木の鳴く家
怪談越してきた古家で毎夜みしりと廊下を渡る足音。辿り着いたのは、片方だけの手袋を握り、来ぬ夫を五十年待ちつづけた女の哀しい思いだった。
合わせ鏡の回廊
幻想怪異丑三つ時、向かい合う二枚の鏡の奥に亡き妻を見つけた男。境を越えて会いにいく誘惑と、戻ることの意味を描く、哀切な怪異譚。
送りの坂
現代怪談丑三つ時の雨の峠で女を乗せる。行き先は、水底に沈んだ村の名。三十年帰れなかった姉と、待ちつづけた弟を、蒼い星が送る夜の物語。
消灯
怪異・情消灯後の病棟、丑三つ時。ある病室のベッドのかたわらに、毎晩同じ刻、いるはずのない見舞い客が立つ。やがて分かる、その客が誰で、誰に会いに来ているのか。
三十年の針
怪異・叙情三十年止まった柱時計が、丑三つ時にだけ動きだす。針の指す刻に、亡き夫と名もなき子が、しずかに待っていた。時と死をめぐる哀傷譚。
送り提灯
民俗怪談四十九日に帰郷した男が、丑三つ時の畦道で声なき蒼い葬列に行き合う。列のなかに、片方だけの手袋をはめた育ての伯母を見つけて。
枕上の人
怪異・情丑三つ時、眠る子の枕上に立つ者がある。母は我が子を抱き、声がかれるまで子守唄を歌う。片方だけの手袋が七十年の哀しみをそろえる、境の刻の物語。
渡り場
現代怪談終電の絶えた踏切が丑三つ時に鳴りだす。渡れずにいる者たちの群れのなか、十一年前に亡くした子が、片方だけの手袋を探していた。
井戸番
怪異丑三つ時、涸れぬ井戸の底から名を呼ぶ声。水面に映るのは失くした人の顔。呼ばれて手を伸ばしたくなる井戸番の女が、境の向こうへ渡す送り唄。
杜の釘音
時代・怪異丑三つ時の杜に通う白装束の女。御神木に打つ五寸釘は呪いか、それとも二十年送れずにいた夫への、断ち切れぬ恋の慟哭か。
内線七番
現代怪異無人の旧病院で夜警をする男。線の切れた内線が丑三つ時に鳴り、受話器の向こうから、届かなかったひとことが静かに語られる。
岸辺の砂時計
幻想・境界丑三つ時、夢の岸辺で毎夜会うなつかしい人。だがその人は、もうこの世にいない。生と死の境を、子守唄がしずかに繋ぐ幻想譚。