残された左手
一
三時を過ぎると、この部屋には金の色が満ちる。
南向きの窓は西へも大きく切ってあって、午後のいちばん深い時刻になると、傾いた陽がまっすぐに射しこんでくる。壁の白が、しだいに蜜のような色に染まっていく。床にはブラインドの影が細い梯子のように落ち、それが一段ずつ、ゆっくりと壁を這いのぼっていく。母のベッドは、その光のちょうど真ん中に置かれていた。
わたしは窓辺の椅子に腰かけて、母の手を見ていた。
シーツの上に投げ出されたその手は、いつのまにか小さくなっていた。骨の形がそのまま見え、皮膚はうすい紙のようで、光を当てると爪の付け根まで透けそうだった。子どものころ、この手はもっと大きかった。わたしの手のひらをすっぽりと包んで、道を渡るとき、暗い廊下を歩くとき、いつでも先に温めてくれていた。その手が、いま、わたしの手のなかに、羽根のように軽くおさまっている。
「暖かいねえ」と母が言った。
目を閉じたまま、掠れた声で。何が、とは言わなかった。陽のことか、手のことか、それとも部屋そのもののことか。わたしは訊かなかった。訊けば、返事のために母の息をひとつ使わせてしまう。この数日、母の息は数えられるものになっていた。ひとつずつが、貴重なものになっていた。
「うん、暖かいね」とだけ答えた。
窓の外では、街がゆっくりと午後を仕舞いはじめていた。向かいの棟の屋上に干された洗濯物が、風もないのにかすかに揺れている。遠くの小学校のほうから、下校のチャイムが薄く流れてきた。その音を追いかけるように、烏が二羽、茜のさしはじめた空を斜めに横切っていった。どこかへ帰っていくのだ。みんな、それぞれの帰る場所へと。
この病棟は、丘の上にある。三階のこの部屋からは、街の屋根がずっと下のほうまで見わたせて、その向こうに海が細く光っている。看護師の宮下さんは、この部屋を「いちばん夕日のきれいな部屋」だと言った。空いていてよかった、と。その言葉のうしろにあるものを、わたしは受け取らないふりをした。この部屋がなぜ空いていたのか、次にいつ空くのか――そういうことは、考えないでいるほうがよかった。
わたしは、この一週間、ほとんどこの椅子に坐っていた。会社には、忌引きの前借りのようなかたちで、休みをもらっていた。上司は言葉を選びながら「ゆっくりなさい」と言った。ゆっくり、という言葉が、この頃はいろいろな人の口から、いろいろな重さで、わたしのところへ届いた。ゆっくりお過ごしください。ゆっくり看てあげてください。ゆっくり、お別れを。だれもが、時間をゆっくりにしようとしていた。時間が速く過ぎてしまうことを、みんな知っているのだった。
朝、家を出るとき、わたしはいつも同じことを思った。今日、間に合うだろうか。この扉を出て、丘をのぼって、あの部屋に着くまでのあいだに、母が――そう思うと、足が速くなった。けれど、病室に着いて、母の胸が上下しているのを見ると、全身の力が抜けた。まだ、いる。今日も、いる。その安堵を、わたしは毎朝、味わっていた。安堵しながら、同時に、その安堵の日々が、そう長くは続かないことも、知っていた。
母はもう、ほとんど食べない。点滴も、痛みを和らげるだけのものになっている。担当の先生は、先週の面談で、静かな声で「これからは、時間を大切に」と言った。時間を、治すのではなく、大切に。医療の言葉が、そう変わる瞬間があるのだと、わたしはそのとき初めて知った。
先生は、若い人だった。まだ三十代のなかばだろう。けれど、その静かな声には、たくさんの見送りを重ねてきた人の、落ち着きがあった。「残された時間で、いちばん大切なことを」と先生は言った。「もし、まだ伝えていない言葉があるなら、いまのうちに。あとで悔いの残らないように」。わたしは、うなずいた。伝えていない言葉。それが何なのか、そのときは、まだわからなかった。母に、ありがとうと言えばいいのか。ごめんなさいと言えばいいのか。愛していると言えばいいのか。どれも、ちがう気がした。どれも、足りない気がした。三十何年ぶんの言葉を、この数日で、どうやって渡せばいいのか、わたしにはわからなかった。
母の枕もとには、片方だけの手袋が置いてある。
灰色の、女ものの、毛糸の手袋。左手のほうだ。もう片方は、ない。
これを母が持ってきてくれと言ったのは、入院して間もないころだった。家の簞笥の、いちばん上の引き出しの奥に、白い紙に包んであるから、と。わたしは言われたとおりに探した。奥の隅に、たしかにそれはあった。古い、色の褪せた、片方だけの手袋。もう片方はどこにも見あたらなかった。
「片方しかないよ」とわたしが言うと、母は「それでいいの」と笑った。「それが、いいの」
なぜ片方だけなのか、母は語らなかった。わたしも、そのときは深く訊かなかった。ただそれを病室に持ってきて、枕もとの棚に置いた。母はときどき、それに手をのばして、指先でそっと触れる。撫でるというのでもなく、確かめるというのでもなく、ただ、そこにあることを手で知るように。
そういうとき、母の目はどこか遠くを見ている。この部屋よりも、この街よりも、ずっと遠くを。わたしの知らない時間のどこかを。
娘であるわたしは、母のことをどれだけ知っているだろう。母がわたしを育てた三十何年のことは知っている。けれど、母が母になる前の時間のことを、わたしはほとんど知らない。母にも、娘だったころがあった。だれかの恋人だったころがあった。若くて、これから何にでもなれるはずだったころがあった。その時間の手ざわりを、わたしは何も知らないのだった。
考えてみれば、わたしは母のことを、母としてしか知らなかった。わたしが生まれたとき、母はすでに母だった。わたしにとっての母のはじまりは、わたしのはじまりと同じ日だった。それより前の母は、わたしにとって、写真のなかにしかいなかった。古いアルバムの、色の褪せた写真。若い母が、知らない海辺に立って、まぶしそうに笑っている。その海が北の海だったことを、その笑顔の理由がだれのためだったことを、わたしは、ついこのあいだまで、知らなかった。
片方だけの手袋は、その知らない時間から届いた、一通の手紙のようだった。まだ封を切っていない手紙。母が、わたしに、いつか読ませようとして、枕もとに置いた手紙。母は、たぶん、自分の時間が終わる前に、その手紙を、わたしに読ませたかったのだ。娘に、母としてではなく、ひとりの女として、自分の一生を、渡しておきたかったのだ。人は、帰っていくまえに、自分がだれであったかを、だれかに手わたしておきたいものなのかもしれない。
二
わたしの名は、ふゆ。冬に生まれたから、ふゆ。
母がつけた名だ。「いちばん寒い日に生まれたから」と母はよく言った。「あんたが生まれた朝は、窓が真っ白に凍ってねえ。指で書いたのよ、ガラスに、ふゆ、って」。その話を、わたしは何度も聞かされた。聞かされるたびに、少し照れて、少し嬉しかった。名前というのは、生まれたときに親から受け取る、いちばん最初の贈り物だ。
いま、その母が、帰ろうとしている。
帰る、という言い方を、わたしは自分のなかでそう決めていた。死ぬ、ではなく、いなくなる、でもなく、帰る。どこへ帰るのかは、わからない。けれど、人が生まれてくる前にいた場所があるのなら、そこへ帰っていくのだと思うほうが、わたしの心には優しかった。生まれることが遠い旅の始まりなら、死ぬことは、その旅の終わりに、家の門をくぐることなのかもしれない。
母は、いま、その門の前に立っている。
わたしにできるのは、門のこちら側から、見送ることだけだ。荷造りを手伝うことも、道を教えることもできない。ただ、そばにいて、母の顔を見て、母の手を握って、母が振り返ったときに、笑っていられるように――それだけを、わたしはしようとしていた。それだけが、わたしにできる、たったひとつのことだった。
「ふゆ」と母が呼んだ。
目を開けていた。窓のほうを見ている。陽はもう、部屋の奥まで届いていた。壁の梯子の影が、天井の近くまでのぼっている。ものの影が、いちばん長くなる時刻だった。
「なあに」
「あの手袋のこと、話してなかったねえ」
わたしは母の顔を見た。母は、窓の光のなかで、目を細めていた。その皺の一本一本に、金の色が溜まっていた。
「うん」とわたしは言った。「聞いてない」
「聞きたい?」
「聞きたい」
母は少し笑った。それから、ゆっくりと息を吸った。話をするための息を、ひとつ、蓄えるように。
「昔ね」と母は言った。「わたしにも、待ってる人がいたのよ」
それは、母が十九のときのことだった。
戦後の、まだ何もかもが足りなかった時代。母は北の港町に生まれて、そこで育った。父親――つまりわたしの祖父は、母が幼いころに海で亡くなっていた。母は女手ひとつで育てられ、十五になると、町の小さな縫製工場で働きはじめた。朝は暗いうちから、夜は星が出てから。指がひび割れ、あかぎれになり、冬には血がにじんだ。
その工場に、ひとりの青年がいた。
名を、透一といった。母より三つ年上で、機械の修理をしていた。無口で、けれど手先が器用で、壊れたミシンをまるで魔法のようになおしてしまう。母のミシンがよく壊れたので――というより、母がわざと壊すこともあったので――ふたりは、しぜんと言葉を交わすようになった。
「わたしね、あの人のミシンなおしてもらいたくて、糸をわざと絡ませたのよ」と母は言った。「ばれてたと思うわ。あの人、笑ってた」
母は、そのころのことを話すとき、少しずつ、若い声に戻っていくようだった。掠れた声の奥から、十九の娘の声が、透けて聞こえてくる。話すたびに、息が足りなくなって、途中で止まる。わたしは待った。急かさずに、母の息が戻るのを待って、続きを聞いた。母は、目を閉じたまま、まぶたの裏に、遠い工場の景色を映しているようだった。ミシンの並んだ、寒くて薄暗い作業場。窓の外には、いつも雪。指を吐く息で温めながら、それでも、あの人がいるというだけで、通うのが楽しみだった工場。
「あの人はね」と母は言った。「工具箱に、いつも青いマッチ箱を入れてたの。三日月の描いてある、藍色のマッチ箱。仕事の合間に、外に出て、煙草を一本吸うのよ。そのときの、マッチを擦る音が、わたし、好きでねえ。しゅっ、て。その音がすると、ああ、あの人、休憩に出たんだって、わかるの。それで、わたしも、糸を捨てるふりして、外に出るのよ」
母は、少し笑った。「ずるい娘だったのよ、わたし」
透一は、いつも片方だけ手袋をしていた。左手だけ。右手は、機械をさわるから、素手のほうがいいのだと言った。冬の工場は氷のように寒かった。だから左手だけ、毛糸の手袋をしていた。母が編んだのだった。
「あんまり寒そうだったから、編んであげたの。でも右手はいらないって言うから、片方だけ。だから、対になってない手袋なのよ、あれは。最初から、片方だけ」
母は、枕もとの手袋に、指をのばした。
「これがそう。あの人にあげた手袋。左手の」
三
透一と母は、いつのまにか、将来のことを話すようになっていた。
工場が終わったあと、港の突堤を歩きながら。冷たい海風のなかで、透一の片方だけの手袋をした手が、母の手を握った。素手の右手ではなく、手袋をした左手のほうで。「こっちのほうが暖かいから」と透一は言った。「ふみちゃんの手を、冷やしたくない」
ふみ、というのが、母の名だった。
ふたりは、春になったら祝言を挙げようと約束した。そして、この寒い北の町を出て、南のほうへ行こうと話した。透一には、南の街に働き口の当てがあった。あたたかい海の見える街だという。「そこで、小さな家を借りて、ミシンを一台置いて、ふみちゃんが縫って、おれがなおして」。透一は、そんなふうに未来を描いた。母は、その絵のなかに、自分の一生を見た。
「毎晩ね」と母は言った。「眠るまえに、その家のことを考えたの。どんな窓があって、どんな庭があって、どこに手袋を掛けておくか、まで。指が痛くても、あかぎれが痛くても、その家のことを考えると、眠れたのよ」
透一は、その南の街の話をするとき、いつも、目を輝かせた。行ったこともないその街のことを、まるで見てきたように語った。冬でも雪の降らない街。海がきらきら光っていて、みかんの木が庭にあって、坂の多い街。「坂の上から、海が見えるんだって」と透一は言った。「そこに立って、ふみちゃんと、夕日を見るんだ。毎日、いっしょに、夕日を」。母は、その言葉を、七十年、覚えていた。坂の上から、海の見える街。夕日を、いっしょに見る街。
「いまね」と母は、病室の窓のほうを見て、言った。「ここが、その街なのよ。あの人が言ってた街。坂の上から、海が見える。夕日が、きれい。わたし、ちゃんと、来たの。あの人の言ったとおりの街に」
わたしは、はっとした。母がこの街に来たのは、偶然ではなかったのだ。父に会ったのも、わたしを産んだのも、この街で一生を過ごしたのも――そのすべての始まりに、透一の言葉があった。坂の上から海の見える、あたたかい南の街。母は、その人の描いた絵のなかへ、ひとりで、歩いていったのだった。
けれど、その春は、来なかった。
透一は、南へ行く前に、一度だけ故郷に帰った。年老いた両親に、結婚のことを報せるために。汽車に乗って、雪の峠を越えて。そして、その汽車が――峠のトンネルの手前で、雪崩に。
母は、しばらく黙った。窓の外を見ていた。陽が、いよいよ赤くなりはじめていた。金から、朱へ。部屋の白い壁が、燃えるような色に染まっていく。
「報せが来たときね」と母は、静かに言った。「わたし、工場でミシンを踏んでたの。糸を通してる最中だった。それで、その糸を、通しおえてから、立ち上がったのよ。おかしいでしょう。悲しくてどうにかなりそうなのに、糸だけは、通しおえてから立ったの」
わたしは、母の手を、少し強く握った。
「あの人、手袋してたのよ」と母は続けた。「見つかったとき。左手に、わたしの編んだ手袋を、してたって。右手は素手で。だから、片方だけ、戻ってきたの。手袋が。あの人といっしょに焼いてあげたらよかったのにねえ。でもわたし、もらってきちゃった。片方だけ。あの人が、最後まで、してくれてた手袋」
母は、その町を出た。
透一と行くはずだった南へ、母はひとりで向かった。汽車に乗って、あの人が越えるはずだった峠を越えて。「あの人が行くはずだった街を、わたしが見てくるって決めたの。ひとりでも」。そうして母は、この街に着いた。あたたかい海の見える街。いまこの病室の窓から、細く光って見えている、あの海の街に。
母は、この街で、しばらく途方に暮れていたという。透一のいない、透一の街。当てにしていた働き口も、透一を頼って来るはずのものだったから、母ひとりでは、うまくいかなかった。知る人もなく、金もなく、母は、この見知らぬ街の片隅で、しばらく、ただ、生きていた。生きる、というより、死ななかった、というほうが近いかもしれない、と母は言った。透一のいない世界で、どうして自分だけ生きているのか、そのわけが、母には、わからなかった。
「あのころはね」と母は言った。「毎晩、あの子守唄を歌ってた。ひとりで。透一さんが歌ってくれた、あの唄。眠れ、眠れ、って。歌わないと、眠れなかったの。歌えば、あの人の声が、聞こえる気がして。それで、やっと、眠れたのよ」
そんな母を、拾うようにして、雇ってくれたのが、小さな洋裁店だった。そこの主人が、のちに母の夫となる人――わたしの父の、伯父にあたる人だった。
「この街でね、あんたのお父さんに会ったのよ」と母は言った。「いい人だった。あんたのお父さんは、ほんとうにいい人だった。わたし、しあわせだったのよ。うそじゃない。あんたを産んで、育てて、お父さんと三人で暮らして。ほんとうに、しあわせだった」
わたしの父は、十年前に亡くなっている。穏やかな、口数の少ない人だった。母を、大切にしていた。母も、父を大切にしていた。それは子どものわたしにも、はっきりとわかる、あたたかい夫婦だった。
「でもね」と母は言った。声が、少し掠れた。「透一さんのことは、いちども忘れなかった。お父さんに悪いと思いながら、それでも、片方の手袋だけは、ずっと簞笥の奥に持ってた。ときどき、出して、見て、しまって。お父さんには、言わなかった。言えなかった。だから、ずっと、片方だけだったのよ、わたしの人生も。片方は、あの北の町に、置いてきたまま」
四
看護師の宮下さんが、そっと入ってきた。
夕方の見まわりだった。彼女はわたしと母の様子を見て、それから窓の外の空を見て、「きれいですねえ」と小さく言った。母のベッドの脇に立って、点滴の残りを確かめ、母の額にそっと手をあてた。
「ふみさん、痛みはどうですか」
母は、目を閉じたまま、かすかに首を振った。「だいじょうぶ。今日は、いい日」
宮下さんは、微笑んだ。それから、わたしのほうを見て、目でうなずいた。まだ、大丈夫。まだ、時間はある。けれど、そう長くは――その目は、そういうことを、言葉にせずに伝えてきた。わたしは、うなずきかえした。わかっています、というふうに。わかりたくない、という思いを、飲みこんで。
宮下さんは、この病棟に長く勤めている人だった。たくさんの人を、この部屋から送り出してきたのだろう。それでも、彼女の手つきには、慣れというよりも、いつも、初めてのもののような、丁寧さがあった。ひとりひとりの最期が、彼女にとって、初めての最期であるかのように。母の枕もとの片方の手袋を見て、彼女は一度、その意味を訊いたことがあった。わたしが、母から聞いた話を、かいつまんで伝えると、宮下さんは、しばらく黙って、それから「素敵な手袋ですね」と言った。「片方だけ、って、寂しいことみたいに聞こえるけど。ほんとうは、もう片方が、どこかで待ってる、ってことですものね」
わたしは、その言葉を、心のなかで、繰りかえした。片方だけは、寂しいことではない。もう片方が、どこかで待っている、ということ。
「宮下さん」と、去りぎわに、わたしは呼びとめた。「あの、母は――今夜、でしょうか」
宮下さんは、少し、立ち止まった。それから、静かに言った。「わかりません。こればかりは、だれにも。でも」と、彼女は窓のほうを見た。「こんなに、きれいな夕方ですから。お母さまは、きっと、いい時間を選ばれると思いますよ」
いい時間を、選ぶ。人が帰っていくのに、時間を選ぶことができるのだと、宮下さんは言った。わたしは、その言葉を、信じたかった。母が、いちばん美しい光の刻を選んで、帰っていくのだと。
宮下さんが出ていくと、部屋はまた、ふたりだけになった。陽は、いよいよ低くなっていた。西の窓の下のほうに、太陽そのものが見えはじめていた。真っ赤な、大きな、重たそうな太陽。それが、街の屋根の向こうへ、海のほうへ、ゆっくりと沈もうとしていた。
母は、その太陽を見ていた。
「ふゆ」と母が呼んだ。
「なあに」
「わたしね、こわくないのよ」
わたしは、母の顔を見た。
「死ぬのが、こわくないの。ほんとうよ。むかしは、こわかった。あんたが小さいころは、死ぬのがこわくて、こわくて。あんたを置いていくのが、こわくて。でも、いまはね、こわくないの。ふしぎねえ」
「どうして」とわたしは訊いた。声が、少し震えた。
母は、ゆっくりと笑った。
「あの人が、待ってると思うから」
わたしは、返す言葉が見つからなかった。
嫉妬に似たものが、胸をよぎった。おかしなことだ。母の初恋の相手に、七十年もむかしに雪の峠で亡くなった、会ったこともない青年に、わたしは嫉妬している。母の最期の安らぎが、父ではなく、その人のほうにあることに。
けれど、それはすぐに、別のものに変わった。
母は、七十年、待たせていたのだ。あるいは、七十年、待っていたのだ。片方の手袋を、簞笥の奥に抱えて。もう片方の手袋のほうへ、いつか帰っていくために。母のこの長い一生は――父との歳月も、わたしを育てた時間も、そのすべてが、しあわせでありながら、同時に、ひとつの長い帰り道でもあったのかもしれなかった。北の港町に置いてきた、もう片方の手袋のほうへの。
それに――と、わたしは思った。母は、父のことも、たしかに愛していた。それは、嘘ではなかった。子どものわたしが、毎日、目にしていたことだ。父が仕事から帰ると、母は玄関まで出て、父の鞄を受け取った。父は、母の淹れたお茶を、両手で包むようにして飲んだ。ふたりは、たいした話をするでもなく、けれど、同じ部屋にいるだけで、なにか安らいでいた。父が亡くなったとき、母は、人前では気丈にしていたが、夜中に、台所で、ひとり泣いていた。わたしは、それを知っている。母の涙は、本物だった。
母のなかには、たぶん、ふたつの愛があったのだ。透一への愛と、父への愛。それは、どちらかが本物で、どちらかが偽物、というものではなかった。片方の手袋と、もう片方の手袋のように。左手と、右手のように。どちらも、母のものだった。どちらも、母の一生を、あたためた。ただ、透一の手袋は、最後まで、片方だけだった。だから、母は、それを持ちつづけたのだ。対にならなかったものは、いつまでも、心の奥に残る。対になったものは、しあわせのなかに、溶けていく。
だとしたら、わたしにできるのは、嫉妬することではなかった。
見送ることだった。母が、七十年ぶりに、もう片方の手袋と対になれるように。ばらばらだった片方が、ようやく、片方と出会えるように。
「ねえ、母さん」とわたしは言った。「その手袋、あの人に、もういちど渡してあげたら」
母は、わたしを見た。目に、光が溜まっていた。夕陽の光か、それとも別のものか。
「いいの?」と母は言った。まるで、子どものように。「いいの、ふゆ。あんたに、悪くない?」
「悪くないよ」とわたしは言った。喉の奥が、熱かった。「母さんの手袋だもの。母さんが、渡したい人に、渡していいんだよ」
五
わたしは、枕もとの手袋を手に取った。
灰色の、片方だけの、毛糸の手袋。指でつまむと、思ったより軽かった。七十年の時間の重さを、この軽さのなかに閉じこめて。母が、十九の指で、あかぎれの指で、寒い工場の隅で編んだ手袋。もう片方は、北の海の見える町の、青年の墓のなかにある。あるいは、もう土に還っているかもしれない。
わたしは、その手袋を、母の左手に、そっとはめてやった。
手袋は、古かった。毛糸のところどころが、うすくなり、糸がほつれかけていた。七十年という時間が、その毛糸の一目一目に、しみこんでいた。母が編んだ、あかぎれの指の記憶も。突堤の風も。雪崩の朝の悲しみも。南の街まで、ひとりで運んできた重さも。すべてが、この小さな、片方だけの手袋のなかに、たたまれていた。
小さくなった母の手には、少しゆるかった。けれど、母は、その手をじっと見つめた。手袋をはめた、自分の左手を。それから、そのまま、右手を、その上に重ねた。まるで、だれかの手を握るように。手袋越しに、七十年前の、あの突堤の風を、握りしめるように。
「あったかい」と母は言った。
朱の光が、部屋いっぱいに満ちていた。もう、金でも赤でもなく、深い朱色。その光のなかで、母の手袋をした手が、静かに、握られていた。
「透一さん」と母は、小さく呼んだ。「遅くなって、ごめんね」
わたしは、窓のほうへ顔を向けた。母に、涙を見せないように。太陽は、もう半分、海に沈んでいた。空は、朱から、藍へと、上のほうから染まりはじめていた。一日が、暮れていく。すべてのものが、それぞれの帰る場所へと向かう、いちばん静かな時刻。
「子守唄をね」と母が言った。「歌ってもらったの、あの人に」
「え?」
「透一さん。あの人、歌がへたでねえ。でも、突堤を歩きながら、歌ってくれたの。ひとつだけ、知ってる子守唄があるって。妹に歌ってあげてたんだって。眠れ、眠れって」
母は、目を閉じた。そして、掠れた声で、ゆっくりと、口ずさみはじめた。
「眠れ……眠れ……星が、海を、わたるまで……」
その旋律を、わたしは知っていた。子どものころ、母がわたしに歌ってくれた、あの子守唄だった。眠れないわたしの背中を、母がとんとんと叩きながら、低い声で歌ってくれた、あの唄。わたしは、それが母の唄だと思っていた。母の生まれた町の唄だと。けれど、そうではなかった。それは、透一という青年が、寒い北の突堤で、母に歌った唄だったのだ。母は、その唄を、七十年、抱えていた。そして、わたしに歌ってくれていた。知らぬまに、わたしは、会ったこともないその人の唄で、眠りについていたのだった。
「眠れ、眠れ、星が海をわたるまで」
わたしも、いっしょに、口ずさんだ。母の声に、わたしの声を重ねて。ふたつの声が、朱の光のなかで、ひとつになった。片方と片方が、対になるように。
歌いおえると、母は、しばらく、静かにしていた。
わたしは、母の顔を見ていた。夕陽が、その顔を照らしていた。皺の一本一本に、影が落ちて、それがまた、母の顔を、深いものにしていた。若いころの母は、きれいな人だったと、父はよく言った。写真のなかの母は、たしかにきれいだった。けれど、いま、この光のなかにいる母は、若いころのきれいさとは、別の美しさをまとっていた。長い時間を生きて、たくさんのものを見送って、それでも、穏やかに帰っていこうとしている人の、静かな美しさ。
「ふゆ」と、母が、また呼んだ。
「なあに」
「あんたには、苦労をかけたねえ」
「そんなこと」
「かけたのよ。お父さんが早く逝って、それから、あんたが、ずっと、わたしのそばにいてくれて。結婚だって、しなかったでしょう。わたしのために」
わたしは、返事に詰まった。それは、わたしが、ずっと、言わないでいたことだった。母のために結婚しなかった、なんて、思ったこともない――と、自分に言いきかせてきたことだった。けれど、母には、わかっていたのだ。母を、ひとりにできなかった、わたしの気持ちが。
「わたしね」と母は言った。「あんたに、あの子守唄を歌ってあげるとき、いつも、透一さんのことを思ってた。あんたは、あの人の子じゃない。お父さんの子。それなのに、わたしは、あんたに、あの人の唄を歌ってたの。ごめんね。あんたに、あの人の唄を、うつしてしまって」
「ううん」とわたしは言った。「うれしいよ、母さん。わたし、あの唄が、大好きだった。あの唄で、眠るのが、大好きだった。母さんの唄だと思ってた。ううん、いまも、母さんの唄だよ。母さんが、わたしに、歌ってくれた唄。だれの唄でも、いい。母さんの声で聞いた唄が、わたしの、宝物だよ」
母の目から、涙が、一筋、こぼれた。それが、夕陽を受けて、金色に光った。わたしは、その涙を、指先で、そっとぬぐった。母の頬は、あたたかかった。まだ、あたたかかった。
「ありがとう」と母は言った。「ふゆ。生まれてきてくれて、ありがとう」
その言葉を、わたしは、待っていたのかもしれない。伝えていない言葉。伝えられていない言葉。それは、わたしが母に言う言葉ではなくて、母がわたしに言う言葉だった。生まれてきてくれて、ありがとう。名前をくれた母から、その名前を受け取ったわたしへの、最後の贈り物。
「わたしも」とわたしは言った。声が、震えた。「わたしも、母さんの子で、よかった。ありがとう、母さん。産んでくれて、ありがとう」
ふたりで、しばらく、泣いた。悲しくて泣いたのではなかった。ありがとうを言えたことが、うれしくて、泣いた。夕陽の光のなかで、母と娘が、手を握りあって、泣いていた。手袋をした母の手と、素手のわたしの手が、握りあっていた。
六
そのとき、窓の外の空に、ひとつの星が見えた。
日はもう沈んで、空の上のほうは、深い藍色になっていた。けれど、西の低いところは、まだ茜の色を残していた。その茜と藍の境目のあたりに、宵の一番星のように、ぽつりと、ひとつの光があった。
けれど、それはふつうの星ではなかった。
蒼い、澄んだ、青い光。そして、その光は、細くて長い、尾を引いていた。まるで、だれかが夕暮れの空に、そっと一筆、蒼い線を刷いたように。金星でも、木星でもない。わたしは、そんな星を、いままで見たことがなかった。
「母さん」とわたしは言った。「星。青い、星が」
母は、うっすらと目を開けた。窓のほうを見た。そして、その蒼い星を見つけると、かすかに、笑った。
「ああ」と母は言った。「ミラ彗星。ひさしぶりねえ」
「知ってるの?」
「昔、見たのよ。あの人と。あの突堤で。空を、青いのが横切ってねえ。透一さんが言ったの。あれは、一度きり通る星なんだって。ずっとむかしの人が、ミラって名前をつけたんだって。ふしぎと呼ばれた星なんだって」
蒼い星は、茜の空に、静かに尾を引いていた。ほんの一度きり、その空を横切るために現れた星。すべての帰路のうえに、ひとつだけ、青い道しるべを引くために。
「あの人が」と母は言った。「迎えに来てくれたのかもしれないねえ」
わたしは、その星を、母といっしょに見ていた。
ふしぎなことに、涙は止まっていた。かわりに、胸のなかが、しずかに、あたたかくなっていた。悲しみが、なくなったわけではない。母は帰ろうとしている。もうすぐ、この部屋から、いなくなる。それは変わらない。けれど、その悲しみのなかに、いつのまにか、別のものが混じっていた。
それは、たぶん、祝福に似たものだった。
七十年、片方だけだった手袋が、対になろうとしている。七十年、待っていた人が、迎えに来ようとしている。母の長い帰り道が、いま、終わろうとしている。そのことを、わたしは、悲しみながら、同時に、よろこんでいた。母のために、よろこんでいた。
人を見送るというのは、こういうことなのかもしれない。悲しみと祝福が、片方と片方のように、対になって、ひとつの心のなかにおさまること。どちらか一方では、足りない。ふたつそろって、はじめて、ちゃんと見送れるのだ。
蒼い星は、しだいに、藍のなかに溶けていった。空が、すっかり夜になるまえの、ほんのわずかな時間。彗星は、その茜と藍のあいだにだけ、姿を見せて、そして、消えた。
七
彗星が消えたあと、母は、うとうとと、眠りに入っていった。
苦しむ様子は、まったくなかった。ただ、呼吸が、少しずつ、ゆっくりになっていった。潮が引いていくように。波が、だんだん、遠くなっていくように。わたしは、母の手を握って、その呼吸を、数えていた。ひとつ、ふたつ、みっつ。あいだが、少しずつ、長くなっていく。
わたしは、宮下さんを呼ぼうか、と思った。けれど、呼ばなかった。この時間を、母とふたりだけで、過ごしたかった。だれにも、邪魔されたくなかった。母が、いちばん美しい光の刻を選んで帰っていくのなら、その帰り道を、わたしが、いちばんそばで、見送りたかった。
わたしは、母の耳もとで、あの子守唄を、歌った。母が、透一に歌ってもらい、わたしに歌ってくれた、あの唄。今度は、わたしが、母に歌う番だった。
「眠れ、眠れ、星が海をわたるまで」
母の唇が、かすかに、動いた。歌に、合わせるように。声は、もう、出なかった。けれど、たしかに、母は、いっしょに歌っていた。わたしの声と、母の唇が、最後に、ひとつになった。
その夜、母は、眠るように息を引き取った。
夕陽が沈んでから、しばらくして。夜の八時を少しまわったころだった。宮下さんを呼ぶ間もなく、ほんとうに、眠るように。手袋をした左手を、右手で握ったまま。子守唄の続きを、口のなかで、かすかに動かしながら。
「眠れ、眠れ、星が海をわたるまで」
その最後のひとことは、声にならなかった。けれど、母の唇は、たしかに、その形に動いた。星が、海をわたるまで。彗星が、茜の空をわたって、藍に溶けるまで。母は、その唄のなかで、帰っていった。
わたしは、母の手を、しばらく握っていた。手袋の毛糸の、かすかにざらついた感触が、手のひらに残った。七十年前に、母が編んだ手袋。もう片方は、ここにはない。けれど、いまはもう、片方だけとは思わなかった。母は、もう片方のところへ、帰っていったのだから。ふたつは、いまごろ、どこかで、対になっているのだから。
葬儀のあと、わたしは母の家を片づけた。
簞笥のいちばん上の引き出しを開けた。手袋を包んであった、あの白い紙が、まだそこにあった。母は、その手袋を病室に持っていったから、紙だけが残っていた。わたしは、その紙を手に取った。古い、黄ばんだ、薄い紙。
その紙の内側に、何か書いてあった。
鉛筆の、うすい字だった。母の若いころの字だろうか。それとも――
「ふみちゃんへ。南の街で、待ってる。あたたかい海の見える街で。とう」
わたしは、その紙を、長いあいだ見つめていた。
透一が、母に宛てた言葉だった。峠を越える前に、書き残したのだろうか。それとも、母が、その人の声を、あとから紙に書きつけたのだろうか。どちらかは、もう、わからない。けれど、母は、この紙で、手袋を包んでいた。七十年ものあいだ。「南の街で、待ってる」という言葉で、片方だけの手袋を、包んでいた。
母は、その街に来たのだ。透一が待つと言った、あたたかい海の見える街に。そして、その街で、七十年を生きて、いま、帰っていった。
待ってる、という言葉のほうへ。
引き出しの、いちばん奥には、もうひとつ、小さなものがあった。
古い、青いマッチ箱だった。三日月の刻まれた、藍色の、色の褪せたマッチ箱。それが、白い紙の下に、そっと隠すように、置かれていた。わたしは、それを手に取って、しばらく見つめた。
これは、透一のマッチ箱だ、と、すぐにわかった。母が話してくれた、あの、青いマッチ箱。透一が工具箱に入れていて、休憩のたびに、しゅっ、と擦っていた、あのマッチ箱。それを、母は、持っていたのだ。手袋といっしょに、七十年。あの人が、最後に触れたもの。あの人の指の温もりが、最後に残っていたかもしれない、小さな箱。
振ってみると、なかで、かすかに、音がした。マッチが、まだ、何本か、残っているようだった。七十年前の、マッチ。もう、火はつかないかもしれない。けれど、母は、それを、火をつけるためではなく、思い出すために、持っていたのだろう。しゅっ、という、あの音を。あの人が休憩に出た、という合図の音を。その音を思い出せば、いつでも、あの突堤の風のなかへ、帰れたのだろう。
わたしは、そのマッチ箱を、手のひらに握った。冷たい、けれど、握っていると、だんだん、あたたかくなる。母が、七十年、握っていたのと、同じように。
八
母を送ってから、ひと月が経った。
わたしは、あいかわらず、あの丘の上の街に住んでいる。母が透一のかわりに来た、あたたかい海の見える街に。夕方になると、ときどき、あの病棟のある丘のほうへ歩いていく。母が最期の日々を過ごした、あの部屋の窓を、下から見あげるために。
夕暮れの光は、いまも、金から朱へ、朱から藍へと移ろっていく。烏が、それぞれの帰る場所へと、茜の空を横切っていく。下校のチャイムが、遠くから流れてくる。すべてが、あのころと、変わらない。ただ、母だけが、いない。
けれど、いないとは、思わない。
母は、帰っていっただけだ。門をくぐって、家に入って、七十年待っていた人と、片方と片方の手袋を、対にして。いまごろは、あの突堤を、ふたりで歩いているだろう。透一の、手袋をした左手が、母の手を握って。「こっちのほうが暖かいから」と言いながら。冷たい北の海風のなかで。ふたりで、あの子守唄を、口ずさみながら。
その日の夕暮れ、わたしは、いつもとちがう道を歩いた。
病棟の丘の、裏手のほうへ。細い路地が、いくつも入りくんでいる、古い町並みのなかへ。夕陽が、路地のあいだから、斜めに射しこんでいた。石畳が、朱色に染まっていた。わたしは、あてもなく、その路地を歩いた。母のことを、考えながら。
すると、路地のいちばん奥に、灯りが見えた。
小さな、あたたかい、橙色の灯り。近づいてみると、それは、一軒の古書店だった。木の看板に、「月光書房」とあった。こんな店が、こんなところにあっただろうか。わたしは、この町のことなら、たいてい知っているつもりだった。けれど、この店のことは、まったく知らなかった。
窓の外を、ふと見あげた。
茜の空の、低いところに、蒼い星が、尾を引いていた。あの、ミラ彗星だった。母が帰っていったあの日に見た、あの青い星が、いままた、夕暮れの空を、静かに横切っていた。
九
わたしは、店の扉を押した。
からん、と、乾いた音がして、鈴が鳴った。店のなかは、天井まで、古い本で埋まっていた。古い紙の匂い。ほこりと、時間の匂い。奥の帳場に、白髪の店主が、ひとり、坐っていた。灯りの下で、何か古い本を読んでいた。
「いらっしゃい」と店主は、顔をあげずに言った。「ゆっくり、ごらんなさい」
わたしは、棚のあいだを、歩いた。本には、それぞれ、時刻の書かれた札がついていた。夜明け前。明け方。朝。昼前。真昼。昼下がり。夕方。棚は、一日の時刻に、分かれているようだった。わたしは、「夕方」の棚の前で、足を止めた。
そのなかの一冊に、手がとまった。
古い、うすい、布装の本だった。背表紙に、題はなかった。手に取って、開いてみると――そこには、母のことが書いてあった。いや、母のことではない。母によく似た、けれど別の女のことが。北の港町で、片方だけの手袋を編んだ、ひとりの若い女のことが。子守唄のことが。片方だけの手袋のことが。そして、茜の空をわたる、蒼い彗星のことが。
わたしは、驚いて、店主のほうを見た。
「これは――」
「借りていきなさい」と店主は言った。今度は、顔をあげて。しわの深い、けれど穏やかな顔で。「その話は、あなたに読まれるのを、待っていたようだ」
わたしは、その本を胸に抱えて、店を出た。
外は、すっかり暮れていた。茜は、もう、藍に溶けていた。空には、ひとつ、ふたつと、星が出はじめていた。蒼い彗星は、もう、見えなかった。一度きり、その空を横切って、消えたのだった。
ふりかえると、月光書房の灯りが、路地の奥に、ぽつりと灯っていた。あたたかい、橙色の灯り。それは、まるで、だれかが最後に消し忘れた、部屋の窓の灯りのようだった。
わたしは、家に帰った。
そして、その夜、簞笥のいちばん上の引き出しを開けた。母が七十年、片方の手袋をしまっていた、あの引き出し。いまは、あの青いマッチ箱が、そこにある。手袋は、母といっしょに、送った。だから、いまは、マッチ箱だけが、残っている。わたしは、その隣に、月光書房で借りた本を、そっと置いた。
それから、わたしは、思いついて、あのマッチ箱を、手に取った。振ると、かすかに、音がした。七十年前のマッチ。母が、火をつけずに、思い出すためだけに、持っていたマッチ。
わたしは、一本、取り出して、擦ってみた。
しゅっ、と、乾いた音がした。母が、あんなに好きだと言っていた音。そして――ふしぎなことに、火が、ついた。七十年前のマッチに、小さな、橙色の炎が、灯った。その炎は、暗い部屋のなかで、ほんの一瞬、揺れて、母の写真を、あたたかく照らした。若い母が、北の海辺で、まぶしそうに笑っている、あの写真を。
わたしは、その炎を、しばらく見ていた。それから、そっと、吹き消した。ひとすじの、白い煙が、立ちのぼって、消えた。
いつか、わたしも、だれかを見送るときが来るだろう。あるいは、わたしが、見送られるときが。そのときには、この本を、また、開こうと思った。そして、このマッチを、もう一本、擦ろうと思った。だれかの帰り道を、その小さな炎で、照らすために。
夕暮れというのは、一日のうちで、いちばん影の長くなる時刻だ。
もののかたちが、その日いちばん、長く伸びる。人も、鳥も、それぞれの帰る場所へと、向かっていく。去りゆくものがあり、見送るものがある。そのどちらも、悲しく、そして、美しい。
母は、いちばん長い影の刻に、帰っていった。片方だけだった手袋を、対にするために。七十年待っていた人の、待つ声のほうへ。子守唄を口ずさみながら。茜の空をわたる、蒼い星に、道を照らされて。
わたしは、いまも、夕暮れになると、西の空を見あげる。金から、朱へ。朱から、藍へ。その移ろいのなかに、母のいた時間が、溶けている。母の歌った子守唄が、風のなかに、かすかに、聞こえる気がする。
眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
そして、いつか、わたしの空にも、あの蒼い星が、もう一度だけ、尾を引くのだろう。そのときには、わたしも、こわくないだろう。母が、あの引き出しの奥で、片方の手袋を持って、待っていてくれるのだから。