灯のもとを過ぎるもの
私はずっと、ここに立っている。
四つの道が出会うこの場所で、片足を石畳に埋めたまま、私は八十年、灯すことだけをしてきた。歩くことはできない。振り向くこともできない。私にできるのは、夕暮れがくれば自分の内側に小さな熱を点し、夜のあいだ、その熱を惜しまずに地へこぼし続けることだけだ。風が私の鉄の胴を撫でて鳴る。雨が私の傘の縁から糸を引いて落ちる。雪が私の灯の輪のなかでだけ、ふしぎなほどゆっくりと舞う。私はそれらを受けて、ただ、立っている。
人は私を見ない。見るとしても、灯そのものを見るのであって、私を見るのではない。それでいい。私は見られるためではなく、見るために立っているのだから。
私が立てられた日のことを、私はおぼえている。
物には記憶がないと、人は思っているらしい。けれども、それはちがう。人の記憶が頭のなかにあるように、私の記憶は私の鉄のなかにある。叩かれた箇所には叩かれた記憶があり、錆びた箇所には濡れた記憶がある。私の体そのものが、私の通ってきた時間でできている。だから私は、忘れない。忘れようにも、忘れるための場所が、私にはない。
私が立てられたのは、まだ石畳が新しく、その隙間に苔のひと筋もなかったころだ。何人もの男たちが、私の足もとに深い穴を掘った。土の匂いがした。彼らは私を縄で吊り、声をそろえて、ゆっくりと立ててくれた。私の影が初めて地に落ちたとき、ひとりの若い男が、額の汗を拭いながら私を見あげて言った。
「これでこの角も、夜が明るくなるな」
その晩、私は初めて灯った。
私の灯のもとに、四つの道の闇が、いっせいに退いた。退いたといっても、ほんの数歩ぶんのことだ。それより先は、相変わらずの夜だった。けれど、その数歩ぶんの明るさが、どれほど人を安心させるものか、私はやがて知ることになる。人は、ぜんぶが明るいことを望んでいるのではない。ただ、つぎの一歩を踏み出すぶんだけの明るさがあればいい。私はそのための、ささやかな灯だった。
角には、書店があった。
私の斜向かいに、低い庇の、古びた店があった。「月光書房」という、藍色の文字が、すり硝子の戸に書かれていた。店主は背の高い、白髪の老人で、いつも襟もとまで釦をとめた上着を着ていた。彼は夕暮れになると店先に出てきて、私が灯るのを待つように、空を見あげるのだった。
ふしぎな店だった。
私はここに八十年立っているが、あの店が、いつもそこにあったわけではない。あるときは、たしかに斜向かいに灯をともしていたのに、つぎの朝には、ただの板壁になっていることがあった。人々はそれを気にもとめなかった。けれど私は、立ちつくしたまま見ているしかない者として、その出没を、誰よりも正確に知っていた。
あの店が現れるのは、決まって、空に長い尾を引く星が見える夜だった。
店主は、その夜にかぎって遅くまで店を開けていた。すり硝子の向こうに、橙色のあかりが灯り、ときおり人影が、本の背を指でなぞるように動いた。そして、彗星が空を渡りきって尾を消すころ、店のあかりもまた、すうっと消えるのだった。朝には、板壁。
一度だけ、私はその店主と、目が合ったような気がしたことがある。
ある雨の夜だった。客もなく、ただ私の灯だけが、濡れた石畳に映って揺れていた。店主は戸口に立って、長いこと、私を見あげていた。それから、ほんのかすかに、頷いたように見えた。まるで、「ご苦労さま」とでも言うように。物にむかって礼を言う人間を、私は、後にも先にも、彼ひとりしか知らない。
その店には、ふしぎな客が、来た。
彗星の見える夜にだけ現れる店だから、客もまた、ふつうの客では、なかったのかもしれない。あるときは、片方の手袋だけをはめた女が、傘もささずに、店に入っていった。あるときは、もう何十年も前に、私の灯のもとを通らなくなったはずの足音の主が、すこしも年をとらぬ姿で、店の戸を、くぐっていった。私は、目を疑った。物に、疑う目があるのなら。けれど、彼らが、店から出てくるところを、私は、一度も見たことがない。彼らは、入っていって、そして、店ごと、朝の板壁のなかに、消えるのだった。
あの店は、何だったのだろう。
いまでも、わからない。けれど、私は、こう思っている。あの月光書房は、忘れられたものたちが、ひと晩だけ、もういちど、ひらかれる場所だったのではないか、と。読まれなくなった本。会えなくなった人。片方だけになった手袋。それらが、彗星の来る夜にだけ、藍色の戸の向こうで、もういちど、対になり、もういちど、ひらかれる。そういう、店だったのではないか。だとすれば、私のような、忘れられかけた古い街灯にも、いつか、あの戸が、ひらかれる夜が、来るのかもしれない。物は、そんな、ありえぬことを、ときどき、願う。
その店も、いつのころからか、現れなくなった。
板壁はやがて取り壊され、そこには小さな花屋ができ、花屋もやがて畳まれ、いまは無人の硝子戸のなかで、誰のものでもない埃が、私の灯を受けて、ゆっくりと舞っている。けれど私は知っている。彗星が来れば、あの店は、また現れるのだということを。物は、待つことだけは、得意なのだ。
最初に泣いた子どものことを、私はおぼえている。
立てられて何年目かの冬だった。母親に手を引かれた、五つばかりの女の子が、私の灯の輪のなかで、わっと泣きだした。手袋の片方を、どこかで落としてきたのだ。残ったほうの片手だけが、赤い毛糸に包まれて、もう片方の手は、寒さに白くなっていた。
「ぼうしの子のところに、忘れてきたんだもの」
女の子は、私の灯のもとで、そう言って泣いた。母親は困った顔で、もと来た道を見やった。けれど、暗い道のどこに落としたのか、見当もつかぬようすだった。
私は、灯すことしかできない。
落とした手袋がどこにあるか、私には見えていた。三軒さきの、塀の角の、雪のうえに、赤い毛糸の小さなものが、片方だけ、落ちていた。けれど私は、それを指さすことができない。声をあげることもできない。私にできるのは、ただ、ここを明るくしておくことだけだ。母と子が、せめて安心して、引き返せるように。
母親は、けっきょく手袋を見つけられず、女の子をなだめて、抱きあげて帰っていった。女の子は、私の灯のほうを振り返って、まだ少し、しゃくりあげていた。
その片方の手袋は、春まで、塀の角にあった。雪に埋もれ、雪から出て、雨に打たれて色が褪せ、やがて、誰かが拾ったのか、風が運んだのか、いつのまにか、なくなっていた。対になるはずのものが、片方だけ残されて、そして、その片方も、消えていく。私はそういうものを、これまでに、いくつ見送ってきただろう。
物には、対というものが、よくわかる。私自身が、誰とも対になれない、ただ一本の街灯だからかもしれない。
それからも、私の足もとには、片方だけの失せ物が、いくつも、落ちていった。
片方だけの靴。誰かが酔って脱いだのか、片方だけが、私の足もとに、ころがっていたことがあった。片方だけの耳飾り。雨上がりの石畳の隙間で、小さく光っていたことがあった。片方だけの軍手。片方だけの、子どもの長靴。それらは、しばらく私の足もとにあって、やがて、消えた。対になるはずの、もう片方が、迎えにくることは、ついぞ、なかった。
私は、それらを、見おろしながら、いつも、同じことを思った。
どこかに、もう片方が、あるはずだ、と。この靴の、この耳飾りの、この手袋の、もう片方が、どこかの誰かの手もとに、きっと、残されている。そして、その誰かもまた、失くしたほうを、探しているのかもしれない。けれど、私の灯のとどく範囲には、いつも、片方しか、なかった。世界は、片方ずつでできていて、もう片方は、いつも、灯のとどかぬ、どこか遠くにある。私は、その、片方だけを、照らし続ける。それが、私の、見える範囲の、すべてだから。
恋人たちのことも、私はおぼえている。
私の灯のもとは、待ち合わせの場所だった。
ひとりの男が、毎週、火曜の晩に、私の足もとに立った。彼は煙草を吸わなかったから、ただ手持ちぶさたに、私の鉄の胴を、靴の先でこつこつと叩いた。やがて遠くから、ひとりの女が、急ぎ足でやってくる。女の顔が私の灯の輪に入ると、男の肩から、ふっと力が抜けるのが、私には見えた。物には、人の肩の力が抜ける瞬間が、はっきりと見える。
ふたりは、いつも私の灯のもとで会い、どこかへ消え、そしてまた、つぎの火曜にやってきた。
ある火曜、女は来なかった。
男は、いつもより長く、私の足もとに立っていた。私の灯が、彼の影を、石畳のうえに長く伸ばしていた。彼は何度も、女が来る道のほうを見た。やがて、彼の肩は、ついに力が抜けることなく、こわばったまま、ひとりで帰っていった。
つぎの火曜も、その男は来た。女は、もう来なかった。
私は、男が、私の足もとで誰かを待つのを、それから一年ほど、見ていた。だんだん、彼の来る間隔は遠くなり、そして、ある冬の晩を最後に、彼は二度と来なくなった。私は、彼が来なくなった理由を知らない。物は、人の事情を知らない。私が知っているのは、ただ、私の灯の輪のなかに、もうあの男の影が落ちなくなった、ということだけだ。
灯すことしかできぬ私には、彼を引きとめる術はなかった。
けれど私は、彼が私の足もとで待っていたあいだ、ずっと、いちばん明るく灯していた。それが、私のできる、ただひとつのことだったから。せめて、彼の待つ顔が、暗がりに沈まぬように。せめて、来るかもしれぬ女が、彼を、ひと目で見つけられるように。私はそのために、自分の熱を、惜しまなかった。
来なかった女のことを、私は責めない。物は、誰のことも責めない。私はただ、見送るだけだ。
戦争のことを、私はおぼえている。
ある時期、人々は私に、黒い布をかぶせた。
夜になっても、私は灯すことを許されなかった。空から、火を落とす機械が来るのだという。光は、的になるのだという。だから私は、目を覆われた者のように、ただ闇のなかに立っていた。灯せないということが、私にとって、どれほど苦しいことか、人にはわかるまい。灯すことしかできぬ者から、灯すことを奪うのは、その者から、生きることを奪うのにひとしい。
それでも私は、立っていた。
布の下で、私は、人々の足音だけを聞いていた。明かりを持たぬ人々が、手さぐりで、私の足もとを通り過ぎていく。母が子を背負い、低い声で何かを口ずさんでいた。私の鉄に、その声が、かすかに触れた。
眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
それは、子守唄だった。火の落ちてくる夜に、母は、背の子に、星が海をわたるまでお眠り、と歌っていた。空には星もなく、ただ、遠くで赤いものが燃えていた。それでも母は、星のことを歌った。私は、灯せないまま、その唄を、自分の鉄のなかにしまった。物は、しまうことだけは、いくらでもできる。
やがて、火は落ちてこなくなり、人々は、私から黒い布を取り去った。
久しぶりに灯したとき、私の灯のもとには、見おぼえのある顔は、ほとんどなかった。多くの人が、もういなかった。私の灯の輪のなかを、新しい顔が、おそるおそる通り過ぎていった。けれど、彼らもまた、つぎの一歩ぶんの明るさを、私に求めていた。私は、また灯した。灯せることが、こんなにもありがたいものだとは、布をかぶせられるまで、私は知らなかった。
布を取り去られた最初の晩、ひとりの老婆が、私の足もとに、長いこと、立っていた。
彼女は、何も持たず、何も買わず、ただ、私の灯を、見あげていた。やがて、しわだらけの手を伸ばして、私の鉄の胴に、そっと、触れた。「また、点いたんだねえ」と、彼女は、誰にともなく言った。「あの子も、これを見たら、安心するだろうに」――その「あの子」が、どこへ行ったのか、私は知らない。物は、人の事情を知らない。けれど、彼女の手のひらが、私の冷えた鉄に、しばらく、温みを移していったことだけは、私の鉄が、おぼえている。
老婆は、それきり、来なかった。けれど、私は、彼女が私に触れた箇所を、いまも、おぼえている。物の体には、触れられた記憶が、いつまでも残る。撫でられた箇所はやわらかく、叩かれた箇所はかたく、忘れられた箇所だけが、錆びていく。私の胴の、あの一点は、八十年たったいまも、ほかのどこよりも、なめらかだ。
季節というものを、私は、足もとから知る。
人は、空を見て季節を知るのだろう。私は、空も見るけれど、それよりも、私の足もとを過ぎていくものの色で、季節を知る。春は、誰かの落としていった、桜の花びらが、私の足もとの石畳の隙間に溜まる。夏は、子どもらの素足の影が、私の灯のなかで、いつまでも長い。秋は、枯れ葉が、風に追われて、私の足もとを、かさこそと巡る。そして冬は――冬は、私の灯の輪のなかでだけ、雪が、ふしぎなほど、ゆっくりと、舞う。
私は、雪が好きだ。
物に好き嫌いがあるのか、と人は笑うかもしれない。けれど、私には、ある。雪の夜、私の灯は、いちばん、美しいのだ。私の放つ光の一粒一粒が、降りてくる雪の一片一片に宿り、私の灯の輪が、まるごと、しずかに、輝く。その輪のなかを、襟を立てた人が、白い息を吐いて、通り過ぎていく。彼らは、知らない。自分が、いま、どれほど美しいもののなかを、歩いているかを。
雪の夜だけは、人々は、少し、足をゆるめた。
急ぎ足の時代になっても、雪の夜だけは、人々は、私の灯の輪のなかで、ふと、立ちどまり、空を見あげた。降りしきる雪を、見あげた。そのとき、彼らの顔は、子どものころの顔に、戻った。私は、その顔を、見るのが好きだった。せわしない時代に、私が見ることのできる、数すくない、ゆるんだ顔だった。
雪は、やがて溶ける。人の足あとも、やがて消える。けれど、私は、その足あとの、ひとつひとつを、おぼえている。物は、消えていくものを、おぼえておくために、立っているのかもしれない。
電球を、何度も替えられた。
私の灯は、私自身ではない。私の灯は、私の頭のなかにおさめられた、ひとつの硝子の球だ。その球が、熱を持ち、光を放ち、やがて尽きる。尽きると、人がやってきて、古い球を抜き、新しい球を入れる。そうして私は、また灯る。
最初の球のことを、私はおぼえている。やわらかな、飴色の光だった。つぎの球は、もう少し白かった。戦後にきた球は、ずいぶん明るかったが、なんだか、せわしない光だった。そのつぎ、そのまたつぎ。私は何度も、自分の灯を取り替えられた。
ふしぎなのは、球が替わるたびに、私の見ているものまで、少しずつ、替わっていったことだ。
飴色の光のころ、人々は、ゆっくり歩いていた。私の灯のもとで、立ちどまって、言葉を交わした。白い光のころから、人々は、足を速めはじめた。私の灯のもとで立ちどまる者は、減っていった。みな、どこかへ急いでいた。私の灯の輪は、彼らにとって、もはや留まる場所ではなく、ただ通り過ぎる、明るいひと区切りにすぎなくなっていった。
それでも、私は、灯し続けた。
留まる者がいなくても、私は灯す。立ちどまる者がいなくても、私は灯す。なぜなら、私の灯は、留まるためのものではなく、通り過ぎるためのものでもなく、ただ、そこに闇があるあいだ、それを、いくらかでも、退けておくためのものだから。誰のためというのでもない。ただ、夜のために。ただ、ここを通る、すべての足のために。
子どもたちが、私を相手に遊んだ時期もあった。
ある夏、近所の子どもたちが、私の足もとを、陣地にして遊んだ。私の鉄の胴を、彼らは「家」と呼んだ。鬼ごっこで逃げてきた子が、私に触れると、「セーフ」になるのだった。私は、子どもたちの避難所だった。
私に触れる、小さな、汗ばんだ手のひらを、私はおぼえている。
ひとりの男の子は、よく、いちばん最後まで、私の足もとに残った。みなが帰っても、彼だけは、私にもたれて、空を見あげていた。家に帰りたくない事情が、何かあったのかもしれない。物は、人の事情を知らない。けれど、その子が、私にもたれているあいだだけ、私は、いつもより少し、明るく灯していた。物にできるのは、それくらいのことだ。
その子も、やがて大きくなり、私にもたれなくなり、私の足もとを、足早に通り過ぎる、ひとりの大人になった。
ある晩、その大人が、誰かと並んで、私の灯のもとを通った。隣には、若い女がいた。彼は、女に何かを話しながら、ふと、私を見あげた。一瞬、その目に、遠いものを見るような色が、よぎった気がした。私にもたれて空を見あげていた、あの夏のことを、彼はおぼえていただろうか。物はおぼえている。けれど、人は、忘れることができる。忘れられることもまた、人の、ひとつの幸福なのかもしれないと、私は、灯しながら、思う。
文字を書く者も、私の灯を、頼りにした。
ある時期、ひとりの絵描きが、夜ごと、私の足もとに、小さな折りたたみの椅子を置いて、坐っていた。彼は、私の灯のもとで、画板を膝にのせ、四つの道を行き交う人々を、素早い手つきで、写しとっていた。彼の鉛筆が、紙のうえを走る音を、私は、いまもおぼえている。さら、さら、と、それは、葉に降る雨のような音だった。
絵描きは、貧しいようだった。上着の肘は擦り切れ、靴の踵は片減りしていた。けれど、私の灯のもとで絵を描いているときの彼は、世界でいちばん豊かな男のように見えた。彼は、ときどき、私を見あげて、私のことも、描いた。私は、自分の姿を、見ることができない。物は、自分を映すものを、持たない。だから、私が、どんな姿で立っているのかを、私は、その絵描きの目を通して、初めて、知った。
「お前さんは、なかなか、いい顔をしているよ」
ある晩、絵描きは、描きあげた私の絵を、私のほうへ向けて、そう言った。紙のうえの私は、少し傾いで、傘の縁が錆び、けれど、その灯だけが、やけにあたたかな色をしていた。私は、自分が、そんなふうに、人の目に映っていたことを、知らなかった。物は、見ることはできても、見られている自分を、知ることはできない。絵描きは、私に、それを、教えてくれた。
その絵描きも、ある冬を境に、来なくなった。
折りたたみの椅子だけが、しばらく、私の足もとに、置き去りにされていた。雪をかぶり、雨に濡れ、やがて、誰かが片づけたのか、なくなった。私を描いたあの絵が、いまどこにあるのか、私は知らない。けれど、もし、どこかに、まだ残っているのなら――紙のうえの私は、いまも、あのあたたかな色で、灯っているのだろう。物は溶けても、物を写したものは、残ることがある。それは、物にとっての、ささやかな、永遠かもしれない。
私は、たくさんの別れを、見おろしてきた。
別れは、いつも、私の灯のもとで起こるとはかぎらない。むしろ、ほんとうの別れは、私の灯のとどかぬ、どこか遠くで起こるのだろう。私が見るのは、その、別れの、ほんの端っこだけだ。
たとえば、ひとつの引っ越し。
ある家族が、トラックに荷物を積んで、私の灯のもとを、最後に通り過ぎていった。荷台のうえに、子どもの自転車が、横倒しに括りつけられていた。後ろの座席で、小さな子が、窓に手をあてて、私の灯のほうを、いつまでも見ていた。その子にとって、この角は、生まれてからずっと見てきた角だったのだろう。私の灯は、その子の夜の、ひとつの目印だったのかもしれない。
トラックは、角を曲がって、消えた。私は、見送った。私にできるのは、その子が見えなくなるまで、いちばん明るく灯していることだけだった。
たとえば、ひとつの葬列。
黒い服の人々が、列をなして、私の灯のもとを通り過ぎたことがあった。先頭の人が、白い箱を、胸に抱いていた。誰も、言葉を発しなかった。私の灯だけが、彼らの足もとを、しずかに照らした。私は、その白い箱のなかにいるのが、かつて私の足もとを通ったことのある誰かなのか、知らない。物は、人の顔をおぼえても、人の死を、知らされない。
たとえば、ひとつの仲たがい。
ある晩、ふたりの男が、私の灯のもとで、声を荒らげていた。何を争っていたのか、物には、言葉の中身まではわからない。けれど、彼らの声が、だんだん高くなり、やがて、ひとりが、もうひとりに、背を向けて、足音荒く、去っていったことは、わかった。残されたほうの男は、しばらく、私の灯のもとに、立ちつくしていた。それから、追いかけることもせず、反対の道へ、肩を落として、去っていった。
ふたりは、二度と、いっしょに私の灯を通ることは、なかった。
別々に、それぞれの足音で、彼らは、その後も、何度か、私の灯のもとを通った。けれど、けっして、同じ晩には、通らなかった。まるで、たがいの足音を、避けあうように。私は、灯すことしかできない。仲を取りもつことも、どちらかに伝えることも、できない。ただ、ふたりの足音が、もう二度と重ならないことを、灯しながら、見ているしかなかった。和解は、私の灯のとどかぬ、どこか遠くで、起こったのかもしれない。あるいは、起こらなかったのかもしれない。物は、続きを、見ない。
けれど、私は、なんとなく、わかるのだ。
ある夜から、ある足音が、ぱたりと、私の灯の輪を通らなくなる。それが、その人の、別れの合図だ。私は、誰の足音が消えたかを、いつも、後になって気づく。そして、気づいたときには、もう、見送るための、その人の姿は、どこにもない。物の別れは、いつも、後手にまわる。私は、いつも、別れの、ずっと後ろに、立っている。
そして、出会いも、私は見てきた。
別れがあるのと同じだけ、いや、それよりも多く、私の灯のもとには、出会いがあった。
私の灯のもとで、初めて言葉を交わしたふたりが、やがて毎晩、私の灯のもとで会うようになる。私の灯のもとで握り合った手が、季節をまたいで、まだ握り合っている。私の灯のもとで生まれた約束が、私の知らぬ場所で、果たされていく。私は、その始まりだけを見て、続きを、見ない。
いちばんよく、おぼえているのは、ある晩の、ひとりの少女だ。
その子は、傘も持たず、夕立に降られて、私の足もとに、駆けこんできた。私の傘の縁は、雨を、いくらか、しのいでくれる。けれど、しょせんは、鉄の傘だ。その子は、半ば濡れねずみになって、私の鉄の胴に、背中をくっつけて、雨のやむのを、待っていた。そこへ、もうひとり、やはり傘を持たぬ少年が、駆けこんできた。ふたりは、私というひとつの細い柱を、分けあうようにして、雨を、しのいだ。
ふたりは、初めは、ぎごちなく、黙っていた。やがて、どちらからともなく、笑いだした。雨のなかを、傘も持たずに走ってきた、たがいの間の悪さが、おかしかったのだろう。私の灯のもとで、ふたりの笑い声が、雨の音に、混じった。雨があがるころには、ふたりは、もう、何やら、楽しげに、話しこんでいた。
私は、その、出会いの始まりを、照らした。
ふたりが、その後、どうなったのか、私は知らない。けれど、それから何年も、ある夫婦が、毎年きまって、夕立の季節になると、私の足もとに来て、しばらく、私を見あげていくのを、私は見た。男のほうは、決まって、「ここで、雨宿りしたんだよなあ」と言い、女のほうは、決まって、「あなたが、ずぶ濡れで、おかしかったわ」と笑った。私の足もとは、ふたりにとって、始まりの場所だった。私は、それを照らしたことを、誇りに思う。物にも、誇りはある。
それでも私は、知っている。
私の灯のもとを通り過ぎたすべての足は、どこかで、誰かと出会い、どこかで、誰かと別れ、そしてまた、別の誰かと出会っていく。私の灯は、その、無数の出会いと別れの、ほんの一点を照らしているにすぎない。けれど、その一点を照らすことに、私は、八十年を、捧げてきた。
子守唄を、私は、何度も、聞いた。
布をかぶせられた、あの火の夜の母だけではない。八十年のあいだ、私の灯のもとを、いくつもの母が、子を抱いて、あるいは背負って、通り過ぎていった。そして、その何人かは、低い声で、あの唄を、口ずさんでいた。
眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
ふしぎなものだ。時代が変わり、人々の足が速くなり、私の灯のもとで立ちどまる者が減っていっても、母が子に歌う唄だけは、変わらなかった。同じ節まわしで、同じ言葉で、母から子へ、子から、また、その子へと、その唄は、わたっていった。
一度、私は、こんなことを、見た。
私の足もとで、夕立を雨宿りした、あの少女――いや、たぶん、その娘なのだろう。よく似た面ざしの若い女が、ある晩、ぐずる赤ん坊を抱いて、私の灯のもとに、立ちどまった。そして、あやしながら、低い声で、あの唄を、歌いはじめた。眠れ、眠れ、と。母から娘へ、その唄は、たしかに、わたっていた。私は、それを、灯しながら、聞いた。
唄は、わたっていく。手袋は、片方だけ残されて、消えていくのに、唄だけは、片方も欠けることなく、つぎの世代の口へと、わたっていく。物にできるのは、それを、おぼえておくことだけだ。けれど、おぼえておくこと――それも、ひとつの、わたしかたなのかもしれない。私は、八十年ぶんの子守唄を、私の鉄のなかに、ぜんぶ、しまっている。
今夜、私の電球は、最後の時を迎える。
私には、わかる。物は、自分の終わりを、内側から知っている。私の頭のなかの硝子の球は、もう、ずいぶん前から、糸のような熱が、細く、心もとなく揺れている。今夜、この球は、尽きる。そして、私はもう、新しい球を入れてもらえないだろう。
なぜなら、私は、古いからだ。
少し前から、人々が、私のまわりを測り、図面を広げ、何かを話していた。私の隣に、新しい、背の高い、すらりとした柱が、すでに立てられている。あれは、私の後継だ。あの柱の頭には、私のような飴色の灯ではなく、青白い、まばたきもせぬ、つめたい光が、入るのだという。あの光は、尽きない。替えてもらう必要も、ない。あの光は、私のように、見たり、おぼえたり、しないのだろう。ただ、明るいだけの光。
明日になれば、人が来て、私を、抜くのだろう。八十年、片足を埋めてきたこの石畳から、私は、引き抜かれる。そして、どこかへ運ばれ、おそらくは、溶かされ、何か別のものに、なる。私の鉄のなかにしまわれた、八十年の記憶も、そのとき、いっしょに、溶ける。
私の隣に立った新しい柱に、私は、何度も、話しかけてみた。
物どうしが、口をきけるわけではない。けれど、八十年も立っていれば、隣に立つものの気配くらいは、わかる。私は、隣の柱に、伝えたかった。この交差点のことを。最初の冬に泣いた女の子のことを。火曜の男のことを。夕立で雨宿りした少女のことを。月光書房のことを。子守唄のことを。けれど、隣の柱は、私の気配を、まるで、受けとらなかった。彼は、つるりとして、新しく、何も、しまっていなかった。彼の体には、まだ、ひとつの記憶も、刻まれていなかった。
それも、当然だ、と私は思った。
記憶は、渡せない。彼は、これから、八十年かけて、彼自身の記憶を、彼自身の体に、刻んでいくのだろう。誰かが彼に触れ、誰かが彼にもたれ、誰かが彼の灯のもとで、出会い、別れていく。そうして、彼もまた、いつか、私のように、見送る者に、なるのだろう。私が、彼に教えてやれることは、何もない。物は、自分の時間を、自分で、生きるしかない。
ただ、ひとつ、彼に、ねたましく思うことが、あった。
彼の光は、尽きない、ということだ。彼は、電球を、替えてもらう必要が、ない。彼は、目を覆われ、また開かれる、あの苦しみを、知らずにすむ。けれど――と、私は、思いなおした。尽きない光は、しあわせなのだろうか。尽きるからこそ、私は、最後の一灯を、惜しまずにこぼせるのではないか。終わりがあるからこそ、最後に照らす誰かが、いとおしいのではないか。尽きない光に、最後の夜は、来ない。私には、来る。だから私は、彼を、もう、ねたまないことにした。
それでいい、と私は思う。
物は、終わりを、こばまない。終わることもまた、立っていることの、ひとつなのだから。私は、最後まで、立っていよう。最後の熱が尽きるまで、私は、灯していよう。それが、私という街灯の、生き方だった。
ただ、ひとつだけ、私には、願いがある。
最後に灯す、その光のなかに、誰かを、照らしたい。
夜が、来た。
私は、いつものように、自分の内側に、熱を点した。今夜の熱は、いつもより、ずっと弱い。私の灯の輪は、いつもより、ずっと小さい。石畳に落ちる光は、震えている。それでも、私は、灯った。八十年で、いちばん心もとない、けれど、八十年で、いちばん、いとおしい灯だった。
通りには、人が少なかった。
夜が更けるにつれ、足音は、まばらになっていった。私の弱い灯のもとを、いくつかの影が、気づくこともなく、通り過ぎていった。残業帰りらしい男。自転車を押す老人。傘を畳む若者。みな、私が今夜で終わることを、知らない。知らなくていい。物の終わりは、誰にも、知らされないものだ。
私の隣の、新しい柱は、まだ、灯っていなかった。明日から、彼が、ここを照らすのだろう。彼の青白い光は、きっと、私の飴色の灯よりも、ずっと遠くまで、とどくのだろう。けれど、彼は、見るだろうか。おぼえるだろうか。私が、八十年かけて、見て、おぼえてきたものを。
私は、最後の夜に、もういちど、四つの道を、見わたした。
東の道。引っ越しのトラックが、曲がって消えた道だ。西の道。火曜の女が、ついに来なかった道だ。南の道。葬列が、白い箱を抱いて、過ぎていった道だ。そして、北の道。月光書房の、藍色の戸が、彗星の夜にだけ、ひらかれた、あの角のある道だ。四つの道は、いまも、それぞれの闇のなかへ、まっすぐに、伸びている。私は、その交わるところに、立っている。出会いと別れの、ちょうど、まんなかに。
八十年、私は、この四つの闇の、結び目だった。
人々は、それぞれの道から、この結び目へ、やってきて、また、それぞれの道へ、ほどけていった。私は、その、結ばれ、ほどける、ひとときを、照らした。結び目は、いつまでも、結ばれてはいない。やがて、ほどける。けれど、ほどけるために、いちど、結ばれる。私の灯のもとは、そういう場所だった。私は、それを、誇りに思う。物にも、誇りはある。
私は、彼に、何も、引き継ぐことができない。
物から物へ、記憶は、渡せない。私の記憶は、私の鉄のなかにしかなく、その鉄が溶ければ、すべては、消える。あの最初の冬に泣いた女の子も、火曜の男も、布の下で聞いた子守唄も、礼を言ってくれた書店の老人も、みな、私といっしょに、溶けて、消える。
それでいい。
私は、引き継ぐために、見てきたのではない。私は、ただ、見てきた。見て、おぼえて、灯してきた。それだけで、よかったのだ。誰かに伝えるためでも、何かを残すためでもなく、ただ、その場に、立ち会うために。物の役目は、立ち会うことだ。立ち会って、見届けて、そして、消えること。
私の灯が、ふっと、一度、暗くなった。
ああ、と私は思った。いよいよだ。私の球のなかの、細い熱の糸が、最後の力を、ふりしぼっている。あと、わずかだ。私は、最後の熱を、惜しまずに、こぼした。来るなら、いま、来てほしい。私の最後の光のなかを、通る誰かが、いるのなら。
そのとき、空を、星が、横切った。
それは、蒼白い、長い尾を引く星だった。
四つの道の、どの空にも見える、高いところを、その星は、しずかに、渡っていった。尾は、夜空に、淡い筋を引いた。私は、八十年、夜空を見あげてきたが、この星を見たのは、数えるほどしかない。けれど、見るたびに、わかった。これは、長く忘れられていた星が、また、巡ってきたのだ、と。
私は、その星を、おぼえている。
私が立てられた、最初の冬にも、この星は、空を渡った。あのとき、私の灯は、まだ若く、強かった。あのとき、斜向かいの月光書房は、すり硝子の向こうに、橙色の灯をともしていた。店主は、店先に出て、この星を、見あげていた。そして、いまもまた、この星が、来た。
私は、ふと、斜向かいを見た。
無人の硝子戸のなかに――ほんの、まばたきほどのあいだ――橙色の、やわらかなあかりが、灯ったような、気がした。本の背が、ずらりと並び、その奥に、襟もとまで釦をとめた、背の高い人影が、私のほうを見て、かすかに、頷いたような。
けれど、それは、私の、最後の熱が見せた、幻だったかもしれない。瞬きをするように、あかりは、消えた。硝子戸のなかは、また、埃の舞う、ただの闇に、戻った。
星は、まだ、空を渡っていた。
その星の光のもとを、ひとりの母親が、子を抱いて、私の灯のほうへ、歩いてきた。
母親は、若かった。
腕のなかの子は、まだ、ごく小さかった。眠っているのか、起きているのか、母親の肩に顔をうずめて、じっとしていた。母親は、急ぐふうでもなく、ゆっくりと、私の灯の輪のほうへ、近づいてきた。そして、ちょうど、私の灯の、いちばん明るいところで、ふと、足をとめた。
彼女は、空を見あげた。
ちょうど、星が、渡っていた。母親は、しばらく、その蒼白い尾を、見ていた。それから、腕のなかの子に、頬を寄せて、小さな声で、何かを、言った。
「ほら、見て。お星さまが、お空を、渡っていくよ」
子は、答えなかった。眠っていたのかもしれない。母親は、それでもかまわぬように、子の背を、ゆっくりと、とんとんと、叩いた。そして、ごく低い声で、口ずさみはじめた。
眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
私は、その唄を、知っていた。
私の鉄のなかに、ずっと、しまわれていた唄だった。あの、火の落ちてくる夜に、母が、背の子に歌っていた、あの唄だった。あのとき、私は、灯すことを許されず、ただ、闇のなかで、その唄を聞いた。そして、いま、私は、灯しながら、ふたたび、その唄を、聞いている。
私の灯の輪のなかで、若い母親が、星の渡る空の下で、眠る子に、その唄を歌っている。
私の、最後の灯のなかで。
私は、すべての熱を、その親子のうえに、こぼした。
弱り果てた私の球が、最後の、ありったけを、ふりしぼった。私の灯は、ほんの一瞬、八十年でいちばん、あたたかな飴色に、燃えた。母親の頬が、その光に、やわらかく染まった。子の、小さな寝顔が、その光に、ふっと、浮かびあがった。星の、蒼白い尾が、空に揺れた。月光書房のあった角の闇が、ほんの少し、退いた。
私は、この瞬間のために、八十年、立っていたのだ、と思った。
最初の冬に泣いた女の子の、片方だけの赤い手袋。火曜の男の、こわばった肩。引っ越していった子の、窓にあてた手のひら。白い箱を抱いた、黒い列。私にもたれて空を見あげた、夏の男の子。礼を言ってくれた、書店の老人。布の下で聞いた、星と海の子守唄。そのすべてが、いま、この、最後の光の、なかにある。私が見て、おぼえてきた、八十年の、すべてが。
母親は、唄いおえると、もう一度、空を見あげ、それから、私の灯のほうを、ちらりと、見た。
見たのだ。
八十年、誰も、私を見なかった。みな、灯を見て、私を見なかった。けれど、その若い母親は、たしかに、私のほうを、見た。そして、ほんの少し、ほほえんだ。まるで、こんなに明るく照らしてくれて、ありがとう、とでも言うように。
物にむかってほほえむ人間を、私は、書店の老人いらい、知らなかった。
私は、その、最後のほほえみを、受けとった。受けとって、そして、私の熱は、尽きた。
私の灯は、消えた。
ふっ、と、まるで息を吐くように、私の飴色の光は、夜のなかに、溶けた。私の灯の輪は、なくなった。四つの道の闇が、いっせいに、私の足もとまで、戻ってきた。八十年ぶりに、私の足もとは、暗かった。
けれど、母親は、もう、私の灯を、必要としていなかった。
彼女は、子を抱いたまま、星明かりのなかを、ゆっくりと、歩いていった。私の灯が消えても、空には、星の、蒼白い尾が、まだ、淡く、残っていた。母と子は、その星の光のもとを、私の足もとを離れて、つぎの闇のほうへ、つぎの一歩のほうへ、歩いていった。
私は、もう、灯すことができない。
見送ることしか、できない。けれど、見送ることなら、できる。私は、灯の消えた目で、その母と子が、闇に紛れて、見えなくなるまで、見送った。それが、私の、八十年で、いちばん最後の、つとめだった。
星が、空を、渡りきった。
尾が、すうっと、消えた。
そして、私は、ただの、暗い鉄の柱に、なった。
朝が、来るだろう。
人が、来るだろう。彼らは、私の灯が消えていることに気づき、ああ、寿命だ、と言うだろう。そして、図面のとおり、私を、石畳から、引き抜くだろう。私の隣の、青白い柱が、今夜から、ここを照らすだろう。彼の光は、尽きない。彼は、見ないし、おぼえない。ただ、明るい。それで、いいのだ。
私は、運ばれ、溶かされ、何か別のものに、なるだろう。
私の鉄のなかの、八十年は、そのとき、消えるだろう。最初の冬も、火曜の男も、子守唄も、書店の老人も、最後の母と子も、みな、いっしょに、溶けるだろう。誰も、それを、知らない。物の記憶は、物とともに、消える。それが、物の、さだめだ。
けれど、いいのだ。
私は、引き継ぐために、見てきたのではなかった。残すために、灯してきたのでもなかった。私は、ただ、立ち会うために、ここに、立っていた。八十年、片足を石畳に埋めて、動けず、振り向けず、声もあげられず、ただ、灯すことだけをして、人々の、出会いと、別れを、見おろしてきた。
そして、最後に、私は、星の渡る空の下で、子守唄を歌う、母と子を、照らした。
それで、よかった。
私は、灯すことしかできなかった。けれど、その、灯すことしかできない私が、八十年のいちばん最後に、いちばん照らしたい人を、照らすことができた。物の生に、もし、しあわせというものがあるのなら、それは、たぶん、こういうことだ。
夜が、ふけていく。
私は、もう、暗い。けれど、私の鉄のなかには、まだ、最後の光の、あたたかさが、残っている。それは、夜明けまで、消えないだろう。そして、夜が明けて、人が来て、私が引き抜かれる、その瞬間まで、私は、その、最後のあたたかさを、抱いて、立っているだろう。
立つことだけは、まだ、できる。
灯せなくなった、いまも。
私は、ずっと、ここに、立っていた。そして、最後の夜に、ひとつの子守唄を、灯のなかに、聞いた。星が、海をわたるまで――と、その唄は、歌っていた。私の灯は、もう、海をわたらない。けれど、私が照らした、あの母の腕のなかで、ひとりの子が、星の渡る空の下を、これから、いくつもの夜を、わたっていくのだろう。
私は、その最初の、ひと夜ぶんの明るさに、なれた。
それだけで、八十年は、報われた。