月光書房
未の刻 ・ 昼下がり ・ 第 十 話

昼の柵

楠田 徹
動物・情話 ・ 約25頁

昼の柵

象舎の屋根の、色の褪せた瓦の上を、午後の光がゆっくりと滑っていく。その光の進みかたを見ていると、時間というものがほんとうは川ではなく、水たまりに落ちた油のようなものなのだと、私はいつも思うのだった。ひろがり、にじみ、虹色にたわみ、けれどどこへも流れていかない。ただ、そこに、いつまでも、ある。

私は柵の内側の日陰に置いた木の椅子に腰を下ろして、その油のような時間のなかに、身体ごと沈んでいた。膝の上には空になった魔法瓶。傍らには、竹箒。そして私のすぐ右手には、この園でいちばん歳を取った一頭の象、寿々が、太い脚を四本、大地に生やしたようにして立っていた。

寿々の身体は灰色というより、乾いた土の色をしている。日に灼けて、雨に打たれて、五十と幾年、この同じ場所に立ちつづけた者だけがまとう色だ。皮膚は幾重にもたるみ、皺は谷になり、その谷の底には長い年月の埃が眠っている。耳がゆっくりと動くたびに、その埃がわずかに舞って、光のなかで金色に光った。

「眠いなあ」

と、私は誰にともなくつぶやいた。寿々は答えない。象は言葉を持たない。けれど、寿々の長い鼻の先が、私のつぶやきに応えるように、ふわりと持ち上がって、私の帽子のつばに触れた。土と草と、それから何かなつかしい、乾いた藁のようなにおいがした。四十年、私はこのにおいのそばで生きてきた。

午後一時を過ぎると、この古い動物園には、めったに客が来ない。

夏の盛りには、それでも子供たちの声が遠くの噴水のあたりから聞こえてきたものだが、いまは季節の変わり目で、平日で、しかもこの気だるい昼下がりだ。園全体が、大きなあくびをして目を閉じてしまったかのように静かだった。売店のおばさんは店の奥で舟を漕いでいるだろうし、猿山の猿たちさえ、日陰に折り重なって微睡んでいる。

この園は、もう古い。私が来た頃には、それでも新しい施設だったのだが、いまは、あちこちの塗装が剝げ、鉄柵に錆が浮き、案内板の文字も薄れかけている。新しくて大きな動物園が、隣の県にできてから、客足はめっきり減った。若い家族連れは、みんなそちらへ行ってしまう。ガラス張りの、明るくて、清潔で、動物たちがすぐ目の前で見られる、あの新しい園へ。

けれど、私は、この古びた園が好きだった。ここには、時間がたまっている。新しい園には、まだ、時間がたまっていない。時間というのは、たまるのに、何十年もかかるものなのだ。剝げた塗装にも、錆びた柵にも、薄れた文字にも、無数の午後がしみこんでいる。無数の、子供たちの歓声と、無数の、飼育員たちの足音と、無数の、動物たちの寝息が。ここは、そういう場所だ。人と獣が、長い時間をかけて、少しずつ、互いを世界のなかへしみこませてきた、そういう場所なのだ。

そして、この園にたまった時間の、いちばん古い層に、寿々はいた。寿々は、この園の、いちばん深いところに眠る、記憶そのものだった。

私の名は、坂西という。この園に来て四十二年になる。来たときはまだ二十歳を少し過ぎたばかりで、髪は黒く、手はまめだらけで、何にでも腹を立てていた。いまは頭のてっぺんに白いものしか残っておらず、手の甲には染みが浮いて、もう何にも腹を立てなくなった。腹を立てるということは、まだこの先に時間があると信じているからできることなのだと、この頃わかってきた。

寿々は、私がこの園に来たとき、すでにここにいた。私より先輩だったのだ。当時の記録によれば、寿々はどこか南の国の森で生まれて、幼いうちに海を渡ってきたのだという。渡ってきた、というより、運ばれてきた。船倉の暗がりで、母のいない夜を、幾晩も過ごしたにちがいない。そのことを思うと、私はいつも胸のどこかがきしむ。

私が初めて寿々の担当になったとき、先輩の飼育員はこう言った。

「象はな、忘れんのや。人の顔も、声も、においも、全部おぼえとる。だから、こいつの前では嘘をつくな。優しいふりも、怖くないふりも、するな。象は、ぜんぶ見抜くからな」

その言葉を、私はいまでもおぼえている。そして四十二年のあいだ、私は寿々の前で、できるかぎり嘘をつかずに生きようとしてきた。悲しいときは悲しい顔をし、疲れたときは疲れた顔をして、寿々の傍らに立った。寿々は、そういう私の顔を、いつもじっと見ていた。あの、湿った、深い、底の見えない目で。

思えば、人の一生というものは、うっかりすると、たったひとつのことを覚えるだけで終わってしまうのかもしれない。私が四十二年かけて覚えたのは、たったひとつ、寿々のことだった。寿々がどんなふうに藁を食べるか。どんなふうに水を浴びるか。機嫌のいい朝には鼻をどう振り、雷の鳴る夜にはどう身を寄せてくるか。空腹のときの鳴きかたと、甘えたいときの鳴きかたのちがい。それを覚えるのに、私は生涯のほとんどを費やした。けれど、それを後悔したことは、一度もない。ひとつのことをほんとうに深く覚えるというのは、たぶん、ひとつの世界を丸ごと手に入れることと、同じなのだ。

若い頃の私は、そのことがわからなかった。もっと大きな仕事があるはずだ、もっと広い世界があるはずだと、いつも足の裏がむずむずしていた。ある年など、私はほんとうに辞表を書いた。都会の、名の知れた大きな動物園から声がかかったのだ。給料も、設備も、この古びた園とは比べものにならなかった。私は辞表を胸ポケットに入れて、園長のところへ向かおうとした。その途中で、寿々の柵の前を通った。

寿々は、私を見た。ただ、いつものように、じっと見た。責めるでもなく、引き止めるでもなく、ただ、深い目で。

私は、その柵の前で、動けなくなってしまった。長いあいだ、そこに立ち尽くしていた。そして結局、辞表を破って捨てた。なぜそうしたのか、いまでもうまく説明できない。ただ、あの目に見られていると、嘘の人生を生きることが、どうしてもできなかった。都会へ行けば、私はきっと、寿々のことを少しずつ忘れていっただろう。忘れて、平気になっていっただろう。それが、こわかったのだと思う。

椅子の背に頭をあずけると、屋根の向こうに、薄く霞んだ午後の空が見えた。

雲ひとつない、けれどどこか白く濁った、眠たげな空だ。その空を見ていると、瞼が自然に重くなってくる。昼下がりの眠気というのは、夜の眠気とはちがう。夜の眠りは深い井戸に落ちていくようなものだが、昼のまどろみは、浅い水面にぷかりと浮かんでいるようなものだ。まわりの音が遠くなり、けれど消えはせず、光がやわらかくにじみ、現在と過去の境目が、静かにほどけていく。

寿々が、鼻先で地面の藁をかき集める、さらさらという音がする。その音が、だんだんと遠ざかっていく。

私は目を閉じた。

――夢を見ていたのだと思う。あるいは、記憶だったのかもしれない。まどろみのなかでは、そのふたつはもう区別がつかない。

それは、ずいぶん昔の、ある夜のことだった。

まだ私が若く、寿々もまだ壮年の力にみなぎっていた頃。夜の当直だった私は、懐中電灯を手に、象舎の見回りをしていた。梅雨明けの、蒸し暑い夜だった。象舎のなかは、獣たちの寝息と体温でむっとしていて、けれど不思議とその暑さが、私はきらいではなかった。生きているものの、あたたかさだったから。

そのとき、寿々が、めずらしく眠らずに立っていた。私が近づくと、寿々は鼻をのばして、私の胸のあたりをそっと探った。まるで、何かを探しているように。

「どうした。眠れんのか」

私はそう言って、寿々の鼻を撫でた。寿々は、私の顔をじっと見て、それから、ゆっくりと、屋根の方を見上げた。

つられて私も見上げると――象舎の屋根には、当時、雨漏りをふさぐために、板を一枚外してあった箇所があった。その隙間から、四角く切り取られた夜空が見えた。そしてその四角い空のなかに、蒼い星が、ひとつ、尾を引いて浮かんでいた。

彗星だった。

私はそのとき、名前を知らなかった。あとで園長に聞いて、それがミラ彗星というのだと教わった。何百年かに一度、地球のそばを通っていくのだと。次にそれが戻ってくるとき、いまここにいる者は、もう誰もこの世にいないだろう、と園長は静かに言った。

蒼い、氷のような、けれどどこかあたたかい光だった。私と寿々は、しばらくのあいだ、そのひとつの星を、屋根の隙間から並んで見上げていた。人と象が、言葉もなく、ただ同じ星を見ていた。

あのとき、私は不思議な気持ちになった。何百年に一度しかここを通らない星と、五十年ほどしか生きられない象と、そのまた半分ほどの歳月しか一緒にいられない私と――みんな、それぞれにちがう長さの時間を生きているのに、いまこの一瞬だけは、たしかに同じ空の下にいる。星の時間と、象の時間と、人の時間が、ほんの一点で交わる。そのことの、途方もなさ。そして、ありがたさ。

私はそのとき、寿々に語りかけた。声に出したかどうかは、おぼえていない。ただ、心のなかでこう言った。おまえと、この星を、一緒に見られてよかった、と。あの星が次に戻ってくるとき、わしはもう、この世にはおらん。おまえも、おらんやろう。けど、いま、こうして一緒に見た。それだけで、じゅうぶんや。

寿々は、鼻を私の肩に置いた。あたたかい、重い鼻だった。まるで、私の言葉に、うなずいてくれたかのように。

その夜のことを、私はどうして、こんなにもはっきりとおぼえているのだろう。寿々もまた、おぼえているのだろうか。象は忘れない、と先輩は言った。ならば寿々の記憶のどこかにも、あの蒼い星は、いまも尾を引いて浮かんでいるのだろうか。ときどき、私は思うのだ。寿々が夜、屋根を見上げて、じっと動かなくなることがある。あれは、もしかしたら、あの星を探しているのではないか、と。もう二度と戻ってはこない、あの蒼い光を。

「――さん。坂西さん」

呼ばれて、私は目を開けた。

若い飼育員の、川辺が、柵の外に立っていた。まだ二十代の、私が来たときの自分とちょうど同じくらいの歳の若者だ。手には、寿々の午後の薬をのせた盆を持っている。

「すみません、起こしちゃって」
「いや。うたた寝しとった。もう、そんな時間か」
「はい。寿々の薬、持ってきました」

私は椅子から立ち上がった。膝が、抗議するようにきしんだ。夢のなかの若い私は、こんなふうに膝を気にすることなどなかった。四十二年という歳月は、私の膝に、寿々の皮膚の皺と同じくらいの数の、痛みを刻んだのだ。

盆の上には、大きな錠剤がいくつかと、蜜柑をつぶしたものがのっていた。錠剤をそのまま与えても寿々は吐き出してしまうから、蜜柑にまぜて食べさせる。この工夫は、私が三年前に考えついたものだ。寿々は蜜柑が好きだった。若い頃から、ずっと。冬になると、私は自分の弁当のなかから、蜜柑をひとつ、こっそり寿々に分けてやった。ほんとうは、いけないことだった。決められた餌以外のものを与えてはいけない、という規則があったからだ。けれど、私は、ときどき、その規則を破った。寿々が、蜜柑をもらったときに見せる、あの、うれしそうな鼻の振りかたを、見たかったからだ。人が誰かを喜ばせたいと思う気持ちには、たぶん、規則よりも古い、何かがある。

蜜柑の皮を、寿々は器用にむいた。いや、正確には、私がむいてやることもあれば、寿々が自分で、鼻の先の器用な突起を使って、薄皮ごとつるりとむいてしまうこともあった。そうして口に運ぶとき、寿々は、いつも目を細めた。まるで、遠い日の、あたたかい何かを、思い出しているかのように。あるいは寿々は、蜜柑の甘さのなかに、生まれた森の、熟れた果実のにおいを、かすかに嗅ぎ取っていたのかもしれない。

「先生は、なんと言うとった」

私は、盆を受け取りながら訊いた。川辺は、少しだけ言いにくそうに、目を伏せた。

「……あまり、無理はさせないように、と。心臓が、もう、あまり」

私はうなずいた。わかっていたことだった。この半年、寿々の身体は、目に見えて衰えていた。あれほど旺盛だった食欲が落ち、好きだった水浴びをしなくなり、夜、横になって眠ることが減って、立ったまま微睡む時間が増えた。象は、身体が大きすぎるから、一度横になると自分の重みで内臓を痛めることがある。だから弱った象は、立ったまま眠ろうとする。寿々が立ったまま眠るようになったということは、つまり、そういうことだった。

「ありがとう。あとは、わしがやる」
「はい。……坂西さん」
「なんや」
「寿々は、幸せでしたよね。ここで」

若い川辺は、そう言った。まっすぐな目をしていた。私が来たときの私も、きっとこんな目をしていたのだろう。私は少しのあいだ黙って、それから、こう答えた。

「幸せやったかどうかは、わしにはわからん。象に訊いてみんことにはな。けど、川辺くん。ひとつだけ言えることがある。寿々は、ひとりぼっちでは、なかった。それだけは、ほんまや」

川辺は、しばらく私の顔を見ていたが、やがて、深くうなずいた。それから、少しためらってから、こう言った。

「坂西さん。寿々は……坂西さんに会えて、幸せだったと思います。俺は、そう思います」

私は、何も言えなかった。若い川辺の、まっすぐな善意が、胸に沁みた。けれど、私は知っていた。幸せだったのは、寿々ではなく、私のほうだったのだ。海を渡って母を奪われ、狭い柵のなかで一生を終える象の、どこが幸せだというのだ。もし言葉が通じるなら、私はいちばんに、寿々に詫びたかった。おまえを、こんな狭いところに閉じこめて、すまなかった、と。おまえの生まれた森を、返してやれなくて、すまなかった、と。

けれど、寿々は、そんな私を、一度も責めなかった。あの深い目で、ただ、私を見つめていた。ゆるすように。あの、芳子が病の床で見せた、あの笑みと同じように。ゆるされていたのは、いつも、私のほうだった。

川辺は、盆を残して去っていった。私は、その背中を見送りながら、若さというのは、なんと美しく、そして、なんと残酷なものだろう、と思った。彼はまだ、失うことを知らない。だから、あんなにまっすぐな目ができる。いつか彼も、失うことを知る。そして、その目に、少しずつ、影がさしていく。けれど、その影のなかにこそ、ほんとうの優しさが、宿るのだ。

蜜柑にまぜた薬を、私は掌にのせて、寿々の鼻先に差し出した。

寿々は、鼻の先でそれをそっと探り、器用に巻き取って、口へと運んだ。もぐもぐと、時間をかけて咀嚼する。その顎の動きが、昔よりずっと、ゆっくりになっていた。若い頃の寿々は、蜜柑をひと口で平らげて、もっとくれと催促するように、鼻をぶんぶん振ったものだった。

「うまいか」

私は訊いた。寿々は、答えるかわりに、鼻を私の肩に置いた。ずしりとした重みが、私の身体に伝わってくる。この重みを、私はもう何万回、受けとめてきただろう。寿々にとって、鼻を人の肩に置くというのは、いちばんの甘えのしぐさだった。信頼していないと、象は決して人にこんなことをしない。

象の鼻というのは、ふしぎな器官だ。あれで、寿々は世界のほとんどを知る。においを嗅ぎ、水を飲み、藁をつかみ、仲間に触れ、そして――人を撫でる。人間の手に指があるように、象の鼻の先には、小さな、器用な突起がふたつある。その突起で、寿々は落ちた小さな豆一粒でも、丁寧につまみ上げることができた。若い飼育員たちは、それを見て、いつも驚いた。あんなに大きな身体をして、こんなに繊細なことができるのか、と。

私は、その繊細さを、四十二年かけて教わってきた。大きいものほど、ほんとうは繊細なのだ。傷つきやすいのだ。寿々は、雷を、花火を、大きな物音を、いつも怖がった。あの巨きな身体で、子供のように震えた。そんなとき、私は柵のなかに入って、ただ傍らに立った。何もしてやれなくても、そばにいるだけで、寿々の震えは、少しずつ収まっていった。人が誰かのそばにいるということには、たぶん、それだけの力がある。言葉などなくても。

私は、その重い鼻を、そっと撫でた。皺だらけの、乾いた、けれどあたたかい鼻を。

「なあ、寿々。おまえと会うて、四十二年になるんやな。長かったなあ。……いや、短かったか」

長かったのか、短かったのか。ほんとうに、わからない。四十二年という歳月は、こうして振り返れば、たったいまうたた寝から覚めたばかりの、ひとつのまどろみのようにも思える。若かった私と、いまの私のあいだには、長い長い時間が横たわっているはずなのに、その時間はまるで、屋根の上を滑る午後の光のように、どこへも流れずに、ただここにたまっているだけのようだった。

手袋の話

寿々のことを話すとき、私はどうしても、妻のことを思い出してしまう。

妻の芳子は、私が四十のときに、病で先に逝った。子供はいなかった。芳子は、私が象の世話ばかりして家に帰らないことを、ときどき寂しがったが、決して怒りはしなかった。むしろ、休みの日には、自分から動物園に来て、寿々にパンをやったりしていた。

「あなた、寿々のことになると、ほんとうに優しい顔をするのね」

と、芳子はよく言った。

「わたしにも、そんな顔してくれたらいいのに」

そう言って笑う芳子の顔を、私はいまでもおぼえている。私は不器用な男で、妻に優しい言葉のひとつもかけてやれなかった。芳子が病の床についてからも、私は言葉に詰まって、ただ黙って手を握っていることしかできなかった。

いま思えば、私は芳子にも、寿々に対するのと同じように接すればよかったのだ。言葉などいらなかった。ただ、そばにいて、正直な顔をして、手を握っていればよかった。それだけで、芳子にはきっと伝わったはずだった。けれど、人間というのは、なまじ言葉を持っているから、かえって難しくなる。言葉で言えないことを、言葉で言おうとして、詰まって、黙りこんでしまう。象のように、はじめから言葉を持たなければ、私はもっと、素直になれたのかもしれない。

芳子は、あるとき、こんなことを言った。病の床で、天井を見つめながら。「わたしがいなくなっても、あなたには寿々がいるから、寂しくないわね」。私は、そんなことはない、と言おうとして、言えなかった。芳子は、私が言えないことを、わかっていた。だから、笑った。責めるのではなく、ゆるすように、笑ったのだ。「いいのよ。あの子を、大事にしてあげて。あの子は、あなたのこと、わたしよりよく知ってるかもしれないから」と。

芳子が逝ってから、私はそのことばの意味を、長いあいだ考えつづけた。寿々は、ほんとうに、芳子より私をよく知っていたのだろうか。あるいは、知るということには、いろいろな種類があって、言葉を交わさずに知り合う、そういう知りかたも、たしかにあるのかもしれない。四十二年、私は寿々と、ただ一度も言葉を交わさなかった。それでも、私たちは、たしかに知り合っていた。骨の髄まで。

芳子が逝った日は、冬だった。凍えるような朝で、私は病院から園へと歩いて向かった。歩いているあいだ、涙も出なかった。ただ、胸のなかがからっぽで、風がその空洞を吹き抜けていくような気がした。

園に着くと、私はいつものように寿々のところへ行った。何も言えなかった。ただ、柵の内側に入って、寿々の傍らに立った。

寿々は、私の顔を、じっと見た。あの、湿った、深い目で。そして、鼻をのばして、私の頬に触れた。私の頬は冷たく凍えていた。寿々の鼻は、あたたかかった。

そのとき、私は初めて、泣いた。声をあげて、子供のように泣いた。寿々は、逃げも、驚きもせず、ただ静かに、鼻で私の背中をさすりつづけた。象は言葉を持たない。けれど、あのとき寿々が私に語りかけていたものを、私はたしかに聞いた。言葉ではないものが、たしかに、私の胸に届いた。

――わかっている。わかっているよ。悲しいのだろう。おまえも、いつか、わたしを見送るのだ。そして、わたしも、いつか、おまえを見送る。それが、生きているものの、さだめなのだ。だから、いまは、泣くがいい。泣きたいだけ、泣くがいい。わたしは、ここにいるから。

そんなふうに、聞こえた気がした。ほんとうに聞こえたのか、私が勝手にそう思っただけなのか、それはわからない。けれど、あの朝、寿々の鼻の下で泣いたことで、私はやっと、芳子の死を、身体のなかへ受け入れることができた。もし寿々がいなかったら、私はあの冬を、越えられなかっただろう。凍えたまま、胸のなかを風に吹き抜けさせたまま、干からびていっただろう。

寿々は、私を救った。象が人を救うなどと言えば、笑う者もいるだろう。けれど、私にとっては、それはまぎれもない事実だった。ことばを持たぬ者が、ことばを持つ者を、ことばの届かぬところで、救うことがある。

――そういえば、あの日、私はポケットに、片方だけの手袋を入れていた。

芳子が編んでくれた、毛糸の手袋だった。二つで一組だったのに、いつの間にか片方をなくして、残ったもう片方を、私は捨てられずに、ずっとポケットに入れていた。芳子が逝ったあとも、私はその片方だけの手袋を、冬になると持ち歩いた。片方だけでは、手はあたたまらない。けれど、なくしてしまった、もう片方のことを思うと、その使えない手袋を、どうしても捨てられなかった。

失うということは、そういうことなのだと思う。残ったもう片方を、いつまでも、手放せずにいるということ。

私は、椅子に座り直して、また屋根の向こうの空を見上げた。

午後の光は、さっきよりも少しだけ傾いて、瓦のあいだに、細い影を落としはじめていた。二時を過ぎたのだろう。この気だるい時間は、まだしばらく続く。三時になれば、いくらか涼しくなって、遠くの子供たちの声が、また少し戻ってくるかもしれない。

寿々は、目を半ば閉じて、立ったまま微睡んでいた。長い睫毛が、ときおり、ぴくりと動く。象も夢を見るのだろうか、と私はいつも思う。もし見るのなら、寿々はどんな夢を見るのだろう。生まれた南の森の、緑の匂い。母象の、大きな脚のあいだ。あるいは、この園で過ごした、幾万の昼下がり。

それとも――あの、屋根の隙間から見上げた、蒼い彗星の夢を、寿々もまた、いま、見ているのだろうか。

私は、まどろみのなかで、寿々の若い頃を思い出していた。あの頃の寿々は、力にみなぎっていて、いたずら好きで、私の帽子を鼻でつまんで取り上げては、遠くへ放り投げて喜んだ。柵の掃除をしていると、うしろから水を浴びせかけてきた。私が濡れて怒ると、寿々は――怒られているのがわかっているくせに――鼻を振って、まるで笑っているようなしぐさをした。象が笑うはずはない。けれど、あれは、たしかに笑いだった。私はそう信じている。

ある夏、園に、幼い象の子がやってきたことがあった。よその園から預かった、まだ乳離れしたばかりの子象だった。母を恋しがって、夜通し鳴いた。その鳴き声を聞いて、寿々は、柵の向こうから、低い、地の底から響くような声で、応えた。すると、子象は、少しずつ、泣きやんでいった。まるで、寿々の声が、子守唄のように、子象の不安を、なだめていくかのように。

私は、そのとき初めて知った。寿々もまた、母だったのだと。子を産んだことはない。けれど、寿々のなかには、たしかに、母が眠っていた。海を渡って、母を失った、あの幼い日から、寿々はずっと、自分が受けられなかった優しさを、他の誰かに与えようとしてきたのかもしれない。子象に。私に。そして、この園を通り過ぎていった、数えきれないほどの命に。

胸ポケットに手をやると、指先が硬いものに触れた。

月光堂のマッチだった。青い、小さなマッチ箱。表には、月と、それを渡っていく小さな舟の絵が刷られている。ずいぶん昔に、ある古い店で手に入れたものだ。

その店のことを、私はうまく説明できない。芳子が逝ってしばらく経った、ある夜のことだった。眠れずに、私は夜の街をあてもなく歩いていた。すると、いつもは何もないはずの路地の奥に、ぽつりと灯りがともっていて、古い書店があった。月光書房、という看板が出ていた。

なかに入ると、天井まで届く書棚に、見たこともないほど古い本がぎっしりと詰まっていた。店の主人らしい老人が、奥の机で、ろうそくの灯りのもとに本を読んでいた。私は、何を買うでもなく、ただ本の背表紙を眺めていた。すると、老人が顔を上げて、こう言った。

「探しものは、見つかりましたかな」

私は、何を探しているのか、自分でもわからなかった。ただ、芳子のいない夜を、どうやってやり過ごせばいいのか、それがわからなくて、歩いていただけだった。

老人は、私の顔を見て、微笑んだ。そして、机の抽斗から、青いマッチ箱をひとつ取り出して、私に差し出した。

「これを。……眠れぬ夜には、これで灯りをともして、あの子守唄を歌うといい」

「子守唄――?」

「ご存じない? 眠れ、眠れ、星が海をわたるまで――という。あれは、ずいぶん古い唄でしてな。眠れぬ者の枕辺に、そっと海を連れてきてくれる唄です」

私は、そのマッチ箱を受け取った。礼を言って店を出て、少し歩いてから振り返ると――路地の奥には、もう灯りはなかった。書店は、跡形もなく消えていた。あれは夢だったのか、あるいは、まどろみのなかの出来事だったのか、いまでもわからない。けれど、青いマッチ箱だけは、たしかに私の掌に残っていた。

それ以来、私はそのマッチ箱を、ずっと胸ポケットに入れている。もう何十年も。マッチの軸は、とっくに湿気って、火など、つかないだろう。それでも私は、このマッチ箱を手放せない。芳子の、片方だけの手袋と同じように。

ときどき、私は寿々に、あの子守唄のことを話した。もちろん、寿々は言葉を解さない。けれど、私は話した。「なあ、寿々。眠れ、眠れ、星が海をわたるまで、いう唄があるんやそうや。海をわたる星いうのは、あの蒼い彗星のことかもしれんな。おまえと一緒に見た、あの星や」。寿々は、私のそういうつぶやきを、耳を動かしながら、聞いていた。聞いていた、と私は思う。象の耳は、人には聞こえない、低い低い音まで聞き取るという。ならば、私の声のなかにある、言葉にならない何かも、寿々にはきっと、聞こえていたはずだ。

私は、その青いマッチ箱を、いつか寿々に見せたことがある。掌にのせて、鼻先に差し出した。寿々は、鼻の先で、そっとそれをまさぐった。月と、舟の絵を、まるで確かめるように。それから、ふう、と、あたたかい息を吐いた。その息が、私の掌を、湿らせた。まるで、なつかしいものに再会したかのような、そんな息のつきかただった。象は忘れない。もしかしたら寿々は、あの蒼い星のことも、この青い箱のことも、私よりずっと深く、おぼえていたのかもしれない。

星が海をわたるまで

夕方に近づくにつれて、寿々の呼吸が、少しずつ浅くなっていくのが、私にはわかった。

長年連れ添った者にしか、わからないことがある。それは、目に見える何かではない。空気の、ほんのわずかな変化だ。寿々の身体から立ちのぼる気配が、いつもとちがう。まるで、遠くへ旅立つ支度をしている者の、あの静けさ。

私は、芳子のときにも、それを感じた。逝く前の晩、病室で、私は芳子の気配が、少しずつ薄くなっていくのを感じた。まるで、部屋のなかの空気が、ゆっくりと、透きとおっていくように。そのとき私は、ああ、この人はもう、半分は向こうへ行っているのだ、とわかった。悲しかったが、不思議と、恐ろしくはなかった。旅立ちというのは、こんなにも静かなものなのかと、むしろ、いくらか安堵さえした。

いま、寿々の傍らで、私は同じ静けさを感じていた。けれど、あのときとちがって、私は今度こそ、後悔をしたくなかった。芳子には、最後まで、優しい言葉ひとつ、かけてやれなかった。だから、寿々には――言葉を持たぬ寿々には、せめて、私の持てるすべての優しさを、いま、ここで、注いでやりたかった。言葉ではなく、所作で。まなざしで。そばにいることで。

私は、椅子から立ち上がって、寿々のそばに立った。そして、そのたるんだ大きな身体に、そっと手を置いた。

「寿々」

私は呼んだ。寿々は、ゆっくりと目を開けて、私を見た。あの、湿った、深い、底の見えない目で。四十二年間、私を見つづけてきた目だ。私の若かった顔も、妻を失って泣いた顔も、白髪になった顔も、ぜんぶ、この目のなかに、たたみこまれている。

「疲れたか。……もう、休んでもええんやで」

言いながら、私の声は、震えていた。嘘をつくな、と先輩は言った。象の前では、優しいふりも、怖くないふりも、するな、と。だから私は、震える声を、隠さなかった。悲しい顔を、隠さなかった。四十二年間、私は寿々の前で、いつも正直だった。だから、この最後の日にも、私は正直でいようと思った。

寿々の鼻が、ゆっくりと持ち上がって、私の胸のあたりを、そっと探った。あの、若かった夜と、同じしぐさで。何かを探すように。

「なんや。何を探しとるんや」

私は、微笑もうとして、しかしうまく笑えなかった。寿々の鼻先が、私の胸ポケットのあたりで止まった。青いマッチ箱の入った、そのポケットのあたりで。

不思議なことだが、そのとき、私はふいに、あの子守唄のことを思い出した。月光書房の老人が言った、あの唄のことを。

眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。

私は、その唄を、これまで一度も歌ったことがなかった。歌えなかったのだ。歌ってしまえば、何かが終わってしまうような気がして。けれど、いまなら、歌える気がした。いや――いま歌わなければ、もう二度と、歌う相手がいなくなってしまう。

私は、寿々の鼻を撫でながら、震える声で、その唄を歌いはじめた。

眠れ、眠れ、
星が海をわたるまで。
遠い森の、緑の匂い、
母さんの脚の、あたたかさ。

眠れ、眠れ、
波が岸に、寄せるまで。
おまえの見た、蒼い星は、
いまも空を、旅している。

私は、でたらめに節をつけて、思いつくままに、言葉を継いでいった。ほんとうの歌詞など、知らなかった。ただ、寿々に聞かせたいことを、そのまま唄にした。おまえと過ごした四十二年のことを。あの夜見た、蒼い彗星のことを。妻を失って泣いた朝、おまえが背中をさすってくれたことを。蜜柑が好きだったことを。水浴びが好きだったことを。ぜんぶ、ぜんぶ、唄にした。

寿々は、目を細めて、私の唄を聞いていた。長い睫毛が、光のなかで、金色に震えていた。その様子は、まるで、ほんとうに眠りに落ちていく赤ん坊のようだった。海を渡って、母のいない船倉で、幾晩も泣いたであろう、あの幼い象の。

私は、唄いながら、思った。寿々は、生まれてすぐ、母を奪われた。母の子守唄を、一度も聞かずに、大人になった。ならば、いま、私が、その母のかわりに、唄ってやろう。五十年も遅れてしまったけれど、いま、この昼下がりに。おまえが最初に聞くべきだった唄を、最後に、私が、唄ってやろう。

不思議なことに、唄っているうちに、私は自分がどこにいるのか、わからなくなってきた。私は、この古い動物園の飼育員の坂西なのか。それとも、遠い南の森の、母象なのか。あるいは、船倉の暗がりで、母を呼んで泣いている、幼い寿々自身なのか。まどろみのなかで、私と寿々の境目が、静かに、ほどけていった。唄う者と、唄われる者の区別が、なくなっていった。私が寿々をあやしているのか、寿々が私をあやしているのか、もう、わからなかった。

たぶん、私たちは、互いをあやしあっていたのだ。四十二年、ずっと。人が象を飼っていたのではなかった。象が人を飼っていたのでもなかった。私たちは、ただ、互いの傍らで、それぞれの、長い長い昼下がりのまどろみを、分かち合っていただけだった。

いつのまにか、日が傾いていた。

象舎の屋根の向こうの空が、夕焼けに染まりはじめていた。西の空が、蜜柑の色に燃えて、その燃える色のなかに、ぽつりと、一番星がまたたきはじめた。

私は、その星を見上げて、はっとした。

蒼い星だった。氷のような、けれどどこかあたたかい、あの蒼い光。まさか、と思った。あの夜の、ミラ彗星の名残が、いまもまだ、あの空のどこかに、尾を引いて残っているというのだろうか。何百年に一度しか戻ってこない、あの星が。

いや、そんなはずはない。あれから四十年以上が経っている。彗星は、とっくに太陽系の果てへと去ってしまったはずだ。私がいま見ているのは、きっと、ただの一番星なのだろう。あるいは――まどろみのなかで、時間がやわらかく溶けて、あの遠い夜の記憶が、いまこの夕焼けの空に、にじみ出してきただけなのかもしれない。

現在と過去の境目が、ほどけていく。あの夜の若い私と、いまの老いた私が、同じ空の下で、同じ蒼い星を、寿々と並んで見上げている。時間が、油のようにひろがって、すべての昼下がりが、ひとつの、長い、まどろみのなかに、溶け合っていく。

「寿々。見てみい。……あの星や。おぼえとるか。おまえと、一緒に見た、あの――」

私は、そう言いかけて、言葉を止めた。

寿々の呼吸が、聞こえなくなっていた。

象は、静かに逝った。

立ったまま、目を半ば閉じて、まるで昼下がりの微睡みのなかへ、そのまま深く沈んでいくように。私が最後まで撫でていた、その乾いた、あたたかい鼻から、ゆっくりと、あたたかさが引いていった。

私は、泣かなかった。

ふしぎと、涙は出なかった。ただ、私は、寿々の傍らに立ちつづけた。芳子が逝った朝と同じように。けれど、あのときとはちがって、胸のなかは、からっぽではなかった。むしろ、いっぱいだった。四十二年ぶんの、ありとあらゆるものが、私の胸のなかに、静かに、たまっていた。長かったのか、短かったのか、もうどうでもよかった。ただ、それは、ここにあった。屋根の上を滑る光のように、どこへも流れずに、ただ、ここに。

私は、寿々の、まだあたたかい額に、自分の額を、そっと押し当てた。しばらくのあいだ、そうしていた。四十二年、私はこの象と、無数の朝と、無数の夕を、分かち合ってきた。無数の昼下がりを。無数のまどろみを。そのすべてが、いま、この一頭の、大きな、静かになった身体のなかに、たたみこまれていた。私は、その身体に、心のなかで、礼を言った。ありがとう、と。おまえと出会えて、よかった、と。都会へ行かずに、ここに残って、よかった、と。片方だけの手袋を捨てられなかったように、私は、おまえを、生涯、手放さなかった。そして、これからも、手放さない。

象は忘れない、と先輩は言った。ならば、私も、忘れまい。寿々が私を忘れなかったように、私も、寿々を、決して忘れまい。それが、言葉を持つ者にできる、せめてもの、返礼なのだから。

日が、すっかり暮れた。

蒼い星は、いつのまにか、夜空の高いところへとのぼっていた。私は、その星に向かって、もう一度、あの子守唄の最後の一節を、そっと歌った。

眠れ、眠れ、
星が、海を、わたるまで。

昼下がり、ふたたび

それから、どれくらいの時が経ったのか、私にはうまく思い出せない。

季節は、また巡って、いまはあの日と同じような、気だるい昼下がりだ。私は、象舎の前の、あの木の椅子に、また腰を下ろしている。膝の上には、空になった魔法瓶。傍らには、竹箒。けれど、私のすぐ右手には、もう、寿々はいない。

寿々のいた柵のなかは、いまは空っぽだ。園は、あそこに新しい象を入れるかどうか、まだ決めかねているらしい。若い川辺は、ときどき私のところへ来て、心配そうに顔を覗きこんでいく。私が、いつまでも空っぽの柵の前に座りこんでいるのを、案じているのだろう。

けれど、川辺くん。私は、そんなに寂しくはないんだよ。

先日、川辺くんが、こんなことを訊いてきた。「坂西さんは、もう、引退なさらないんですか」と。私は、笑って首を振った。引退して、どこへ行くというのだ。私の四十二年は、この空っぽの柵の前に、ぜんぶ、たまっている。ここを離れれば、私は、それを置いていくことになる。老いた私に残された時間は、もうそう長くはない。ならばその残りを、私は、この場所で、寿々のたまりのなかで、過ごしたいのだ。

川辺くんは、私の顔を見て、それ以上は何も言わなかった。若い彼には、まだわからないかもしれない。けれど、いつか、彼にもわかる日が来るだろう。彼にも、いつか、彼だけの寿々ができる。言葉を交わさずに知り合った、たったひとつの命が。そして、それを見送る日が来る。そのとき彼は、この空っぽの柵の前に座る老人の気持ちを、はじめて、理解するだろう。

なぜなら、目を閉じれば、寿々は、いつでもそこにいるのだから。この気だるい午後、私が椅子の背に頭をあずけて、瞼を重くしていくと――さらさらと、鼻先で藁をかき集める、あの音が聞こえてくる。土と草と、乾いた藁のにおいがする。私の帽子のつばに、ふわりと、あたたかい鼻が触れる。

まどろみのなかでは、現在と過去の境目は、もう、ない。時間は流れず、ただ、たまっている。だから、寿々は、いなくなったのではない。ただ、私のまどろみのなかへ、深く、深く、沈んでいっただけなのだ。あの、蒼い彗星のように。何百年かに一度、また戻ってくるために。

胸ポケットに手をやると、指先が、青いマッチ箱に触れた。

私は、それを取り出して、掌にのせた。月と、それを渡っていく小さな舟の絵。もう何十年も、火のつかない、湿ったマッチ。それでも、私は、抽斗から一本の軸を抜き出して、箱の側面で、そっと擦ってみた。

つくはずのない、火が――ぽっ、と、灯った。

蒼い、小さな炎だった。夕暮れの、あの一番星と、同じ色をしていた。私は、その小さな炎を、しばらくのあいだ、見つめていた。まどろみのなかの、火だったのかもしれない。あるいは、月光堂の老人が、あの夜、私にくれた、ほんとうの贈りものだったのかもしれない。眠れぬ夜に、そっと海を連れてきてくれる、青い火。

炎は、やがて、風もないのに、ゆらりと揺れて、消えた。

私は、目を閉じた。

さらさら、と、藁の音がする。あたたかい鼻が、私の肩に、ずしりと、重みをあずけてくる。四十二年ぶんの、その重みを、私は、両手で、そっと受けとめる。

「なあ、寿々。眠いなあ」

象は、答えない。象は、言葉を持たない。けれど、答えなど、いらないのだ。四十二年、私たちは、言葉のいらない場所で、生きてきたのだから。

昼下がりの光が、屋根の上を、ゆっくりと滑っていく。時間は、どこへも流れない。ただ、ここに、いつまでも、ある。私と、寿々の、たまり続ける午後のなかに。

眠れ、眠れ。星が、海を、わたるまで。

この物語にひそむ符牒

ほかの物語と、ひそかに分かち合っているもの:

  • ミラ彗星
  • 月光堂のマッチ
  • 子守唄
  • 月光書房
  • 片方の手袋

十二をつなぐ符牒について →

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