訳されたし
最初の手紙が届いた夜、私は「死」という語を「眠り」と訳すべきかどうかで、三時間も迷っていた。
机の上にあったのは、まったく別の原稿だった。北欧のさる女性作家の短編で、湖のほとりで老いた漁師が舟を片づける場面。原文の動詞は、辞書を引けば「死ぬ」とも「絶える」とも取れるが、その作家の他の作品を読みこんでいくと、彼女がこの語をいつも、ろうそくの火が静かに細くなって消える、あの一瞬のために取っておいていることがわかる。だから私は「眠り」に傾いていた。傾いていたが、それは原文への裏切りかもしれなかった。翻訳というのは、いつだって、ある裏切りと別の裏切りのあいだで、どちらがより誠実かを選ぶ仕事だ。
その逡巡のさなかに、郵便受けの蓋が、かたん、と鳴った。
午前一時を回っていた。配達のあるはずのない時刻だった。私は集合住宅の一階に住んでいて、玄関の郵便受けは内廊下に面している。誰かが郵便受けの口に何かを差し入れて、蓋を落としていったのだ。その音が、廊下の静けさのなかで、やけにくっきりと耳に残った。
私は立ち上がらなかった。すぐには。原稿のことが頭から離れなかったし、深夜に郵便受けへ何かを入れていくのは、たいてい不動産屋のチラシか、宗教の勧誘か、新しく開いた飲食店の割引券と相場が決まっている。それでも、しばらくして、コーヒーを淹れなおすついでに、私は廊下へ出た。
郵便受けに入っていたのは、一通の封筒だった。
切手はなかった。消印もない。直接、手で投函されたものだ。表には私の名も、住所もなかった。ただ、まんなかに、万年筆と思しき青いインクで、小さく一語だけが記されていた。
——訳されたし。
私は文芸翻訳を生業にしている。
生業、と言えるほど食えているかどうかは怪しい。世の中には、翻訳という仕事を、片方の言語をもう片方の言語に「置き換える」だけの、機械的な作業だと思っている人が少なくない。最近では、本当に機械がそれをやるようになった。私のところへ来る仕事は、その機械が手を出せないもの、あるいは出したがらないものに、年々かたよっていった。古い詩。註の多い哲学書。文体そのものが内容であるような、ねじくれた私小説。割に合わない仕事ばかりだが、私はそういう仕事が嫌いではなかった。むしろ、そういう仕事のためだけに、生きているような気さえした。
私には家族がない。正確に言えば、いない、というより、もういない。妻は六年前に出ていき、その二年後に、別の街で病を得て、私の知らぬ間に亡くなっていた。彼女の訃報を、私は彼女の妹からの一枚の葉書で知った。葬儀はとうに終わっていた。私は喪服を出すこともなく、その日、いつものように机に向かって、ある古いポルトガル語の詩を訳していた。「不在」という語を、どう訳すかで、やはり長いこと迷っていた。
孤独というものに、私はもう慣れていた。慣れている、と思っていた。言葉を相手にしていれば、人は孤独を忘れていられる。言葉は決して裏切らない――というのは嘘で、言葉ほど人を裏切るものはないのだが、少なくとも言葉は、こちらの孤独を見透かして憐れんだりはしない。それで充分だった。
私の一日は、いつも同じだった。朝、決まった時刻に目を覚まし、湯を沸かし、コーヒーを淹れる。古い豆挽きで豆を挽く、あのがりがりという音だけが、その日、私が立てる最初の物音だった。それから机に向かい、夕方まで、言葉と向きあう。日が暮れると、近所の食堂で、ひとりで夕食をとる。店の者は、私が何も言わなくても、いつもの席に案内し、いつもの皿を運んでくる。私たちのあいだに、もう、ほとんど言葉は要らなくなっていた。皮肉なことだった。言葉を生業とする者が、生活のなかでは、ほとんど言葉を使わずに生きていた。
夜、私は、また机に戻る。眠れない夜には、訳しかけの原稿の、訳せない一語の前で、何時間も、立ちつくす。その一語が、私を、生かしていた。一語のために迷えるということが、私の、ただひとつの贅沢だった。世間は、それを、孤独と呼ぶのかもしれなかった。けれど、私は、それを、孤独とは思っていなかった。少なくとも、その夜までは。
だから、その封筒を手にしたとき、私が最初に感じたのは、恐怖でも警戒でもなく、ある種のなつかしさに似た、かすかな高揚だった。誰かが私に、訳してくれ、と言っている。差出人もわからぬ手紙ひとつを。馬鹿げた話だが、私はそれを、悪い気分では受け取らなかった。
封を切る前に、私は封蝋に気づいた。
封筒の裏は、深い藍色の蝋で閉じられていた。三日月のような印が、その蝋に押されている。最近、こんな手のこんだことをする人間がいるのか、と私は半ば感心しながら、その藍色を指でなぞった。蝋は古びていて、わずかに罅が入っていた。
蝋を割るのは惜しい気がして、私は溶かすことにした。引き出しの奥に、いつだったか古道具屋で買った、青いマッチ箱があったのを思い出したのだ。深い藍色の紙箱に、銀色の三日月が刻まれている。「月光堂」と、小さな文字がある。中身のマッチは、軸が長く、頭が硫黄の匂いの濃い、古い型のものだった。私はその一本を擦り、蝋に火を近づけた。
蝋が溶けて、つうと糸を引いた。封筒がひらいた。
なかには、便箋が一枚。そして、それは私の知らない言語で書かれていた。
最初、私はそれを、自分の知るどの言語にも分類できなかった。
文字は、ラテン文字に似ていた。似ていたが、いくつかの字には見慣れぬ点や尾がついていて、それが既知のどの正書法とも一致しなかった。語の切れ目を示す空白はあるが、その語のかたまりは、ロマンス諸語のようでもあり、スラヴ系のようでもあり、しかしどちらでもなかった。
私は四つの言語で食べていて、ほかに、読むだけならどうにかなる言語が、さらに六つか七つある。それでも、その手紙は、私の知識の網の目をするりと抜けていった。
これは、翻訳家にとって、ある種の屈辱だった。私たちは、未知の言語を前にしても、たいていは、糸口を見つけられる。語族の手がかり。借用語の痕跡。語順の癖。文字の系統。どれほど遠い言語であっても、人間が話す言語であるかぎり、どこかに、別の言語と繋がる、細い橋が架かっている。言葉は、孤島ではない。言葉は、いつも、別の言葉と、血を分けあっている。
けれど、この手紙には、その橋が、見あたらなかった。あるいは――橋は、わざと、焼き払われていた。誰かが、この言語を、ほかのどの言語からも、断ち切ろうとして、丹念に、痕跡を、消していったかのようだった。それは、自然に生まれた言語ではない。誰かの意志が、ひと文字ひと文字に、こもっていた。
私はその夜、眠らなかった。
翻訳家という人種は、こういう謎に対して、どうしようもなく無防備にできている。私は辞書を引き、文法書をめくり、似た綴りの語をたどっていった。明け方近くになって、私はようやく、ひとつの仮説にたどり着いた。これは、複数の言語の語幹を、ある一定の規則で混ぜあわせて作られた、人工の言語ではないか。あるいは――もっと不穏な可能性として――誰かが、自分にしか読めぬように、いくつもの言語を継ぎ接ぎして編んだ、私的な暗号ではないか。
夜が白みはじめるころ、私は最初の一文を、どうにか訳し終えていた。
それは、こういう一文だった。
「川沿いの古い時計台の鐘が、明日の正午、三度だけ鳴って、止まる。」
奇妙な一文だった。物語の書き出しにしては、唐突で、文脈がなかった。私は便箋を裏返し、ほかに何か書かれていないか確かめた。何もなかった。ただ、便箋の右下の余白に、ごく小さく、何かが描かれていた。
針の先で引っかいたような、細い線。一本の弧と、それに引かれる、長い尾。
彗星の絵だった。
私はそれを、しばらく見つめていた。子どものいたずら書きのような、たどたどしい、しかしどこか確信に満ちた線。なぜそれが彗星だとわかったのか、自分でもわからない。けれど、私はそれを、ためらいなく彗星だと思った。長く忘れられていたものが、また巡ってきた――そんな気配を、その小さな絵は、わずか数本の線でまとっていた。
私はその朝、ようやく机に伏せて、短い眠りに落ちた。
翌日の正午のことを、私はほとんど忘れていた。
訳した一文のことなど、夜のあいだの熱に浮かされた遊戯のようなもので、昼の光の下では、ただの奇妙な手紙にすぎなかった。私は遅い昼食をとりに、川沿いの道を歩いていた。この街には古い川が一本、市街を斜めに貫いて流れていて、その川沿いには、かつて紡績で栄えたころの古い建物が、いまも何棟か残っている。そのひとつが、煉瓦造りの時計台だった。
私が橋にさしかかったとき、その鐘が、鳴った。
ごーん、と、ひとつ。
私は足を止めた。
ごーん、と、ふたつ目。
その時計台の鐘が鳴るのを、私はこの街に越してきて以来、一度も聞いたことがなかった。建物自体が、もう何十年も使われていない廃屋だったからだ。文字盤の針は、私の記憶のかぎり、いつも十時十分のあたりで止まっていた。
ごーん、と、三つ目。
そして、止まった。
四つ目は、鳴らなかった。私は橋のまんなかで、川風に吹かれながら、なお鳴るかもしれぬ次の一打を待った。けれど、鐘はそれきり、沈黙した。あたりには、何ごともなかったかのように、川面を滑る水鳥の声と、遠い車の音だけが戻ってきた。
私は橋の欄干に手をついた。掌が、汗ばんでいた。
偶然だ、と私は思った。長く止まっていた時計が、何かの拍子に、たまたま今日、動いただけだ。鐘が三度で止まったのは、機構が古くて、それ以上動かなかっただけだ。そういうことは、ある。世の中には、説明のつく偶然というものが、いくらでもある。
私はそう自分に言い聞かせながら、その日の昼食をとった。何を食べたのか、味は覚えていない。
けれど、食堂の窓から、私は、その時計台を、ずっと、見ていた。文字盤の針が、どこを指しているのか、遠くて、よくわからなかった。店を出るとき、私は、店主に、何気なく尋ねた。あの時計台の鐘は、よく鳴るのか、と。店主は、怪訝な顔をした。鐘? あの時計台は、もう三十年も、止まったままですよ。鐘なんか、私が子どものころから、一度も、鳴ったのを聞いたことがない。
私は、何も言わずに、店を出た。
その日の午後、私は、仕事が手につかなかった。机の上の原稿の、湖のほとりの漁師は、いつまでたっても、舟を、片づけられずにいた。私は、何度も、あの一文を、読みかえした。川沿いの古い時計台の鐘が、明日の正午、三度だけ鳴って、止まる。明日、ではない。今日のことだ。手紙が届いたのは、昨夜。明日の正午は、すでに、過ぎていた。そして、鐘は、三度、鳴って、止まった。一字一句、違わずに。
二通目は、その三日後に届いた。
やはり午前一時過ぎ、郵便受けの蓋が、かたん、と鳴った。
今度は、私は飛び起きた。玄関の扉を開け、廊下へ走り出た。内廊下は、非常灯の緑がかった光のなかで、静まりかえっていた。誰もいなかった。郵便受けには、最初のと同じ、藍色の蝋で閉じられた封筒が、一通。私は廊下の左右を見た。階段室の方へ、扉が閉まる、かすかな空気の動きがあったような気もしたが、確かではなかった。
部屋に戻り、私はその封筒を、机の上に置いた。
訳すべきではない、と頭ではわかっていた。あの時計台のことは、偶然だった。けれど、もし偶然でなかったとしたら――この封筒のなかには、いったい何が書かれているのか。それを訳せば、また何かが、現実に起こるのか。
私は長いこと、封を切らずにいた。蝋の三日月を、指でなぞった。封筒は、ひんやりと冷たかった。
結局、私は青いマッチを擦った。
理屈ではなかった。翻訳家としての、業のようなものだ。封じられた言葉が、私を呼んでいた。読まずにいることは、私にはできなかった。
二通目の文面は、最初のよりも長かった。私はその夜も眠らず、辞書と文法書のあいだを行き来した。語彙はいくらか馴染んできていた。例の人工言語の、語幹を組みあわせる規則が、少しずつ見えてきていた。明け方、私は二文目を訳し終えた。
「北の通りの花屋の窓辺に、一晩だけ、白い花が咲き、朝には枯れる。」
そして、その次の一文。
「翻訳とは、原文を殺して、別のからだに生まれ変わらせることである。生まれ変わった言葉は、もう原文ではない。けれど、原文がなければ、それは生まれなかった。」
私は、その二文目を見つめた。
これは、私への言葉だった。
差出人は、私が翻訳家であることを知っている。私が、原文を「殺す」という、あの古い比喩を、どれほど真剣に考え抜いてきたかを知っている。翻訳家のあいだでは昔から、訳すことを「殺す」と言い、訳された言葉を「生まれ変わり」と呼ぶ、そういう言いまわしがある。私はそれを、ただの比喩だと思ってきた。比喩でなければ、やっていられない仕事だった。
便箋の右下には、また、あの彗星の絵があった。前よりも、心なしか、線が確かになっているように見えた。
私は、その一文の前で、長いこと、考えこんだ。翻訳とは、原文を殺して、別のからだに生まれ変わらせることである。それは、私たちの世界では、ありふれた比喩だった。けれど、こうして、見知らぬ言語の手紙のなかに、その比喩が、私への言葉として、置かれていると、それは、もはや、比喩ではなかった。
殺す、ということ。私は、その語を、これまで、軽々しく、使ってきた。原文を殺す。語を殺す。文を殺す。訳すたびに、私は、何かを、殺してきた。原文は、訳された瞬間に、死ぬ。そこに書かれていた、もとの言葉の、もとの息づかいは、二度と、戻らない。私の訳は、その死体の上に、立っている。私は、これまで、何万行の言葉を、殺してきたのだろう。そして、そのことを、一度も、悼まずに、来たのだ。
私は、北の通りへは行かなかった。行きたくなかった。けれど、その日の夕方、どうしても確かめずにはいられず、私は地下鉄に乗り、街の北の外れまで出かけた。古い住宅街の一角に、小さな花屋があった。私はその店の前を、通りすぎるふりをして、ゆっくりと歩いた。
窓辺に、白い花が、一輪、咲いていた。
種類はわからなかった。百合に似た、けれど百合ではない、見たことのない白い花だった。花弁が、夕日を吸って、内側からぼうっと光っているように見えた。店の主人らしい老女が、その花を、不思議そうに眺めていた。私は声をかけなかった。かけられなかった。
翌朝、私はもう一度その店の前を通った。窓辺の花は、茶色く萎れて、うなだれていた。一晩で枯れたのだ。
それから私は、調べはじめた。
差出人を、ではない。差出人は、見当もつかなかった。私が調べたのは、あの言語だった。
人工言語、暗号、秘密の文字。図書館に通い、古い言語学の書物をあたった。中世の修道院で使われた秘密の祈祷文。錬金術師たちが互いの秘術を隠すために編んだ符牒。架空の言語を作ることに生涯を捧げた、何人かの偏執的な人々の記録。けれど、あの手紙の言語に一致するものは、どこにもなかった。
ある晩、私は街の古書店街を歩いていた。閉店間際の、薄暗い店々のあいだを、あてもなく。言語学の専門書を扱う店を探していたのだが、目当ての店はもう閉まっていた。
そのとき、私は一軒の店に気づいた。
それまで、その路地に、そんな店があった覚えはなかった。狭い路地の突きあたり、ほかの店がみな閉まっているなかで、その店だけが、ぼんやりと灯をともしていた。小さな看板に、金箔の剥げかけた文字で、こう書かれていた。
——月光書房。
扉を押すと、鈴が鳴った。
なかは、思いのほか奥行きがあった。天井まで届く書架が、迷路のように立ちならび、古い紙とインクの匂いが、ふくいくと満ちていた。私はこういう匂いが好きだった。死んだ言葉たちの匂い。眠っている言葉たちの匂い。
書架のあいだを歩きながら、私は、奇妙なことに、気づいた。どの本も、表に、題名がないのだ。背表紙は、のっぺりとしていて、何の文字も、刻まれていない。手に取って、表紙をひらいても、扉には、何も書かれていない。けれど、ページを繰ると、なかには、びっしりと、文字が、詰まっていた。見たことのない文字。読めない文字。あの手紙と、同じだった。題名のない本が、何千冊も、ここには、眠っていた。まだ、どこの言葉にも、属していない本が。
奥へ進むほど、灯は、暗くなった。けれど、不思議と、本の文字は、読めなくとも、その形だけは、はっきりと、見えた。まるで、文字のほうが、ほのかに、光を、放っているかのようだった。
店主は、奥の帳場に座っていた。年齢のわからない人だった。老人のようにも、まだ若いようにも見えた。私が入ってきても、顔を上げなかった。手元の、ひらいた本に、目を落としたままだった。
私は書架のあいだを、しばらく歩いた。どの本も、見たことのないものばかりだった。表題を読もうとすると、文字がにじんで、うまく読めなかった。ふと、一冊の薄い本に、目がとまった。背表紙に、題名はなく、ただ、青いインクで、小さな彗星の絵が描かれていた。
あの絵と、同じだった。
私はその本を、書架から抜こうとした。
「それは、まだ訳されていません。」
帳場から、声がした。店主が、本に目を落としたまま、そう言った。低い、おだやかな声だった。
「訳されていない?」と私は問い返した。
「ええ。世のなかには、二種類の本があります。すでに訳された本と、まだ訳されていない本と。訳されていない本は、まだ、どこの言葉にも属していない。だから、誰にも読めない。あなたにも。」
私は、自分の手が、本の背に触れたまま止まっているのに気づいた。指先が、冷たくなっていた。
「あなたは、」と私は言った。「私に、手紙を送っている人ですか。」
店主は、ようやく顔を上げた。その目は、奇妙に澄んでいて、しかし焦点が、私のいる場所より、少し奥を見ているようだった。
「手紙は、」と店主は言った。「送り主のものではありません。手紙は、訳されることを望んでいる言葉のものです。私はただ、それを、訳せる人のところへ、運ぶだけです。」
「なぜ、私なのです。」
「あなたが、訳せるからです。」店主は、また本に目を落とした。「それから――あなたが、訳さずにはいられない人だからです。」
私は、何も言えなかった。図星だった。私は、訳さずにはいられない人間だった。封じられた言葉を、見過ごせない人間だった。それは、生まれつきの、性分のようなものだった。子どものころ、私は、外国の缶詰の、ラベルの裏の、見知らぬ文字を、飽きずに眺めていた。意味のわからない文字の連なりが、何を言っているのか、知りたくて、たまらなかった。あの飢えが、私を、ここまで、連れてきた。そして、いま、その飢えが、私を、追いつめていた。
「ひとつ、訊いていいですか。」と、私は言った。「あの言語は――何なのです。どこの言葉でもない。どの言語とも、繋がっていない。あんなものが、どうして、存在するのです。」
店主は、しばらく、黙っていた。それから、ゆっくりと、言った。
「あれは、まだ、生まれていない言葉です。」
「生まれていない?」
「ええ。どの言語にも属していない、ということは、どの言語にも、まだ、生まれていない、ということです。あの言葉は、訳されることで、はじめて、この世界に、生まれます。あなたが、訳すまで、それは、どこにも、存在しない。あなたの選んだ語が、その言葉の、最初の、そして唯一の、からだになる。」店主は、ページを、めくった。「だから、訳す者は、選ばなければなりません。どんなからだを、与えるかを。」
私は、何も言えなかった。
帰り際、店主が、ぽつりと言った。
「次の一通は、訳さないほうがいいかもしれません。」
私は振り返った。「どういう意味です。」
「言葉には、訳されると、現実になりたがるものがあります。たいていは、無害です。鐘が鳴る。花が咲く。そういう、小さなことです。」店主は、本のページを、一枚めくった。「けれど、なかには――現実になると、取り返しのつかないものも、あります。あなたが、それを訳すかどうかは、あなたが決めることです。私には、止められません。」
私は店を出た。鈴が、もう一度鳴った。
数歩あるいて、私は振り返った。
路地の突きあたりに、店はなかった。灯も、看板も、扉もなかった。ただ、煤けた煉瓦の壁が、暗がりのなかに、そっけなく立っているだけだった。
その夜、私は眠れなかった。
店主の言葉が、頭から離れなかった。言葉には、訳されると、現実になりたがるものがある。馬鹿げている。けれど、あの時計台の鐘を、私はこの耳で聞いた。あの白い花を、この目で見た。
私は、これまでに訳した言葉のことを、考えた。
何十年も、私は言葉を訳してきた。何万行、いや何十万行の言葉を、片方の言語からもう片方へ、運んできた。詩を訳した。小説を訳した。哲学を訳した。そのすべてが、もし――もし、私の手を通って、現実になっていたとしたら。
私は、自分が訳した一行を、思い出していた。
それは、妻が出ていく、半年ほど前のことだった。私はある外国の小説を訳していた。主人公の妻が、夫のもとを去る場面だった。原文には、こうあった。彼女は、振り返らなかった。私はそれを、長いこと迷ったすえ、こう訳した。
「彼女は、一度だけ振り返り、そして、もう二度と振り返らなかった。」
原文には、「一度だけ振り返り」という部分は、なかった。私が、加えたのだ。なぜそうしたのか、いまでもよくわからない。ただ、その方が、彼女の――小説の妻の――哀しみが、深くなるような気がした。去る者にも、未練はある。一度だけは、振り返る。それを書かずに去らせるのは、私には、あまりに酷に思えた。
妻が出ていった日、彼女は、玄関で、一度だけ振り返った。
そして、もう二度と、振り返らなかった。
私は、いまでも、あの瞬間を、覚えている。彼女が、玄関の戸口で、一度、振り返ったときの、顔を。何か言いたげで、けれど、何も言わなかった、あの顔を。私は、それを、彼女の未練だと、思った。思いたかったのかもしれない。けれど、いま、考えると、あれは、未練ではなかったのかもしれない。あれは――確認だったのかもしれない。本当に、もう、戻らなくていいのか。この人は、本当に、私を、引き止めないのか。その確認だったのかもしれない。そして、私は、引き止めなかった。何も言わずに、彼女を、振り返らせ、そして、去らせた。
私の訳した一行は、それを、書いていた。彼女は、一度だけ振り返り、そして、もう二度と振り返らなかった。私は、原文を訳していたのではなかった。私は、自分の、これから起こる人生を、訳していたのだ。あるいは――訳すことで、それを、起こしていたのだ。
私は、その符合を、これまで一度も、考えたことがなかった。考えないようにしていたのかもしれない。けれど、いま、店主の言葉を聞いたあとでは、それが、ただの符合だとは、思えなくなっていた。
私は、自分の訳した一行で、妻を、振り返らせたのではないか。そして、二度と振り返らないように、してしまったのではないか。
馬鹿げている。何度も、そう思った。けれど、その夜、私は、ひとつのことを、はっきりと自覚した。
私は、これまで、言葉を、なめていた。
言葉を、ただの道具だと、思っていた。意味を運ぶための、透明な器だと。けれど、もし言葉が、それ自体で、現実を動かす力を持っているのだとしたら――私が、軽々しく、原文に手を加え、語を選び、訳しわけてきた、そのひとつひとつが、どこかで、誰かの現実を、ねじ曲げてきたのだとしたら。
私は、机の上の、まだ訳していない二通目の続き――いや、すでに三通目が来ているのではないか、という考えに、はっとした。
郵便受けを、見にいった。
何もなかった。
私は、机に戻った。そして、これまで届いた二通の手紙を、もう一度、ひろげた。一通目。「川沿いの古い時計台の鐘が、明日の正午、三度だけ鳴って、止まる。」二通目。「北の通りの花屋の窓辺に、一晩だけ、白い花が咲き、朝には枯れる。」
どちらも、無害だった。店主の言うとおりだった。鐘が鳴る。花が咲く。それだけのことだった。
けれど、二通目には、もう一文、あった。あの、私への言葉。「翻訳とは、原文を殺して、別のからだに生まれ変わらせることである。」
これは、警告だったのではないか。
三通目は、その夜のうちに、届いた。
私が机に向かっているあいだに、郵便受けの蓋が、かたん、と鳴った。
私は、今度は、すぐには立たなかった。立てなかった、と言うべきか。心臓が、いやな打ち方をしていた。私は、しばらくのあいだ、自分の呼吸の音を聞いていた。やがて、私は立ちあがり、廊下へ出た。
封筒が、一通。藍色の蝋。三日月の印。
私は、それを、机の上に置いた。そして、青いマッチ箱を、手に取った。マッチは、残り三本になっていた。
ここで、やめるべきだった。
私は、それを、わかっていた。封を切らず、この封筒を、燃やしてしまえばいい。青いマッチで、蝋ではなく、封筒そのものに、火をつければいい。そうすれば、なかに書かれた言葉は、訳されることなく、現実になることもなく、灰になる。
私は、マッチ箱を、しばらく、握っていた。
けれど――そのなかに、何が書かれているのか。それを知らずに、燃やすことが、私にはできるのか。
差出人は、私を、よくわかっていた。私が、訳さずにはいられない人間であることを。読まずにはいられない人間であることを。それは、呪いのようなものだった。言葉を相手に生きてきた者の、業だった。封じられた言葉を、私は、見過ごせない。それは、私が私であることの、根のようなものだった。
私は、机の上の、ふたつのものを、見くらべた。封筒と、マッチ箱。訳す道具と、燃やす道具。同じ一本のマッチが、封蝋を溶かして言葉を生まれさせることも、封筒ごと言葉を灰にすることも、できた。火は、生かすことも、殺すこともできる。それは、翻訳という行為に、よく似ていた。私の選ぶ一語が、ある言葉を生かし、別の言葉を殺す。私は、いつも、その境目に、立っていた。
私は、目を閉じた。燃やしてしまえ、と、ひとりの私が、言った。読め、と、もうひとりの私が、言った。読まずにいられるものか。おまえは、翻訳家だろう。封じられた言葉を、灰にして、それで、おまえは、夜、眠れるのか。そして、私は、知っていた。私には、眠れないだろう、ということを。あの封筒のなかに、何が書かれていたのか――それを知らずに過ごす夜のほうが、何が起ころうと、それを知って過ごす夜より、ずっと、耐えがたいだろう、ということを。
私は、マッチを、擦った。
そして、蝋を、溶かした。封筒を、ひらいた。
三通目の文面を、私は、夜を徹して、訳した。語彙は、もうずいぶん馴染んでいた。あの人工言語の規則が、いまでは、私の頭のなかに、ひとつの体系として、組みあがっていた。私は、その言語を、ほとんど、読めるようになっていた。
私は、その夜、いつもより、ずっと、慎重に、訳した。一語ごとに、辞書を確かめ、文法を確かめ、文脈を確かめた。この言語の、語幹を組みあわせる規則は、もう、私の頭のなかに、ひとつの体系として、立ちあがっていた。私は、それを、まるで、何十年も使ってきた母語のように、読みくだせるように、なっていた。けれど、それが、かえって、恐ろしかった。私は、この言語を、覚えてしまった。覚えてしまった、ということは――もう、知らなかったころには、戻れない、ということだ。読めてしまうものを、読まずにいることは、できない。
夜の底で、ペンを走らせながら、私は、ふと、自分が、何をしているのかを、考えた。私は、見知らぬ誰かの言葉を、私の言葉に、移しかえている。それは、私が、何十年も、してきたことだった。けれど、いつもとは、何かが、違っていた。いつもの翻訳では、原文は、すでに、ある現実を、写したものだった。誰かが、見て、感じて、考えたことを、言葉にしたもの。私は、その写しを、別の言葉に、写しなおしていた。けれど、この手紙は――違った。この手紙は、現実を、写したものではなかった。この手紙は、現実を、作るものだった。私の訳が、現実を、生むのだ。私は、写す者では、なかった。私は、創る者に、なっていた。
その思いは、めまいのように、私を、襲った。創る、ということ。私のような者が、現実を、創る。一語の選びかたで、鐘を鳴らし、花を咲かせ、そして、人を――。
そして、明け方、私は、その一文を、訳し終えた。
訳し終えて、私は、ペンを、取り落とした。
そこには、こうあった。
「この街の、川沿いの集合住宅の一階に、ひとりの翻訳家が住んでいる。彼は今夜、最後の手紙を訳し終えて、机に伏せたまま、二度と目を覚まさない。」
私は、自分の部屋を、見まわした。
川沿いの集合住宅。一階。翻訳家。
それは、私のことだった。
便箋の右下には、あの彗星の絵が、あった。けれど、それは、もう、たどたどしい線では、なかった。はっきりと、確かな線で、長い尾を引く彗星が、描かれていた。何度も繰り返されるうちに、上達したかのように。あるいは――近づいてくるかのように。
私は、窓辺に立った。
夜明け前の、いちばん暗い時刻だった。空は、まだ、墨を流したように暗かった。川の向こうの街並みは、黒いシルエットになって、しずまりかえっていた。
そして、私は、空に、それを、見た。
東の低い空を、一筋の、蒼白い光が、横切っていた。
長い、長い尾を引いて。
彗星だった。
それは、ゆっくりと、しかし確かに、空をわたっていった。蒼白い、氷のような光。永い眠りから覚めたばかりの、よそよそしさをまとった光。私は、その光を、見たことが、なかった。けれど、どこかで――遠い、思い出せないほど遠い昔に――一度だけ、見たことがあるような気が、した。長く忘れられていたものが、また巡ってきた。それは、そういう光だった。
何十年に一度、あるいは何百年に一度、その彗星は、巡ってくるのだという。前にこの空を横切ったのが、いつだったのか、誰も、もう、覚えていない。記録に残っていないわけではないだろう。けれど、それを見た人々は、もう、ひとり残らず、この世にいない。彗星は、人間の一生よりも、ずっと長い時間を、かけて、巡る。だから、誰も、その彗星を、二度は、見ない。一度、見たら、それきりだ。次に巡ってくるころには、見た者は、みな、土に還っている。
そういう光が、いま、私の頭の上を、わたっていた。便箋の余白に、何度も描かれた、あのたどたどしい線が、いま、本物となって、空にあった。差出人は、これを、知っていたのだ。今夜、この彗星が、この空を横切ることを。だから、絵を、描いていたのだ。回を追うごとに、その線が、確かになっていったのは――彗星が、近づいていたからだ。そして、いま、それは、私の真上に、来ていた。
子どものころ、誰かが、私に、子守唄を、うたってくれたことがあった。
母だったろうか。それとも、誰だったろう。顔は、もう、思い出せない。けれど、その節だけは、いま、ふいに、口をついて、出てきた。
眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
私は、その一節を、小さく、口ずさんだ。眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。星が、海をわたっていた。蒼白い彗星が、夜の海のような空を、わたっていた。
そして、私は、思い出した。
机に伏せたまま、二度と目を覚まさない。
それが、訳した言葉だった。それを、私は、もう、訳してしまった。言葉は、訳されると、現実になりたがる。鐘が鳴った。花が咲いた。そして、今度は――。
私は、机を、見た。
ペンが、落ちていた。便箋が、ひろげられていた。私が、机に伏せれば、それで、終わるのだ。言葉のとおりに。
けれど、私は、伏せなかった。
私は、ひとつのことを、考えていた。
翻訳家は、原文を、殺す。けれど、翻訳家は、原文を、選ぶこともできる。語を、選ぶ。文を、選ぶ。何を訳し、何を訳さないかを、選ぶ。私は、何十年も、それをしてきた。原文に、一語を、加えたこともある。原文の一語を、訳さずに、捨てたことも、ある。
翻訳とは、裏切りだ。ある裏切りと、別の裏切りのあいだで、どちらがより誠実かを、選ぶ仕事だ。
ならば、この手紙も、訳しなおせるのではないか。
私は、ペンを、拾った。
そして、新しい紙を、ひろげた。
私は、三通目の手紙の、最後の一文を、もう一度、訳した。今度は、ちがう語を、選んで。あの夜、別の原稿で迷っていた、あの一語を、思い出しながら。「死」を「眠り」と訳すべきかどうかで、私は、迷っていた。ろうそくの火が、静かに細くなって、消える、あの一瞬のために、取っておかれた語。
原文の動詞は、辞書を引けば、「目を覚まさない」とも、「眠りつづける」とも、取れた。それは、あの北欧の作家の語と、同じだった。死とも、眠りとも、取れる語。私は、これまで、それを、「死」の側に、訳していた。手紙の文脈が、そう要求しているように、思えたからだ。
けれど、文脈は、訳す者が、作るものだ。
私は、こう、訳しなおした。
「彼は今夜、最後の手紙を訳し終えて、机に伏せたまま、ひと晩、深く眠る。そして、朝、目を覚ます。」
私は、その一文を、声に出して、読んだ。原文は、それを、許していた。原文の語は、その訳を、拒んでいなかった。私は、原文を、裏切っていなかった。ただ、別の誠実を、選んだだけだった。
そして、私は、机に、伏せた。
目を覚ましたとき、窓の外は、明るかった。
朝だった。
私は、生きていた。机に伏せたまま、ひと晩、深く眠り、そして、目を、覚ました。私が、訳したとおりに。
私は、ゆっくりと、身を起こした。からだの節々が、痛んだ。けれど、それは、生きている者の、痛みだった。机の上には、三通の手紙と、私の訳稿が、ひろげられていた。私は、最後の訳稿を、手に取った。彼は、朝、目を覚ます。たしかに、そう、書かれていた。
私は、窓の外を、見た。空は、晴れていた。彗星は、もう、見えなかった。あの蒼白い光は、夜の空を、わたりきって、どこかへ、去っていた。次に、それが、この空を、横切るのは、いつのことだろう。私は、もう、生きて、それを、見ることは、ないかもしれなかった。
机の上に、もうひとつ、あった。
青いマッチ箱だ。月光堂の、三日月の刻まれた、藍色の箱。私は、それを、手に取った。振ると、かさ、と、軽い音がした。なかを、あらためた。
マッチは、一本も、残っていなかった。
私は、最後の一本を、ゆうべ、使いきっていた。三通目の蝋を、溶かすために。もう、これ以上、封蝋を溶かす火は、なかった。たとえ、四通目が、来たとしても。
私は、空のマッチ箱を、しばらく、見つめていた。それから、それを、机の引き出しの、いちばん奥に、しまった。妻の、片方だけ残された、古い手袋が、そこに、あった。いつだったか、彼女が、片方だけ、なくしたものだ。対になるはずの、もう片方は、とうとう、見つからなかった。私は、なぜか、それを、捨てられずに、いた。私は、空のマッチ箱を、その手袋の、隣に、置いた。片方だけのものたちが、暗い引き出しの奥で、寄りそった。
それから、ひと月が、過ぎた。
四通目は、来なかった。郵便受けの蓋は、もう、深夜に、鳴ることは、なかった。
私は、一度だけ、あの川沿いの時計台の前を、通った。文字盤の針は、また、止まっていた。十時十分のあたりで。あの日、三度だけ鳴った鐘は、それきり、二度と、鳴らなかった。私は、北の通りの花屋の前も、通った。窓辺には、もう、白い花は、なかった。代わりに、ありふれた、赤いゼラニウムの鉢が、置かれていた。店の老女は、私のことなど、覚えていなかった。何ごとも、なかったかのように、世界は、続いていた。
けれど、私は、変わっていた。私は、訳すことが、こわくなっていた。机に向かい、ペンを取るたびに、私は、ためらうように、なった。この一語を、こう訳すことで、私は、どこかで、誰かの世界を、ねじ曲げるのではないか。そう思うと、ペンが、進まなかった。仕事は、滞った。いくつかの依頼を、私は、断った。生まれてはじめて、私は、言葉を、こわいと、思った。
けれど、不思議なことに、その恐怖は、私を、以前よりも、よい翻訳家に、していった。私は、一語ごとに、立ちどまるように、なった。この語で、いいのか。もっと、誠実な語が、あるのではないか。原文は、本当に、これを、望んでいるのか。私は、これまで、何十年も、滑らかに、訳しすぎていたのかもしれなかった。言葉を、なめていたのかもしれなかった。いまの私は、遅い。けれど、遅さのなかに、ようやく、私は、言葉への、本当の畏れを、覚えはじめていた。
私は、いつものように、机に向かい、言葉を、訳していた。あの北欧の作家の短編を、私は、ようやく、訳し終えた。湖のほとりで、老いた漁師が、舟を、片づける場面。私は、あの動詞を、結局、「眠り」と、訳した。ろうそくの火が、静かに細くなって、消える、あの一瞬として。それは、原文への、裏切りだったかもしれない。けれど、別の誠実だった。
私は、ときどき、夜の街を、歩く。古書店街の、狭い路地を、あてもなく。あの店を、探しているのか、それとも、探していないのか、自分でも、よく、わからない。月光書房という、看板を。彗星の見える夜にだけ、現れるという、店を。
けれど、彗星は、もう、見えなかった。だから、店も、現れなかった。路地の突きあたりには、いつも、煤けた煉瓦の壁が、そっけなく、立っているだけだった。
私は、考える。
あの手紙は、本当に、現実を、動かしたのだろうか。それとも、私が、勝手に、符合を、読みとっていただけ、なのだろうか。時計台の鐘は、たまたま、鳴ったのかもしれない。白い花は、ただの、珍しい花だったのかもしれない。そして、私が、ゆうべ、目を覚ましたのは、ただ、私が、まだ、死ぬ時ではなかった、というだけのこと、なのかもしれない。
けれど、それでも、私は、ひとつのことを、学んだ。
言葉は、なめてはいけない、ということを。
訳す、という行為は、ある現実を、殺して、別の現実を、生む、ということだ。私が、選ぶ一語が、どこかで、誰かの世界を、わずかに、ねじ曲げる。それは、彗星のように、ふだんは、見えない。けれど、たしかに、ある。長い、長い尾を引いて、夜の空を、わたっていく、何かが。
私は、いまでも、迷う。「死」を「眠り」と訳すべきかどうかで。一語の前で、三時間も、立ちつくす。けれど、その迷いを、私は、もう、煩わしいとは、思わない。むしろ、その迷いこそが、私を、生かしているのだと、思う。迷うかぎり、私は、まだ、言葉を、なめてはいない。迷うかぎり、私は、まだ、誰かの現実に対して、誠実で、ありうる。
机の引き出しの、いちばん奥には、いまも、空のマッチ箱と、片方だけの手袋が、寄りそって、眠っている。私は、ときどき、それを、開けて、見る。そして、また、閉める。対になるはずの、もう片方は、どこかに、あるのだろうか。それとも、はじめから、片方しか、なかったのだろうか。
ある夜、私は、子守唄を、口ずさんでいる自分に、気づいた。
眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
それを、誰に、うたっているのか、私には、わからなかった。亡くなった、妻にだろうか。それとも、まだ、訳されぬまま、どこかの夜に、眠っている、無数の言葉たちにだろうか。あるいは、いつか、また、あの蒼白い光が、この空を、わたる夜まで、生きのびて、それを、見ようとしている、自分自身にだろうか。
私は、知っている。いつか、また、郵便受けの蓋が、深夜に、鳴る日が、来るかもしれないことを。藍色の蝋で、封じられた、一通の手紙が、届く日が。そして、そのとき、私が、それを、訳すのか、それとも、燃やすのか――けれど、燃やすための火は、もう、ない。マッチは、使いきった。
だから、たぶん、私は、訳すのだろう。
そして、できるかぎり、誠実な、別の現実を、選ぶのだろう。一語の前で、立ちつくしながら。星が、海をわたるのを、待ちながら。