま、私は、思う。
あの星も、きっと、どこかへ、帰ろうとしているのだ、と。長い、長い、暗い星々の海を、わたって。そして、いつか、遠い遠い先で、あの星もまた、待つ者のいる場所へ、たどり着くのだろう。私が、この、あたたかな食卓に、たどり着いたように。
「お父さん」と、娘が、私を、呼んだ。「ごはん、おかわり、いる?」
「ああ」と、私は、笑って、茶碗を、差し出した。「もらおうかな」
母が、それを見て、微笑んだ。妻が、味噌汁を、注ぎ足してくれた。
私は、この、あたたかな時間が、日曜の夜には、また、終わってしまうことを、知っていた。日曜の夜のバスで、私は、また、あの、遠い、都会へ、帰ってゆく。片方だけの手袋を、鞄に、忍ばせて。そして、また、二月の、あるいは、それ以上の、長い、離れた日々が、始まるのだろう。
けれど、いまは、それでよかった。
なぜなら、私には、帰る場所があり、待つ人が、いるのだから。ふたつ揃わないと、手袋じゃない、と言ってくれる、娘が、いるのだから。そして、私が、次に帰ってくるとき、また、この家の玄関には、あの、小さな軒灯が、点っているのだから。おかえり、と、言うように。
私は、母のいれてくれた、あたたかいお茶を、ゆっくりと、飲んだ。
窓の外の、朝の光が、ちゃぶ台の上を、金色に、照らしていた。片方だけの手袋を、また鞄に入れて発つ日まで、この光を、しっかりと、胸に、灯しておこうと、私は、思った。火は、誰かのために、灯すもの。あの、月光書房の老人の、言葉が、いま、静かに、私の、胸のなかで、あたたかく、燃えていた。