冷えの底
三時十七分に、冷蔵庫がひとつ、ため息をついた。
正確には、コンプレッサーが止まった音だった。夜のあいだじゅう低く唸っていたものが、ふっと切れて、部屋がいちだんと静かになる。その静けさが、かえって耳を刺した。私はベッドの上で仰向けになったまま、天井の一点を見つめている。見つめるというより、そこに視線が張りついて剥がれない、といったほうが近い。壁のうすい染みが、暗がりのなかでゆっくりと形を変えていく気がする。人の横顔にも見えるし、遠い岬にも見える。眠れない夜は、いつも私にこの染みを見せる。
眠れないのはもう三日つづいている。いや、正しく数えれば四日目の夜だ。最初の一日は、明日こそ眠れると思っていた。二日目は、眠れないことに苛立っていた。三日目になると、苛立つ力もなくなって、ただ横たわっていた。そして四日目の今夜、私はもう眠ることをほとんど諦めている。諦めているのに、目を閉じてしまう。閉じても、まぶたの裏に細かい光の粒が散って、それがまた私を起こしてしまう。
時計を見るまいと決めていたのに、また見てしまった。三時十九分。
寅の刻、と祖母なら言っただろう。丑三つを過ぎて、夜がいちばん深く沈む頃。祖母はよく、この時間には魔物が起きているのだと言った。子どもの私はそれを聞いて怖がったけれど、いまになって思えば、祖母もまた眠れずにこの時間を過ごしていたのかもしれない。魔物というのは、外から来るものではなく、たぶん、内側から起き上がってくるものだ。
祖母の家には、古い柱時計があった。夜になると、その振り子の音が、家じゅうに響いた。かち、こち、かち、こち。眠れずにいると、その音だけが、闇のなかで確かなものだった。祖母はときどき、私の部屋を覗きにきて、まだ起きているのを見つけると、なにも言わずに、私の額に手を置いた。乾いた、皺の多い手だった。その手が置かれると、ふしぎと、魔物は退いていった。祖母は、自分もまた眠れずにいたことを、けっして口にしなかった。ただ、私の眠れなさを、黙って分けあってくれた。
いま、私の部屋には、柱時計はない。額に手を置いてくれる人も、いない。あるのは、冷蔵庫のため息と、壁のうすい染みと、遠い誰かの咳だけだ。それでも私は、こうして横たわりながら、祖母の乾いた手の感触を、まだ覚えている。覚えているだけで、少しだけ、魔物は退く。人の記憶というのは、たぶん、そういうふうにできている。いちばん心細い時間に、いちばん優しかった手を、思い出せるように。
不眠のいちばん厄介なところは、時間が過去へ向かって流れることだ。
昼のあいだ、私たちは未来へ向かって歩いている。明日の会議、来週の締切、来月の家賃。前を見て、いくつもの用事を追いかけて生きている。ところが夜明け前の暗がりに一人で取り残されると、時間はふいに向きを変える。今日の失敗が思い出される。先週、同僚に言ってしまった一言。三年前に別れた人の、最後の背中。十年前、母の葬式で、私が泣けなかったこと。
それらが順番などおかまいなしに、暗い水面に浮かんでくる。まるで底に沈んでいたものが、静かになった夜にだけ浮力を取り戻すみたいに。
昼のあいだ、それらの記憶は、たしかに底に沈んでいる。仕事の忙しさや、人と交わす言葉や、外の光や音が、重石のように、それらを水底に押しとどめている。ところが夜になり、その重石がひとつずつ外れていくと、記憶は静かに浮きあがってくる。しかも、選りに選って、いちばん見たくないものから。楽しかった思い出は、なぜか浮いてこない。浮いてくるのは、いつも、後悔と、恥と、失われたものばかりだ。夜は、私のなかから、いちばん暗いものだけを掬いあげてくる漁師のようだった。
私は、その漁師に抗おうとする。楽しかったことを思い出そうとする。子どもの頃の、夏の日のことや、はじめて海を見たときのことや、誰かに褒められたときのことを。けれど、それらの明るい記憶は、指のあいだからこぼれる砂のように、うまく手のなかに留まってくれない。かわりに、暗い記憶が、鉤のように、私の心に引っかかって離れない。眠れぬ夜の記憶には、鉤がついている。抜こうとすると、かえって深く食いこむ、返しのついた鉤が。
私は寝返りを打つ。枕の、冷えていない側を探して頬を沈める。けれどもう、どちらの側も同じくらい温くなっている。
隣の部屋で暮らす人のことは、名前も知らない。ただ、明け方近くにときどき、壁ごしに小さな咳が聞こえる。今夜も聞こえた。乾いた、遠慮がちな咳。あの人も眠れないのだろうか。それとも、眠りの浅い底で、無意識に咳をしているだけなのだろうか。わからない。わからないけれど、その咳が聞こえると、なぜか少しだけ、ひとりではない気がする。この階の、この時間に、起きているのは私だけではない。そう思えるだけで、天井の染みが、ほんの少しやわらかく見える。
眠れないなら、いっそ何かをすればいい、と人は言う。
温かい牛乳を飲むといい。本を読むといい。スマートフォンは見ないほうがいい。深呼吸をするといい。羊を数えるといい。私はそのどれもを、この四日のあいだに試した。牛乳は途中で飲むのをやめた。冷たいまま飲むと胃が重くなり、温めると、温めているあいだじゅう台所の蛍光灯の下でひとり立ち尽くす自分が、あまりに惨めに思えた。本は三行読むと、同じ三行を三度読んでいることに気づいた。羊は、四十七匹目で数えるのをやめた。羊のことなど、どうでもよくなったのだ。
結局、私は何もしないでいる。何もしないで、ただ夜が過ぎるのを待っている。
けれど、待つというのは、実は何もしないことではない。待つのは、とても力のいることだ。私は夜が明けるのを待っている。それは、この暗さがいつか終わることを、心のどこかでまだ信じているということだ。四日眠れなくても、私はまだ、朝を信じている。その一点だけが、私をこの薄い布団の上に繋ぎとめている。
ふと、枕元に手を伸ばした。
指先が、小さな箱に触れる。硬い、角ばった、マッチ箱だ。なぜここにマッチがあるのか、しばらく思い出せなかった。私は煙草を吸わない。蝋燭を灯す習慣もない。それなのに、この箱はもう長いこと、枕元にある。
暗がりのなかで、箱を顔の前に持ち上げる。指先の感触だけで、それがどんな箱か、私は知っている。表面に、うっすらと箔押しの模様がある。三日月と、その下に流れる細い線。月光堂、という店の名が、たしか印されているはずだ。深い青の地に、銀色の月。
思い出した。これは母のものだった。
母の遺品を整理したとき、鏡台の抽斗の奥から、この青いマッチ箱がひとつ出てきた。中身の軸はもうほとんど湿気ていて、たぶん擦っても火はつかない。捨てようかと思った。けれど、母がこれを持っていた理由がわからないまま捨てるのが、なぜか惜しくて、私はそれを手元に残した。そして、なんとなく枕元に置いた。それきり、十年。
母は煙草を吸わなかった。蝋燭を灯す人でもなかった。それなのに、なぜこんなものを、鏡台の奥に隠すように仕舞っていたのだろう。
私は箱を耳のそばで、そっと振ってみる。軸のこすれる、かさ、かさ、という乾いた音がした。その音は、思いのほか、優しかった。
母のことを、私はあまりよく知らない。
知らない、というのは正確ではない。毎日いっしょに暮らしていたのだから、母の癖も、口ぐせも、料理の味も、私は知っている。けれど、母が何を思って生きていたのか、夜、眠れないことはなかったのか、私に見せない顔でどんな時間を過ごしていたのか、そういうことを、私は何も知らない。母は早くに逝った。私がまだ、母を一人の人間として見る前に。
子どもというのは残酷なものだ。母を、母という機能としてしか見ていない。ごはんを作る人。心配する人。叱る人。私が母を、私と同じように眠れぬ夜を持つ一人の人間として想像できるようになったのは、母が死んで、ずいぶん経ってからだった。
この青いマッチ箱を、母はどんなふうに手にしたのだろう。
箱の裏に、細かい字で、店の場所が刷られていた。むかし、一度だけ、目を凝らして読んだことがある。月光書房内、月光堂——とあった。書房の、なかにある店。本屋の一角に、こんな小さなマッチ箱を売る店があったということだろうか。本と、蝋燭と、マッチ。それは、眠れぬ夜のための、静かな品ぞろえのように思えた。眠れぬ人は、本を読み、火を灯し、そして、朝を待つ。月光書房というのは、たぶん、そういう人たちのための場所だったのだろう。
母は、その本屋へ行ったことがあるのだろうか。夜、眠れずに、あるいは何かに疲れて、ふらりとその店へ入って、この蒼い箱を手に取ったのだろうか。私はその店を、見たことがない。地図で探しても、たぶん、もうそんな店は残っていないだろう。けれど、母がその店の扉を押して、蒼い箱を選んでいる姿を、私は、暗がりのなかで、なぜか鮮明に思い描くことができた。若い母が、店の灯りの下で、そっとこの箱を手のひらにのせている姿を。
三時三十四分。
まだ、夜のいちばん暗い底だ。ここから朝までが、いちばん長い。三時から四時にかけての一時間は、時計の針が凍りついたように動かない。私はこの時間を、心のなかで「魔の時間」と呼んでいる。悪いことばかりを考えてしまう時間。自分が世界のなかでいちばん孤独だと思い込んでしまう時間。あらゆる後悔が、割増しの利子をつけて取り立てにやってくる時間。
昼間なら笑い飛ばせることが、この時間には笑えない。昼間なら「まあ、そういうこともある」で済むことが、この時間には「私はもう取り返しがつかない」に変わる。同じ出来事が、光の量によってまるで別の重さを持つ。夜明け前の私は、昼の私よりずっと弱い。ずっと臆病で、ずっと後悔深く、ずっと孤独だ。
そして、こういう時間にかぎって、思い出さなくてもいいことを、私はやたらと精密に思い出す。
三年前に別れた人が、最後にドアの前で振り返って、何か言いかけて、結局言わずに出ていったこと。あのとき、あの人は何を言おうとしていたのだろう。私が引き止めなかったから、あの人は口をつぐんだのか。それとも、私が引き止めても、あの人はもう行くつもりだったのか。答えの出ない問いを、私は暗がりのなかで何度も転がす。転がしても転がしても、角が取れて丸くなることはない。むしろ、転がすたびに角が増えていく気がする。
あの人と暮らしていた頃、私はよく眠れていた。いま思えば、それが不思議だ。二人でいるときのほうが、心配ごとは多かったはずなのに。それでも私は、あの人の寝息を隣で聞きながら、いつのまにか眠りに落ちていた。人の寝息というのは、ふしぎな薬だった。誰かがそばで、規則正しく息をしている。ただそれだけのことが、私を眠りへ運んでくれた。
あの人が出ていってから、私は、その寝息を失った。夜の部屋は、静かになりすぎた。冷蔵庫のため息と、私自身の心臓の音だけが、闇のなかに残った。眠れなくなったのは、たぶん、そのせいもある。私は、隣で息をする誰かを、失ったのだ。壁のむこうの咳に、私がなぜか慰められるのは、たぶん、そのためだった。それは、失った寝息の、遠いこだまのようなものだったから。
けれど、と私は思う。あの人を責めることは、もうできない。あの人にも、あの人の夜があった。あの人にも、眠れぬ理由があった。私が、あの人の寝息に眠りを分けてもらっていたように、あの人もまた、私に何かを分けていて、それが尽きたのかもしれない。人は、いつまでも、誰かに何かを分けつづけられるわけではない。分けるものが尽きたとき、人は、静かに、ドアの前で振り返るのだ。
咳が、また聞こえた。壁ごしの、あの人の咳。
私は、少しだけ体を起こした。
眠れないのは私だけではない。この壁の向こうにも、たぶん眠れずにいる誰かがいる。名前も知らない、顔もほとんど見たことのない誰か。すれ違いざまに、一度だけ会釈をしたことがある。年配の、痩せた人だった。マフラーをきっちりと巻いて、片手にだけ手袋をしていた。もう片方の手は、素手だった。冬のことだったのに、片方だけ。私はそのとき、なぜ片方だけなのだろうと、ちらりと思った。手袋を片方なくしたのだろうか。それとも、なくしたもう片方を、どこかで待っているのだろうか。
人には、それぞれ、他人には見えない事情がある。片方だけの手袋のような事情が。
私はそのことを、この魔の時間になると、よく思い出す。世界には、片方だけの手袋を持つ人が、思っているよりずっとたくさんいるのかもしれない。眠れずに、暗がりのなかで、失くしたもう片方のことを考えている人が。
私にも、片方だけのものがある。私は抽斗のなかに、ずっと、片方だけの手袋を仕舞っていた。母のものだった。母が亡くなったとき、母の外套のポケットから、片方だけ、手袋が出てきた。もう片方は、どこにもなかった。どこかで落としたのだろう。母は、片方だけになった手袋を、なぜか捨てずに、ポケットに入れたままにしていた。私はそれを、母のマッチ箱といっしょに、手元に残した。片方だけの手袋。それは、母が失くしたものの、たったひとつの、目に見える証だった。
母は、失くしたもう片方を、探していたのだろうか。それとも、もう探すのをやめて、けれど捨てることもできずに、片方だけを抱えていたのだろうか。私にはわからない。ただ、私も同じことをしている。片方だけの手袋を、捨てられずに、抱えている。失くしたものは、もう戻らないと知りながら、その片割れだけを、手放せずにいる。人は、みな、そうやって、片方だけのものを、いくつも抱えて生きていくのかもしれない。
台所へ立った。
何かを飲もうと思ったわけではない。ただ、ベッドの上にいるのが耐えられなくなったのだ。魔の時間の重さは、横たわっているときにいちばん強くのしかかる。立ち上がって、体を動かすと、少しだけ軽くなる。
暗い廊下を、手探りで歩く。フローリングが素足に冷たい。夜明け前の冷えは、床から這い上がってくる。足首から、脛から、じわりと冷たさが登ってくる。この冷えは、昼にはない冷えだ。世界がいちばん温度を下げる時間。夜のあいだじゅう放熱をつづけて、大地も、屋根も、空気も、この時間にいちばん冷たくなる。夜明け前が、一日でいちばん寒いのだと、いつか天気予報で聞いたことがある。日が沈んで暗くなってから、ずっと冷えつづけて、そして光が差す直前に、底に達する。
冷えの底。それはたぶん、心にもある。
台所の窓辺に立って、私はしばらく外を見た。カーテンは閉めたままだった。
なぜ、そのときカーテンを開けたのか、自分でもよくわからない。
いつもなら、私は夜の窓を見ない。暗い窓ガラスに映る自分の顔が、あまり見たくないからだ。眠れずに窶れた自分の顔を、暗い鏡のなかに見つけると、いっそう心細くなる。だから私は、夜のあいだ、たいていカーテンを閉めきっている。
けれどその夜、私は手を伸ばして、カーテンの端をつかんだ。指先が布の冷たさを感じた。そして、ゆっくりと横へ引いた。
金具が、しゃら、と鳴った。
空に、星がひとつ、冴えていた。
いや、星ならいくつも出ていた。都会の空にしては珍しく、その夜は雲がなく、いくつもの星が、冷えきった闇のなかに散っていた。けれども、そのなかにひとつだけ、明らかに他と違う光があった。
低く、東の空。屋根と屋根のあいだ、電線の交差する向こう。他のどの星よりも、それは強く、そして蒼く光っていた。白い星でも、赤い星でもない。深い、澄んだ、蒼。夜のいちばん暗い底の色を、そのまま煮詰めて、なぜか光に変えたような、そんな蒼だった。まばたきをせず、じっとそこに在って、けれど滲むように、ほんのわずかに尾を引いている。
彗星だ、と私は思った。
そういえば、何日か前に、どこかで見た気がする。今年は珍しい彗星が近づいている、という記事を。名前を、たしか——ミラ、と言った。ミラ彗星。ラテン語で「不思議なもの」を意味する、と書いてあった気がする。数十年に一度、この空に戻ってくる。次に見られるのは、私が生きているあいだにはもう来ないかもしれない、と。
それが、いま、そこに在った。
数十年に一度しか戻ってこない光が、よりにもよって、私が眠れずに苦しんでいる、この四日目の夜に、私の窓の外に出ていた。もし私が、いつものようにカーテンを閉めきったまま横たわっていたら。もし私が、この夜も、ただ天井の染みを見つめているだけだったら。私は、この光を、一生知らずに終わっただろう。何十年もかけて旅してきた光を、あと数センチのカーテンのために、見逃していただろう。
そう思うと、背筋が、ぞっとした。私たちは、日々、どれだけの光を、カーテンのむこうに閉じこめているのだろう。見ようとしないだけで、そこに在る光を。開けようとしないだけで、届いている光を。夜明け前のいちばん暗い空に、いちばん冴えた光が出ているのに、私たちは、たいてい、カーテンを閉めて眠っている。あるいは、眠れずに、天井の染みだけを見つめている。
奇妙なことに、私はその蒼い光を見た瞬間、涙が出そうになった。
理由は、うまく言えない。悲しいのでも、嬉しいのでもなかった。ただ、その光が、あまりにも遠くから来ていたからだと思う。何十年もかけて、暗い宇宙の底を旅してきて、いまこの、私の眠れぬ夜の、いちばん暗い底の空に、それは在った。私が四日眠れずに苦しんでいるあいだも、それはずっと、こちらへ向かって、光を届けようとしていた。
いちばん暗いこの時間に、いちばん強く光る星がある。
そのことが、なぜか、私を救った。ほんのわずかに、けれどたしかに。
夜のいちばん暗い底にこそ、いちばん冴えた光が見える。空は、そのことを、何十年もかけて私に教えにきたみたいだった。もし私が今夜も眠れていたら、この光を見ることはなかった。眠れなかったからこそ、私はこの蒼を見た。眠れない夜が、はじめて私に何かをくれた。
私は窓辺に、しばらく立っていた。
裸足の冷たさも、床の冷えも、いつのまにか気にならなくなっていた。私はただ、その蒼い光を見ていた。見ていると、時間の流れが、ふしぎと止まった。魔の時間の、あの後悔の利子取り立ても、いつのまにか鳴りをひそめていた。私はただ、光を見ている、それだけの、まっさらな時間のなかにいた。
母も、この彗星を見ただろうか。
前に来たのが数十年前だとすれば、母はまだ若かったはずだ。私を産む前か、あるいは、私がまだ幼くて、何も覚えていない頃か。母も、眠れぬ夜に、ふとカーテンを開けて、この蒼を見たことがあったかもしれない。そう思うと、この光が、母と私を、時を超えて、細い一本の線で繋いでいるような気がした。同じ光を、違う夜に、母と私が、それぞれの窓辺で見上げている。
青いマッチ箱を、ふと思い出した。
月光堂。三日月と、細い線。あの細い線は、もしかしたら、彗星の尾ではなかったか。
私は台所を出て、枕元に戻り、あの青いマッチ箱を手に取った。
窓辺に持っていって、彗星の光にかざしてみた。都会のわずかな明かりと、蒼い星の光のなかで、箱の表面がうっすらと浮かび上がる。三日月。そして、その下を流れる、細く長い線。子どもの頃は、それをただの飾りの線だと思っていた。けれど、いまこうして本物の彗星を見上げたあとでは、それが尾を引く星のかたちに見えた。
月光堂。もしかすると、その店は、こういう夜のためにこの箱を作ったのかもしれない。眠れぬ夜に、火を灯すための。あるいは、火を灯さなくても、ただ枕元に置いておくだけで、いつか、こういう夜に、手にとってもらうための。
私は箱を、そっと開けてみた。
軸は、やはり湿気ていた。
けれど、いちばん端に、一本だけ、まだ乾いているように見える軸があった。私はそれを、指でつまんで抜いた。頭薬の赤が、暗がりのなかで、わずかに見えた。
擦ってみようか、と思った。
つくはずがない。十年ものあいだ、枕元で湿気てきた軸だ。それでも、つかないとわかっていても、擦ってみたかった。母がこの箱を持っていた理由が、火をつけることではなかったとしても——いや、だからこそ、私は一度、この軸に火をつけてみたかった。母のかわりに。
側薬に、軸の頭をあてた。息を止めて、ゆっくりと引いた。
しゅ、と、乾いた音がした。
火はつかなかった。頭薬が、わずかに削れただけだった。硫黄の、かすかな匂いが、指先から立った。それだけだった。
けれど、その匂いが——なぜか、母の匂いに似ている気がした。
母の匂い、というものを、私は長いこと忘れていた。
人は、大切な人の顔は覚えていても、匂いはいちばん先に忘れてしまう。母の顔は、写真で何度も見ているから覚えている。母の声も、なんとなく覚えている。けれど母の匂いだけは、もう思い出せなくなっていた。それが、この湿気たマッチの、擦れただけの硫黄の匂いのなかに、ふいに戻ってきた。
母は、この箱を、擦ったことがあるのだろうか。
湿気た軸のなかに、一本だけ、擦り跡のあるものが混ざっていた気がして、私はもう一度、箱の中を覗いた。暗くてよく見えなかった。けれど、たしかに、頭薬の欠けた軸が、何本か、そこにあった。母も、擦ったのだ。つかないとわかっていて、擦ったのかもしれない。あるいは、母が持っていた頃には、まだ火がついたのかもしれない。母もまた、眠れぬ夜に、この火を灯したのだろうか。
私は、母と、同じことをしている。時を隔てて、同じ箱を手に、同じ蒼い光の下で。
四時を過ぎた頃、私はラジオをつけた。
古い、手のひらほどの小さなラジオだ。これも母のものだった。もう新しいものを買ってもいいのに、私はこれを使いつづけている。ダイヤルを回すと、じり、じり、と砂を噛むような音がして、いくつもの局のあいだを彷徨う。深夜のラジオは、昼とは違う。声がひそやかで、音楽がやわらかい。眠れない人だけが聞いている、という前提で、番組が作られているような気がする。
ダイヤルを合わせていくと、ふいに、静かな歌が流れてきた。
女性の声だった。年配の、けれど澄んだ声。伴奏はほとんどなく、ただピアノが、ぽつり、ぽつりと、雫のように音を落としていた。
——眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
その一節を聞いた瞬間、私は動けなくなった。
眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
知っている、と思った。この歌を、私は知っている。どこで聞いたのだろう。誰が歌っていたのだろう。思い出そうとして、思い出せない。けれど、体のいちばん深いところが、この歌を覚えていた。頭ではなく、皮膚が、骨が、この旋律を覚えていた。
母だ。
母が、歌っていた。
ラジオの声は、母の声ではない。それははっきりとわかっていた。それでも、旋律が、歌詞が、母のものと寸分たがわず同じで、私は、ラジオの前で、しばらく息をするのも忘れていた。誰が、この曲を、こんな夜明け前のラジオで歌っているのだろう。この曲を知っている人が、母のほかにも、世界にいたのだ。母だけの子守唄だと、私はずっと思っていた。母が、私のためだけに、どこからか見つけてきた歌なのだと。けれど、そうではなかった。この歌は、たぶん、たくさんの母たちが、たくさんの眠れぬ子どもたちに、歌ってきた歌なのだ。
そのことが、私を、いっそう、深いところで揺さぶった。母は、この歌で、私をこの世界の、大きな、目に見えない繋がりのなかに、繋いでいたのだ。私の知らない、どこかの母も、いま、この歌を、眠れぬ子どもに歌っているかもしれない。ラジオのむこうの歌い手も、きっと、誰かに歌ってもらったこの歌を、いま、電波にのせて、眠れぬ人々に返しているのだ。歌は、そうやって、人から人へ、母から子へ、時代から時代へ、わたっていく。星が海をわたるように。
思い出した。幼い私が眠れない夜、母はこの歌を歌ってくれた。
母は歌がうまくなかった。音程は、いつも少しずつずれていた。それでも母は、私の枕元に座って、この子守唄を、低い声で歌ってくれた。眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。歌詞の意味も知らないまま、私はその声を聞いていた。星が海をわたる、というのがどういうことか、子どもの私にはわからなかった。星は空にあるもので、海は下にあるもので、どうして星が海をわたるのか。けれど、そのわからなさが、なぜか心地よかった。わからないから、安心して、私は眠りに落ちていった。
母の声を、ラジオの女性の声のなかに、私は聞いた。もちろん、それは母の声ではない。母はとうに亡くなっている。それでも、同じ旋律が、同じ歌詞が、この夜明け前の部屋に流れているというだけで、私は母の枕元に、もう一度戻ったような気がした。
星が海をわたるまで。
いま、私は、その意味が少しわかる気がした。
星は、空を旅する。あの蒼い彗星も、何十年もかけて、暗い宇宙という海を、わたってきた。星が海をわたる、というのは、たぶん、光が長い長い旅をして、いつか誰かのもとに届く、ということなのだ。母がこの子守唄を歌ってくれたのも、たぶん、母の声という光が、私という夜の底に、届いてくるということだったのだ。
そして、その光は、母が亡くなったあとも、消えなかった。何十年もかけて旅をつづけて、いま、この夜明け前の部屋に、ラジオを通じて、もう一度届いた。
眠れ、眠れ。母の声が、時を超えて、私に言っている。
私は、ベッドに戻った。
窓のカーテンは、開けたままにしておいた。蒼い彗星の光が、部屋のなかに、細く差し込んでいた。ラジオからは、まだあの子守唄が、静かに流れていた。歌が終わっても、ピアノが、余韻のように、ぽつり、ぽつりと、雫を落としつづけた。
枕元には、青いマッチ箱を置いた。母のものだった、月光堂の、蒼い月と、彗星の尾のような細い線の入った箱を。
私は仰向けになって、天井を見た。あの染みが、まだそこにあった。人の横顔にも、遠い岬にも見える染み。けれど、いまはそれが、母の横顔のように見えた。私の枕元に座って、子守唄を歌ってくれる、若い母の。
眠れそうにはなかった。それでも、心細くはなかった。
四日眠れなくても、私は生きている。眠れないことは、たしかに苦しい。魔の時間は、たしかに私を後悔で責めたてる。けれど、その暗さの底にこそ、いちばん冴えた光が見えることを、私は今夜、知った。眠れなかったからこそ、私は蒼い彗星を見た。眠れなかったからこそ、母の子守唄を、もう一度聞いた。眠れなかったからこそ、湿気たマッチのなかに、母の匂いを見つけた。
眠れない夜は、私から何かを奪うだけだと、ずっと思っていた。けれど今夜、はじめて、眠れない夜が、私に何かをくれた。
三年前に別れたあの人のことも、いまは、少しだけ違って思えた。
あの人がドアの前で言いかけて、言わなかった言葉。それが何だったのか、私は永遠に知ることはない。けれど、たぶん、それでいいのだ。この世には、届かなかった光が、たくさんある。言われなかった言葉、渡されなかった手紙、なくした片方の手袋。そういうものを、私たちは抱えて生きていく。抱えたまま、眠れぬ夜を過ごし、そして、たまに、こうして蒼い光を見上げる。
届かなかった光のことを、悔やまなくてもいいのかもしれない。いつか、何十年もかけて、それらの光も、どこかの誰かの夜の底に、静かに届くのかもしれないから。
壁のむこうで、また咳が聞こえた。
私は、その咳に向かって、心のなかで、そっと呼びかけた。あなたも、起きていますね。窓の外に、蒼い星が出ていますよ。カーテンを、開けてごらんなさい。いちばん暗い今夜、いちばん冴えた光が、そこにありますよ。
もちろん、私の声は壁を越えない。あの人には届かない。それでも、私は呼びかけた。片方だけの手袋をした、あの痩せた人にも、この光が届けばいいと思った。眠れぬ夜を過ごしている、すべての人に。
私は、思いきって、隣の部屋のことをもう少し想像してみた。
あの人も、いま、眠れずに横たわっているのだろうか。それとも、私と同じように、ふと立ち上がって、台所へ立ったりしているのだろうか。あの人にも、母がいただろう。あの人にも、思い出せない匂いや、忘れた子守唄が、あるだろう。あの人にも、届かなかった光が、抱えきれないほどあるだろう。
私たちは、みな、それぞれの夜の底に、ひとりで横たわっている。壁で隔てられて、名前も知らずに。けれど、同じ蒼い光が、私たちみんなの窓の外に、いま、出ている。それだけで、私たちは、ほんの少し、繋がっている。
繋がっている、という言葉を、私はこれまで、あまり信じてこなかった。人と人は、結局はひとりずつで、どこまでいっても孤独なのだと思っていた。けれど今夜、私は、その孤独の底にこそ、細い糸のような繋がりがあることを知った。眠れぬ者どうしを繋ぐ、見えない糸。蒼い星の光が、その糸を、うっすらと照らしていた。
思えば、孤独と繋がりは、たぶん、同じものの裏と表なのだ。ひとりで夜の底に沈んでいるからこそ、私は、同じように沈んでいる誰かのことを思える。もし私が、隣に眠る人がいて、安らかに眠れていたなら、私は壁のむこうの咳になど、気づきもしなかっただろう。眠れないという苦しみが、かえって、私を、他の眠れぬ人々のほうへ、向かせていた。傷ついた者だけが、他の傷ついた者の傷が見える。眠れぬ者だけが、他の眠れぬ者の窓の灯りに気づく。
私は、この夜、はじめて、自分の不眠を、少しだけ、赦せた気がした。眠れないことを、ずっと、自分の欠陥のように思ってきた。人並みに眠れない、弱い自分。けれど、そうではないのかもしれない。眠れないというのは、たぶん、闇を、人より少し多く抱えているということだ。そして、闇を多く抱えた者だけが、闇のなかの、いちばん冴えた光に、気づくことができる。眠れる人には見えない蒼を、私は、眠れないからこそ、見た。それは、欠陥ではなく、もしかしたら、ひとつの、静かな才能なのかもしれなかった。
四時半を過ぎた。
空の東の端が、ほんの少し、色を変えはじめていた。まだ夜だ。まだ暗い。けれど、いちばん暗い底は、もう過ぎたのかもしれない。冷えの底も、たぶん、もう過ぎた。ここから先は、少しずつ、光が増えていく。少しずつ、暖かくなっていく。
蒼い彗星は、まだそこにあった。けれど、空がわずかに明るみはじめると、その光は、少しずつ薄れていくように見えた。夜が明ければ、彗星は見えなくなる。昼の空に溶けて、消えてしまう。
けれど、消えるわけではない。ただ、光が強すぎて、見えなくなるだけだ。彗星は、昼のあいだも、ずっとそこにある。私に見えないだけで、ずっと、光を届けつづけている。
母の子守唄も、そうなのだと思った。
母が亡くなって、私はその声を聞けなくなった。子守唄は、聞こえなくなった。けれど、消えたわけではなかった。ただ、昼の忙しさのなかで、聞こえなくなっていただけだった。私の体のいちばん深いところに、その旋律は、ずっと在った。そして今夜、いちばん暗く、いちばん静かなこの時間に、それは、もう一度、聞こえてきた。
いちばん暗いときにしか、見えないものがある。いちばん静かなときにしか、聞こえないものがある。夜明け前の闇は、たぶん、そういうもののためにあるのだ。昼の光にかき消されてしまう、かすかな光や、かすかな声を、私たちが受け取るための、静かな時間。
私は、目を閉じた。
眠るためではなかった。ただ、この夜を、まぶたの裏に、しまっておきたかった。蒼い彗星の光を。湿気たマッチの、硫黄の匂いを。ラジオから流れた、母の子守唄を。壁のむこうの、遠慮がちな咳を。片方だけの手袋を。それらすべてを、いま、私の暗がりのなかに、そっとしまっておきたかった。
目を閉じても、まぶたの裏に、もう光の粒は散らなかった。かわりに、蒼い一点の光が、静かに灯っていた。それは、彗星の残像だった。けれど、残像というより、それは、私のなかに新しく生まれた、小さな灯りのようだった。いちばん暗い夜の底で、私が見つけた、私だけの、蒼い光。
ラジオが、番組の変わり目を告げた。
低い声のアナウンサーが、時刻を読み上げた。四時五十七分。もうすぐ五時。もうすぐ、夜が明ける。そして、静かに、天気予報が読まれた。今日は、晴れ。日中は、暖かくなるでしょう。冷えこんだ夜明けのあとに、暖かい一日が来る、と。
私は、その声を、遠くに聞いていた。
眠れなかった夜が、また一つ、終わろうとしていた。四日目の夜が。もしかしたら今夜も、私はほとんど眠れないまま、朝を迎えるのかもしれない。それでも、いい、と思った。眠れなくても、私は、この夜を越えた。いちばん暗い底を、私は、ひとりではなく——遠い蒼い星と、亡くなった母と、壁のむこうの見知らぬ人と、いっしょに、越えた。
窓の外が、少しずつ、白みはじめた。
私は、もう一度、目を開けた。
蒼い彗星は、もうほとんど見えなかった。明るみゆく空のなかに、それは静かに溶けていった。けれど、私は知っている。それが、消えたのではないことを。それは、ただ、次の夜のために、光を蓄えているだけなのだ。次の、いちばん暗い夜のために。次に眠れなくなった誰かのために。
私は、枕元の青いマッチ箱に、そっと手を触れた。硬い、角ばった、冷たい箱。母の匂いのする箱。彗星の尾のような線の入った、月光堂の、蒼い箱。
それを、私はもう、捨てないだろう。この箱は、私の枕元で、次の眠れぬ夜を待っている。そしてその夜、私はまた、この箱を手に取り、湿気た軸を擦り、つかない火をつけ、母の匂いを嗅ぎ、蒼い光を見上げるのだ。
子守唄は、いつのまにか、終わっていた。
ラジオからは、もう別の音楽が流れていた。けれど、私の耳の奥では、まだあの旋律が、静かに響いていた。眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
星は、海をわたった。蒼い彗星は、暗い宇宙の海をわたって、私のもとに届いた。母の声も、時という海をわたって、私のもとに届いた。そして私も、いつか、この夜のことを、誰かに手わたすのだろう。眠れぬ夜の底で、蒼い光を見つけたこの夜のことを。
五時になった。
夜が、明けた。
窓の外は、もう、青みがかった灰色になっていた。夜でも昼でもない、その境目の色。いちばん冷えて、いちばん静かで、けれど、たしかに光を含んだ色。私は、その色を、しばらく見ていた。
体は、まだ眠っていなかった。頭も、まだ冴えていた。それでも、心のいちばん深いところが、ふしぎと、静まっていた。四日眠れなかった疲れが、たしかにそこにあった。けれど、その疲れの底に、いま、小さな、けれど確かな、温かいものがあった。
それが何なのか、うまく言えない。希望、というほど大げさなものではない。ただ、朝が来た、というだけのことだ。いちばん暗い夜を、私は越えた、というだけのことだ。けれど、その「だけ」のことが、私を、生かしていた。
私は、ゆっくりと、体を起こした。
カーテンの隙間から、朝のいちばん最初の光が、細く差し込んできた。まだ弱い、青白い光。けれど、たしかに、光だった。私は、その光のなかに、手をかざしてみた。指のあいだを、光がすり抜けていった。冷たい部屋のなかで、その光だけが、ほんのわずかに、暖かかった。
台所へ行って、湯を沸かそう、と思った。
温かいものを、飲もう。四日ぶりに、私は自分から、そう思った。眠れなくても、朝は来た。朝が来たなら、湯を沸かしていい。温かいものを、飲んでいい。生きていく、ということは、たぶん、そういう、小さなことの積み重ねなのだ。眠れぬ夜を越えて、湯を沸かす。ただ、それだけのことを、また明日も、その次の日も、繰り返していく。
私は立ち上がって、もう一度、窓辺に立った。
彗星は、もう見えなかった。空は、しらじらと明けていた。遠くの屋根の向こうに、まだ星がひとつふたつ、消え残っていた。けれど、あの蒼い光は、もうそこになかった。
それでも、私は、東の空に向かって、小さく、頭を下げた。
ありがとう、と、心のなかで言った。誰に言ったのか、自分でもわからなかった。彗星にか、母にか、壁のむこうの誰かにか。あるいは、この夜を越えた、私自身にか。ただ、ありがとう、と、私は言った。
湯を沸かすあいだ、私は、台所の窓辺に、青いマッチ箱を置いた。しらじらと明けていく光のなかで、その蒼は、夜のあいだとは違う色に見えた。夜には、深く沈んで見えた蒼が、朝の光のなかでは、少しだけ、明るく、澄んで見えた。同じ蒼でも、光の量によって、まるで違って見える。人の心もそうなのだ、と思った。夜明け前の私と、朝の私は、同じ私なのに、まるで違う。夜には取り返しがつかないと思えたことが、朝には、まだやり直せる気がする。
私は、いつか、あの手紙を書こう、と思った。三年前に別れた人に。言われなかった言葉のかわりに、私のほうから、言えなかった言葉を、書こう。返事は来ないかもしれない。届かないかもしれない。それでもいい。届かなかった光も、いつか、何十年もかけて、どこかの誰かの夜の底に、静かに届くのだから。私の言葉も、いつか、あの人の、眠れぬ夜の底に、そっと届くかもしれない。
そして、いつか、壁のむこうの、片方だけの手袋をしたあの人にも、私は、なにか、声をかけよう、と思った。おはようございます、でもいい。今日は、暖かくなるそうですよ、でもいい。ほんの一言でいい。眠れぬ夜を越えてきた者どうしが、朝の廊下で、ほんの一言、交わす。それだけで、私たちの夜は、ほんの少し、軽くなるかもしれない。
湯が沸くのを待ちながら、私は、ふと、思った。
今夜もまた、私は眠れないかもしれない。魔の時間は、また私を訪れるだろう。後悔も、孤独も、また利子をつけて取り立てにくるだろう。それでも、私は、もう、あの時間を、少しだけ、恐れなくなっていた。
なぜなら、いちばん暗い底にこそ、いちばん冴えた光があることを、私は知ったからだ。眠れぬ夜が、私から奪うだけではないことを、知ったからだ。夜明け前の冷えの底で、私は、ひとりではないことを、知ったからだ。
湯が、沸いた。
私は、カップに、湯を注いだ。白い湯気が、朝のいちばん最初の光のなかに、ゆっくりと立ちのぼった。その湯気を、私は、しばらく見ていた。それは、あの蒼い彗星の尾に、少しだけ似ていた。
窓の外で、鳥が、ひとつ、鳴いた。
夜が、完全に、明けた。
私は、カップを両手で包んで、その温かさを、手のひらで受け止めた。四日眠れなかった夜の、いちばん最後の朝。私は、生きて、その朝を、迎えていた。冷えの底を越えて、闇の底を越えて、私は、ここにいた。手のなかの、小さな温かさとともに。枕元の、青いマッチ箱とともに。耳の奥に残る、母の子守唄とともに。
そして、いつか次の、眠れぬ夜の底でまた出会うはずの、あの蒼い光の記憶とともに。
眠れ、眠れ、星が海をわたるまで——私は、心のなかで、その一節を、そっと口ずさんだ。もう眠るための歌ではなく、朝を迎えたことを祝う歌として。星は、海をわたった。そして私も、今夜という海を、わたりきったのだ。
いちばん暗い刻を越えた者だけが知っている。夜明けは、明るいから来るのではない。いちばん暗く冷えた底に、たったひとつ、蒼く冴えた光を見つけた者のところへ、そっと訪れるのだと。