井戸番
井戸番
石は、水よりも先に人を憶えている。
そう祖母が言ったのを、私はこの歳になってようやく信じるようになった。屋敷の裏手にある古い井戸――その井桁を組む四本の御影石は、もう二百年ちかくもそこに座って、幾人の顔を水面に映し、幾人の声を底に沈めてきたのか。私はその井戸のかたわらに建つ、小さな離れに独りで暮らしている。母屋は十年ばかり前に人手に渡り、いまは他人の別荘になっているけれど、この離れと井戸だけは、契約のときに私が頑として手放さなかった。理由を訊かれても、うまく答えられなかった。ただ、井戸を売ることが、なにか取り返しのつかない裏切りのように思われたのだ。
離れは六畳と三畳の二間きり、台所は土間で、風呂はない。夜は井戸の水を沸かして行水をつかう。不便には慣れた。むしろ、この不便のなかにこそ、私の一日の輪郭がある。朝、井戸から水を汲む。桶を落とし、綱を手繰る。冷たい水が土間の甕を満たす。その音で私は生きていることをたしかめる。井戸番――そう呼ばれる者がかつてこの村にはいたそうだ。井戸をさらえ、水を守り、水神に供物を捧げる者。祖母がそうだった。そして祖母の母が。私は、その最後の一人ということになるらしい。
若いころ、私は一度この村を出た。町の紡績工場で働き、そこで知り合った男と所帯を持ち、子を一人もうけた。けれど、その子は三つのときに疫痢で亡くなり、それからしばらくして、男とも別れた。すべてを失ったあと、帰る場所は、この井戸のかたわらしかなかった。祖母はもう亡くなっていたが、離れは、まるで私を待っていたように、そこにあった。畳は黴びていたけれど、井戸の水だけは、変わらず澄んでいた。私は桶を落とし、綱を手繰り、はじめてこの水を口にしたとき、なぜか涙がとまらなかった。この水は、私の失くしたものを、みんな憶えている――そんな気がしたのだ。
以来、二十年あまり。私はこの離れで、季節がめぐるのをただ眺めて暮らしてきた。春には井桁のまわりに菫が咲き、夏には蛍が水を求めて集まった。秋には落葉が水面を覆い、冬には氷が張った。私はそのたびに、井戸をさらえ、落葉をすくい、氷を割った。誰に頼まれたわけでもない。ただ、そうしなければならないと、体が知っていた。井戸番の血というものが、もしあるとすれば、それは、この井戸を放っておけないという、ただそれだけの、頑固な情なのだろうと思う。
村の者は、私を少し変わり者だと見ている。それでいい。誰かと深く関わることを、私はもう望んでいなかった。失うのは、一度でたくさんだった。井戸の水と、季節と、それだけがあれば、私の日々は静かに満ちていた。少なくとも、あの秋の夜までは、そうだった。
丑三つ時に、声がするようになったのは、去年の秋からだ。
はじめは風の音だと思った。井戸の口を渡る夜風が、石の縁で低くうなる。そういうことは前にもあった。けれどその夜の音には、たしかに抑揚があった。名を呼ぶ抑揚が。
――みさをさん。
私は蒲団のなかで目を開けた。障子の桟が、青白い月明かりに切り取られていた。いや、月ではない。あとで縁側に出てわかったのだが、その夜は月の出ていない晦日ちかくで、空を照らしていたのは、西の低いところに懸かった一つの星だった。蒼く、冴えて、瞬きもせずに、井戸のほうを見おろしていた。
――みさをさん。おいで。
声は、井戸の底から立ちのぼってくるようだった。水の匂いを含んでいた。苔と、石と、それから、遠い昔にかいだことのある白粉のような、かすかな甘さ。私はそのとき、なぜか怖くなかった。むしろ、胸の奥がしんと静まって、懐かしさのようなものが込み上げた。その声を、私は知っていた。知っているはずなのに、誰の声かどうしても思い出せなかった。
蒲団を抜け出し、素足で土間に降りた。石畳が氷のように冷たかった。戸を引くと、庭は霜に覆われて、青い星明かりのなかで一面に光っていた。井戸は、庭のいちばん奥に、黒い口をあけて沈黙していた。私はそこへ、吸い寄せられるように歩いていった。
井桁に手をついて、覗き込んだ。
底は闇だった。けれど、その闇のいちばん深いところに、水面がわずかに光っていた。星を映していたのだ。あの蒼い星が、井戸の底の小さな水鏡に、ちらりと落ちていた。そして――その星のかたわらに、顔があった。
私の顔ではなかった。
女の顔だった。若い。二十歳を出たか出ないか。島田に結った髪、細い眉、伏し目がちの、けれどまっすぐにこちらを見ている目。その口が、水の底で、ゆっくりと動いた。
――みさをさん。やっと、来てくれた。
私は井桁から飛びのいた。心臓が喉まで上がってきた。しばらく庭の霜のうえに座り込んで、荒い息をととのえた。星は、まだ西の空にあった。井戸は、また沈黙していた。
離れに逃げ帰って、私は震える手で行灯をつけた。けれど、油の火のちいさな灯りは、かえって闇の濃さを際立たせるばかりだった。障子の外で、井戸が、じっとこちらをうかがっているような気がした。私は蒲団を頭からかぶって、耳を塞いだ。それでも、あの声が、耳の奥にこびりついて離れなかった。みさをさん。やっと、来てくれた。――やっと。まるで、長いこと待っていたと言うように。誰が。誰が、私を待っていたというのか。
その夜、私は一睡もできなかった。障子が白みはじめるまで、私はただ、あの女の顔を、暗がりのなかで思い返していた。伏し目がちの、けれどまっすぐにこちらを見ていた目。あの目には、恨みも憎しみもなかった。ただ、痛いほどの寂しさだけがあった。そして、その寂しさに、私は――どうしようもなく、覚えがあったのだ。
朝になって、私は井戸を覗いた。当たり前だが、そこには私の顔があった。五十を過ぎて、めっきり白いものの増えた髪、目の下の弛み、痩せた頬。まぎれもない、井戸番の女の顔だった。水は澄んで、底の小石まで見えた。誰の顔も、そこにはいなかった。
朝の光のなかで、井戸は、ただの古い井戸だった。井桁の御影石には、長い年月が刻んだ細かな罅が走り、そのあいだに、青い苔が生していた。綱を巻く滑車は、赤く錆びて、動かすたびに、きい、きい、と鳴った。桶は、私が幾度も新しくしたけれど、それでも、いつも湿って、黒ずんでいた。ごくありふれた、田舎の井戸。夜に、名を呼ぶ声がするような場所には、とても見えなかった。
私は、桶を落とし、水を汲んだ。冷たい水で顔を洗った。その冷たさが、夜の幻を、洗い流してくれるようだった。私は自分に言い聞かせた。あれは夢だ。歳のせいだ。忘れてしまえ、と。けれど、井桁の石に手をついたとき、指先が、なにかを憶えていた。ゆうべ、この石にすがりついて、覗き込んだこと。そして、あの声の、痛いほどのやさしさ。それは、朝の光のなかでも、消えなかった。
夢だったのだ、と思おうとした。歳をとると、夜と昼の境が曖昧になる。祖母もそうだった。晩年の祖母は、しばしば誰もいない縁側に向かって話しかけ、供物の椀を二つ用意した。呆けたのだ、と村の者は言った。私も、いよいよそういう齢になったのだろう。そう思えば、あの声も、あの顔も、うまく片づけられる気がした。
けれど、片づかなかった。
その次の夜も、丑三つ時になると声がした。その次も。私は蒲団のなかで耳を塞いだ。塞いでも、声は骨を伝ってくるようだった。
――みさをさん。さむいでしょう。こちらへおいで。ぬくといところへ。
やさしい声だった。責める色も、恨む色もなかった。ただ、こちらの身を案じている。そのやさしさが、かえって恐ろしかった。私は蒲団のなかで震えながら、朝を待った。
昼のあいだ、私は井戸を避けるようになった。水は、前の晩に汲みおいたぶんで凌いだ。それでも足りなくなると、日の高いうちに、目をつぶるようにして桶を落とし、手早く水を汲んで、逃げるように離れへ戻った。井戸を覗き込むのが、こわかった。あの顔が、昼の光のなかにも現れるのではないかと思うと、水面に目をやることさえできなかった。
けれど、不思議なことに、日を重ねるうちに、こわさのなかに、べつのものが混じりはじめた。あの声を、聞きたいと思う気持ちが。丑三つ時が近づくと、私はいつのまにか、耳をすませて声を待っている自分に気づいた。あの、やさしい、寂しい声を。それが呼びかけてくれるのを。私は独りだった。長いあいだ、誰にも名を呼ばれずに生きてきた。夫はいなくなり、子は死に、祖母も母もこの世にいない。私の名を、みさを、と呼んでくれる者は、もう、この世にはいなかった。
だから、あの声が、私の名を呼ぶたびに、胸の奥が、痛いほどに疼いた。恐ろしいのに、離れがたかった。それが、いちばん、恐ろしかった。
半月ほどして、私はとうとう、村の寄り合いに出た。何年ぶりだったかわからない。人と話すのは億劫だったが、あの声のことを、誰かに問わずにはいられなくなっていた。井戸番の家に、昔、なにかがあったのではないか。そう思ったのだ。
寄り合いの席で、私はさりげなく、あの井戸のことを話に出してみた。すると、年寄りたちは、示し合わせたように口をつぐんだ。座がしんと静まった。囲炉裏の火が、ぱち、と爆ぜた。誰も、私と目を合わせようとしなかった。ただ一人、いちばん年かさの婆さまが、湯呑みを置いて、低くつぶやいた。「あすこの井戸には、手ぇ出さんほうがええ。あれは、返さん井戸じゃけえ」と。返さない、とはどういう意味かと訊いたが、婆さまはそれきり黙ってしまい、あとはもう、誰も井戸の話をしなかった。
その帰り、私は遠回りをして、老人ホームに入っている佐吉じいさんを訪ねた。じいさんはもう九十を越えて、この村のことなら、たいていのことを知っている。寄り合いで口をつぐんだ年寄りたちのなかで、じいさんだけは、昔から、私の祖母と親しかったと聞いていた。私が井戸番の家の者だと言うと、濁った目をしばらくこちらに向けて、それから、ああ、と低く笑った。
「みさをさんとこの、孫かい」
私は驚いた。みさを、というのは、私が井戸の底で呼ばれている、その名だったからだ。
「みさをというのは……」
「あんたの、大伯母さんだ。あんたの祖母さんの、姉さんにあたる人だよ」
佐吉じいさんは、乾いた唇を舐めて、遠いところを見る目になった。
「もう八十年からになるかね。わしがまだ、洟垂れの時分だ。みさをさんは、そりゃあきれいな人だった。村じゅうの男が振り返るような。だが、あの人はな……」
じいさんはそこで言葉を切って、しばらく黙った。私は待った。窓の外で、遅い午後の光が、庭のさざんかを赤く照らしていた。
「あの人は、井戸に身を投げなすった。丑三つ時にな」
私は息を呑んだ。
「わけは、いろいろ言われとる。惚れた相手が、ほかの女と一緒になったとか。腹に子がおったとか。ほんとうのところは、誰も知らん。ただ、あの人は井戸番の家の娘でな。子どもの時分から、あの井戸のそばで育った。井戸が、あの人のいちばんの友だちだったんだと。だから、しまいには、井戸のなかへ行きなすった。そういうことなんだと、わしは思うとる」
じいさんは、しばらく黙って、天井のしみを見つめていた。それから、ぽつり、ぽつりと、続けた。
「あのころ、村は旱魃でな。三年も雨が降らなんだ。田は割れ、川は涸れ、赤ん坊が、乳をもらえずに次々と死んだ。ところが、みさをさんとこの井戸だけは、どういうわけか、涸れなんだ。あの井戸の水だけが、村を生かしとった。だからな、みさをさん――井戸番の娘は、村じゅうから拝まれるような存在でな。水の神さまの、生き身の使いのように思われとった。人は、あの人を敬い、そして、恐れとった。神さまに近い者は、人の世からは、少し遠いところにおるものでな」
じいさんの声が、かすれた。
「あの人が井戸に身を投げたのは、旱魃の三年目の、いちばんつらい夏の終わりだった。惚れた相手に捨てられたのも、ほんとうだろう。腹に子がおったのも、たぶん、ほんとうだ。だが、わしはな、それだけじゃなかったと思うとる。あの人は、村を生かすために、身を投げたんじゃないか。水の神さまに、我が身を捧げて、雨を乞うたんじゃないか、とな。げんに――あの人が井戸に沈んだ次の日、三年ぶりに、雨が降ったんだ。土を叩くような、大雨がな」
私は、なにも言えなかった。囲炉裏の火だけが、じいさんの皺深い顔を、赤く照らしていた。
私は、じいさんの手を握った。骨と皮ばかりの、冷たい手だった。
「みさをさんは、引き上げられたのですか」
「いや」佐吉じいさんは首を振った。「あのころの井戸は、いまよりずっと深うてな。底が、どこにあるのか誰も知らんかった。何日も、村じゅうの男が綱を垂らしたが……とうとう、あがってこなんだ。だから、あの人はいまも、あの井戸の底におらすんだ」
じいさんの声が、ふいに小さくなった。
「みさをさんはな、死ぬ前の晩に、わしにこう言うたよ。洟垂れのわしをつかまえて、笑うて言うた。『佐吉ちゃん、あたしはね、寂しいのがいちばんこわいんだよ。あの世でひとりぼっちだったら、どうしよう』とな。……わしはその意味が、そのときはわからなんだ。いまは、わかる。あの人は、誰かに、来てほしかったんだ。あの底へ」
私は、その夜のことを、いつまでも忘れないだろうと思った。
別れぎわ、佐吉じいさんは、私の袖をつかんで、思いのほか強い力で引き寄せた。濁った目が、ふいに、澄んで見えた。
「あんた、名は、なんという」
「みさを、といいます」と私は答えた。
じいさんの顔から、すうっと血の気が引いた。しばらく、口をぱくぱくとさせて、それから、震える声で言った。
「行くな。あの井戸に、夜、近づくな。呼ばれても、返事をするな。……頼む。あんたは、行っちゃいかん。あの人の名を継いだ者が、あの井戸のそばにおるというだけで、わしは――なんだか、こわいんだ」
私は、じいさんの手をそっとほどいて、「大丈夫です」と、嘘を言った。
離れに帰りついたのは、日の暮れてからだった。私は土間に座り込んで、しばらく動けなかった。
みさを。私の大伯母。八十年、あの井戸の底で、独りきりで。
呼ばれていたのだ。ずっと。私を、ではない。私を通して、誰かを。いや――私の名も、みさをなのだった。祖母が、姉の名をとって、私につけた。母がそう言っていたのを、いまさらのように思い出した。「あんたはね、伯母さんの生まれ変わりみたいだって、おばあちゃんがよく言ってたよ」と。
だから、あの声は、私を呼んでいた。姉であり、私であり、その両方である「みさを」を。
私は、仏壇の抽斗をあけて、祖母の遺した古い文箱をさぐった。そこに、色の褪せた一枚の写真があった。ずっと、誰の写真かわからずにいたものだ。若い女が、井桁のかたわらに、ひっそりと立っている。伏し目がちの、細い眉の女。まちがいなかった。あの、水の底の顔だった。写真の裏には、色あせた墨で、「みさを 十九」と書かれていた。私は、その写真を、長いあいだ、手のなかで見つめていた。八十年前、この人は、たしかに、この井戸のかたわらに、生きて立っていたのだ。そして、いまも、その底にいる。独りで。
私は思った。もし、私があの底へ行けば、この人は、もう独りではなくなる。八十年の寂しさが、癒えるのだ。それは、悪いことなのだろうか。私は、この世に未練などなかった。夫も、子も、失った。この世で私を待つ者は、一人もいない。ならば、あちらへ行って、姉の寂しさを分け合ってやることは、いっそ、供養ではないのか。――そんな考えが、蜜のように、甘く、私の胸に広がった。それがどれほど危ういことか、そのときの私には、まだわからなかった。
その夜、私は蒲団を敷かなかった。縁側に出て、井戸を見つめて座っていた。夜が更けるにつれ、庭は冷えていった。私の吐く息が白かった。星が一つ、また一つと数を増し、やがて西の空に、あの蒼い星がのぼった。
丑三つ時が近づいていた。
――みさをさん。
声がした。井戸の底から。私は立ち上がって、庭へ降りた。霜が素足を刺した。井桁に手をついて、覗き込んだ。
底に、あの顔があった。若い、女の顔。みさを。私の大伯母。彼女は水の底で微笑んでいた。星が、そのかたわらに落ちていた。蒼い星。
――やっと、わかってくれたのね。あたしは、あなたを待っていたの。ずっと。
彼女の口が動いた。水のなかで、髪がゆらゆらと揺れた。
――ここは、こわいところじゃないのよ。しずかで、つめたくて、でも、ひとりじゃなくなる。あなたと、あたし。ふたりで。ずっと。ねえ、みさをさん。手を伸ばして。
私は、手を伸ばしそうになった。ほんとうに。指先が、井桁の縁を離れて、闇のほうへ。あの水の底が、急に温かいもののように思われた。母の胎のなかのような。生まれる前の、あの何もかもが満たされていた場所のような。寂しさも、痛みも、老いも、そこにはない。ただ、二人で、いつまでも。
水の底の顔が、微笑んだ。手を差し伸べるように、白い腕が、水のなかで、ゆらりと持ち上がった。細い、透きとおるような指が、私のほうへ、招くように動いた。もう少し。もう少し身を乗り出せば、その指に、触れられる。私は井桁のうえに、上体をあずけた。石の冷たさが、腹に沁みた。顔が、水面すれすれまで近づいた。水の匂いが、いっそう濃くなった。苔と、石と、白粉の甘さ。そして――なつかしい、乳のような匂い。死んだ子の、産着の匂い。私は、目を閉じかけた。
そのとき、井桁の石のうえで、なにかが光った。
青いマッチ箱だった。
それは、私のものではなかった。少なくとも、私が置いた憶えはなかった。井桁の、いちばん手前の石のうえに、そっと置かれていた。深い藍色の紙箱に、白抜きの文字で「月光堂」と刷ってある。私は、その箱を、たしかにどこかで見たことがあった。
祖母だ。
思い出した。祖母は、いつもこの青いマッチで、井戸の水神さまに供える灯明をつけていた。「これはね、月光堂のマッチだよ」と、幼い私に言った。「月光堂は、ふつうの店じゃない。丑三つ時に、道の辻に、ふっと出る店なんだ。そこでしか買えない。このマッチは、あの世とこの世の境で、道をまちがえないための灯りをつけるんだよ」と。祖母が亡くなってから、そのマッチは見なくなった。ずっと、なくしたものと思っていた。
それが、いま、井桁のうえにあった。
私は、伸ばしかけた手を引っ込めて、そのマッチ箱を取った。冷え切っていた。けれど、たしかに、そこにあった。箱を振ると、なかで軸木がかすかに鳴った。
そういえば、と私は思い出した。声がしはじめた秋のはじめ、私はいちど、道の辻で、見知らぬ小さな店を見かけたことがあった。丑三つ時、眠れずに村道を歩いていたときだ。辻の角に、それまでなかったはずの、小さな古本屋のような店が、ぼんやりと灯りをともしていた。軒に「月光書房」と読める古い看板がかかっていた。私は吸い寄せられるように、その戸口に立った。すると、奥から、姿の見えない誰かの声がして、「これを、お持ちなさい」と、細い手が、この青いマッチ箱を、差し出したのだった。私は礼も言わずに受け取り、逃げるようにその場を離れた。翌朝、その辻へ行ってみると、店などどこにもなく、ただ古い地蔵が一体、立っているだけだった。私は、あれを夢だと思っていた。マッチ箱のことも、忘れていた。
けれど、それは夢ではなかったのだ。いま、この井桁のうえに、たしかに、それはある。祖母の使っていた、月光堂の青いマッチ。あの、姿の見えぬ書房の主が、私に持たせてくれたもの。丑三つ時に、境で道をまちがえぬための灯り。
私は、なぜだかわからないまま、一本を抜いて、擦った。
しゅ、と青い炎が立った。ふつうのマッチよりも、ずっと蒼い、月光のような色の炎だった。その光を、井戸のほうへ向けた。
すると――水の底の顔が、変わった。
若い女の顔が、ゆらいで、老いていった。みるみるうちに。頬が痩せ、髪が白くなり、目じりに皺が刻まれた。それは、祖母の顔だった。
――みさを。
底から響く声も、変わっていた。あのやさしい、けれどどこか粘つくような声ではなく、しゃがれた、けれど懐かしい、祖母の声だった。
――みさを。あぶないところだったね。
私は井桁にすがりついた。「おばあちゃん」と、声がもれた。
――姉さんはね、寂しかったんだよ。八十年、この底で、たった独り。だから、おまえを呼んだ。姉さんに悪気はない。ただ、寂しかった。寂しさは、いちばんおそろしい。人を、境の向こうへ引き込むほどに。
祖母の顔は、水の底で、静かに揺れていた。
――でもね、みさを。生きている者は、生きている岸にいなきゃいけない。おまえがあっちへ行ったら、姉さんは、もう二度と、こっちを想わなくなる。寂しさを分け合う相手ができて、そのぶん、こっちを忘れる。それはね、供養にはならないんだよ。
私は泣いていた。冷たい霜のうえに膝をついて、井戸に向かって、子どものように泣いていた。
――みさを。井戸番の役目はね、水を守ることだけじゃない。境を守ることなんだ。あっちとこっちの境をね。あっちにいる者が寂しくないように、こっちから唄を送ってやる。あっちに行きたがる者を、こっちに引きとめる。それが、井戸番だ。おまえの、母さんも、あたしも、みんなそうしてきた。
祖母の顔が、水の底で、やさしく揺れた。
――おまえは、この二十年、よく水を守ってくれた。落葉をすくい、氷を割り、菫を咲かせて。あたしは、ずっと見ていたよ。おまえが、失くしたものを抱えて、それでも毎朝、水を汲む姿を。えらかった。ほんとうに、えらかったねえ。
私は、しゃくりあげた。「おばあちゃん、あたし、寂しかった。ずっと、寂しかったの。だから、姉さんの寂しさが、わかりすぎるくらい、わかったの。あたしも、あの底へ行きたかった。だって、この世には、もう、誰も……」
――みさを。聞きなさい。
祖母の声が、ふいに、きっぱりとした。
――寂しさは、消してはいけないんだよ。分け合って、なくしてしまってもいけない。寂しさは、抱えて生きるものなんだ。おまえの寂しさは、おまえが失くした者を、いまも想っているという証なんだ。その寂しさがあるかぎり、死んだあの子も、別れた人も、この世のどこかに、まだ生きている。おまえが忘れてしまったら、あの子は、ほんとうに死んでしまう。だからね、寂しくても、こっちの岸にいなさい。想いつづけなさい。それが、生きている者の、いちばん大きな供養なんだよ。
私は、井桁に額を押しつけて、泣いた。冷たい石が、涙で濡れた。死んだ子の顔が、ふいに、まざまざと浮かんだ。三つで逝った、あの子の、小さな手。私はそれを、この二十年、思い出さないようにして生きてきた。思い出せば、壊れてしまいそうで。けれど、いまはじめて、私は、その顔を、まっすぐに思い浮かべることができた。想っていいのだ、と祖母が言ってくれたから。忘れなくていいのだ、と。
――みさを。井戸番の役目はね、境を守ることなんだ。あっちとこっちの境をね。あっちにいる者が寂しくないように、こっちから唄を送ってやる。あっちに行きたがる者を、こっちに引きとめる。それが、井戸番だ。おまえの、母さんも、あたしも、みんなそうしてきた。
祖母の声は、だんだん遠くなっていった。マッチの炎が、燃え尽きようとしていた。
――唄を、うたっておやり。姉さんに。あの唄を。おまえも知っているだろう。あたしが、おまえに、うたってやった唄を。
炎が消えた。
闇が、また井戸を満たした。私は、しばらくそのまま、井桁にすがっていた。指先が、かじかんで感覚がなかった。庭は霜で真っ白で、西の空には、あの蒼い星が、まだ懸かっていた。この世とあの世の境を照らすように、瞬きもせずに。
私は、思い出そうとした。祖母がうたってくれた唄を。幼いころ、熱を出して寝込んだ夜、祖母が枕もとで、低く、繰り返しうたってくれた唄を。
――眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
口をついて出た。かすれた、頼りない声だったけれど。
「眠れ、眠れ……星が海をわたるまで……」
私は、井戸に向かって、その唄をうたった。子守唄だった。けれど、祖母は言った。この唄は、生きた子を眠らせる唄でもあり、死んだ者を送る唄でもある、と。そのときは意味がわからなかった。いまは、わかる。
「眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。船はしずかに、岸をはなれて。眠れ、眠れ、朝がくるまで……」
うたっているうちに、不思議なことが起こった。声が、ひとりでに、揺りかごを揺らすような節をつけはじめたのだ。それは、私が死んだ子に、うたってやった唄でもあった。熱を出したあの子を、胸に抱いて、一晩じゅう、うたいつづけた唄。眠れ、眠れ。あのときは、生きた子を眠らせるための唄だった。いまは、死者を送るための唄。けれど、節は、まったく同じだった。生と死のあわいで、母が子にうたう唄と、生者が死者を送る唄とが、一つの節のなかで、溶け合っていた。私は、あの子と、姉と、その両方に、うたっていた。眠れ。眠れ。もう、寂しがらなくていい。もう、痛くない。船はしずかに、岸をはなれて。
うたいながら、私は井戸の底に、みさをの顔を見た。若い女の顔だった。彼女は、もう微笑んでいなかった。泣いているように見えた。けれど、その泣き顔は、さっきまでの、こちらを引き込もうとする顔とは、まるでちがっていた。ほどけていた。ゆるんでいた。長いあいだ握りしめていたものを、ようやく手放そうとするような顔だった。八十年、この底で、たった独りで抱えつづけた寂しさを、その唄のなかに、そっと預けようとするような顔だった。
――みさをさん。
彼女が言った。
――あなたは、来ないのね。
「行かないよ」と私は言った。涙が、頬を伝って、霜のうえに落ちた。「でも、忘れない。毎晩、唄をうたうよ。あなたが、寂しくないように。あなたが、独りじゃないように。だから、あなたも、行きなさい。もう、行っていいんだよ、姉さん」
――ありがとう。
かすかに、そう聞こえた。あの、はじめて聞いたときの、寂しさばかりの声ではなかった。ほどけた、やすらいだ、女の声だった。
――みさをさん。あなたは、やさしいひとね。あたしと、おなじ名の。あたしのぶんまで、生きておくれ。この世の、菫や、蛍や、雪を、あたしのぶんまで、見ておくれ。そして、いつか、ずうっと先で、あなたが来るときには……そのときは、あたしが、迎えにいくから。
私は、「うん」と、うなずいた。「うん。待っているよ、姉さん。急がなくていいから。ゆっくり、渡っていきなさい」
星が、動いた。
いや、星が動いたのではない。井戸の底の水面に映った星が、すうっと、横へ流れたのだ。まるで、船が岸をはなれるように。蒼い光が、水の底を、ゆっくりと渡っていった。この世とあの世の境を照らす、たった一つの蒼い星が、その境の向こうへ、静かに沈んでいった。
そして、その光を追うように、みさをの顔が、水の底へ、深く、沈んでいった。だんだん小さく、遠く、ついには、見えなくなった。最後に、白い手が、水のなかで、ひらり、と振られた。さようなら、と言うように。あるいは、いってらっしゃい、と言うように。
あとには、ただ、暗い水面があった。星の光も、もうそこにはなかった。
私は、うたい続けた。声がかれるまで。庭が白々と明けはじめるまで。姉が、無事に、あちらの岸に着けるように。長い旅の、道連れになるように。
「眠れ、眠れ、星が海をわたるまで……」
夜が明けた。
私は、井桁のうえの青いマッチ箱を、そっと懐にしまった。そして、いつものように、桶を落とし、綱を手繰って、水を汲んだ。冷たい、澄んだ水が、桶に満ちた。その水面に、私の顔が映った。五十を過ぎた、井戸番の女の顔。目は泣き腫らして赤かったけれど、どこか、憑きものが落ちたように、静かだった。
その日から、丑三つ時に声がすることは、なくなった。
はじめのうち、私は、その静けさが、かえって寂しかった。あれほど恐れていた声が、もう聞こえない。それはつまり、姉が、ほんとうに、遠くへ行ってしまったということだった。私は、独りになった。また、独りに。
けれど、その寂しさは、以前の寂しさとは、どこか違っていた。以前の寂しさは、暗い井戸の底のような、出口のない寂しさだった。いまの寂しさは、渡し場で、船を見送ったあとのような寂しさだった。姉は、あちらの岸に着いた。ならば、いつか私も、そこへ行ける。この寂しさの先には、ちゃんと、再会がある。そう思えば、寂しさは、もう、こわいものではなかった。
私は、季節がめぐるのを、また眺めて暮らした。春には、井桁のまわりに、いつもより多く、菫が咲いた。夏には、蛍が、ことのほかたくさん、水を求めて集まった。秋には、落葉が水面を覆い、私はそれをすくった。冬には、氷が張り、私はそれを割った。井戸番の日々は、なにも変わらなかった。ただ、私の胸のなかだけが、少し、変わっていた。水を汲むたびに、私は、その水面に映る自分の顔の向こうに、姉の顔を、そして、あの子の顔を、そっと重ねて見た。もう、こわくはなかった。それは、失われた者たちが、私の胸のなかに、たしかに生きているという、しるしだったから。
けれど、私は毎晩、丑三つ時になると、庭に出て、井戸のかたわらに座る。青いマッチを一本擦って、水神さまに灯明をあげ、それから、井戸に向かって、あの唄をうたう。
眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
みさをのためだけではない。この井戸の底には、みさをのほかにも、たくさんの者が沈んでいるのだろう。名も知れぬ、遠い昔の者たちが。旱魃の年に水を乞うて身を投げた者。戦のときに逃げ込んで力尽きた者。生まれるまえに流された、小さな者たち。石は、水よりも先に、それらの者を憶えている。井戸番は、その者たちのために、唄をうたう。境の向こうが、寂しくないように。境のこちらへ、うっかり手を伸ばしてしまわないように。
私は、いまでは、あの月光堂の青いマッチを、大切にしまっている。もう、たくさんは残っていない。軸木を一本使うたびに、私は、あの丑三つ時の書房のことを思う。姿の見えぬ主が、細い手で、これを差し出してくれたこと。あの店は、道に迷った者の前に、境をまちがえそうな者の前に、そっと現れるのだという。祖母が言っていた。月光書房は、この世とあの世のあわいに建つ店で、そこには、生者の書いた本も、死者の書いた本も、まだ生まれぬ者の書いた本も、みな並んでいるのだ、と。私は、いつか、その店をもう一度、訪ねてみたい気がする。けれど、たぶん、訪ねようとして訪ねられる店ではないのだろう。あれは、境がいちばん薄れる刻に、ふっと、向こうから現れるものなのだ。
去年の菫の咲くころ、私はふと思いたって、井戸の底を、さらえてみた。長い竿の先に鉤をつけて、底の泥をさぐった。すると、泥のなかから、古い、錆びた簪が一本、あがってきた。銀の細工の、白粉の匂いのしみついたような簪だった。私は、それを、そっと洗って、あの写真――みさを十九、と書かれた写真の横に、供えた。八十年ぶりに、地上に戻ってきた、姉の持ちものだった。私は、その簪を見るたびに、姉が、たしかにこの世に生きていたこと、そして、いま、あちらの岸で、やすらいでいることを、静かに思う。
先日、村の若い者が、井戸の水を分けてくれと訪ねてきた。都会から越してきた、赤ん坊のいる夫婦だ。奥さんが、乳の出が悪いのだという。この井戸の水は、乳の出をよくするという言い伝えが、昔からあった。私は、桶に水を汲んで、分けてやった。
若い奥さんは、痩せて、目の下に隈をつくり、疲れ切っていた。赤ん坊は、母の腕のなかで、頼りなげに泣いていた。私は、その赤ん坊の顔を見て、胸が締めつけられた。私の子も、生きていれば、いまごろ、この人くらいの母親になっていただろうか。孫を、抱かせてくれていただろうか。私は、その考えを、そっと胸の奥にしまった。忘れるためではない。大切に、しまっておくために。
「よう眠らんのです、この子」と奥さんは、消え入りそうな声で言った。「夜じゅう泣いて、あたしも、もう、どうしていいか……」
私は、しばらく考えて、それから、あの唄を、低くうたってやった。眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。すると、あれほど泣いていた赤ん坊が、すうっと、静かになった。そして、母の腕のなかで、こっくり、こっくりと、眠りはじめた。奥さんは、目を丸くして、それから、涙ぐんだ。「その唄……なんという唄ですか」
「昔から、この村に伝わる子守唄だよ」と私は言った。「よかったら、覚えていきなさい。この唄はね、眠らない子を眠らせる唄でもあり、それから――」私は、そこで、少し言葉を切った。「それから、いろんなものを、しずかに送る唄でもあるんだよ」
奥さんは、意味がわからなかったようだったが、それでも、熱心に、その節を覚えて帰っていった。私は、それでいいと思った。いつか、この人にも、送らねばならないものが、できるだろう。そのとき、この唄が、この人を助けてくれればいい。井戸番の唄は、こうして、少しずつ、村のなかに、受け継がれていくのだ。
帰りぎわ、若い奥さんが、井戸を覗き込んで、「きれいな水ですね」と言った。それから、ふと真顔になって、「なんだか、誰かに見られているみたい」と、笑った。
私は、なにも言わなかった。ただ、その晩、いつもより長く、井戸に向かって唄をうたった。あの水の底で、いまも眠る、名も知れぬ者たちのために。そして、あちらの岸へ渡っていった、姉のために。
祖母が言った。石は、水よりも先に人を憶えている、と。
私は、いまはこう思う。石が憶えているのは、沈んだ者の顔ではなく、その者を想う、生きた者の情なのだ、と。井戸の底の水鏡に映るのは、失くした人の顔だ。けれど、その顔を映しているのは、覗き込む者の、消えぬ想いなのだ。想うかぎり、その顔は水の底にある。そして、想う者がその想いを、憎しみでも執着でもなく、静かな愛惜として手放したとき、映った顔は、ようやく星のあとを追って、海を渡っていく。
丑三つ時。草木も眠り、この世とあの世の境が、いちばん薄れる刻。私は井戸のかたわらで、一本の青い炎を灯し、唄をうたう。井桁の石は冷たく、水は暗く、底からは、もう声はしない。けれど、私は知っている。この暗い水面のどこかに、いまも、蒼い星の通り道があることを。
去年の暮れ、私は佐吉じいさんの訃報を聞いた。老人ホームで、眠るように亡くなったという。九十四だった。
葬式の帰り、私は、じいさんが最後に言った言葉を、村の世話役から聞いた。じいさんは、亡くなる前の晩、うわ言のように、こう繰り返していたそうだ。
「みさをさんが、迎えに来た。手袋を、片っぽだけ、はめて。……ああ、あったかい手だ。片っぽしか、はめとらんが……あったかいなあ」
私は、その話を聞いて、なぜだか、胸が温かくなった。
そういえば、と私は思い出した。佐吉じいさんを最後に訪ねたとき、じいさんの膝掛けのうえに、片方だけの、白い毛糸の手袋が置いてあった。もう片方は、と訊いたら、じいさんは、しわがれた声で笑って言った。「これはな、みさをさんが編んでくれたものだ。旱魃の年の、あの寒い冬にな。洟垂れのわしが、しもやけで泣いておったら、あの人が、右手のぶんだけ、編んでくれた。左手のぶんは、編みあがる前に……あの人は、井戸へ行きなすった。だから、これは、片っぽしか、ないんだ」と。じいさんは、その古い手袋を、宝物のように、八十年、持ちつづけていたのだ。
みさをは、行ったのだ。海を渡って。あちらの岸へ。もう独りではないところへ。そして、八十年ぶりに再会した、幼なじみの洟垂れの少年を、迎えに来たのだ。片方だけの手袋をはめた手で。八十年前に編みあげられなかった、その左手のぶんを、あちらの岸で、ようやく編みおえて。いや――片方は、こちらの岸の、じいさんの膝に。片方は、あちらの岸の、みさをの手に。二つの片手袋が、生と死の境をこえて、ようやく一つに、合わさったのだ。
なぜ片方だけなのか、私にはわからない。けれど、なんとなく、こんな気がする。もう片方は、こちらの岸に、残していったのだ。私たち、生きている者のために。境のこちらで、まだ誰かを想い、まだ誰かを引きとめ、まだ唄をうたい続ける者のために。片方の手袋は、あちらへ。片方の手袋は、こちらへ。二つで一つ。生と死が、二つで一つであるように。
その晩、私は、いつものように庭に出た。
空は晴れて、無数の星が瞬いていた。けれど、あの蒼い星は、もう西の空にはいなかった。天文の者に訊けば、あれは何十年、何百年に一度めぐってくる彗星だったのだ、と教えてくれるだろう。もう、当分は見られない。次にあの星が、この井戸の底に落ちるとき、私はもう、この世にはいないだろう。
けれど、それでいい。
そのときは、誰か別の井戸番が、この井桁のかたわらに座って、青いマッチを擦り、唄をうたっているだろう。私の名を継いだ、あるいは私の情を継いだ、誰かが。そして、水の底に映る蒼い星と、そのかたわらの、失くした人の顔を、静かに見つめているだろう。呼ばれても、手を伸ばさずに。ただ、うたいながら。
私は、井桁に手をついて、暗い水を覗き込んだ。
そこには、私の顔があった。老いた、井戸番の女の顔。けれど、その顔の向こう、水のいちばん深いところに、ほんの一瞬、蒼い光がよぎった気がした。星の通り道の、名残のような光が。
いつか、私も、あの底へ行くだろう。けれど、それは、寂しさに引かれてではない。呼ばれて手を伸ばすのでもない。すべてを想いおえ、送りおえ、この世でなすべきことをなしおえたのちに、静かに、あちらの岸へ、渡っていくのだ。そのときは、姉が、片方の手袋をはめた手で、迎えに来てくれるだろう。死んだあの子も、きっと、そのそばで、待っていてくれるだろう。私は、もう、こわくない。境の向こうが、寂しい場所ではないと、いまは知っているから。
それまでは、私は、この岸にいる。井戸番として。水を守り、境を守り、唄をうたう者として。丑三つ時のたびに、青い炎を灯し、暗い水に向かって、生者と死者の両方に、この唄を送りつづける。
私は、微笑んで、唄をうたいはじめた。
眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
――石は、水よりも先に人を憶えている。そして、水よりも長く、その人を想う者の情を、静かに湛えつづける。私が、この井戸を憶えているかぎり、この井戸もまた、私を憶えていてくれるだろう。丑の刻の、いちばん深い闇のなかで、蒼い星が一度だけ懸かる、あの水鏡の底に。