月光書房
子の刻 ・ 真夜中 ・ 第 三 話

天井の隅から

桐山 慎
幽霊譚・死者の側 ・ 死者の視点 ・ 約26頁

死んでみてはじめて分かったのだが、人は死んでもすぐには行かないものらしい。

少なくとも私は行かなかった。三日前の火曜日の夕方、台所の流しの前で、私はことりと音もなく傾いて、それきり戻らなかった。湯呑みが割れた。誰も拾わなかった。私自身も拾えなかった。手というものが、もう私の言うことをきかなかったからだ。

それでも私は、ここにいる。

天井の隅のあたり、煤けた木目のすぐ下、長押の上の埃の積もったところ、ちょうどそのあたりに、私はぼんやりと浮いている。浮いている、というのも正確ではない。私には重さがないから、上も下もよく分からない。ただ、いちばん落ち着く場所がそこなのだ。生きていたころ、私はこの家のどこにいても、自分の居場所がよく分からない人間だった。死んでもそれは変わらないらしい。

死んだ最初の夜は、何が起きたのか、よく分からなかった。

気がつくと私は、自分の体を、上から見ていた。台所の床に倒れた私を、妻が見つけて、私の名を呼んで、揺すって、それから、近所へ走った。私はその一部始終を、台所の天井のあたりから、ただ見ていた。妻が私の名を呼ぶたびに、私は、ここだ、ここにいる、と答えたが、声は出なかった。妻には聞こえなかった。私は、自分が死んだのだ、ということを、そのとき、ようやく理解した。理解しても、別に、怖くはなかった。痛くもなかった。ただ、妻に、ここにいる、と伝わらないことだけが、もどかしかった。

医者が来た。医者は、私の脈を取り、瞼を開けて、それから、首を横に振った。心臓だろう、と言った。眠るように逝かれたのでしょう、苦しまれなかったはずです、と。妻は、はい、と言って、頭を下げた。私は、ありがとうございます、と医者に言いたかったが、それも言えなかった。

それから三日が、過ぎた。

三日のあいだに、私の体は、清められ、白い着物を着せられ、座敷に寝かされた。納棺はまだだ。今夜が通夜で、明日が葬儀だと、誰かが言っていた。私は、その三日のあいだ、ずっと、この家の中を、漂っていた。出ていこうと思えば、出ていけたのかもしれない。けれど、出ていけなかった。何かが、私を、この家につなぎとめていた。

下では、いま、私の通夜が営まれている。

座敷の襖はみな取り払われて、八畳と六畳がひと続きの広間になっている。これは婚礼や法事のときにだけする使い方で、ふだんは私と妻のふたり暮らしには広すぎるからと、襖でぴしりと閉てて、半分は物置のように使っていた。その襖がいま、ぜんぶ外されて廊下の隅に立てかけてある。家がこんなに広かったのかと、私は他人事のように見下ろしている。

座敷のいちばん奥に、白い布のかかった台がある。その上に、私が寝ている。

妙なものだ。私はいま天井の隅から、布団に寝かされた私自身を見下ろしている。頬がこけて、鼻ばかりが高くなって、生きていたころよりずっと立派な顔をしている。死ぬと人は立派になるらしい。誰かが私の顔に白い布をかけ、線香を立て、燭台に火を入れた。月光堂、と藍色の小さな箱に銀の三日月が刻んであるのが見えた。深い藍色のマッチ箱だ。妻が、いつ買ったものか、その箱から一本すって、燭台に火を移した。ぱっ、と硫黄の匂いが立ちのぼる。私はその匂いを、嗅げない。けれども覚えている。匂いを覚えているということと、嗅ぐということは、まるきり別のことなのだと、私は死んではじめて知った。

座敷には人が集まっている。

兄が来ている。十年ぶりだ。私と兄は、父の土地のことでつまらない諍いをして、それきり口をきいていなかった。その兄が、いま、私の枕元にきちんと正座して、膝の上で両の拳を握りしめている。兄の背広は、肩のあたりがてらてらと光っている。法事のたびに着る、古い喪服なのだろう。兄も年をとった。私が死ぬのを待っていたわけでもあるまいに、こうして来てくれた。私は、ありがとう、と言いたかった。けれども声は出ない。出ても、たぶん誰にも届かない。

隣近所の人が三人ばかり、台所のほうで茶碗を洗っている。煮しめの匂いがする。誰が作ったのか、大皿に里芋と人参とこんにゃくの煮しめが盛られて、座敷の隅の台に置いてある。あれは隣の奥さんの味だ。私は生きていたころ、あの煮しめが好きだった。妻には言わなかったが、隣の奥さんのほうが煮しめは上手だった。死んだいま、それを言えなかったことが、なぜか少し心残りだ。

そして、妻がいる。

妻は、私のすぐそばに座っている。黒い着物を着て、髪をきちんと結って、背筋をのばして、私の白い布のかかった顔を、じっと見ている。泣いてはいない。妻は人前では泣かない人だった。四十年連れ添って、妻が泣くのを、私は数えるほどしか見たことがない。

その妻を、私はいま、心残りに思っている。

私には、ふたつの心残りがある。

ひとつは、言えなかった一言だ。

もうひとつは、片方だけの手袋の在りかだ。

順に話そう。死んだ者には、時間だけはたっぷりある。

言えなかった一言、というのは、つまり、ありがとう、ということだ。

なんでもないことのようだが、これが言えなかった。四十年、とうとう言えなかった。

私は不器用な男だった。職人の家に生まれて、口より先に手が動くのが値打ちだと教えこまれて育った。指物師の修業をして、簞笥や机を作って暮らしを立てた。木は正直だ。鉋をかければかけただけ、光る。継手は、寸法が合えば、きっちり合う。合わなければ、合わない。それだけのことだ。言葉はいらない。

だから私は、家でも言葉を使わなかった。

妻が朝、味噌汁をよそってくれる。私は黙って飲む。妻が私の仕事着のほころびを縫ってくれる。私は黙って袖を通す。妻が、私のいない昼間に、工房の鉋屑を掃いて、刃物に油を引いておいてくれる。私は黙って、また仕事をする。ありがとう、とは、言わない。言わなくても伝わると、私は思っていた。

伝わっていなかったかもしれない、と気づいたのは、死んでからだ。

死んで天井の隅から見下ろしてみると、妻の手が見える。あの手は、私の知らないあいだに、ずいぶんと年をとっていた。指の節が太くなって、爪のかたちが平たくなって、甲には染みが浮いている。あの手が四十年、私のために動いていた。その手に、私は一度も、ありがとう、と言わなかった。

いまになって言いたい。けれども声は出ない。

ありがとう、という言葉について、もう少し、話させてほしい。死者には、時間だけはたっぷりあるのだから。

私の父も、ありがとうと言わない人だった。父の父も、たぶん、言わなかったのだろう。私の家は、代々、指物師の家で、男はみな、口の重い者ばかりだった。木を相手にする商売だからか、と私はずっと思っていた。木は、言葉を返さない。鉋をかければ削れ、削りすぎれば二度と戻らない。木と向き合っているうちに、人は、言葉というものを、信用しなくなるのかもしれない。言葉は、いくらでも取り消せて、いくらでも嘘がつける。木は、嘘がつけない。だから、私は、木のほうを信じた。

けれど、それは、たぶん、言い訳だった。

私は、ただ、照れていたのだ。妻に、ありがとう、と言うのが、照れくさかった。たったそれだけのことだった。たったそれだけのことのために、私は、四十年、言わなかった。

一度だけ、言いかけたことがある。

子どもらが、まだ小さかったころだ。下の子が、高い熱を出して、三日三晩、妻は寝ずに看病した。氷囊を取り替え、汗を拭き、薬を飲ませ、唄を唄った。眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。あの子守唄を、妻はずっと、唄っていた。私は、仕事があったから、ほとんど手伝えなかった。三日目の朝、熱が下がって、子どもが、けろりと粥を食べたとき、妻は、台所の隅で、こっそり、泣いていた。安堵の涙だったのだろう。

そのとき、私は、妻の背中に向かって、ありがとう、と、言いかけた。

口を開いて、息を吸って、けれど、言葉が、出てこなかった。喉のところで、つかえてしまった。結局、私は、何も言わずに、工房へ行った。鉋を、いつもより、強くかけた。木が、白く、光った。

あのとき、言っておけば、よかった。

たったひとつの「ありがとう」を、四十年、私は、喉の奥で、つかえさせたまま、死んだ。

これが、ひとつめの心残りだ。

ふたつめの、片方だけの手袋の話をしよう。

これは、もっと馬鹿げた、けれども私にとっては切実な話だ。

去年の冬、妻が私に手袋を編んでくれた。

濃い藍色の毛糸で、指の股までていねいに編んだ、手編みの手袋だった。妻は若いころ、手仕事が得意で、子どもらが小さいうちは、よくセーターや手袋を編んでいた。子どもらが家を出てからは、編むこともなくなっていた。その妻が、去年の冬、ふいに思い立ったように、毛糸を買ってきて、こたつで編みはじめた。

私のために編んでいるのだ、ということは、すぐに分かった。私の手の寸法を測るのに、妻は私の手のひらに自分の手のひらを重ねて、指の長さを見た。あんな触れ方を、妻にされたのは、いつ以来だったか。私は照れて、なんだ、と無愛想に手を引っこめた。妻は、はい、もういいです、と言って、また編みはじめた。

妻が手袋を編んでいた、ひと月ほどのあいだのことを、私は、いまでも、よく覚えている。

夜になると、妻は、こたつに入って、毛糸を膝に乗せて、編んだ。針が、かちかちと、小さな音を立てた。私は、その向かいで、新聞を読むふりをして、ほんとうは、妻の手の動きを、見ていた。妻の指は、もう若くはなかったけれど、編むときだけは、ふしぎと、なめらかに動いた。藍色の毛糸が、少しずつ、手袋のかたちになっていくのを、私は、何も言わずに、見ていた。

一度、妻が、ふと顔を上げて、私と目が合った。

「なんですか」と妻が言った。

「いや」と私は言って、新聞に目を戻した。

それだけのやりとりだった。けれど、あの夜の、こたつの温かさと、毛糸の藍色と、針のかちかちという音を、私は、死んだいまも、覚えている。覚えているどころか、あの夜のことばかり、思い出す。人は、死ぬと、いちばん大きな出来事ではなく、いちばん小さな、なんでもない夜のことを、いちばんよく、思い出すものらしい。

手袋ができあがったのは、年が明けてからだった。

妻は、はい、と言って、私の前に藍色の手袋を置いた。私は、おう、と言って受け取った。それだけだ。きれいだとも、ありがとうとも、温かいとも、何も言わなかった。私は不器用な男だったから。

はめてみると、ぴったりだった。指の股まで、私の手のかたちに、吸いつくようだった。妻は、私が手のひらを測られたときの寸法を、ちゃんと、覚えていたのだ。私は、その吸いつくような感触に、胸の奥が、じんと熱くなった。けれど、それも、口には出さなかった。ただ、おう、ぴったりだ、と、それだけ言った。妻は、よかった、と言って、笑った。あの笑い顔を、私は、いまも、覚えている。

その手袋を、私は気に入っていた。気に入っている、とは口に出さなかったが、毎朝、工房へ行くのに、必ずはめていった。藍色の毛糸は、すぐに鉋屑や木の粉がついて、薄汚れた。それでも私は、その手袋が好きだった。妻の手のひらの寸法で編まれた手袋だったから。

その手袋の、片方を、私はなくした。

なくしたのは、死ぬ十日ほど前のことだった。

その日、私はバスに乗って、町の金物屋まで鑿を研ぎに出した。帰り道、バス停で降りて、家まで歩いた。途中の橋のところで、私はポケットから手を出して、欄干にもたれて、川を見た。冬の川は水が少なくて、瀬の音だけが大きかった。

そのとき、片方の手袋を、どこかに落としたのだ。

家に帰って、はじめて気づいた。右手の手袋がない。私はあわてて来た道を戻った。バス停まで戻り、橋まで戻り、地面を見て歩いた。けれども、手袋は見つからなかった。風に飛ばされたか、誰かが拾ったか、川に落ちたか。藍色の片方の手袋は、どこにもなかった。

私は、左手の手袋だけを、ポケットに入れて帰った。

妻には、言えなかった。

なくした、と言えば、妻はきっと、そうですか、と言うだけだろう。責めはしない。けれども、せっかく編んでくれたものを、私はなくした。そのことを言うのが、私にはどうしてもできなかった。

だから私は、左手の片方だけの手袋を、工房の道具箱の奥に、そっと隠した。

鑿や鉋や、墨壺や曲尺の入った、いちばん下の引き出しの、いちばん奥。そこに、片方だけの藍色の手袋を、丸めて押しこんだ。妻には見つからないように。なくしたことが、ばれないように。

そうして十日後に、私は死んだ。

これが、ふたつめの心残りだ。

工房の道具箱の、いちばん下の引き出しの、いちばん奥に、片方だけの手袋がある。妻はそれを知らない。妻が編んでくれた手袋を、私は片方なくして、もう片方を隠したまま、死んでしまった。

馬鹿げた話だ。死んでまで、手袋の心配をしている。

けれども、死者というものは、案外そういうものらしい。大きな心残りでは、なかなか行けないのではない。小さな、つまらない、馬鹿げた心残りが、足首にからみついて、私を行かせないのだ。

ありがとう、と言えなかったこと。

片方の手袋を、隠したまま死んだこと。

このふたつが、いまも私を、この家の天井の隅に、つなぎとめている。

通夜の夜は更けていく。

兄が、ぽつりと、口を開いた。

「あいつは……不器用な男でしたから」

誰に言うともなく、兄はそう言った。妻が、はい、と小さくうなずいた。

「子どものころから、口より手が先に出る。喧嘩をしても、謝るということを知らんやつでした。それで、わしとも……」

兄は、そこで言葉を切った。私との諍いのことを言いかけて、やめたのだろう。土地のことで、私たちは十年口をきかなかった。その諍いの種をまいたのは、思えば私のほうだった。私は意地を張って、兄に頭を下げなかった。下げれば済むことだったのに。私は、職人というものは頭を下げないものだと、馬鹿なことを思いこんでいた。

兄は、私の白い布のかかった顔を見て、

「もう、ええ。済んだことだ」

と、ひとりごとのように言った。

私は天井の隅で、その言葉を聞いた。

兄さん、と私は思った。すまなかった、と。意地を張って、すまなかった。あの土地など、兄さんにくれてやればよかった。たかが土地のために、十年も。

声は出ない。けれども、私の思いが、少しだけ兄に届いたのか、兄はふいに、目頭を指で押さえた。光るもののついた古い喪服の肩が、かすかに揺れた。

兄との諍いのことを、少し、話しておきたい。

父が死んだとき、父は、川沿いの小さな畑を、ひと筆、残した。たいした土地ではない。畑というより、半ば荒れた草地で、年に何度か、二束三文の野菜が穫れる程度のものだった。その土地を、兄が継ぐか、私が継ぐかで、私たちは、もめた。

いや、ほんとうは、土地など、どちらでもよかったのだ。

もめたのは、土地のことではなかった。父が、死ぬ前に、兄にだけ、何かを言い残した。それが、私には、面白くなかった。父は、長男の兄ばかりを頼りにして、次男の私を、いつも、二の次にした。子どものころから、そうだった。私は、それを、ずっと、根に持っていた。父が、最後に、兄にだけ何かを言い残したことで、その古い傷が、また、ぱっくりと開いた。

私は、兄に、食ってかかった。あんたばかり、いつも、いい子で。父さんも、あんたばかり。土地など、要らん。あんたが、ぜんぶ、取ればいい。そう言って、私は、兄の家を、出た。

それきり、十年、口をきかなかった。

馬鹿げた話だ。土地のことでも、なんでもない。ただ、私が、子どものころの傷を、いい年をして、引きずっていただけのことだ。

兄は、いま、私の枕元で、目頭を押さえている。十年、来なかった弟の通夜に、こうして、来てくれた。たぶん、兄も、ずっと、気にしていたのだろう。あの諍いのことを。仲直りの機会を、ずっと、うかがっていたのだろう。けれど、不器用な兄弟は、その機会を、とうとう、見つけられなかった。私が、死ぬまで。

「あいつは……」と兄が、また、口を開いた。「子どものころ、わしの後ろばかり、ついて回っとった。兄ちゃん、兄ちゃん、と」

兄は、ふっと、笑った。涙の混じった、笑いだった。

「それが、いつから、あんなに、突っ張るようになったのか……」

私は、天井の隅で、聞いていた。

兄ちゃん、と、私は、四十年ぶりに、心の中で、呼んでみた。兄ちゃん。すまなかった。私は、ずっと、兄ちゃんが、好きだったんだ。好きだったから、面白くなかったんだ。父さんに、兄ちゃんばかり、取られるのが。

馬鹿な弟で、すまなかった。

兄は、しばらく、私の顔を見ていた。それから、そっと、私の白い布のかかった額に、手を置いた。十年ぶりに、兄が、私に、触れた。兄の手は、節くれだって、温かかった。私には、もう、その温かさは、感じられなかったけれど、温かいだろう、ということは、分かった。

「もう、ええ」と兄は、もういちど、言った。「もう、ええ。ようやった。お前は、ようやった」

ようやった、と兄は言った。何が「ようやった」のか、私には分からなかった。けれど、その言葉は、私の、子どものころの傷の、いちばん深いところに、すっと、届いた。

兄ちゃんに、ようやった、と言ってもらいたかったのだ。私は、ずっと。たぶん、子どものころから、ずっと。

その言葉を、私は、死んで、ようやく、もらった。

夜の十時ごろ、子どもらが、着いた。

上の娘と、下の息子だ。上の娘は、隣の県に嫁いで、もう孫もいる。下の息子は、東京で働いていて、めったに帰ってこない。その二人が、それぞれ、夜の汽車に乗って、駆けつけてきた。

娘は、座敷に入るなり、私の枕元に座って、白い布をめくって、私の顔を見た。そして、声を上げて、泣いた。父さん、父さん、と。娘は、小さいころから、泣き虫だった。その泣き虫が、いまも、変わっていなかった。私は、その泣き声を、天井の隅で、聞いた。泣くな、と私は言いたかった。父さんは、痛くも、苦しくもなかったんだ。眠るように、逝ったんだ。だから、そんなに、泣くな。けれど、声は出ない。娘は、泣き続けた。

息子は、泣かなかった。

息子は、座敷の隅に、突っ立って、私の顔を、じっと見ていた。下の息子は、私に、いちばん、似ていた。口が重く、照れ屋で、感情を、表に出さない。私が、ありがとうを言えない男だったように、息子も、たぶん、言えない男なのだろう。私の血を、いちばん濃く、引いてしまった。

息子が、ぽつりと、言った。

「親父……鉋、まだ、あるのか」

妻が、はい、と答えた。工房に、みんな、そのまま、と。

息子は、それを聞いて、ひとつ、うなずいた。それから、また、黙った。

私は、その息子を、見ていた。息子は、子どものころ、私の工房に、よく、来た。鉋屑を、両手で集めて、頭に乗せて、かつらだ、と言って、笑った。私は、邪魔だ、あっちへ行け、と、追い払った。けれど、ほんとうは、息子が来るのが、嬉しかった。嬉しい、とは、言わなかったけれど。

息子は、結局、指物師には、ならなかった。東京の会社に、勤めた。私は、それを、内心、少し、寂しく思っていた。後を継いでくれ、とは、言わなかったけれど。言えば、よかったのかもしれない。けれど、言わなかった。私は、息子に、自分の生き方を、押しつけたくなかった。それも、たぶん、ひとつの、ありがとう、だったのかもしれない。言わなかった、ありがとう。

「鉋、まだ、あるのか」と、息子は、訊いた。

あの一言の奥に、何があったのか、私には、分かるような気がした。息子は、たぶん、いつか、あの鉋を、握ってみたいのだ。父親の手のかたちに、すり減った、あの鉋を。

夜中の十二時を過ぎたころ、弔問の客はあらかた帰って、子どもらも疲れて隣の部屋で横になり、座敷には妻と兄と、それから隣の奥さんの三人だけになった。

線香が絶えないように、誰かが番をしなければならない。兄が、わしが起きてるから、お前さんたちは少し休め、と言った。けれども妻は、いいえ、わたくしが、と言って動かなかった。

結局、三人とも起きていた。

隣の奥さんが、台所からお茶を運んできた。湯呑みが三つ。湯気が立っている。三人は、私の枕元で、ぽつりぽつりと、私の話をした。

「あの人は、甘いものが好きでしてね」と妻が言った。「でも、好きだと言わないんです。羊羹なんか出すと、要らん、と言うんですよ。それで、夜中にこっそり食べてるの」

隣の奥さんが、まあ、と笑った。

私は天井の隅で、ばつの悪い思いをした。羊羹のことは、ばれていたのか。要らん、と言いながら、夜中に台所で羊羹を切って食べていたことを、妻は知っていたのだ。知っていて、知らないふりをして、いつも羊羹を切らさないようにしてくれていたのだ。

私は、急に、泣きたくなった。死者にも、泣きたくなることがあるらしい。けれども死者には涙がない。涙の出ない泣き方を、私ははじめて知った。それは、ただ胸のあたりが、しんと冷えていくだけの、静かな泣き方だった。

「不器用な人でした」と妻が言った。兄と同じ言葉を、妻も使った。「でも、優しい人でした。優しいと言われるのが、いちばん嫌いな人でしたけど」

妻は、そう言って、はじめて、ほんの少しだけ、目を伏せた。

隣の奥さんが、湯呑みを、両手で包んで、ぽつりと言った。

「ご主人はね、うちの庭の柿の木を、毎年、剪定してくださったんですよ。何も言わずに、ふらっといらして、ぱちぱち、と。終わると、また、ふらっと、帰っていかれる。お礼を言っても、いや、と。それだけ。何年も、そうでした」

そんなことを、していたのか、と、私は天井の隅で、思った。いや、していた。柿の木の剪定くらい、なんでもないことだ。隣の奥さんは、ひとり暮らしで、高いところの枝が切れずに困っていた。だから、私は、ついでに、切ってやっていた。ついで、というほどでもなかったが、ついで、ということにしておきたかった。礼を言われるのが、苦手だったから。

「お返しに、と思って、煮しめなんかを、お持ちすると、ご主人、それはもう、嬉しそうな顔を、なさってね」と奥さんは、笑った。「奥さんには、内緒、内緒、って。子どもみたいに」

妻が、まあ、と言って、笑った。

「内緒に、してたつもりだったんですね、あの人」

三人が、声を立てて、笑った。私の通夜で、三人が、笑った。私は、天井の隅で、ばつの悪い思いと、それから、なんとも言えない、温かい思いとを、いちどに、味わった。死んだあとに、こうして、自分の知らないところでしていた小さなことを、人が覚えていてくれる。そして、それを肴に、笑ってくれる。これより上等な、見送られ方が、あるだろうか。

煮しめの大皿は、ずいぶん、減っていた。妻が、ひとつ、里芋を、箸でつまんで、私の枕元の、小さな皿に、そっと、置いた。

「あなたの、好きだった、煮しめですよ」と妻は、言った。

私は、それを、食べられない。けれど、その里芋ひとつに、四十年の、隣近所の付き合いと、内緒の付き合いと、ありがとうの言えなかった付き合いとが、ぜんぶ、こもっているような気がした。

私は、行きたかった。

ありがとう、と言いたかった。羊羹のことも、煮しめのことも、手袋のことも、土地のことも、ぜんぶ、ありがとう、と、すまなかった、と、言ってしまいたかった。言ってしまえば、私はきっと、軽くなって、行けるのだろう。

けれども言えない。死者の口は、ふさがれている。

私はもどかしさに、天井の隅で身をよじった。身などないのに、よじった気がした。すると、燭台の火が、ふっ、と揺れた。

妻が、おや、という顔をして、火を見た。

「風かしら」

窓は閉まっている。風など、入るはずがない。

妻は立ち上がって、燭台のそばへ寄った。そして、火を見つめながら、ふいに、小さな声で、唄いはじめた。

「眠れ、眠れ……星が海をわたるまで……」

それは、子守唄だった。

子どもらが小さいころ、妻がよく唄っていた子守唄だ。眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。私はその唄を、四十年ぶりに聞いた。

妻は、なぜ、いま、この唄を唄うのだろう。

たぶん、妻自身にも分からないのだろう。ただ、火が揺れて、そのゆらめきが、まるで小さな子どもの寝息のように見えて、口が勝手にこの唄を思い出したのだ。子どもらはもう、とうに大人になって、遠くにいる。けれども妻の口は、まだこの唄を覚えていた。

眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。

私は、その唄を、天井の隅で聞いていた。

不思議なことが起きた。唄を聞いているうちに、私の体が——体などないのに——少しずつ、軽くなっていくような気がしたのだ。足首にからみついていた重いものが、ほどけていくような。

妻は、唄いながら、ふと、線香のけむりの行方を目で追った。けむりは、まっすぐに立ちのぼって、天井の隅の、ちょうど私のいるあたりへと、なびいていった。

妻の目が、私のいるあたりを見た。

見えているはずはない。私はもう、見えるものではない。けれども妻は、しばらくのあいだ、天井の隅の、何もない空間を、じっと見つめていた。

そして、小さな声で、言った。

「……まだ、いるんですか」

私は、はっとした。

まだ、いるんですか。妻は、私に、そう言ったのだ。何もない天井の隅に向かって。

「兄さんもおっしゃってたでしょう。済んだことだって。……あなたも、もう、済ませてください」

妻は、そう言って、ふっと、笑った。

「あなたは、いつも、何も言わない人でしたね。ありがとうも、ごめんも、言わない。言わなくても分かる、っていう顔をして。……でもね、わたくし、分かっていましたよ。ぜんぶ。言わなくても、分かっていました」

私は、天井の隅で、息をのんだ。息などないのに。

「だから、もう、いいんです。何も言わなくて。あなたは、あなたのやり方で、ちゃんと、言ってくれていましたから」

妻は、燭台の火に、また目を戻した。

「……羊羹も、ね。要らん、要らん、って言いながら。台所で、こそこそ。可愛い人でしたよ、あなたは」

可愛い、と妻は言った。七十を過ぎた私を、可愛い、と。私は、天井の隅で、なんとも言えない心持ちになった。哀しいのか、嬉しいのか、可笑しいのか。死者の心というのは、生者の言葉ではうまく名づけられないものでできている。たぶん、そのぜんぶが、いちどに来たのだ。

そのとき、座敷の障子が、青く光った。

外で、何かが横切ったのだ。

兄が、おや、と言って、障子を開けた。三人は、縁側へ出て、夜空を見上げた。私も、天井の隅から、すうと窓のほうへ寄っていった。

冬の夜空に、蒼白い、長い尾を引く星が、ひとつ、ゆっくりと横切っていた。

彗星だった。

「彗星だ」と兄が言った。「珍しいな。何十年ぶりだろう」

「ミラ彗星ですよ」と隣の奥さんが言った。「うちの人が、若いころ見たことがあるって。何十年に一度しか来ないんだそうです」

蒼白い尾が、夜空にすうと一筋、刷いたように引かれていた。長く忘れられていた星が、また巡ってきた、というような。誰かが置き忘れた手紙を、ずっとあとになって誰かが見つける、というような。そんな静かな気配を、その星はまとっていた。

妻は、その星を、じっと見ていた。

そして、また、小さく唄った。

「眠れ、眠れ……星が海をわたるまで……」

星が、海をわたる。妻の唄と、夜空の星が、その一瞬、ぴたりと重なった。

私は、その星を見ながら、思った。ああ、私も、わたるのだな、と。星が海をわたるように、私も、どこかへわたっていくのだな、と。

けれども、まだだ。

片方の手袋が、まだ、引き出しの奥にある。あれを、なんとかしなければ。あれを妻に見つけてもらわなければ、私は、行けない。

彗星は、やがて、夜空の向こうへ消えていった。

三人は座敷へ戻った。火の番は、まだ続く。夜明けまでは、まだ間がある。

私は、焦っていた。死者が焦る、というのもおかしな話だが、私は焦っていた。妻の唄で、せっかく軽くなりかけたのに、手袋のことを思い出して、また足首が重くなった。

どうすれば、妻に、あの手袋を見つけてもらえるだろう。

私は、燭台の火を揺らすことならできた。さっき、身をよじったとき、火が揺れた。ならば、何か、もっと、伝える手だてがあるのではないか。

私は、工房のほうへ、行ってみることにした。

工房は、母屋の裏手の、別棟にある。私が四十年、簞笥や机を作ってきた仕事場だ。

死んでから、私は工房へは行っていなかった。なんとなく、行くのが怖かったのだ。あそこには、私の手の跡が、いちばん濃く残っている。鉋の柄の握りのところが、私の手のかたちにすり減っている。墨壺の糸が、私の引いたかたちで巻かれている。作りかけの小簞笥が、引き出しを三つ入れたところで、止まっている。

私は、すうと壁を抜けて、工房へ入った。

冷えた木の匂いがした。匂いは嗅げないのに、匂いの記憶だけが、私の中に立ちのぼった。鉋屑の匂い。膠の匂い。砥石の水の匂い。四十年、この匂いの中で、私は生きた。

作りかけの小簞笥が、月明かりの中に、ぽつんと立っていた。引き出しが三つ。あと二つ、入れるはずだった。誰が、これを仕上げるのだろう。たぶん、誰も仕上げない。これは、このまま、止まったままになるのだろう。

この小簞笥は、孫のために、作っていたものだった。

上の娘の、いちばん下の孫が、来年、小学校に上がる。その子のために、絵本や、文房具を入れる、小さな簞笥を、作ってやろうと思っていた。引き出しの取っ手は、その子の好きな、うさぎのかたちに彫ってやろうと思っていた。まだ、取っ手は、彫っていない。彫る前に、私は、死んでしまった。

私は、その小簞笥を、しばらく、見ていた。死者の心残りというものは、次から次へと、湧いてくる。手袋のことだけかと思っていたのに、こうして工房へ来てみると、彫らなかったうさぎの取っ手まで、心残りになる。きりがない。生きているということは、つまり、こういう、やりかけのことを、たくさん抱えている、ということなのだ。死ぬとは、それを、ぜんぶ、やりかけのまま、置いていく、ということなのだ。

私は、道具箱のところへ行った。

いちばん下の引き出し。いちばん奥。そこに、片方だけの藍色の手袋が、丸めて押しこんである。

私には、引き出しを開けることができない。手がないからだ。火を揺らすことはできても、引き出しを引くだけの力は、私にはない。

私は、その引き出しの前で、途方に暮れた。

途方に暮れている私のところへ、足音が近づいてきた。

工房の戸が、からり、と開いた。

妻だった。

妻は、ひとり、提灯を持って、工房へ入ってきた。火の番を兄に頼んで、ひとり、ここへ来たらしい。

妻は、工房の中を、ゆっくりと見まわした。作りかけの小簞笥を見た。鉋を見た。墨壺を見た。砥石を見た。そのひとつひとつを、まるで私の手に触れるように、そっと、指でなでた。

そして、妻は、道具箱の前に、座った。

私は、はっとした。

妻が、いちばん下の引き出しに、手をかけた。

なぜ、いちばん下の引き出しなのか、私には分からなかった。

たぶん、妻にも分からなかったのだろう。ただ、なんとなく、いちばん下の、いちばん奥に、何かがあるような気がしたのだ。長年連れ添った者の、勘というものかもしれない。あるいは、私が、そう、念じたのが、届いたのかもしれない。

妻は、引き出しを引いた。きい、と古い木の音がした。

中には、鑿が並んでいた。曲尺があった。墨壺があった。妻は、それらを、ひとつずつ、よけていった。そして、いちばん奥に手を伸ばした。

妻の指が、丸めた毛糸のかたまりに、触れた。

妻は、それを、つまみ出した。

片方だけの、藍色の手袋だった。

妻は、しばらく、それを、手のひらに載せて、見つめていた。

それから、ゆっくりと、自分のもう片方の——いや、私の左手のための片方の手袋を、ふところから取り出した。

妻は、もう片方も、持っていたのだ。

私は、息をのんだ。息などないのに。

あとで——いや、あとも先もない死者の身では「あとで」というのも変だが、私が漂いながら継ぎ合わせて分かったことには、こうだった。

私が橋でなくした右の手袋を、隣の奥さんが拾っていたのだ。藍色の毛糸の、見覚えのある手袋。あれはお宅のご主人のではないか、と、奥さんは思った。けれど、なくしたとも言われていないのに返すのも、なんだか間が悪い。それで奥さんは、その手袋を、しばらく自分のところに預かっていた。

そして、私が死んだ。

通夜の支度に来た隣の奥さんは、台所で煮しめを作りながら、妻に、そっと、その手袋を渡したのだ。橋のところで拾ったんですよ、ご主人の、と。

妻は、それを受け取って、ふところに入れていた。

片方を、夫がなくして、もう片方を、どこかに隠したまま死んだ。妻は、それを、薄々、感じていたのかもしれない。だから、火の番のさなかに、ひとり工房へ来て、いちばん下の引き出しの、いちばん奥に、手を伸ばしたのだ。

妻の手のひらの上で、藍色の手袋が、ふたつ、揃った。

右と、左。対になるはずのものが、四十年連れ添った者の手のひらの上で、ようやく、ひとつに揃った。

妻は、その揃った手袋を、両手で包んだ。

そして、笑った。泣きながら、笑った。

「もう。なくしたなら、なくしたって、言えばいいのに」

妻は、片方の手袋を、頬に当てた。藍色の毛糸を、頬に。

「言わないんだから。最後まで。本当に、あなたって人は」

その瞬間、私は、ふっと、軽くなった。

足首にからみついていた重いものが、するりと、ほどけた。

ありがとう、と言えなかったこと。手袋を隠したまま死んだこと。そのふたつの心残りが、いま、妻の手のひらの上で、ひとつに揃った手袋によって、ほどけたのだ。

私は、何も言えなかった。けれど、妻は、ぜんぶ分かっていた。言わなくても、分かっていた。妻はそう言ってくれた。そして、なくした手袋すら、こうして、揃えてくれた。私が隠したものを、見つけ出して、揃えてくれた。

私は、もう、言わなくていいのだ。

不器用な男のままで、いいのだ。

私は、工房の天井から、すうと、抜けていった。

抜けながら、私は、最後にもういちど、妻を見た。

妻は、藍色の手袋を両手に包んで、作りかけの小簞笥のそばに、座っていた。提灯の灯りが、妻の頬を、やわらかく照らしていた。妻は、もう、笑ってはいなかった。けれど、泣いてもいなかった。ただ、静かに、揃った手袋を、見つめていた。

私は、その妻に向かって、はじめて、声に出して、言ってみた。

ありがとう。

声は、出なかった。けれど、出なくても、よかった。

妻は、ふと、顔を上げて、工房の天井の隅を見た。何もない空間を。そして、ほんの少し、うなずいた。

聞こえたのかもしれない。聞こえなくても、分かっていたのかもしれない。妻は、いつも、そういう人だったから。

私は、夜空へ出た。

冬の夜空は、澄んでいた。さっき横切ったミラ彗星の、蒼白い尾の名残が、まだ、うっすらと、東の空に残っているような気がした。気のせいかもしれない。けれど、死者の目には、生者には見えないものが、ときどき、見えるのだ。

どこかで、子守唄が聞こえた。

眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。

妻が、また、唄っているのか。それとも、夜そのものが、唄っているのか。私には、もう、分からなかった。

行く道々で、私は、ひとつ、奇妙なものを見た。

町はずれの、ふだんは何もない空き地のあたりに、ぽつりと、灯りのついた店があった。

古い、小さな店だった。軒には、色のあせた暖簾がかかっていて、月光書房、と、かすれた文字が読めた。窓には、古い本が、うずたかく積まれていた。

こんな店が、あの空き地に、あっただろうか。

私は、昼間、あそこを通ったことが何度もある。けれど、こんな店は、なかった。なかったはずだ。

けれど、いまは、ある。彗星の出た、この夜にだけ。

店の灯りは、あたたかかった。中をのぞくと、誰もいなかった。ただ、古い本が、静かに、私を待っているような気がした。読まれなかった物語が、語られなかった言葉が、あの本の中に、しまわれているような気がした。

ありがとう、と言えなかった、世界じゅうの不器用な者たちの言葉が、あの本の中に、ちゃんと、書かれて、しまわれているような気がした。

けれど、ふと、私は、思った。

あの店の中の、いちばん奥の棚に、もしかしたら、私のことを書いた本も、一冊、あるのかもしれない。

不器用な指物師の、四十年の物語。ありがとうと言えなかった男の、片方だけの手袋の物語。誰にも語られず、誰にも書かれなかったはずの、私の、小さな一生。それが、あの店の、古い本の中に、いつのまにか、書きとめられて、しまわれているのかもしれない。

彗星の見える夜にだけ現れて、朝には消えてしまう、あの店の中に。

私は、その店には、入らなかった。

入らなくても、よかった。私の言葉は、もう、妻に届いていたから。書かれなくても、よかった。私の物語は、もう、妻の手のひらの上で、片方だけの手袋が、もう片方と揃ったときに、ちゃんと、結ばれていたから。

私は、もういちど、家のほうを、振り返った。

小さな家だった。古い、傾いた、たいして立派でもない家だった。けれど、その家の窓から、ひとすじ、あたたかい灯りが、漏れていた。あの灯りの下に、妻がいる。藍色の手袋を、両手に包んで、座っている妻が。

四十年、私は、あの灯りの下で、暮らした。喧嘩もした。黙りこくった夜もあった。子を育て、子を送り出し、年老いた。そして、ある火曜日の夕方、台所の流しの前で、ことりと傾いて、死んだ。

なんでもない、一生だった。

けれど、なんでもない一生を、なんでもないまま、まっとうできる、ということが、どれほど、ありがたいことか。それを、私は、死んで、ようやく、知った。

ありがとう、と、私は、もういちど、家に向かって、言ってみた。

声は、出なかった。けれど、家の窓の灯りが、その瞬間、ほんの少しだけ、ゆらいだような、気がした。

私は、空へ、のぼっていった。

のぼりながら、私は、思い出していた。

妻の手のひらの寸法で編まれた、藍色の手袋。要らん、と言いながら、毎朝はめていった、あの手袋。なくして、隠して、けれど、揃えてもらった、あの手袋。

人は、不器用なまま、生きていい。言葉が下手なまま、死んでいい。なくしたものは、誰かが拾ってくれる。隠したものは、誰かが見つけてくれる。揃わなかったものは、いつか、揃う。

四十年、ありがとうと言えなかった私の、たったひとつの、ありがとう。

それは、声にはならなかった。

けれど、片方だけの手袋が、もう片方と揃ったときの、あの、ことり、という、かすかな音。

あれが、私の、ありがとう、だった。

死んでみてはじめて分かったのだが、人は、ちゃんと、見送られて、行くものらしい。

少なくとも、私は、見送られて、行った。

天井の隅の、煤けた木目のすぐ下から、四十年連れ添った妻の、揃った手袋を包む手のひらに見送られて、蒼白い星の尾の名残に導かれて、私は、ようやく、星が海をわたるように、夜の向こうへ、わたっていった。

行くとき、私は、もう、何も、心残りはなかった。

ただ、ひとつだけ。

もし、行った先に、月光書房のような、古い本の店があるのなら——そこで私は、はじめて、ペンを持って、書いてみたいと思った。

ありがとう、と。

四十年、言えなかった、その一言を。

不器用な、まっすぐな、私の字で。

この物語にひそむ符牒

ほかの物語と、ひそかに分かち合っているもの:

  • ミラ彗星
  • 月光堂のマッチ
  • 子守唄
  • 月光書房
  • 片方の手袋

十二をつなぐ符牒について →

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