枕上の人
丑三つ時に子の枕上へ立つ者がある、というのを、私はずっと祖母のこしらえた作り話だと思っていた。
一
雨が上がったばかりの晩だった。軒からしずくの落ちる音が、ぽつ、ぽつ、と、まるで時を刻むように間をあけて続いていた。その音のあいまに、家じゅうがしんと沈んでいく。昼のうちに聞こえていたもの――冷蔵庫の唸り、時計の秒針、遠くの車――そういうものが一つずつ火を消すように失せていって、あとには子の寝息だけが残った。
小さな寝息だった。吸って、吐いて、また吸って。二歳の子の胸は、まだ拳ほどの大きさしかないように思える。その拳ほどの胸が、上下する。その上下だけが、この世でいちばん確かなもののように、私にはこのごろ思われた。
夫は先月から単身赴任で家を空けている。この古い借家に、私と、この子――椿と――ふたりきりの夜が、もうひと月になろうとしていた。古い家というのは、夜になると別の顔をする。昼は昼で日の差す縁側の家であったものが、日が落ちて、時が更けるにつれ、柱の一本一本が息をひそめるような、そういう家になる。私はそれを、越してきたばかりのころは気のせいだと思っていた。けれど、ひと月ひとりで夜を過ごしてみると、あれは気のせいなどではないと、はっきりわかるようになった。家には家の時間があり、それは人の起きている時間とはべつのものだった。
その晩、私は椿を寝かしつけたあと、自分もその隣にごろりと横になった。二歳の子は、まだひとりでは眠らない。私の腕を、ちいさな手でつかんでいないと眠れないのだ。私の袖口を、ぎゅっと握って、それから安心したように瞼を落とす。その握力の弱さが、いとおしくてたまらない。この小さな手が私を頼りにしている、という事実が、私という頼りない者を、辛うじて母という形に留めていた。
寝かしつけながら、私はいつものように、その日の椿のことを、頭のなかで、そっと数えなおしていた。朝、庭の紫陽花に水をやったこと。昼に、はじめて「かあ」と、はっきり呼んでくれたこと。夕方、転んで膝をすりむいて、泣いて、それから、私が息を吹きかけてやると、すぐに泣きやんだこと。そのひとつひとつが、私にとっては、宝物のように貴重だった。夫のいない夜、私は、こうして一日の椿を数えることで、ようやく自分をなだめていた。今日も、この子を、無事に、一日、生かした。そのことに、私は、毎晩、ほっと胸をなでおろすのだった。
けれど、その晩は、いつもの安堵が、なぜか、こなかった。なにか、胸の奥に、小骨のような、ちいさなわだかまりがあった。それがなんなのか、私にはわからなかった。ただ、寝かしつけながら、私は、ふだんより強く、椿を、腕のなかへ引き寄せていた。まるで、なにかから、この子を、隠すように。
眠ろうとした。けれど眠れなかった。
なにか、部屋の空気が、いつもと違っていた。
うまく言えない。冷えていた、とだけ言えば足りるだろうか。梅雨どきの、湿った、生ぬるい夜であったはずなのに、私の寝ている畳の、頭のあたりだけが、井戸の底のように冷たかった。首筋に、すうっと冷えた空気が流れてくる。それは風ではなかった。風なら障子が鳴る。障子は鳴らなかった。ただ、空気そのものが、そこだけ、冷えていた。
私は目をあけた。
天井の木目が、闇のなかにぼんやりと浮いていた。豆電球はつけていない。椿は暗くないと眠れない子だった。だから寝間はいつも真っ暗で、ただ障子の外の、わずかな夜のあかりが、紙一枚ごしに滲んでくるだけだった。その滲みのなかに、私は天井を見あげていた。
冷えは、消えなかった。
時計を見ようとして、私は枕もとに手をのばした。指先が、畳をさぐる。そこには、いつも私の携帯電話が置いてある。その画面をつければ、時刻がわかる。
指が、なにかに触れた。
やわらかいものだった。布のような。私は一瞬、椿の靴下でも落ちているのかと思った。けれどそれは靴下ではなかった。指でつまんで、闇のなかで、それを顔の前に持ってきた。
手袋だった。
子どもの手袋ではない。大人の、それも、ずいぶん古い型の、毛糸で編んだ手袋だった。指の一本一本が分かれた、五本指の手袋。片方だけ。編み目は細かく、けれどところどころ解れて、糸が飛び出していた。掌にあたる部分には、うっすらと、なにか濃い色の染みのようなものがあった。
私はこんな手袋を持っていない。
夫のものでもない。夫は毛糸の手袋など編んでもらう相手もいない男だ。第一、いまは六月だ。手袋の季節ではない。それがなぜ、私の子の枕もとに、片方だけ置かれているのか。
背筋が、冷えた。
そして――そのときはじめて、私は気づいた。
頭のあたりが冷たいのは、そこに、なにかが、立っているからだった。
見あげてはいけない、と、なぜか思った。
理屈ではなかった。子どものころ、祖母から聞いた言葉が、そのとき、井戸の底から浮かびあがる泡のように、私の胸に上ってきた。丑三つ時に、子の枕上へ立つ者があってな。見てはいけんよ。見たら、目が合うたら、連れていかれる。目を、合わせてはいけん。
私はきつく目をつぶった。
けれど、つぶった瞼のうらに、それでも気配は消えなかった。むしろ、目を閉じたことで、その気配は輪郭を持ちはじめた。私の頭のすぐ上、畳のうえに、静かに立つもの。背の高いものではない。低い。かがんでいるのか、それとも、もともと背の低いものなのか。裾の長い、なにかを着ている。その裾が、畳につくかつかないか、そのあたりで、ゆらり、と揺れているのがわかった。風もないのに。
椿は、私の袖を握ったまま、眠っていた。
その寝息だけが、部屋のなかで唯一、この世の側にあるもののように、規則正しく続いていた。吸って、吐いて。吸って、吐いて。
私はその寝息に、しがみつくように、耳を澄ませた。
耳を澄ますと、部屋のなかの音が、ひとつひとつ、際立ってきた。畳の、かすかな軋み。障子紙の、目に見えぬほどの、ふるえ。そして、あの、頭上の気配の、衣ずれのような、さらさらとした音。それは、絹のこすれる音に、似ていた。けれど、絹よりも、もっと、乾いていた。枯れ葉が、風もないのに、ひとりでに、擦れあうような。あるいは、古い紙が、めくれるような。その音が、私の頭のすぐ上で、していた。
冷気は、いよいよ、濃くなっていた。それは、いまや、私の頭のあたりだけではなかった。畳のうえを、うすい水のように、じわじわと、広がってきていた。私の肩まで、それは、達していた。冷たさが、着物の襟から、忍びこんでくる。まるで、そのものが、私の背後から、ゆっくりと、私の子のほうへ、身を乗りだしてきているかのようだった。
私は、動けなかった。声も、出せなかった。ただ、椿の寝息を、数えていた。その数だけが、私を、この世につなぎとめているように思われた。
二
私の祖母は、産婆をしていた人だった。
いまでいう助産師とはすこし違う。もっと古い、村の産婆だ。夜中でも呼ばれれば飛んでいって、貧しい家の、電気もろくにない土間の奥で、いくつもの命を取りあげてきた。取りあげた、というその言葉のとおり、祖母の手はいつも、なにかを受けとめるような形をしていた。掌を上に向けて、指をわずかに丸めて。八十を過ぎて、もう産婆の仕事などとうにやめてからも、祖母の手はその形をおぼえていた。
祖母はよく、こんな話をした。
産みおとされた赤子のなかには、この世に留まる子と、留まらぬ子とがある。留まらぬ子は、生まれてすぐ、また向こうへ帰っていく。それを、昔の人は口減らしだの何だのと言うたが、そうではない。あの子らは、はじめから、こちら側に長くおる約束で来たのではないのだ。ちょっと顔を見せに来て、母の匂いだけ嗅いで、それでまた帰っていく。そういう子らがおる。
昔はな、と祖母は続けた。いまとちごうて、産まれても、育たん子が、多かった。医者もおらん。薬もない。寒い晩に産まれた子は、寒さで逝く。夏の暑い盛りに産まれた子は、暑さで逝く。乳の出ん母のところに産まれた子は、飢えて逝く。産婆をしとると、そういう子を、いくつも、いくつも、見送ることになる。取りあげた手で、そのまま、送りだすことになる。取りあげるのと、送るのは、な、ほんとうは、おなじことなんじゃ。おなじ、ひとつの、手のなかで、起こることなんじゃ。
祖母は、そう言うとき、いつも、自分の手を、じっと見ていた。掌を上に向けて、指をわずかに丸めた、あの、なにかを受けとめる形の手を。その手のなかを、いくつの命が、通りすぎていったのか。留まった命と、帰っていった命と。私には、想像もつかなかった。
――ばあちゃんはな、と祖母は言った。取りあげるとき、わかるんじゃ。この子は留まる、この子は帰る。手のなかに受けたときの、重さでわかる。留まる子は、ずしりと重い。この世にしがみついてくる。帰る子は――軽い。羽のように軽い。まるで、もう半分、向こうへ足をかけとるように。
祖母はそう言って、いつも、すこし遠い目をした。
そういう子を取りあげた晩には、な。祖母は続けた。枕上に、立つもんが来る。丑三つ時にな。子を連れに来るんじゃ。産婆にはそれが見える。ほかの者には見えん。母親にも、たいてい見えん。じゃが、まれに、母親にも見えることがある。母の情がな、あんまり深いと、境が薄うなって、見えてしまうことがある。
――見えたら、どうするの。
幼い私は訊いた。
祖母は、私の頭を撫でて、こう言った。
歌うんじゃ。
歌うんじゃ、と祖母は言った。
子守唄を、な。
母親が子守唄を歌うと、その声が、境になる。こっちの側と、あっちの側の、あいだに、うすい膜が張るんじゃ。声の膜がな。連れに来たもんは、その膜を越えられん。歌うておるあいだは、越えられん。じゃから、母親は歌う。夜が明けるまで、歌いつづける。丑三つ時が過ぎるまで。丑の刻が終われば、連れに来たもんは、帰るしかない。手ぶらでな。
――でも、と私は言った。ずっと歌ってなきゃいけないの。
そうじゃ。祖母はうなずいた。声がかれても、歌う。それが母親の仕事じゃ。命がけの仕事じゃ。取りあげるのはばあちゃんの仕事じゃが、留めるのは、母親の仕事じゃ。母親にしか、できん。
私はそのころ、この話を、ただの昔語りだと思っていた。祖母の作り話。あるいは、産婆という仕事を長くやった人の、疲れた頭が見た夢の話。そう思っていた。
けれど、いま。
丑三つ時の、この、冷えきった寝間で。私の頭のすぐ上に、裾の長いものが立って、ゆらり、と揺れている、この晩に。
私は、はじめて、祖母の話を思い出していた。
そして、私の指のあいだには――片方だけの、古い、毛糸の手袋があった。
三
私は、目を閉じたまま、口をひらいた。
声は、なかなか出なかった。喉が、貼りついたように動かない。冷えた空気が、喉の奥まで入りこんで、そこで凍りついているようだった。私は、何度か、唾を飲みこもうとした。飲みこめなかった。
それでも、私は、歌おうとした。
椿が、寝返りをうった。私の袖を握っていた手が、ゆるんで、離れた。その離れた瞬間、頭上の気配が、すっと、濃くなった。まるで、椿の手が私から離れたことを、待っていたかのように。裾が、揺れた。ゆらり、と、こんどはさっきよりも大きく。
いけない。
私は、とっさに、椿を抱き寄せた。目はつぶったまま、腕だけを動かして、子の小さなからだを、私の胸のなかに、しっかりと囲いこんだ。子は、うう、と小さく声をあげたが、目はさまさなかった。私の腕のなかで、また、静かな寝息にもどっていった。
その寝息が、私の頬にかかる。あたたかい。生きているものの息は、こんなにあたたかい。私はそのあたたかさに、すがった。すがりながら、口をひらいた。
眠れ。
かすれた声だった。けれど、声は、出た。
眠れ、眠れ。
二歳の子に、この一年、毎晩のように歌ってきた唄だった。私の母が、私に歌ってくれた唄。そして、祖母が、私の母に歌ったであろう唄。いつのものとも知れぬ、古い、古い子守唄。
眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
そこまで歌って、私は、瞼のうらに、ふと、光を感じた。
目をつぶっているのに、光を感じる、というのは、おかしなことだ。けれど、たしかに、障子のほうから、うすい光が、瞼を通して、届いてきた。青い、光だった。月の光とは違う。月なら、もっと白い。街灯とも違う。街灯なら、もっと黄ばんでいる。それは、冴えざえとした、青い、まるで冬の水底のような光だった。
私は、こらえきれずに、うっすらと、目をあけた。
障子が、そこにあった。
そして、障子の紙のむこう、夜の空に、ひとつ、星が懸かっていた。
ふつうの星ではなかった。それは、尾を引いていた。ながい、ぼんやりとした尾を、夜のいちばん深いところに向かって、たなびかせていた。彗星だった。青く冴えた、蒼白い光の球が、闇のいちばん奥に、じっと、懸かっていた。
私は、それを、知っていた。
ミラ彗星。ここ数日、ニュースで言っていた。何十年かに一度、地球に近づくのだと。今夜あたりが、いちばんよく見える晩だと。夫が、電話で、椿と見るといい、と言っていた。けれど椿は、こんな時刻にはとうに眠っている。だから見られない、と、私はそう返したのだった。
その彗星が、いま、障子のむこうに懸かっていた。
そして、その青い光が、障子の紙をとおして、寝間のなかへ、うすく、滲みこんでいた。
その光のなかに――枕上に立つものの、輪郭が、ぼんやりと、浮かんでいた。
四
見てはいけない、と祖母は言った。目を合わせてはいけない、と。
けれど、私は、見てしまった。
彗星の青い光が、障子ごしに、その者の姿を、うすく照らしていた。私は、目を、そらすことができなかった。
それは、女だった。
女の、後ろ姿。いや、後ろ姿ではない。こちらを、向いていた。けれど、顔は、見えなかった。顔のあるべきところが、闇に沈んでいて、ただ、輪郭だけが、青くふちどられていた。裾の長い、着物のようなものを着ていた。その裾が、畳のうえで、水のように、ゆらり、ゆらり、と揺れていた。
そして、その者の――片方の手には、手袋が、はまっていた。
私の指のあいだにあるのと、同じ、毛糸の手袋。五本指の。片方だけ。もう片方の手は、素手だった。青い光のなかで、その素手の指が、こちらへ、そっと、伸ばされていた。
椿の、ほうへ。
私は、椿を抱く腕に、力をこめた。そして、歌った。
眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
眠れ、眠れ、母の胸で。
声は、震えていた。それでも、私は歌いつづけた。歌いながら、その者を、見つめた。見てはいけないと知りながら、私は、その者から目をそらせなかった。
なぜなら――なぜなら、その伸ばされた指の先が、ひどく、ためらっているように、見えたからだった。
連れに来た者、というのは、こわいものだ。祖母の話のなかでも、それは、こわいものだった。子を、あちら側へ連れていく者。母から、子を、奪う者。
けれど、その晩、私の枕上に立った女は――こわく、なかった。
いや。こわくない、というのは、正しくない。こわかった。全身の血が、冷えるほど、こわかった。けれど、そのこわさのなかに、なにか、こわさとは違うものが、混じっていた。
それは、哀しみ、だった。
その女の、伸ばした指の、ためらい。その裾の、心もとない揺れ。青い光のなかに沈んだ、顔のない顔。そのすべてから、私は、こわさよりもさきに、深い、深い、哀しみを、感じとってしまった。
まるで、その女もまた、なにかを、奪われた者であるかのような。
私は、こわさのなかで、ふしぎと、心が、しずまっていくのを感じた。目のまえの者が、ただ、子を奪おうとする、非情な、こわいものであったなら、私は、恐怖のあまり、声も出せずに、瞼をかたく閉じたまま、朝を待つしかなかっただろう。けれど、そうではなかった。その者からは、私自身のよく知っている、あるひとつの匂いが、していた。それは、なにかを失った者の匂いだった。喪ってしまったものを、いまだに、探しつづけている者の匂い。夫が家を空けているあいだ、私自身が、夜ごと、まとっていた、あの、寄る辺なさの匂い。それが、その女からも、していた。
だから、私は、こわさよりも、むしろ、その女を、見てやりたい、と思った。この者は、なにを、探しているのだろう。この者は、なにを、失ったのだろう。母として、私は、その哀しみの正体を、見きわめずには、いられなかった。
私は、歌いながら、その女を、見つめつづけた。
そして――そのとき、女が、動いた。
伸ばしていた素手の指を、女は、ゆっくりと、引いた。椿のほうへ伸ばしていた手を、引いて、そして、その手を、自分の胸のあたりへ、そっと、あてた。まるで、なにかを、抱くように。ここに、なにかを、抱いていたのだ、というように。
女の、片方だけ手袋をはめた手が、かすかに、震えた。
私は、歌うのをやめずに、けれど、心のなかで、その女に、問いかけていた。
あなたは、誰。
五
祖母が亡くなったのは、私が椿を身ごもるより、ずっと前のことだった。
祖母の葬式のあと、遺品を整理していて、私は、古い箪笥の、いちばん下の引き出しから、小さな桐の箱を見つけた。桐の箱には、色あせた紐がかけてあって、その紐をほどくと、なかから、いくつかのものが出てきた。
一枚の、ふるい写真。若いころの祖母が、産着に包んだ赤子を抱いている写真だった。祖母の顔は、笑っていなかった。むしろ、なにかをこらえるような、痛みをこらえるような顔をしていた。写真の裏には、鉛筆で、小さく、日付だけが書いてあった。それがいつのものか、私にはわからなかった。
それから、青い、マッチ箱。
月光堂、と、箱には、古い書体で刷ってあった。私は、その店を知らなかった。けれど、なぜか、その青いマッチ箱を、私は捨てられなかった。いまも、この家の、台所の引き出しに、しまってある。
そして――片方だけの、毛糸の手袋。
そのときも、私は、それを、ふしぎに思った。なぜ、片方だけ。もう片方は、どこへいったのか。祖母は、なぜ、こんな片方だけの手袋を、桐の箱に、大切そうに、しまっていたのか。
私は、その手袋を、桐の箱に、もどした。そして、桐の箱ごと、私の嫁ぎ先へ、持ってきた。それが、この借家の、押入れの奥に、しまってあったはずだった。
しまってあったはずの、それが。
いま、私の子の枕もとに、置かれていた。
私は、歌いながら、記憶を、たぐっていた。
桐の箱。写真。青いマッチ箱。片方だけの手袋。
そして、思い出した。祖母の、もうひとつの話を。
祖母には、私の母のほかに、もうひとり、子があったのだという。私の母の、姉。私にとっては、伯母にあたる人。けれど、私はその人に会ったことがない。会えるはずが、なかった。その人は、生まれて、ほんの数日で、亡くなったのだから。
祖母は、その子のことを、ほとんど話さなかった。母から、それを聞いたのも、私が大人になってからのことだった。おばあちゃんはね、と母は言った。ほんとうは、三人産んだの。あなたの伯母さんにあたる子が、いちばん上に、いたのよ。でも、その子は、冬の、いちばん寒い晩に、生まれてすぐに――。
母は、そこで、口をつぐんだ。
おばあちゃんは、産婆だったでしょう。母は、しばらくして、続けた。ほかのおうちの子は、あんなにたくさん、取りあげて、留めてきたのに。自分の子だけ、留められなかった。それが、ずっと、こたえていたみたい。
母は、そのとき、こんなことも、言った。おばあちゃんはね、その晩のことを、たった一度だけ、私に話してくれたことがあるの。あなたが生まれる、すこし前。おばあちゃんが、もう、だいぶ、弱ってきたころ。あの子はね、と、おばあちゃんは言ったわ。あの子は、生まれたとき、たしかに、泣いたのよ。ちゃんと、産声をあげたの。小さな、けれど、はっきりとした声で。私は、この子は留まる、と思った。産声のしっかりした子は、留まるものなの。だから、私は、安心して、その子を、産着にくるんで、寝かせたの。そうしたら――丑三つ時に、枕もとに、立つものが、来た。私は、それを、見た。見て、そして、歌おうとした。けれど――喉が、貼りついて、声が、出なかったの。ほかのおうちの母親には、あんなに、歌え、歌え、と言うてきたのに。いざ、自分の子となると、こわさと哀しさで、声が、出なかったの。歌えば、よかった。歌いさえ、すれば。あの子は、留まったかもしれないのに。
母は、そう話しながら、泣いていた。おばあちゃんはね、その悔いを、七十年、抱えて、生きたのよ、と。
冬の、いちばん寒い晩。
私は、歌いながら、目のまえの女を、見つめた。
裾の長い、着物のようなもの。片方だけの、毛糸の手袋。冬の、いちばん寒い晩に、生まれてすぐに逝った、赤子。
まさか。
六
その女は、赤子ではなかった。大人の、女の姿をしていた。生まれて数日で亡くなった子が、なぜ、大人の姿で。
けれど、と私は思った。あちら側では、時は、こちらと同じように流れるとは、限らないのではないか。生まれてすぐに逝った子も、あちら側では、育つのかもしれない。ひとつ、ふたつと、年を重ねて。もし、生きていれば、こうなっていたであろう姿に。
だとすれば、いま、私の枕上に立つこの女は――生きていれば、いま、七十を、いくつか越えていたはずの人。
私の、伯母。
そして、その伯母を取りあげ、そして、留められなかった祖母は――もう、あちら側にいる。祖母もまた、あちら側で、この、逝った娘と、再会したのだろうか。ふたりで、あちら側で、どんな時を過ごしてきたのだろうか。
私は、歌いながら、涙が、頬をつたうのを感じた。
眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
その唄を、祖母は、この、逝った娘に、歌えなかったのだ。歌うまえに、娘は、逝ってしまった。丑三つ時に立った者から、祖母は、自分の娘を、留められなかった。産婆でありながら。ほかの何十人もの子を、留めてきた手をもちながら。自分の娘だけは。
その哀しみを、祖母は、生涯、抱いていた。桐の箱に、片方だけの手袋を、しまって。
私は、その手袋のことを、思った。
冬の、いちばん寒い晩。祖母は、生まれたばかりの娘の、ちいさな手が冷えぬようにと、手袋を編んだのだろう。赤子の手には、大人の五本指の手袋は、大きすぎる。けれど、祖母は、編んだ。娘が、大きくなったら、これをはめてやろうと思って。いつか、この子が、この手袋をはめられる日が来ると信じて。
その日は、来なかった。
片方を編みおえて、もう片方を編んでいる、その途中で――あるいは、両方を編みおえた、その晩に――娘は、逝った。だから、手袋は、片方だけ、残ったのかもしれない。もう片方は、娘とともに、あちら側へ、持たせてやったのかもしれない。あるいは、悲しみのあまり、祖母は、片方を編むことが、どうしても、できなかったのかもしれない。
私には、わからない。
けれど、いま、目のまえの女の、片方の手に、その手袋は、はまっていた。
娘は、あちら側で、母の編んだ手袋を、はめていたのだ。片方だけ。もう片方を、待ちながら。母が、もう片方を、編んでくれるのを、七十年、待ちながら。
私は、歌いながら、枕もとの、片方の手袋に、手を伸ばした。指のあいだにあった、それを、握りしめた。
そして、女に向かって、それを、そっと、差し出した。
七
私は、見てはいけないと言われたその者を、見た。目を合わせてはいけないと言われたその者と、目を、合わせようとした。連れに来た者に、母から子を奪う者に、私は、片方の手袋を、差し出していた。
歌は、やめなかった。
眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
眠れ、眠れ、母の胸で。
星が海をわたるまで――と歌いながら、私は、ふと、その一節の意味を、はじめて、わかったような気がした。星が、海をわたる。それは、この、彗星のことではなかったか。何十年かに一度、夜空の海を、ゆっくりと、わたっていく星。その星が、海をわたりきるまで。それは、つまり、丑三つ時が過ぎ、夜が明けるまで、ということでは、なかったか。この唄は、はじめから、丑三つ時に立つ者から、子を守るための、唄だったのではないか。
祖母の、産婆の唄。
私は、その唄を、いま、歌っていた。祖母が、自分の娘には、歌えなかった唄を。
女の、顔のない顔が、私の差し出した手袋を、見ているのが、わかった。青い光のなかで、女の、片方だけ手袋をはめた手が、ゆっくりと、動いた。素手の手が、こちらへ、伸ばされた。さっきのように、ためらいながらではなく、こんどは、まっすぐに。
その素手の指が、私の差し出した、片方の手袋に、触れた。
冷たくは、なかった。
触れた、と思った瞬間、手袋は、私の手から、離れていった。
女が、それを、受けとったのだ。
女は、両手に、手袋を、持っていた。片方は、もとから、はめていたもの。もう片方は、いま、私が、差し出したもの。両の手袋が、女の手のなかで、そろった。
そして、女は、それを、自分の胸に、抱いた。
さっき、なにかを抱くように、胸にあてた、あの手つきで。けれど、こんどは、その胸に、たしかに、なにかが、あった。両方の、手袋。母の編んだ、両の手袋。七十年、片方を待ちつづけた、その手袋が、いま、そろって、女の胸に、抱かれていた。
女の、顔のない顔が、うつむいた。
青い光のなかで、女の裾が、ゆっくりと、揺れをおさめていった。水のようだった揺れが、静かに、凪いでいった。
そして、女は――笑ったように、見えた。
顔は、見えなかった。それでも、私には、その女が、笑ったのが、わかった。哀しみの底から、ようやく、なにかが、満たされたような。長いあいだ、探しつづけていたものを、ようやく、手にしたような。そういう、笑みだった。
私は、歌いながら、泣いていた。
八
女は、椿を、連れには、来なかった。
いや。ほんとうは、はじめから、椿を連れに来たのではなかったのかもしれない。私は、そう思う。あの女は――伯母は――椿を、連れに来たのではなく、椿を、守りに来たのかもしれない。あるいは、椿を通して、この家に、私に、なにかを、届けに来たのかもしれない。片方の手袋を、探しに。母の編んだ、もう片方を、受けとりに。
けれど、私には、それが、わからなかった。連れに来た者か、守りに来た者か。その境目は、あんまり、あわく、あんまり、しずかで、私には、見分けが、つかなかった。
たぶん、それは、両方だったのだ。
連れていくことも、守ることも、あちら側の者にとっては、おなじ、ひとつの、情なのかもしれない。この世に留まれと願うことと、はやく苦しみから解き放ってやりたいと願うことが、母の情のなかで、わかちがたく、ひとつであるように。あちら側からこちらを見つめる者にとっても、それは、ひとつの、情なのだろう。連れていきたいほど、いとおしい。守りたいほど、いとおしい。そのふたつは、境のところで、溶けあっている。
私は、その境の刻に、その情と、対峙していた。子を挟んで。歌をもって。
女が、後ずさった。
一歩、また一歩。裾を、水のように引きながら、女は、障子のほうへ、退いていった。青い光の、そのみなもとへ。彗星の、青い光の、そのなかへ。
退きながら、女は、片方の手袋をはめた手を――いや、いまは両の手袋を胸に抱いていたから、その、手袋をはめた手を、こちらへ、そっと、あげた。
別れの、しぐさのように。
あるいは、礼の、しぐさのように。
私は、椿を抱いたまま、歌いながら、その女を、見送った。見てはいけないと言われた者を、私は、最後まで、見つめて、見送った。目を合わせてはいけないと言われた者と、私は、最後に、目を合わせ、そして、その目のなかに、こわさではなく、哀しみと、そして、感謝を、読みとった。
女の姿が、障子の、青い光のなかに、溶けていった。
ゆっくりと。しずかに。まるで、砂糖が水に溶けるように。あるいは、朝の霧が、日にあたためられて、消えていくように。
女は、消えた。
あとには、青い光だけが、障子ごしに、しずかに、滲んでいた。
そして、その光も、やがて、うすれていった。彗星が、夜空の海を、わたりきったのだ。星が、海をわたりきるまで。私は、歌いおえていた。
九
気がつくと、部屋の、冷えは、消えていた。
首筋に流れていた、井戸の底のような冷気は、いつのまにか、失せていた。梅雨どきの、湿った、生ぬるい夜気が、もどってきていた。障子のむこうは、暗かった。彗星は、もう、見えなかった。
椿は、私の腕のなかで、眠っていた。
その寝息は、乱れていなかった。吸って、吐いて。吸って、吐いて。あの、こわいものが、すぐ枕もとに立っていたあいだも、この子は、ひとつも、目をさまさなかった。子どもというのは、こういうものかもしれない。この世とあちら側の境が、いちばん薄れる刻に、いちばん無防備に、いちばん安らかに、眠っている。守られていることを、知りもせずに。
私は、椿の、あたたかい頬に、頬を、寄せた。
その頬に頬を寄せながら、私は、祖母のことを、思った。あの晩、祖母は、歌えなかった。喉が貼りついて、声が出なかった。私も、はじめ、歌えなかった。おなじように、喉が貼りついた。おなじように、こわさと哀しさで、声が凍りついた。祖母と私は、おなじ夜を、七十年の時を隔てて、生きていたのだ。おなじ、丑三つ時を。おなじ、枕上の者を。
けれど、私は、歌えた。ようやく、歌えたのだ。祖母が歌えなかったその唄を、私は、椿を抱いて、声がかれるまで、歌いきった。それは、私が、祖母より、母として、優れていたからではない。ただ、私には、祖母のいなかったところに、祖母が、いてくれたからだった。祖母が、あちら側から、私に、歌わせてくれた。私の喉の貼りつきを、祖母が、あちら側から、そっと、なでて、ほどいてくれた。そんな気が、していた。
生きている。この子は、生きている。あたたかい。この、あたたかさが、私を、母にしていた。そして、いま、私は、この子を、守りきったのだ。丑三つ時の、境の刻に。祖母が、自分の娘には、してやれなかったことを。祖母が、生涯、悔いつづけたことを。私は、祖母のかわりに、いや、祖母とともに、してやれたのだ。
そう思ったとき、私は、ふと、あることに、気づいた。
私は、あの唄を、最後まで、歌いきった。声が、かれるまで。けれど、あの唄を、私は、椿のためだけに、歌ったのだろうか。
ちがう。
私は、あの唄を、あの女のためにも、歌っていた。
眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
この刻には、この唄は、死者を送る唄としても、響くのだと――そのことを、私は、そのとき、はじめて、からだで、わかった。
生者を、眠りへと誘う唄が、そのまま、死者を、安らぎへと送る唄になる。子を、この世に留めるための唄が、そのまま、あちら側の者を、成仏へと、送りだす唄になる。境の刻には、そのふたつは、ひとつになる。私は、椿を守るために歌い、そして、その同じ唄で、伯母を、送っていた。七十年、片方の手袋を待ちつづけた、あの、哀しい魂を。
母の編んだ、両の手袋を、胸に抱いて、あの女は、逝った。
こんどこそ、ほんとうに、逝ったのだ。安らかに。満たされて。
私は、そう思った。そう、思いたかった。
そして、私は、椿を、そっと、畳のうえに、寝かせた。子の、ちいさな手が、また、私の袖を、さがした。私は、その手に、私の指を、握らせてやった。子は、安心したように、ふう、と、ちいさな息を、ついた。
十
朝が、来た。
障子が、白んでいた。雨は、すっかり、あがっていた。雀の声が、聞こえた。台所のほうで、なにか、ことりと、音がした。家が、目をさましたのだ。夜のあいだ、息をひそめていた柱の一本一本が、朝の光のなかで、また、ただの、古い柱に、もどっていった。
私は、ほとんど、眠らなかった。
椿の隣で、ずっと、その寝息を、聞いていた。あの女が、また来はしないかと。けれど、女は、来なかった。冷えも、もどらなかった。夜は、静かに、明けていった。
椿が、目をさました。
ちいさな手で、目をこすって、それから、私の顔を見て、にっこりと、笑った。かあ、と、この子は言う。まだ、かあさん、とは言えない。かあ、と、それだけ。私は、その、かあ、という声に、涙が、こみあげた。この子が、こうして、朝、私を見て、笑ってくれる。かあ、と、呼んでくれる。それが、どれほど、あたりまえでない、奇跡のようなことか。私は、この一晩で、それを、骨身にしみて、知った。
私は、椿を、抱きあげた。
そして、ふと、枕もとを、見た。
片方だけの、手袋は、なかった。
昨夜、たしかに、私が、指でつまんで、そして、あの女に、差し出した、あの、古い、毛糸の手袋。それは、もう、そこには、なかった。
私は、押入れの奥から、桐の箱を、出してみた。色あせた紐をほどいて、蓋を、あけた。
なかには、色あせた写真が、あった。若いころの祖母が、産着の赤子を抱いた、あの写真。それから、青い、月光堂のマッチ箱。それは、ちゃんと、そこに、あった。
けれど、片方だけの、手袋は――なかった。
代わりに、桐の箱の底に、一枚の、紙きれが、入っていた。昨夜までは、なかったはずの、紙きれだった。それは、ずいぶん古い、黄ばんだ、便箋のきれはしのようなものだった。私は、それを、手に取った。そこには、鉛筆で、震えるような字で、こう、書いてあった。
「そろえてやれて、よかった。ありがとう。――ばば」
ばば。祖母のことだ。母は、幼いころ、祖母のことを、ばば、と呼んでいた、と、そう聞いたことがある。
私は、その紙きれを、しばらく、見つめていた。
そして、わかった。昨夜、あの女とともに、いや、あの女のむこうに、祖母も、いたのだ。私には、姿は見えなかった。けれど、祖母は、そこにいた。産婆であった祖母が、七十年、留められなかった自分の娘を、こんどこそ、あちら側で、抱きとって、そして、片方だけだった手袋を、そろえてやろうと、この家に、私のもとへ、やってきたのだ。
私を、通して。
私に、歌わせて。
十一
私は、その紙きれを、桐の箱に、もどした。そして、青い、月光堂のマッチ箱を、手に取った。
なぜ、祖母が、このマッチ箱を、大切にしていたのか。私は、いままで、わからなかった。けれど、いまなら、すこし、わかるような気がした。
産婆は、夜、呼ばれる。夜の、暗い土間の奥で、命を取りあげる。そのとき、灯りがいる。マッチを擦って、火を、ともす。その火のもとで、祖母は、いくつもの命を、取りあげてきた。留めてきた。この、青いマッチ箱は、祖母にとって、その、灯りの、しるしだったのかもしれない。境の刻に、あちら側へ渡ろうとする命を、こちら側へ、引きとめる、その、ちいさな、灯りの。
私は、そのマッチ箱を、ふって、みた。
かたり、と、音がした。まだ、なかに、マッチが、入っている。何十年も前の、マッチが。
私は、蓋を、あけてみようとして――やめた。
これは、擦っては、いけない気がした。これは、祖母の、灯りだ。私が、擦るべき灯りは、これではない。私の灯りは、私の唄だ。あの、子守唄だ。私は、そう思った。そして、マッチ箱を、また、桐の箱に、そっと、もどした。
その日の、昼下がり。
夫から、電話が、かかってきた。昨夜の、彗星は、見られたか、と、夫は言った。私は、見た、と、答えた。椿と、いっしょに、見たのか。夫は、そう訊いた。私は、すこし、迷って、それから、こう答えた。
椿は、眠っていたけど。でも、いっしょに、見たと思う。
夫は、ふしぎそうな声を、出した。私は、それ以上、説明しなかった。あの晩のことは、たぶん、誰に話しても、わかってはもらえない。夫にも。母にも。いつか、椿が、大きくなって、そして、この子もまた、母になる日が来たら――そのときには、話せるかもしれない。丑三つ時に、子の枕上に、立つ者があってな、と。
祖母が、私に、話してくれたように。
私は、電話を切って、椿を、抱きあげた。窓のそとは、よく晴れていた。雨のあとの、澄んだ、六月の空だった。彗星は、もう、見えない。けれど、あの、青い光は、私のなかに、たしかに、残っていた。
十二
それから、私は、ときどき、あの晩のことを、思い返す。
連れに来た者か、守りに来た者か。私は、いまでも、わからない。たぶん、その境目は、この世の言葉では、言い分けられないのだ。あちら側の情には、こちら側のような、はっきりした、名前が、ないのかもしれない。連れていくことと、守ることが、ひとつであるような、そういう、深い、深い、情。
私が、あの晩、対峙したのは、その、情だった。
そして、私が、あの晩、母として、したことは、たったひとつ。歌ったこと。子を抱いて、声がかれるまで、歌ったこと。それだけだった。けれど、その、たったひとつのことが、境を、隔てた。そして、その、たったひとつのことが、境を、越えて、あちら側の、哀しい魂を、送りだした。
母の唄は、境になる、と祖母は言った。
いまなら、わかる。境になる、というのは、隔てる、ということだけではなかった。境になる、というのは、こちら側と、あちら側とを、つなぐ、ということでも、あったのだ。境は、隔てると同時に、触れあわせる。障子の紙が、部屋の内と外とを、隔てながら、同時に、外の光を、内へ、滲ませるように。母の唄は、生者と死者とを、隔てながら、同時に、そっと、触れあわせていたのだ。
椿は、いま、三歳になった。
もう、かあさん、と、はっきり、言えるようになった。あの晩から、一年が、過ぎた。この一年、丑三つ時に、あの冷えが、もどってきたことは、一度も、ない。あの女は、もう、来ない。伯母は、祖母とともに、あちら側で、安らいでいるのだろう。両の手袋を、そろえて。
けれど、私は、いまでも、椿を寝かしつけるとき、あの唄を、歌う。
眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
眠れ、眠れ、母の胸で。
この唄を歌うたびに、私は、思う。この唄は、椿のためだけの唄ではない。この唄は、祖母のための唄であり、伯母のための唄であり、そして、いつか、私が、あちら側へ渡る日のための、唄でもある。生者を、眠りへ。死者を、安らぎへ。境の刻に、そのふたつを、ひとつにする、唄。
だから、私は、歌う。
椿が、眠るまで。星が、海をわたるまで。
先日、押入れの、桐の箱を、また、あけてみた。
なかには、色あせた写真と、青い、月光堂のマッチ箱が、あった。片方だけの手袋は、もう、ない。あの晩、あちら側へ、渡っていったから。そして、祖母の、あの、紙きれも――ふしぎなことに、いつのまにか、消えていた。ばば、と署名のあった、あの紙きれ。あれも、あちら側から、いっとき、こちら側へ、滲みだしてきた、光のようなものだったのかもしれない。彗星の、青い光のように。丑三つ時が過ぎれば、うすれて、消えていく、光。
けれど、消えても、なくなったわけではない。
彗星は、また、何十年かして、めぐってくる。夜空の海を、また、わたっていく。そのときには、私は、もう、この世にいないかもしれない。けれど、椿が、いるだろう。あるいは、椿の、子が。そして、そのだれかが、丑三つ時に、子の枕上に、立つ者を、見るのかもしれない。片方だけの手袋を、握って。あの唄を、歌いながら。
そのとき、私は――あちら側から、その子を、見つめているのだろうか。
連れにきた者として。守りにきた者として。そのあわいに立って、声なく、母から母へ、なにかを、手渡しながら。
母の唄は、境になる。
隔てて、そして、つなぐ。この世と、あの世を。生者と、死者を。母と、子を。母と、その母を。
私は、いまでも、椿の寝息を、聞くのが、好きだ。吸って、吐いて。吸って、吐いて。その、ちいさな、あたたかい息のなかに、私は、この世のいちばん確かなものと、あの世のいちばん哀しいものとが、しずかに、触れあっているのを、感じる。
そして、思うのだ。丑三つ時に、子の枕上へ立つ者がある、というのは、祖母のこしらえた作り話などでは、なかった。あれは、ほんとうのことだった。ただ、それは、こわい話では、なかったのだ。あれは――片方の手袋を、七十年、待ちつづけた者のもとへ、もう片方を、届けにいく、そういう、哀しくて、そして、あたたかい、話だったのだ。
眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
今夜も、私は、歌う。子を抱いて。声を、境にして。あちら側の、だれかにも、届くように。