最後の一通
机の上に、まだ書かれていない手紙がある。ひとまわり大きな月のように、白い便箋が灯りの下でしずかに息をしている。
わたしは今年で六十四になる。ひとりで暮らすようになって、もう四つの冬を越した。妻の芳江が逝ってから、この家はずいぶん静かになった。静かというのは、ただ音がしないということではない。音がしないと知っていて、それでもどこかで音を待っている、そういう静かさのことだ。
宵の刻になると、わたしはいつも文机の前に座る。若い頃に父から譲り受けた古い机で、天板の右手に、湯呑みを置きすぎて染みになった飴色の輪がある。その輪のかたちを、指でなぞる癖がついた。芳江に叱られながらつけてしまった染みだから、これはもう、消したくない。
このごろは、日が暮れるのが、やけに早く感じられる。若い頃は、宵などというものは、一日の終わりの、ただの通り道にすぎなかった。仕事から帰り、飯を食い、風呂に入り、あとは眠るまでのわずかな刻。それが宵だった。けれど、ひとりになってからは、この宵の二時間ばかりが、一日のうちで、いちばん長く、いちばん深い時間になった。日がすっかり落ちて、外の物音が絶えて、けれどまだ、眠るには早い。その、宙ぶらりんの刻に、わたしは、ひとり、この机の前に座る。座って、なにをするというのでもない。ただ、灯りをともして、その光のなかに、しばらく、いる。
隣近所では、いまごろ、夕餉の支度がすんで、家族が食卓を囲んでいるのだろう。茶碗のふれあう音、子どもの笑い声、湯気の立つ味噌汁の匂い。そういう、あたたかな団欒の気配が、宵の空気を伝って、わたしの家の壁ごしに、かすかに届いてくる。届くのだが、それは、わたしのものではない。わたしの家には、もう、囲むべき食卓もなければ、聞くべき笑い声もない。あるのは、この、飴色の染みのついた古机と、ひとつきりの灯りと、そして、たくさんの、思い出だけだ。
けれど、寂しいとばかりも言えない。ひとりの宵には、ひとりの宵の、静かな豊かさがある。だれにも気兼ねなく、思い出のなかに沈んでいける。灯りをともして、その光のふちの翳りに、亡き人の面影を座らせて、しずかに語らうことができる。団欒には団欒の温もりがあり、孤独には孤独の、澄んだ味わいがある。わたしは、この四年で、そういうことを、少しずつ、覚えてきた。
便箋
灯りをともす。
わたしの手もとを照らすのは、卓上の小さな電気スタンドである。傘は緑がかった硝子で、内側に橙の光をためている。灯すと、机のうえだけが小さな島のように明るくなって、そのまわりを宵闇がやわらかく取り巻く。この光の島のなかに、わたしと、便箋と、万年筆だけがいる。ほかのものは、みな暗がりに沈んで、気配だけになる。
若い頃は、こういう灯りを心細いと思ったものだ。もっと明るくすればいいのに、と。けれど齢を重ねると、明るすぎる光はかえって疲れる。眼が痛むというのもあるが、それだけではない。あかるいところには、翳りがない。翳りのないところには、思い出が座る場所がない。わたしはこの、橙の光と、そのふちに寄る翳りとが、ちょうどよいと思うようになった。
便箋を一枚、抽斗から取り出す。
芳江が好んで使っていた便箋である。生成りの、少し厚みのある紙で、隅にちいさく野の花が刷ってある。撫子だったか、女郎花だったか、わたしにはよくわからないが、芳江は「これが好きなの」と言って、まとめて買っていた。彼女が逝ったあと、抽斗の奥から、まだ半分ほど残ったこの便箋の束が出てきた。捨てるのは忍びなくて、そのまま取ってあった。
けれど、わたしはこの四年間、これに一字も書いていない。
書く相手がいなかった、というのではない。むしろ、書きたい相手はいた。ただ、その相手は、もうこの世にいなかった。
万年筆の帽子をはずす。
ペン先が、灯りをうけて、ちいさく光る。芳江から贈られた万年筆だ。わたしの五十の誕生日に、「あなた、字だけはきれいなんだから、いいのを一本持ちなさいな」と言って、彼女が奮発して買ってくれた。黒い軸に、金の帯が一本。もう十四年になるが、まだ書き味は落ちていない。
インク壺の蓋をあける。
とたんに、あの匂いが立つ。青みがかった黒のインクの、鉄と、微かに甘い、あの匂い。この匂いを嗅ぐと、わたしはいつも、少し背筋がのびる。手紙を書くというのは、やはり、ただ文字を並べるのとは違う。だれかに向かって、自分の内側を、そっと差し出すことなのだ。差し出す相手が、もう受け取れないとしても。
わたしは、若い頃、手紙をよく書いた。というのも、芳江と所帯を持つ前、まだ言葉も交わせぬ遠くから、彼女を想っていた時分があった。そのころ、わたしは、便箋に向かって、幾晩も、幾晩も、書いては破り、書いては破りした。想いを、そのまま書けば、あまりに露骨で恥ずかしい。かといって、遠回しに書けば、なにも伝わらない。その、伝えたい思いと、伝えられない羞じらいとのあいだで、わたしは、若い夜を、ずいぶん、燃やした。
けっきょく、書きあげた手紙のうち、彼女に渡せたのは、ほんの数通だった。あとは、みな、抽斗の底で、黄ばんでいった。渡せなかった手紙のほうが、渡せた手紙より、ずっと、多かった。思えば、わたしという男は、若い頃から、そういう男だった。いちばん言いたいことは、いちばん、言えない。書けても、渡せない。
その癖が、老いてなお、抜けていなかったのだ。だから、いま、こうして、四年ものあいだ、一字も書けずにいる。若い頃と、なにも変わっていない。ただ、違うのは——若い頃は、渡す相手が、まだこの世にいた。いまは、いない。それだけの違いが、けれど、途方もなく、大きい。
ペン先にインクを含ませる。
そして、便箋のうえに、手をとめる。
宛名を、どう書けばいいのか、わからないのだ。
「芳江へ」と書けばいいのだろうか。
いや、生きていた頃、わたしは彼女を「芳江」と呼び捨てにしたことなど、ほとんどなかった。「おい」とか「なあ」とか、そういう横着な呼び方ばかりで、四十年も連れ添いながら、わたしはついぞ、彼女の名を、きちんと呼ばなかった。そのことに、彼女が逝ってから気づいた。気づいて、ずいぶん、後悔した。
呼ばれなかった名前が、どんなに寂しいものか、わたしは自分が呼ぶ相手をなくして、はじめて知った。
だから今、この便箋に、わたしは彼女の名を書きたいと思う。生きているあいだ、口に出せなかったぶんを、せめて紙のうえで。
けれど、いざ書こうとすると、手がとまる。
「芳江へ」——そう書いたとたん、この手紙が、届かないものだと、はっきりしてしまうからだ。宛名を書くというのは、届けようとすることだ。届く先のない宛名を書くのは、ひとりで暗い廊下に向かって「ただいま」と言うのに似ている。返事がないと、あらかじめ知っている。知っていて、それでも言う。その、いたたまれなさ。
わたしは万年筆を置いて、灯りの傘に手をかざした。
橙の光が、指のあいだから、あたたかく漏れる。手のひらが、うっすらと赤く透ける。血の色だ。生きているものの色だ。芳江の手も、こうして灯りにかざすと、赤く透けたものだった。冬の晩など、彼女はよく、火鉢のうえに両手をかざして、「あたたかいわねえ」と、だれにともなくつぶやいた。あの声を、わたしはまだ、耳の奥に持っている。
窓のほうへ、目をやる。
障子を、半分だけあけてある。
そこから見える宵の空は、藍を一滴おとしたような色をしている。日はとうに暮れて、けれどまだ、地平のあたりにわずかに橙の名残がある。その名残が消えるか消えないかのところに、家々の灯りがともりはじめる。
向かいの家の、台所の窓。あそこはいつも、この時分に灯りがつく。橙のあたたかい光で、たぶん夕餉の支度をしているのだろう。ときどき、窓の内を、ひとの影がよぎる。小さな影と、大きな影。子と、親だろうか。あの家には、たしか、小さな女の子がいた。
その隣の家は、青白い光だ。近頃はやりの、蛍光の灯りというやつ。あかるくて、影が薄い。あの光のなかで、ひとはどんな顔をして過ごしているのだろう、とわたしは時々思う。橙の灯りのなかの顔と、青白い灯りのなかの顔とでは、きっと、翳りのつきかたが違うにちがいない。
わたしの家の灯りも、若い頃は、もっと明るかった。天井から吊るした、あの、笠のついた電灯。芳江が、雑巾で、笠の埃をよく拭いていた。「明るくしておかないと、あなた、また目を悪くしますよ」と言って。彼女が逝ってから、わたしは、あの天井の電灯を、あまりつけなくなった。明るすぎるのだ。ひとりで、あの明るさのなかにいると、部屋の広さばかりが、際立ってしまう。だれもいない座敷の、隅の隅まで、くっきりと照らし出されてしまう。それが、たまらなかった。
だから、この、卓上の小さな灯りだけをともす。橙の光の島。そのなかにいれば、部屋の広さは、翳りに溶けて、見えなくなる。見えないものは、無いのと同じだ。あるいは、まだ、あるのかもしれない、と思える。翳りのなかには、失ったものが、まだ、いるのかもしれない、と。
宵の窓明かりは、どれも、それぞれの家の、それぞれの物語を、灯している。あの橙の台所の窓には、親子の団欒があり、あの青白い座敷の窓には、また別の暮らしがある。そして、わたしのこの、緑がかった硝子の灯りには——ひとりの、老いた男の、遅すぎた手紙が、いま、ともろうとしている。どの灯りも、宵闇のなかで、たがいに競い合いながら、けれど、どこかで、そっと、寄りそっている。ひとが、灯りをともすということは、闇に向かって、「わたしは、ここにいる」と、しずかに告げることなのだと、わたしは思う。
そうして、家々の灯りが、ひとつ、またひとつと、宵闇のなかに散らばっていくのを見ていると——
その灯りたちの、ずっと上のほうに。
家々の灯りと競うように、宵闇のなかを、ゆっくりと昇ってくる、蒼い星がひとつあった。
ミラ彗星だ。
新聞で読んだ。何十年に一度、この時期の宵空に、尾をひいて昇るのだと。地上の灯りがみな橙や青白い蛍光であるなかで、その星だけが、蒼く、澄んで、ほかのどの灯りとも違う色をしていた。家々の窓明かりが「団欒」の色なら、あの蒼い星は、たったひとりで宙をわたっていく、「孤独」の色だと、わたしには思えた。
けれど、その孤独は、寂しいばかりの孤独ではなかった。あの星は、たったひとりで、何十年もかけて、闇のなかを旅している。そうして、この宵に、こうして、地上の灯りのうえに昇ってきた。ひとりであることを引き受けて、それでもなお、昇ってくる。その姿には、寂しさとともに、どこか、凛としたものがあった。
わたしは、あの星に、少しだけ、勇気をもらった気がした。
考えてみれば、あの星も、いま、たったひとりで、宵の宙をわたっている。地上には、あんなにも、たくさんの灯りがあって、それぞれの窓のなかで、ひとが、ひとと、寄りそっている。団欒の橙。暮らしの青白。けれど、あの星は、そのどれとも交わらず、ただ、ひとり、高みを、ゆっくりと、昇っていく。それでも、あの星は、昇るのをやめない。ひとりであることを、嘆きもせず、ただ、澄んだ蒼を、たもったまま、天をわたっていく。
わたしも、いまは、ひとりだ。囲む食卓もなく、寄りそう相手もなく、ただ、ひとつの灯りのしたに、座っている。けれど、あの星のように、この孤独のなかで、なお、なにかを、ともすことはできるはずだ。遠い人へ、届かぬかもしれぬ手紙を、それでも、書くことは。
宛名の書けない手紙でも、書いてみよう、と思った。届かなくても、いい。書くことそのものが、ひとつの、灯りをともすことなのだから。
青いマッチ
書きはじめる前に、わたしは、ひとつ、しておきたいことがあった。
抽斗の奥から、小さな箱を取り出す。
青いマッチ箱だ。
月光堂という、町のはずれの、古い雑貨屋で買ったものだった。もう、その店はない。何年か前に、あるじが亡くなって、店じまいをしてしまった。青い、深い藍の紙に、金の文字で「月光堂」とだけ刷ってある。中には、まだ、軸の赤いマッチが、半分ほど残っている。
このマッチのことを、わたしはよく覚えている。
芳江と、まだ若かった頃だ。ふたりで、その月光堂の前を通りかかった。店先に、この青いマッチ箱が並んでいて、芳江が「まあ、きれいな色」と足をとめた。夜の色ね、と彼女は言った。宵の空の色。わたしは、たいして必要でもなかったのに、その箱をひとつ買った。芳江が、うれしそうに笑ったからだ。
以来、わたしたちは、この月光堂の青いマッチを、ずっと使っていた。仏壇の蝋燭に火をともすときも、彼女が茶をたてるための炭に火をつけるときも。芳江は、このマッチを擦るときの、しゅっという音と、ぱっと立つ小さな橙の炎とが、好きだった。「火をともすっていうのは、なんだか、いいものね」と、彼女はよく言った。「暗いところに、あかりが生まれるんだもの」
月光堂という店のことも、わたしはよく覚えている。町のはずれの、川のそばの、小さな古い店だった。間口は狭かったが、奥に長くて、天井の低い、薄暗い店だった。店の奥には、いつも、飴色の行灯がひとつ、ともっていた。あるじは、無口な老人で、客が入っても、ろくに挨拶もしなかったが、芳江は、なぜか、あの店が好きだった。「あそこは、灯りが、やさしいのよ」と、彼女は言った。「電気じゃなくて、火のあかりだから」
店の名にちなんでか、あるじは、月にまつわる品を、よく置いていた。月をかたどった箸置き。月のうさぎを刷った手拭い。そして、あの、宵の空の色をした、青いマッチ箱。芳江は、そういう品を、ひとつ、ふたつと、買っては、家に持ち帰った。いまも、この家のあちこちに、月光堂で買ったものが、残っている。あるじが亡くなり、店が消えても、あの薄暗い、飴色の灯りの記憶は、こうして、わたしたちの暮らしのなかに、ちいさく、灯りつづけている。
そういえば、と、わたしは思い出す。あの店の、はりがみのなかに、「月光書房」という名を、見たことがあった。月光堂のあるじの、親戚だか知り合いだかが、どこか遠くの町で、古い本を扱う店をひらいているのだと、芳江が話していた。夜にだけひらく、風変わりな書房なのだと。ほんとうかどうか、わたしは知らない。けれど、宵の灯りのもとで、古い物語を、しずかに繰る——そういう店があるのなら、それは、なんと、いい店だろうと、わたしは思ったものだった。
暗いところに、あかりが生まれる。
その言葉を、わたしは、今夜、思い出したかった。
だから、手紙を書く前に、一本、火をともそうと思った。
芳江が好きだった、あの音を、あの炎を、この宵に、もういちど。
マッチを一本、抜き出す。
軸を、箱の側面に、そっと押しあてる。
しゅっ、と。
その音とともに、闇のなかに、ちいさな炎が生まれた。
橙の、揺れる炎だ。灯りのなかの灯り。電気スタンドの橙よりも、もっと、生きている橙。ひとの息づかいのように、ゆらゆらと揺れる。この揺れが、電気の光にはない。電気の光は、けっして揺れない。揺れないから、翳りも動かない。けれど、炎の光は、揺れる。だから、そのまわりの翳りも、いっしょに揺れる。まるで、なにかが、そこで、生きて呼吸しているように。
わたしは、その炎を、机のうえの小さな蝋燭にうつした。
芳江の仏壇に供えていた蝋燭のうち、一本を、今夜はここへ持ってきた。彼女に、この手紙を書くところを、見ていてほしかったから。蝋燭の芯に炎がうつり、橙の光が、ふわりと、机のうえに、もうひとつの光の島をつくった。
電気スタンドの、緑がかった硝子ごしの、静かな橙。
蝋燭の、揺れる、生きた橙。
ふたつの灯りが、机のうえで、そっと重なりあった。
その重なった光のなかで、わたしは、便箋に向きなおった。
インクの匂いと、蝋の匂いと、それから、青いマッチを擦ったあとの、あのわずかな硫黄の匂い。三つの匂いが、宵の空気のなかに、しずかに混じりあっている。この匂いのなかで、わたしは、ようやく、書きはじめる気持ちになった。
書けなかった言葉
万年筆を、とる。
そして、思いきって、書いた。
「芳江へ」
書いてしまうと、案外、なんということもなかった。ただ三文字。けれど、その三文字を書くのに、わたしは四年かかった。
インクが、生成りの紙に、しずかに沁みていく。青みがかった黒が、灯りのなかで、艶をおびて光る。乾くにつれて、その艶がひいて、文字が、紙のなかに落ちついていく。文字が紙に落ちつくというのは、思いが、かたちに落ちつくということだ。
わたしは、しばらく、その三文字を見つめていた。
それから、書きついだ。
『芳江へ。
こんな手紙を書くのは、はじめてだね。四十年も一緒にいて、わたしはお前に、手紙というものを、一度も書いたことがなかった。いつでも、そばにいたから。手紙を書くまでもなく、言葉は、口から口へ、じかに渡せたから。
けれど、いま、こうしてお前に手紙を書いているのは、口から言えなかったことが、あんまり、たくさん、あったからだ。
そばにいたのに、言えなかった。
そばにいたから、言えなかったのかもしれない。
いつでも言える、と思っていると、ひとは、いつまでも言わないものだね。』
そこまで書いて、わたしは、ペンをとめた。
灯りのなかで、その一文を、読みかえす。「いつでも言える、と思っていると、ひとは、いつまでも言わないものだね」。
そのとおりだった。わたしは、いつでも言えると思っていた。ありがとう、も。すまなかった、も。お前がいてくれて、よかった、も。ぜんぶ、いつでも言えると思っていた。だから、ひとつも、言わなかった。
芳江が病を得て、床につくようになってからも、わたしは言えなかった。言えば、それが、別れの言葉になってしまう気がして。言わなければ、まだ、別れは来ない気がして。だから、わたしは、ばかみたいに、いつもと同じ横着な言葉ばかりを、彼女に向けた。「めしは食えるか」「痛むのか」「医者はなんと言った」。そんな言葉ばかりを。
いちばん言いたかった言葉は、いちばん、言えなかった。
思い返せば、わたしと芳江の四十年は、そういう、言えなかった言葉の積みかさなりだった。
所帯を持った当初、わたしは、ろくに稼ぎもなく、若さゆえの気負いばかりが先に立って、芳江に、ずいぶん、苦労をかけた。安い長屋の、隙間風の入る座敷で、彼女は、繕い物をしながら、わたしの帰りを待っていた。わたしが、いらだって、当たりちらすこともあった。彼女は、そのたびに、なにも言い返さず、ただ、じっと、うつむいていた。その、うつむいた横顔に、灯りの翳りが落ちていたのを、わたしは、いまでも、覚えている。
すまなかった、と、あのときも、思った。思ったが、言えなかった。翌朝、わたしは、なにごともなかったように、飯を食い、仕事に出た。芳江も、なにごともなかったように、味噌汁をよそい、わたしを送り出した。そうやって、わたしたちは、言葉にしないことで、その場をやりすごした。やりすごすことが、夫婦というものだと、わたしは思っていた。
子は、ついに、授からなかった。
そのことでも、わたしは、芳江に、なにも言ってやれなかった。近所の子が生まれたと聞くたびに、彼女が、そっと、目をふせるのを、わたしは知っていた。祭りの日、よその子の手をひく母親を、彼女が、遠くから、じっと見ているのを、知っていた。けれど、わたしは、なにも言わなかった。「気にするな」の一言さえ、言えなかった。言えば、彼女の傷を、なぞることになる気がして。言わなければ、傷など、無いことにできる気がして。
けれど、無いことにはできなかった。傷は、言葉にしないぶんだけ、深く、静かに、彼女のなかに、沈んでいったにちがいない。そのことに、わたしは、彼女が逝ってから、ようやく、思いいたった。
言葉にしないことは、やさしさではなかった。ただの、逃げだった。わたしは、ずっと、逃げていたのだ。自分の気持ちを、言葉にして差し出す、その、こわさから。
蝋燭の炎が、ふっと、揺れた。
障子のすきまから、宵の風が、そっと入ってきたのだ。炎が揺れて、机のうえの翳りが、ゆらりと動いた。まるで、だれかが、そこに座りなおしたように。
わたしは、顔をあげた。
蝋燭の橙が、便箋のうえで、揺れている。その揺れる光のなかで、芳江の筆跡が、ふいに、目に浮かんだ。彼女は、まるい、やわらかい字を書くひとだった。わたしの、角ばった字とはちがう。生前、彼女がわたしに宛てて書いたものといえば、買い物の覚え書きくらいのものだったが、その覚え書きの、「しょうゆ」「みそ」「かつおぶし」という、なんでもない字が、わたしは好きだった。
そういえば、と、わたしは思い出した。
芳江の遺したものの中に、一通、手紙があったはずだ。
わたしは、立ちあがった。
古い手紙
抽斗の、いちばん奥。
そこに、桐の小箱がある。芳江の、大切なものを入れておく箱だった。彼女が逝ったあと、一度だけ蓋をあけて、けれど、中を検めることができずに、そのまま閉じてしまった箱だ。
その箱を、灯りのそばへ持ってくる。
蓋をあける。
なかには、彼女の遺したこまごまとしたものが入っていた。若い頃の写真。子どもが生まれなかったわたしたちの、ふたりだけの写真。片方だけの、白い手袋——もう片方をどこかでなくして、けれど捨てられずに取ってあったのだろう。それから、色のあせた、押し花。
その白い手袋を、わたしは、灯りのそばで、手にとった。やわらかな、毛糸の手袋だ。芳江が、自分で編んだものだった。若い頃、ふたりで冬の川べりを歩いたとき、彼女は、この手袋をはめていた。片方の手袋を脱いで、わたしの、かじかんだ手を、そっと、握ってくれたことがあった。その、脱いだほうの片方を、彼女は、川べりのどこかで、なくしてしまった。「あら、片方だけになっちゃった」と、彼女は、笑った。「でも、いいの。片方は、あなたの手のなかに、置いてきたと思えば」
なくした片方の手袋。残った、片方の手袋。それは、いまの、わたしたちのようだと、思った。芳江が逝って、わたしは、片方だけ、この世に残された。もう片方は、どこか遠くへ、行ってしまった。けれど——彼女の言葉を借りるなら。なくしたのではない。あちらの世に、置いてきただけ、なのかもしれない。いつか、わたしも、そちらへ行けば、また、両方が、そろうのかもしれない。
わたしは、その片方の手袋を、そっと、頬にあてた。毛糸の匂いのなかに、かすかに、彼女の匂いが、残っている気がした。気のせいかもしれない。けれど、気のせいでも、よかった。
そして、その下に。
一通の、封をした手紙があった。
表に、彼女の、まるい字で、こう書いてあった。
「あなたへ」
わたしは、その手紙を、灯りのそばに置いて、しばらく、動けなかった。
「あなたへ」。
芳江が、わたしに宛てて、書いた手紙。いつ書いたのか、わからない。けれど、封がしてある。つまり、彼女は、これを書いて、封をして、けれど、わたしに渡さなかった。渡さないまま、逝ってしまった。
わたしが、言いたい言葉を言えなかったように。
芳江も、なにか、言いたいことを、言えなかったのだ。
そして、それを、手紙にして、この箱の底に、しまっておいた。
わたしは、蝋燭の炎に、目をやった。
橙の炎が、揺れている。青いマッチで、さっき、ともした火だ。芳江が好きだった、あの火。彼女が、いま、この炎のなかから、わたしを見ているような気がした。「あけてごらんなさいな」と、まるい声で、言っているような気がした。
わたしは、封に、指をかけた。
封を切るのは、惜しかった。
これをあけてしまえば、芳江の、最後の言葉を、読んでしまうことになる。読んでしまえば、それが、ほんとうに最後になる。まだ読んでいないうちは、彼女の言葉は、無限にある。読んでしまえば、それは、有限になる。
けれど、と、わたしは思った。
言わずにしまっておくことの寂しさを、わたしは、いやというほど知っている。芳江も、この手紙を、わたしに読んでほしくて、書いたにちがいない。渡す勇気が、なかっただけで。
読むことが、彼女の、いちばんの願いだったはずだ。
わたしは、封蝋の——いや、ただの糊づけの封だったが——それを、そっと、指で剥がした。
古い糊は、もう乾ききっていて、かさりと、かるい音を立てて剥がれた。
なかから、生成りの便箋が、出てきた。
隅に、野の花の刷ってある、あの便箋だ。わたしが、いま、書いているのと、同じ便箋。
灯りのそばに、それをひろげる。
橙の光が、彼女の、まるい字の上に、そっと落ちた。
読む
『あなたへ。
こんなものを書いて、渡せるかどうか、わかりません。たぶん、渡せないと思います。わたしは、面と向かっては、恥ずかしくて、こういうことは言えないひとだから。
でも、書いておきたくて。
もし、いつか、あなたがこれを読むことがあったら、それは、わたしがもう、そばにいないときでしょうね。そのときは、どうか、あんまり、寂しがらないでください。
あなたと過ごした四十年を、わたしは、しあわせでした。』
そこまで読んで、わたしは、便箋を持つ手が、震えるのを感じた。
灯りのなかで、字が、にじんで見えた。インクがにじんだのではない。わたしの目が、にじんだのだ。あわてて、指の背で、目をぬぐった。涙が、便箋に落ちては、いけない。芳江の字が、にじんでしまう。
わたしは、息をととのえて、読みつづけた。
『あなたは、無口なひとでした。
「ありがとう」も「すまない」も、めったに言わないひとでした。
でもね、わたしは、知っていましたよ。
雨の日に、わたしの傘だけ、玄関に出しておいてくれたこと。
わたしが風邪をひいた晩、あなたが、何度も、そっと、襖をあけて、様子を見にきてくれたこと。
わたしの好きな、あの青いマッチを、切らさないように、いつも、買っておいてくれたこと。
あなたは、言葉では、なにも言わなかったけれど。
そのかわりに、いつも、そうやって、してくれていました。
言葉より、わたしは、そのほうが、うれしかった。』
わたしは、蝋燭の炎を、見つめた。
青いマッチ。芳江は、気づいていたのだ。わたしが、あのマッチを、切らさないように、そっと買っておいていたことを。わたしは、なにも言わなかった。ただ、月光堂の前を通るたびに、青いマッチを、ひとつ、ふたつ、買って、抽斗に足しておいた。それを、彼女に告げたことは、一度もなかった。
けれど、彼女は、知っていた。
言葉にしなかったものを、彼女は、ちゃんと、受け取っていた。
わたしは、伝わっていないと思っていた。言わなかったから、伝わっていないと。
けれど、伝わっていた。
言葉にしなくても、灯りをともしつづけていれば、それは、伝わっていた。
わたしは、便箋を持つ手をおろして、しばらく、目を閉じた。
伝わっていた、という、そのひとことが、四年間、わたしの胸につかえていたものを、ゆっくりと、溶かしていくのを感じた。わたしは、ずっと、自分を責めていた。なにも言ってやれなかった、と。ありがとうも、すまなかったも、ひとつも言えないまま、逝かせてしまった、と。その悔いが、四年間、夜ごと、わたしを、この机の前に、座らせていたのだ。書けもしない手紙の前に。
けれど、芳江は、知っていてくれた。言葉にならなかったものを、日々の、ささやかな所作のなかから、ちゃんと、汲みとっていてくれた。傘のこと。夜ごとの見まわりのこと。青いマッチのこと。それらは、みな、わたしが、彼女に向けて、言葉のかわりに、ともしつづけた、小さな灯りだったのだ。そして、彼女は、その灯りを、ひとつも、見のがさずに、受けとっていてくれた。
夫婦というのは、と、わたしは、いま、思う。四十年も連れ添えば、言葉など、なくとも、通じるものなのかもしれない。いや、言葉がないからこそ、かえって、深く通じる、ということが、あるのかもしれない。口に出せば、こぼれてしまうものがある。口に出さずに、ただ、日々の所作のなかに、そっと、こめておく。相手は、それを、灯りのように、受けとる。そういう、言葉によらない、言葉のやりとりが、たしかに、あったのだ。わたしと、芳江のあいだには。
それを、伝わっていない、と、わたしは、思いこんでいた。愚かだった。伝えるということを、言葉にすることと、同じだと、思いこんでいた。けれど、伝えるというのは、もっと、深く、静かなものだった。灯りのように、ゆっくりと、けれど、たしかに、届くものだった。
手紙は、こう、結ばれていた。
『だから、あなたも、どうか、寂しがらないで。
わたしは、あなたのしてくれたこと、ぜんぶ、覚えています。あの世でも、覚えています。
夜、ひとりで、寂しくなったら、あの青いマッチで、火をともしてください。
暗いところに、あかりが生まれるでしょう。
その、あかりのなかに、わたしがいると、思ってください。
あなたが、あかりをともすたびに、わたしは、あなたのそばに、帰ってきますから。
眠れ、眠れ。
これは、わたしが、子どものころ、母に歌ってもらった子守唄です。あなたにも、いちど、歌ってあげたかった。
眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
おやすみなさい、あなた。
芳江』
わたしは、その便箋を、灯りのそばに置いたまま、長いこと、動けなかった。
眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
その一行を、わたしは、なんども、目でなぞった。芳江が、子どものころ、母に歌ってもらったという、子守唄。わたしにも、いちど、歌ってあげたかった、と、彼女は書いていた。四十年も、そばにいて、彼女は、その歌を、わたしに、歌ってくれなかった。歌おうとして、けれど、恥ずかしくて、歌えなかったのかもしれない。わたしが、言葉を、言えなかったように。彼女もまた、この歌を、胸のなかに、ずっと、しまっていたのだ。
歌わなかった歌。渡さなかった手紙。言わなかった言葉。わたしたちは、ふたりして、そういう、渡せなかったものを、それぞれの胸に、抱えたまま、四十年を、過ごしてきた。似た者どうしの夫婦だった、と、いまになって、思う。ふたりとも、いちばん大切なものを、いちばん、うまく、渡せなかった。
けれど、渡せなかったものは、消えてなくなったわけではなかった。こうして、桐の箱の底で、灯りがともるのを、待っていた。宵の、青いマッチの火が、この箱をあける、その日を、待っていた。
蝋燭の炎が、揺れている。橙の、あたたかい、生きた炎。青いマッチで、ともした火。
「あかりのなかに、わたしがいると、思ってください」
芳江は、そう書いていた。
わたしは、揺れる炎を、じっと見つめた。橙の光のなかに、翳りが、ゆらゆらと揺れている。その翳りのなかに、芳江が、いるような気がした。火鉢のうえに、両手をかざして、「あたたかいわねえ」と、だれにともなく、つぶやいている、あの姿が。
わたしは、はじめて、声に出して、彼女の名を呼んだ。
「芳江」
返事は、なかった。
けれど、蝋燭の炎が、ふっと、揺れた。
それが、返事のような気がした。
返事
わたしは、便箋に、向きなおった。
書きかけの手紙が、そこにある。「いつでも言える、と思っていると、ひとは、いつまでも言わないものだね」——そこで、とまっていた手紙。
わたしは、万年筆を、とった。
そして、その続きを、書いた。
『芳江。
お前の手紙を、いま、読んだよ。
四年、かかった。すまなかった。もっと早く、あけてやればよかった。お前が、こんなにも、たくさんのことを、覚えていてくれたなんて、わたしは、知らなかった。
わたしは、伝わっていないと思っていた。言葉にしなかったから、なにも、伝わっていないと。だから、お前が逝ってから、ずっと、後悔していた。もっと、言葉にすればよかった、と。
けれど、お前は、ちゃんと、受け取っていてくれたんだね。
雨の日の傘のことも。青いマッチのことも。
わたしが、言葉にできなかったものを、お前は、灯りのように、受け取っていてくれた。
だったら、いま、わたしも、書くよ。
四年間、言えなかったぶんも、四十年間、言えなかったぶんも、ぜんぶ、いま、ここに。
ありがとう、芳江。
すまなかった、芳江。
お前がいてくれて、よかった。
わたしの、四十年は、お前がいたから、あかるかった。』
そこまで書いて、わたしは、また、ペンをとめた。
灯りのなかで、その言葉たちを、読みかえす。
言葉にすると、こんなにも、簡単だった。ありがとう。すまなかった。よかった。ただ、それだけの言葉だ。それだけの言葉を、わたしは、四十年、言えなかった。
けれど、いま、言えた。
遅すぎた、とは、思わなかった。
芳江が、あかりのなかにいると、書いてくれたから。あかりをともせば、そばに帰ってくると、書いてくれたから。だから、いま、この、蝋燭のあかりのなかで、彼女は、この言葉を、受け取ってくれている。そう、信じられた。
言葉というのは、ふしぎなものだ。四十年、言えなかった。言おうとするたびに、喉のところで、つかえた。それが、いま、この宵の灯りのもとで、便箋のうえに、するすると、流れ出ていく。青みがかった黒のインクが、生成りの紙に、沁みていく。文字が、かたちになっていく。言葉にできなかった思いが、灯りに照らされた便箋のうえで、ゆっくりと、ひとつ、またひとつと、形になっていく。
そのひとつひとつが、まるで、小さな灯りのようだった。ありがとう、という灯り。すまなかった、という灯り。よかった、という灯り。それらが、便箋のうえに、ぽつ、ぽつと、ともっていく。まるで、宵闇のなかに、家々の窓明かりが、ひとつ、またひとつと、ともっていくように。
わたしは、その、言葉の灯りたちを、じっと見つめた。四十年ぶんの、ともせなかった灯りが、いま、この一枚の便箋のうえで、いっせいに、ともっている。その、あかるさに、わたしは、少し、目がくらんだ。そして、そのあかるさのなかに、芳江の面影が、たしかに、いた。火鉢のうえに手をかざして、「あたたかいわねえ」と、笑っている、あの面影が。
わたしは、最後に、こう書きそえた。
『さっき、窓の外に、蒼い星が昇った。
ミラ彗星というそうだ。何十年に一度、この宵空に、昇るのだと。
家々の灯りが、みな、橙や、青白い蛍光であるなかで、その星だけが、蒼く、澄んでいた。たったひとりで、闇のなかを、何十年もかけて、旅してきた星だ。
わたしは、その星を見て、お前のことを、思ったよ。
お前も、いま、どこか遠くを、旅しているのだろう。けれど、こうして、宵になれば、地上の灯りのうえに、帰ってきてくれる。あの星のように。
わたしは、これから、毎晩、この青いマッチで、あかりをともすよ。
暗いところに、あかりが生まれるように。
その、あかりのなかに、お前が、帰ってこられるように。
お前が教えてくれた子守唄を、わたしも、覚えたよ。
眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
今夜は、わたしが、お前に、歌ってやる。
おやすみ、芳江。』
灯りのなかで
わたしは、万年筆の帽子を、はめた。
書きあげた手紙を、灯りのそばで、乾かす。青みがかった黒のインクが、生成りの紙のうえで、ゆっくりと、艶をひいて、落ちついていく。
そして、芳江の手紙と、わたしの手紙を、机のうえに、並べて置いた。
彼女の、まるい字。
わたしの、角ばった字。
ふたつの手紙が、橙の灯りのなかで、そっと、寄りそっている。四十年、そばにいながら、言葉を交わせなかったふたりが、いま、この便箋のうえで、ようやく、言葉を交わしている。
わたしは、蝋燭の炎に、そっと、息をふきかけた。
炎が、ふっと、消えた。
けれど、暗くはならなかった。電気スタンドの、橙の光が、まだ、机のうえを照らしている。それに、消えた蝋燭の芯からは、細い、白い煙が、ひとすじ、宵の空気のなかへ、立ちのぼっていく。
その煙を、目で追う。
天井のあたりで、煙は、消えた。
けれど、消えたのではない。ただ、目に見えなくなっただけだ。煙は、いまも、この部屋の空気のなかに、溶けて、ある。芳江が、目に見えなくなっただけで、いまも、この家のどこかに、溶けて、いるように。
わたしは、青いマッチ箱を、手にとった。
月光堂の、深い藍の紙。金の文字。もう、その店はないけれど、このマッチだけは、まだ、半分ほど、残っている。
大切に使えば、あと、何年かは、もつだろう。
けれど、いつかは、なくなる。
そのときは、と、わたしは思った。そのときは、また、あかりを、なんとかして、ともせばいい。青いマッチでなくても、電気の灯りでも、行灯でも、なんでもいい。暗いところに、あかりが生まれるなら、それでいい。
なぜなら、あかりのなかに、芳江が、帰ってくるのだから。
わたしは、窓のほうへ、目をやった。
障子のすきまから、宵の空が見える。家々の灯りが、橙に、青白く、宵闇のなかに散らばっている。そして、その灯りたちのうえに、あの蒼い星が、ゆっくりと、天の高みへ、昇っていく。
たったひとりで、闇をわたっていく星。
けれど、その星は、寂しくはないのだろう、と、いまのわたしには、思えた。
なぜなら、地上には、こうして、あかりをともす者たちがいる。橙の窓明かりのなかで、団欒を囲む者たち。青白い光のなかで、夜を過ごす者たち。そして、この、緑がかった硝子の灯りのしたで、遠い人へ、手紙を書く、わたしのような者も。
みな、それぞれの灯りをともして、この宵を、生きている。
あの蒼い星は、そのすべてのあかりを、天から、見おろしながら、旅をしている。ひとりだけれど、ひとりぼっちではない。地上のあかりが、あの星の、道づれなのだ。
そして、わたしの灯りもまた、あの星の、道づれのひとつになる。
わたしは、電気スタンドの灯りを、消さずに、そのままにした。
芳江の手紙と、わたしの手紙を、灯りのそばに、並べたまま。
そして、低い声で、あの子守唄を、口ずさんだ。
眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
歌いながら、わたしは、思った。この歌は、眠るひとのために、歌うものだと思っていた。けれど、そうではないのかもしれない。この歌は、眠れないひとの、そばにいてやるための歌なのだ。あかりのように。
星が海をわたるまで。
あの蒼い星が、宵空をわたって、また、闇の彼方へ帰っていくまで。
わたしは、この灯りのそばで、芳江の手紙を、なんども、読みかえすだろう。そして、いつか、わたしも、あの星のように、闇をわたって、旅立つ日がくるだろう。そのときは、きっと、芳江が、あかりをともして、待っていてくれる。
暗いところに、あかりが生まれる。
そのあかりのなかで、わたしたちは、また、会える。
夜が、更けていく。
家々の灯りが、ひとつ、またひとつと、消えていく。団欒の刻が、終わり、それぞれの夜が、それぞれの眠りへと、しずんでいく。
けれど、わたしの机のうえの、橙の灯りは、消えない。
その光の島のなかに、ふたつの手紙が、寄りそって、ある。四十年ぶんの言葉と、四年ぶんの言葉が、灯りのなかで、静かに、息をしている。
わたしは、もう、寂しくはなかった。
言葉にできなかった思いは、たしかに、伝わっていた。灯りのように。ゆっくりと、けれど、たしかに。
窓の外では、あの蒼い星が、いま、いちばん高いところに、昇っていた。家々の灯りが消えたあとも、その星だけが、宵闇のなかで、澄んだ蒼を、たもっていた。
わたしは、その星に、そっと、頭をさげた。
そして、便箋のうえの、芳江の名を、灯りにかざして、もういちど、静かに、呼んだ。
言えなかった言葉は、遅くても、いつか、あかりになる。そのあかりのそばで、待っていれば、きっと、いつか、返事は来る。