最後の灯がともる夜
私のことを、誰も建物の名で呼ばなくなって久しい。
人々は「あそこ」と言う。指でほうを示し、声をひそめ、あるいは少しだけ笑って、「あそこ、まだあるんだね」と言う。まだある。そう、私はまだここにいる。坂をのぼりきった角の、もう商店の灯も乏しくなった一画に、雨に灼かれた漆喰の肌をさらして、片側に傾きかけながら、それでも倒れずに立っている。明日が来れば、私はもう「あそこ」ですらなくなる。更地という言葉は、ものが何もないことを指すのに、なぜか口にすると私の胸の奥のほうがすうと冷える。
最後の灯がともる夜だ。
夕方、市役所の名札をさげた男が私の正面に貼り紙をしていった。糊の匂いと、男の指先の煙草の匂いがいまも壁にしみている。「閉館」の二文字。その下に小さく日付。男は貼り終えると一歩さがって、しばらく私を見上げていた。見上げる、というしぐさを人がするとき、その目はたいてい遠い昔のほうを向いている。男は、子どものころここで何を観ただろう。私は覚えているのかもしれないが、覚えているものが多すぎて、ひとりの少年を見つけだすには、私はもうあまりに老いている。
私は映画館である。
正しくは、映画館であった、と言うべきなのだろう。けれど建物というものは、人のように過去形で自分を語ることをしない。私はいまも映画館だ。たとえ映写機の弧光が消えて何年たとうと、私の天井は、暗がりに光の束をわたらせるために高くつくられたままだし、私の床は、わずかに前へ傾いでいる。後ろの席からでも銀幕がよく見えるように、そう傾けて職人たちが土を盛ったのだ。傾いだ床は、人が立ち去ったあとも、まだ何かを見つめている姿勢でいる。私の姿勢は、見ることの姿勢だ。
私が生まれた年のことを、人の言葉でいえば、私は知らない。私は私の生まれた瞬間にそこにいなかった——いや、いたのだが、まだ私ではなかった。木組みが立ち、漆喰が塗られ、座席のひとつひとつが運びこまれ、最後に天井の真ん中へ、職人が一枚の硝子板を嵌めるために梯子をのぼったあの日。あの硝子のことを、私はあとで何度も思うことになる。
天井のまんなかに、なぜか小さな天窓がある。
設計をした男は変わり者だったらしい。「暗くするための建物に、なぜ窓を」と請負の親方が首をかしげたと、壁ごしに私は聞いていた。設計の男は、煙草の灰を落としながら、こう答えた。「いちばん暗いところに、いちばん遠い光が要るんだ」。意味を、親方はわからなかった。私もわからなかった。けれど私は、そのひとことを、漆喰がまだ濡れているうちに自分のなかへ吸いこんでしまった。建物は、自分の生まれた日に交わされた言葉を、いつまでも忘れない。
天窓は、上映のあいだは黒い布で覆われた。けれど布はやがてすり切れ、誰も張り替えなくなり、いつしか天井のまんなかには、夜になると小さな四角い空がかかるようになった。客はそれを知らない。スクリーンに見入る人々の、ちょうど頭の真上に、本物の星がひとつふたつ、またたいていることを。
私は、ふたつの光を映す建物だった。下からは、人の作った光——映写機の弧光が、スクリーンに恋や戦や旅をえがいた。上からは、誰も作らない光——星のまたたきが、誰にも見られぬまま、客席のうえに降っていた。下の光は、人を笑わせ、泣かせ、夢を見せた。上の光は、ただ、そこにあった。私は長いこと、どちらが本物の上映なのか、決めかねていた。たぶん、どちらも本物だったのだ。人は、作られた夢を観るために来て、知らぬまに、作られない光に、頭上から見守られて帰っていった。
最初の客のことを話そう。
開館の日のことではない。開館の日は、人が多すぎて、私はめまいがするばかりだった。楽隊が来て、紅白の幕が張られ、町の名士が祝辞を述べ、それから初めての活動写真が映された。音のない映画だった。弁士という人が、銀幕の傍らに立って、登場人物のかわりに泣いたり笑ったり怒ったりした。あれは奇妙な商売だ。人の心を、人が代わりに声にしてやる。私はその夜、何百という人々の息づかいを一度に身のうちに容れて、ただ茫然としていた。
私が初めて、ひとりの客をひとりとして覚えたのは、それから数日あとのことだ。
平日の昼の回だった。客はまばらで、いちばん前の、いちばん端の席に、ひとりの娘がいた。日傘を膝に抱えて、ずっと背筋を伸ばしていた。映画が始まっても、娘はあまりスクリーンを見ていなかった。ときどき、出入口のほうをふり返った。誰かを待っていたのだ。
弁士が声を張り、銀幕のなかで男女が別れ、また巡りあった。娘の隣の席は、空いたままだった。
回が終わり、客が三々五々立ち去り、灯がともった。掃除の婆さんが箒を持って入ってきても、娘はまだ動かなかった。膝の日傘を、両手で握りしめていた。やがて娘は立ちあがり、空いたままの隣の席を、いちど指でそっと撫でた。それから出ていった。
私はそのとき初めて、「待つ」というかたちの時間が、私のなかに沈んでいくのを感じた。あの娘の待った人は、ついに来なかった。けれど、来なかった人のためにあけられた席は、確かにそこにあった。来ないものの形をしたものを、私はこのあと、いくつも身のうちに抱えていくことになる。空席というものは、ただの空ではない。それは、来なかった誰かの輪郭だ。
あの娘は、それからも、何度か来た。いつも昼の回で、いつもいちばん前の端の席で、いつも隣をひとつ、あけておいた。そして、ある時期から、ぱたりと来なくなった。来なくなったということを、私は、いまでも、うまく受けとめられずにいる。人は、建物に別れを告げて去るわけではない。ある日、ふっと、来なくなる。それきり、私のなかでは、その人は永遠に、いちばん前の端の席で、隣をあけて、出入口をふり返りつづけている。建物のなかでは、誰も、ほんとうには去らない。ただ、最後に来た日の姿のまま、そこに、いつまでも、いる。
時間というものを、人はまっすぐな川のように考える。
けれど私のなかで、時間はそんなふうに流れない。私のなかでは、ひとつの夜と、五十年前の夜とが、同じ座席のうえで重なっている。第七列の十六番に、戦地へ発つ前夜の青年が座っている。そのすぐ上に、その青年の孫が——孫であることを互いに知らぬまま——同じ席で初めて手をつないだ娘とともに座っている。私は両方を同時に見ている。建物にとって、過去は背後にはない。過去は、床下に、壁のうちに、天井裏に、いまもそのままの重さで積もっている。
だから今夜、最後の灯がともるこの夜、私は順序などおかまいなしに、すべての夜を一度に思い出している。それを、できるだけ人の言葉のかたちに直して、語っておこうと思う。明日になれば、これらの夜は、瓦礫の下で声を持たなくなるのだから。
人は、思い出を、頭のなかにしまうという。けれど私には、頭がない。私は、思い出を、柱で、壁で、床で、覚えている。第三列のあたりの床板が、ほかより少しへこんでいるのは、長いあいだ、貧乏ゆすりの癖のあった男が通いつめたからだ。出入口の右の柱に、低いところに、子どもの背くらべの傷がいくつもあるのは、ある家族が、毎年、いちばん下の子の背を、そこで測ったからだ。私の体じゅうに、人の暮らしが、刻まれている。私が覚えているのではない。私が、覚えそのものなのだ。明日、この体が壊されるということは、これらの傷が、これらのへこみが、これらの匂いが、いちどに、ほどけてしまうということだ。それでも、いま、最後のひと晩だけは、私は、すべてを、いちどに、抱きしめていられる。
告白の夜のことを。
私のなかでいちばん多く交わされたのは、たぶん告白だった。暗がりというものは、人の口を軽くする。隣の人の顔が見えないと、人はようやく、見えるところでは言えなかったことを言う。
ある冬の夜、第四列の真ん中で、ひとりの少年が、隣の少女に向かって何かを言おうとしていた。スクリーンのなかでは雪が降っていた。少年は三度、口をひらきかけて、三度ともやめた。私は気が気でなかった。建物が客のかわりに代弁することはできないけれど、もしできるなら、私はあの少年の喉に手を貸してやりたかった。
四度目に、ちょうどスクリーンが暗転した。客席がいちめんの闇に沈んだ、そのほんの一秒のあいだに、少年は言った。「ずっと、好きだった」。声はかすれていた。スクリーンにふたたび光が戻ったとき、少女はまっすぐ前を向いたまま、けれど、その手は少年の手の上に、そっと重なっていた。
私はその一秒の闇を、いまも誇りに思っている。私が真に役に立ったのは、光を映したときではなく、ほんの一秒、すべてを暗くしてやれたときだったのかもしれない。設計の男のことばを、私はまた思い出す。いちばん暗いところに、いちばん遠い光が要る。けれど、いちばん暗いところでこそ、いちばん近い手が、ようやく届くこともある。
別の告白は、もっと苦かった。
中年の男が、若い女と並んで座っていた。男には妻があった。私は知っていた。男が幾度も、妻とともにこの席に座ったことを、私は覚えていたからだ。その夜、男は若い女に、別れを切り出していた。言葉は優しかったが、優しい言葉ほど、人を深く傷つけることがある。女は泣かなかった。泣くかわりに、ずっと、自分の左手の手袋を、片方だけ、握っては緩め、握っては緩めしていた。もう片方の手袋を、女はどこへやったのだったか。
映画が終わり、灯がともり、男が先に立ちあがった。女は座ったまま、しばらく動かなかった。それから、握りしめていた片方の手袋を、隣の——男の座っていた席のうえに、そっと置いた。置いて、立ちあがり、ふり返らずに出ていった。
男はもう、戻ってこなかった。手袋は、翌朝、掃除の者が拾って、忘れ物の棚にしまった。誰も取りに来なかった。片方だけの手袋。対になるはずだったもの。私は、その棚のことを、あとでもういちど話さねばならない。あの棚には、人が置いていった「片方だけ」のものが、いつのまにか、いくつもたまっていったのだから。
子どもたちのことも、忘れてはならない。
私のいちばんにぎやかな時間は、休みの日の昼だった。漫画映画の回には、子どもたちが、潮のように押し寄せた。私のなかは、笑い声と、悲鳴と、菓子の包み紙の音と、足を踏み鳴らす音とで、いっぱいになった。子どもたちは、映画を観るというより、映画と取っ組みあっていた。悪者が現れれば本気で罵り、主人公が危うくなれば本気で立ちあがり、助かれば本気で歓声をあげた。あのころの私は、たぶん、いちばん若かった。建物の若さとは、にぎやかさのことだ。
ある少年のことを、覚えている。
その子は、いつもひとりで来た。ほかの子らが連れだって来るなかで、その子だけは、いつもひとりで、いちばん前の、スクリーンのすぐ下の席に座った。首が痛くなるほどスクリーンを見上げる、あの席に。なぜそんな席を選ぶのか、私には、はじめわからなかった。
やがて、わかった。その子は、まんなかにまぎれて、誰かに隣を譲ったり、譲られたりするのが、苦手だったのだ。家に、たぶん、その子の居場所は、あまりなかった。だから、その子は、ここへ来た。ここでなら、誰の隣でもなく、ただ、まっすぐ、光のほうを向いていられた。スクリーンのすぐ下、首の痛くなる席は、その子にとって、世界でいちばん安らげる場所だったのだ。
私は、その子のために、できることをした。何もできなかったとも言えるし、すべてをしたとも言える。私は、その子に、二時間の暗がりと、まっすぐな光を、毎週、欠かさず差しだした。その子は、大きくなって、来なくなった。来なくなる前の最後の日、その子は、スクリーンに向かって、小さく、手をふった。さよなら、ではなく、また、と言うように。私は、その子が、どこかで、自分の居場所を見つけたのだと、信じることにしている。建物は、信じることしかできない。確かめることは、けっして、できないのだから。
雨の夜のことも、ひとつ。
ある激しい雨の夜、客は数えるほどしかいなかった。終わりの回が終わっても、雨はやまず、人々は、私のなかで、雨宿りをした。映画はもう終わっているのに、誰も帰ろうとしなかった。館主も、灯を落とさず、そのままにしておいた。
その夜、私のなかには、ふしぎな時間が流れた。映画の終わった映画館。光のないスクリーン。それでも、帰れずに残された、見知らぬ者どうし。誰かが、ぽつりと、何かを話しはじめた。それに、別の誰かが、応えた。雨の音が、人の声を、やわらかく包んでいた。
私は、その夜、自分が何のための建物なのか、もういちど、わからなくなった。映画を映すための建物が、映画のない時間に、いちばん満たされている。人が、光のないスクリーンを前に、ただ、雨をやり過ごすために、寄りあっている。あれは、上映だったのだろうか。たぶん、あれこそが、いちばんの上映だったのだ。スクリーンに何も映らないとき、人は、互いの顔を、はじめて、まっすぐに見る。雨が、私のかわりに、その夜の、いちばんいい場面を、映してくれた。
別れの夜のことも、話しておかねば。
戦争のあいだ、私はずいぶん多くの別れを抱えた。出征の前夜、若者たちは恋人や母とともに、映画を観に来た。彼らは映画を観に来たのではなかった。最後に、暗がりのなかで、誰かの隣にいるために来たのだ。スクリーンに何が映っていたか、たぶん彼らは覚えていない。覚えていたのは、隣の人の肩のあたたかさと、その息づかいだけだった。
ひとり、いまも忘れられない若者がいる。
彼は母とふたりで来た。第七列の十六番と十七番。映画のあいだじゅう、母はハンカチを口に当てていた。若者は、母を泣かせまいと、ずっと明るく振るまっていた。映画のなかの滑稽な場面で、わざと大きな声で笑ってみせた。母も、つられて笑おうとして、けれど笑いきれずに、ハンカチをいっそう強く口に当てた。
灯がともり、ふたりは立ちあがった。出ていくとき、若者は、自分の座っていた席の背を、いちど、ぽんと軽く叩いた。まるで、長く世話になった者に礼を言うように。「またな」と、若者は席に言ったのか、私に言ったのか。
彼は帰らなかった。
戦争が終わって何年もして、ひとりの老女が、付き添いに支えられて入ってきた。あの母だった。すっかり小さくなって、もう自分では歩くのもおぼつかなかった。老女は、付き添いに頼んで、第七列の十六番まで連れていってもらった。そして、その隣の、十七番の席に手を置いた。息子の座っていた席に。長いあいだ、何も言わず、ただ手を置いていた。
私は、あの「またな」を、まだ預かっている。返す相手は、もういない。けれど、預かったものは、預かったまま、私のなかにある。建物は、託されたものを、勝手に手放すことができない。だから私は、五十年も、あの席の上に、若者の手のあたたかさを、薄れさせながらも、消さずに持っていた。
再会の夜は、ずっと少ない。
別れは、誰の人生にも何度も訪れるが、再会は、めったに来ない。だから私は、私のなかで起きた数少ない再会を、宝石のように仕舞っている。
ひとつだけ話そう。
ある秋の夜のことだ。もう私もずいぶん古びて、客足もまばらになっていたころ。白髪の男がひとり、杖をついて入ってきた。男は切符を買い、けれど席には座らず、しばらく客席の通路に立って、ぐるりと私のなかを見まわした。何かを探すように。
少し遅れて、別の老人が入ってきた。やはり杖をついていた。ふたりは、通路で、ばったりと出会った。
しばらく、互いに相手の顔をのぞきこんでいた。記憶の底をさらうように。それから、ほとんど同時に、相手の名を呼んだ。子どものころの、あだ名だった。
ふたりは、六十年前、毎週土曜の昼の回を、いつもいっしょに観た幼なじみだった。ひとりは戦後すぐに遠い町へ移り、それきりだった。今夜、ふたりがここに来たのは、偶然だった——いや、私は、偶然ではないと思っている。閉館が決まったと新聞に小さく載って、ふたりはそれぞれ、最後にいちど、ここを見ておきたくなった。ただそれだけのことが、六十年の隔たりをこえて、ふたりを同じ夜に呼び寄せた。
ふたりは並んで、昔いつも座った席——第二列の右はしに腰をおろした。映画が始まっても、ふたりはほとんどスクリーンを見ず、小声で、昔のことを話しつづけた。私は、邪魔をしないように、できるだけ静かに、光を映しつづけた。
人は、建物が再会の場であることを、ふだん忘れている。けれど、人が誰かと再び出会う場所には、たいてい、その出会いを覚えている壁がある。覚えていることが、建物のいちばんの仕事なのだ。私は、覚えるためにここに立っていた。
もうひとつ、再会と呼ぶには、あまりに静かな夜があった。
ある女が、ひとりで来て、いつも同じ席に座った。第八列の、真ん中あたり。月にいちど、きまった日に来た。そして、その隣に、いつも、上着を一枚、たたんで置いた。男物の、古い上着だった。
女は、その上着の隣で、映画を観た。ときどき、上着のほうへ、何か小声で、話しかけているようにも見えた。回が終わると、女は、上着をていねいにたたみ直して、抱えて、帰っていった。
何年も、女は来つづけた。やがて、女も老いた。最後に来た日、女は、いつものように上着を隣に置き、けれど、その夜は、映画のあいだじゅう、ずっと、上着の袖を、自分の手で、握っていた。回が終わって、女は立ちあがり、上着を抱え、そして、いちど、空いた座面に向かって、頭をさげた。深く、長く。それから、出ていった。
私は、女が誰を連れて来ていたのか、ついに知らなかった。けれど、月にいちど、女が、もう会えない誰かと、ここで、会っていたことは、わかっていた。会えない人と会う場所。それも、私の務めのひとつだった。死んだ人は、もう、どこへも来られない。けれど、生きている人が、その人の上着を抱えて、いつもの席に座れば、その夜だけ、ふたりは、また並んで、光のほうを向いていられた。私は、そのために、暗がりを、用意した。再会とは、必ずしも、ふたりの生きた人のあいだに起こるものではないのだ。
忘れ物のことを、いよいよ話そう。
私のいちばん奥、映写室の下の、暗い廊下の突きあたりに、古い木の棚があった。「忘れ物」と、墨の薄れた札がさがっていた。
人は、ここにいろいろなものを忘れていった。傘。帽子。子どものおもちゃ。読みかけの本。眼鏡。財布——財布はたいてい、すぐに取りに戻ってきた。けれど、戻ってこないものも多かった。
戻ってこない忘れ物には、ふしぎな共通点がある。それらは、たいてい、忘れたのではなく、置いていったものなのだ。人は、わざと忘れることがある。持って帰りたくない記憶を、何かに託して、ここへ置いていく。
あの片方だけの手袋も、そうだった。
棚には、いつのまにか、片方だけのものが、いくつもたまっていった。片方だけの手袋。片方だけの子どもの靴。片方だけのイヤリング。なぜか、対のもう片方は、いつも来なかった。私はときどき思った。世界のどこかに、これらのもう片方ばかりがたまった、別の棚があるのではないか、と。私の手袋の、もう片方の手袋を抱いた、別の建物が、どこかの町の角に立っているのではないか、と。
そんなことを考えるのは、建物にしては感傷的にすぎるかもしれない。けれど、五十年も六十年も、片方だけのものを預かっていれば、誰だって——たとえ漆喰と木でできていても——その失われたもう片方のことを、思わずにはいられないのだ。
忘れ物のなかには、本も、多かった。
人は、映画を観る前後に、本を読む。待ち時間に、膝のうえで。そして、ときどき、それを置いて帰る。読みかけの本ほど、せつないものはない。栞が、まだ途中に挟まったままだ。その人は、その物語の結末を、たぶん、知らないまま、別の人生を歩いていった。私は、いくつもの、結末を知らない物語を、棚に抱えていた。
ある一冊を、よく覚えている。表紙のとれかかった、古い詩集だった。栞のかわりに、押し花が、一輪、挟まっていた。すみれだった。誰が忘れたのか、わからない。けれど、その人は、すみれを栞にするような人だった。それだけで、私は、その人のことを、少し、好きになった。建物は、忘れ物から、その人のことを、想像する。忘れ物は、その人が、うっかり残していった、自分自身の、ひとかけらなのだ。
その詩集も、誰も取りに来なかった。私は、長いあいだ、それを預かっていた。そして、ある夜——月光書房が、隣に現れた夜に、私は、思いきって、それを、隣へ託すことにした。建物には手がないから、託すといっても、ただ、棚のはしに、出入口のいちばん近くに、その本を、置いておいただけだ。
翌朝、本は、消えていた。月光書房の主が、持っていったのだと、私は思っている。彼なら、あの詩集に、ちょうどいい読み手を、見つけてやれるだろう。結末を知らない物語に、ちゃんと、続きを読んでくれる人を。私にできなかったことを、隣の店は、してくれた。だから私は、あの店が、好きだった。
棚のいちばん上の段に、ひとつ、いまも残っているものがある。
藍色の、小さなマッチ箱だ。深い藍色の地に、銀の三日月が刻まれている。月光堂、と、小さな字が読める。これは、忘れ物ではなかった。ずっとむかし、隣にあった、ある店の主が、私に手向けにくれたものだった。
その店のことを、話さねばならない。
私の隣には、長いあいだ、一軒の古書店があった。
いや、「長いあいだ」というのは、正しくないのかもしれない。その店は、いつもそこにあるわけではなかった。あるときふと、私の左隣の、ふだんは何もない狭い隙間に、ぽつりと灯がともる。木の看板がさがっている。「月光書房」と書いてある。
その店は、彗星の見える夜にだけ現れる、という噂だった。
私は隣の建物だから、よく知っている。噂は、半分ほんとうだった。月光書房は、確かに、いつもはそこにない。けれど、それが現れる夜が、必ず彗星の夜だったかどうかは、私にもよくわからない。ただ、店が現れる夜は、いつもどこか、空気が澄んでいた。客たちの足音までが、いつもより遠くまで響くような、そんな夜だった。
店の主は、年のわからない男だった。若いようでもあり、ずいぶん年老いているようでもあった。私の上映が終わって、客がぞろぞろと出てくると、男はときどき店の戸口に立って、その人波を眺めていた。そして、客のなかのひとりかふたりに、声をかけた。「あなたに、ちょうどいい本があります」と。
ふしぎなことに、声をかけられた人は、たいてい、その夜、何かを抱えていた。別れたばかりの人。誰かを亡くしたばかりの人。明日、遠くへ発つ人。男には、それがわかるらしかった。映画館を出てきた人の顔を見れば、その人がいま、何を必要としているか、わかるらしかった。
私は、男に少し嫉妬していたかもしれない。私は、人々を二時間、暗がりに包んでやることはできる。けれど、ひとりひとりに、ちょうどいい一冊を手渡してやることは、私にはできなかった。建物には建物の務めがあり、私の務めは、忘れることではなく、覚えることだった。
ある夜、男が私の壁にもたれて、煙草を喫っていた。最後の客が帰ったあとの、しんとした時刻だった。男は、ふところからあの藍色のマッチ箱を出して、煙草に火をつけた。三日月の刻まれた、深い藍色の箱。
「あんたも、長いこと、ご苦労なことだ」と、男は私の壁に向かって言った。建物に話しかける人間は、めったにいない。私は、うれしかった。
「人ってのは」と、男はつづけた。「観たいものを観に来てるんじゃない。忘れたいものを、いったん預けに来てるんだ。あんたは、預かり所だよ。立派な、預かり所だ」
その夜、男は帰りぎわに、マッチ箱を、私の忘れ物の棚に置いていった。「あんたに。火が要るときがあるだろう」と。建物に火は要らない。むしろ、いちばん恐れるものだ。けれど私は、その箱を、宝物として、棚のいちばん上に仕舞った。
月光書房は、それからしばらくして、現れなくなった。隣の隙間は、また、ふだんの何もない隙間に戻った。けれど、藍色のマッチ箱だけが、私のなかに残った。あの店が、確かにそこにあったことの、ただひとつの証として。
私は、ときどき思う。あの店も、私と同じ、預かり所だったのではないか、と。私は、人の忘れたいものを、暗がりに預かった。あの店は、人の欲しいものを——まだ自分でも気づいていない、ほんとうに欲しいものを、本のかたちにして、手渡した。預かることと、手渡すこと。受けとることと、与えること。私たちは、坂の角で、隣りあって、人の心の、表と裏を、それぞれに引き受けていたのだ。
あの主は、いちど、こんなことも言った。煙草の煙を、夜の空へ吐きながら。「店も、建物も、人と同じだ。役目を終えれば、消える。けど、消えるってのは、なくなるのとは、ちがう」。私は、その意味を、そのときは、わからなかった。いまなら、少し、わかる気がする。明日、私は、なくなる。けれど、私が映した光や、私が預かった夜は、どこかへ、ちゃんと、わたっていく。消えるとは、わたることだ。あの主は、それを、知っていたのだろう。彗星の見える夜にだけ現れて、朝には消えてしまう店の主なら、消えることの、ほんとうの意味を、誰よりよく、知っていたはずだ。
さて、今夜のことを話さねばならない。
最後の灯がともる夜だ。
夕方の早い回には、思いがけず人が来た。閉館を聞きつけた、昔なじみの人たちだった。すっかり年老いた人もいれば、まだ若い人もいた。若い人たちは、たぶん、この町で育って、子どものころここで何かを観た、その最後の記憶を、確かめに来たのだろう。
人々は、めいめい、昔自分が座った席を探していた。「ここだったよ」「いや、もう少し前だった」と言いあって、笑った。ある女は、自分が初めて恋人と来た席を見つけて、そっと座面を撫でた。あの娘の——ずっとむかし、来ない人を待った、あの娘のしぐさと、同じだった。人のしぐさは、時代をこえて、よく似ている。私は、何度も同じしぐさを見てきた。だからこそ、私は、人というものを、少しは知っているつもりだ。
ひとりの老人が、杖をついて、出入口の右の柱の前に立った。低いところを、指でなぞっていた。背くらべの傷だ。あの、毎年いちばん下の子の背を測った、あの家族の。老人は、たぶん、その、いちばん下の子だったのだ。もう、自分の背丈の倍ほども高いところまで、傷は刻まれていない。けれど、いちばん下の、最初のひとつ——膝のあたりの傷を、老人は、見つけた。そして、そこに、手のひらを当てた。長いあいだ。私は、その手のひらの下で、自分の柱が、かすかにあたたかくなるのを感じた。傷は、痛みではなかった。傷は、その家族が、確かにここで、年を重ねたという、しるしだった。私は、その傷を、消さずに持っていてよかった、と思った。
子どもを連れた、若い母親もいた。子どもは、何も知らずに、空っぽの客席を、きゃっきゃと走りまわっていた。母親は、それを追いかけながら、ふと、立ちどまって、天井を見上げた。すり切れた天窓のあたりを。何かに気づいたように。けれど、子どもがまた走りだしたので、母親は、すぐに、追いかけていった。私は、その母親に、教えてやりたかった。あの天窓の向こうに、今夜、何が通るかを。けれど、建物は、声を持たない。私にできるのは、ただ、その時が来るのを、待つことだけだった。
最後の回が始まる前、館主が——もう、この建物を畳むことを決めた、いまの館主が、スクリーンの前に立って、短い挨拶をした。声がふるえていた。「長いこと、ありがとうございました」と、館主は言った。人々に向かって言ったのだが、私は、その「ありがとう」のいくらかは、私に向けられたものだと、勝手に受けとっておいた。
そして、最後の上映が始まった。
最後の客は、ひとりだった。
最後の回——いちばん遅い、夜の回には、たったひとり、客が残った。
老いた女だった。ほかの人たちが、思い出を語り、写真を撮り、名残を惜しんで帰っていったあと、その女だけが、いちばん後ろの、いちばん端の席に、静かに座っていた。
私は、その席に見覚えがあった。
第十二列の、いちばん右はし。そこは、ずっとむかし、来ない人を待った、あの娘の席ではない。けれど、私はなぜか、あの娘のことを思い出した。背筋を伸ばして、膝に何かを抱えて、出入口のほうを、ときどきふり返る——いや、この女は、ふり返らなかった。まっすぐ、スクリーンを見ていた。
映画が始まった。
何の映画だったか、私は言わないでおこう。最後の上映にふさわしい、古い、白黒の映画だった。音楽が流れ、人々が出会い、別れ、また巡りあった。女は、じっと見ていた。膝のうえに、何かを置いていた。
私は、目を凝らした——建物に目はないけれど、私は確かに、見た。
それは、片方だけの手袋だった。
古い、女物の手袋。ずいぶん昔の仕立てだ。女は、その片方だけの手袋を、両手で、そっと包むように持っていた。握っては緩め、握っては緩め。私は、息を呑んだ——建物に息はないけれど、私は確かに、呑んだ。
あの夜の、女だった。
中年の男に別れを告げられ、片方の手袋を、男の席に置いていった、あの若い女。あれから、何十年がたったろう。女は、年老いて、けれど、もう片方の手袋を、ずっと持っていたのだ。男の席に置いていったのは、片方だけ。もう片方は、ずっと、自分の手もとに。
私は、ようやくわかった。
あれは、忘れ物ではなかった。あれは、預けものだった。女は、半分を私に預け、半分を自分で持って、生きてきた。対になるはずのものを、わざと、ふたつに分けて。そうすることでしか、抱えきれないものがあったのだ。そして今夜、私が消えるその前に、女は、もう片方を持って、戻ってきた。
私のなかの、あの忘れ物の棚には、もう、あの片方の手袋はない。ずっとむかし、誰かが捨ててしまったのか、あるいは——私が、知らぬまに、手放してしまったのか。建物は、すべてを覚えていられるわけではない。私は、あの手袋を、なくしてしまった。女が、もう片方を返しに来た、まさにその夜に。
私は、女に詫びたかった。けれど、建物は声を持たない。
そのときだった。
映画のいちばん静かな場面で、スクリーンのなかの男女が、夜の波打ち際に立っていた。音楽がやみ、波の音だけが流れていた。
ふと、客席が、青白い光に、ほのかに照らされた。
スクリーンの光ではなかった。それは、上から——天井の、まんなかから、射していた。
あの天窓だ。
すり切れた黒い布のあいだから、夜空が覗いていた。そして、その四角い空を、ちょうど、一筋の光が、ゆっくりと、横切っていくところだった。
蒼白い、長い尾を引いた、星だった。
彗星だ、と、私はわかった。
私が生まれてから、その星を見たのは、二度目だった。一度目は、ずっとむかし、開館して間もないころ。やはり、誰かが客席に残っていた夜だった。あのときも、天窓から、同じ青白い尾が、空を横切っていった。長く忘れられていた星が、また巡ってきたのだ、という気配が、私のなかいっぱいに満ちた。
人は、その星に名をつけていた。何という名だったか。たしか、ふしぎな名だった。古い言葉で、「不思議なもの」とか、「驚くべきもの」とかいう意味の——ミラ、と。ミラ彗星。長いあいだ姿を隠し、忘れたころに、また尾を引いて巡ってくる星。
女は、スクリーンを見ていたから、頭上の彗星に気づかなかった。けれど、私は、女のかわりに、それを見た。建物が、客のかわりに、いちばん遠い光を見てやることが、たぶん、私の、最後の務めだった。
設計の男のことばが、半世紀をこえて、いま、ほんとうになった。いちばん暗いところに、いちばん遠い光が要る。男は、この夜のために、天井に窓をあけたのではないか。私が消える、その最後の夜に、いちばん遠い星が、いちばん暗い私のなかを、ひとすじ照らしていくために。
子守唄を、私は思い出していた。
これも、ずっとむかしのことだ。母親が、ぐずる赤ん坊を抱いて、いちばん後ろの席で、小さな声で歌っていた。
「眠れ、眠れ、星が海をわたるまで」
その一節を、私は、漆喰のあわいに、ずっと仕舞っていた。彗星が、スクリーンの波打ち際のうえを、天窓のなかの夜空を、わたっていく。星が、海をわたる。あの母親が歌ったとおりに。赤ん坊は、いまごろ、どこかで、もう年老いているだろう。あの子守唄を、覚えているだろうか。覚えていなくてもいい。私が、覚えている。
私は、その子守唄を、いま、女のために、こころのなかで歌った。建物に声はないけれど、漆喰の奥のほうで、私は確かに、歌った。眠れ、眠れ。あなたの、長い別れも、もうじき、終わる。星が、海をわたるまで。
映画が、終わった。
スクリーンが白く明滅し、それから、暗くなった。映写室の弧光が、しずかに落ちた。もう二度と、ともることのない光だ。
灯がともった。客席の、最後の灯が。
女は、しばらく、動かなかった。やがて、ゆっくりと立ちあがった。膝の上の、片方だけの手袋を、両手で、もういちど、そっと包んだ。
そして、女は、通路を歩いてきた。出口のほうへではなかった。前へ——いちばん前の、いちばん端の席のほうへ。
あの席だった。
ずっとむかし、来ない人を待った娘の席——ではなく、いや、私には、もう、見分けがつかなかった。あの娘も、この女も、別れを抱えた、ひとりの人だった。来ない人を待つことと、来なかった人を、何十年も待ちつづけることは、たぶん、同じことだった。
女は、その席のまえに立った。そして、手にした片方だけの手袋を、その座面のうえに、そっと、置いた。
置いて、女は、ふり返らずに、出口へ向かって歩いていった。
私は、わかった。女は、ついに、もう片方を、手放したのだ。半世紀、握りしめてきたもう片方を。私のなかに残されたはずの、けれど私がなくしてしまった、その片割れの隣に——いや、もう片割れはないのに、女は、それでも、ここに置いていった。
対にならなくてもいい。ふたつ揃わなくてもいい。ただ、いちばん最後に、いちばんふさわしい場所に、置いていきたかった。私のなかに。私が、明日、なくなるとしても。いや、明日なくなるからこそ。
私は、女が出ていく、その背に向かって、声を持たぬまま、言った。
預かった。
ちゃんと、預かった。明日、私が瓦礫になっても、この手袋は、私の床下に、私の漆喰のあわいに、私の傾いだ床のうえに、永遠に、置かれたままだ。私が土に還っても、私が覚えていた、すべての夜といっしょに、この片方の手袋は、私のなかにある。
それが、建物のできる、ただひとつの愛しかただ。覚えていること。手放さないこと。なくしたものさえ、なくしたまま、覚えていること。
戸が閉まる音がした。
最後の客が、出ていった。
館主が、最後に、客席をひとめぐりした。忘れ物がないか、確かめるように。彼は、いちばん前の席に置かれた、片方だけの手袋を、見つけた。手にとって、しばらく、それを見つめていた。
そして、彼は、それを、持ち去らなかった。
そっと、もとの座面のうえに、戻した。まるで、それがそこにあるべきものだと、わかっていたかのように。あるいは、ただ、最後の夜の忘れ物を、最後の夜の建物のなかに、残しておいてやろうと思ったのか。私には、わからない。けれど、彼が、それを残してくれたことを、私は、ありがたく思った。
館主は、出口のところで、いちど、ふり返った。
「ありがとう」と、彼は言った。今度は、はっきりと、私に向かって。
そして、スイッチを切った。
最後の灯が、消えた。
私は、いま、暗闇のなかにいる。
最後の灯が消えて、私は、生まれて初めて、自分のなかの、ほんとうの暗さを知った。けれど、まんなかの天窓からは、まだ、あの青白い尾が、ゆっくりと、空を横切っていく。彗星は、いそがない。長く忘れられていたものが、また巡ってくるときの足どりは、いつも、こんなにゆっくりだ。
明日が来れば、人々が来て、私を壊すだろう。
私の漆喰は剥がれ、私の柱は倒され、私の傾いだ床は、平らに均されるだろう。私の天窓の硝子は、割れて、土に混ざるだろう。あの設計の男が、いちばん暗いところに射しこませようとした、いちばん遠い光の通り道は、ふさがれるだろう。
私のなかにある、すべての夜も、いっしょに壊されるのだろうか。
来ない人を待った娘の、まっすぐな背中。一秒の闇のなかで重なった、ふたつの手。「またな」と席を叩いて、帰らなかった若者。六十年ぶりに、通路でばったり出会った、ふたりの老人。藍色のマッチ箱をくれた、月光書房の主。そして今夜、半世紀握りしめた片方を、ようやく置いていった、あの女。
これらは、みな、壊されてしまうのだろうか。
いや、と、私は思う。
私が消えても、これらの夜は、消えない。なぜなら、これらは、もともと、私のものではなかったからだ。私は、預かっていただけだ。人々が、忘れたいもの、忘れられないものを、いっとき私に預け、そして、それぞれの人生のなかへ、また持ち帰っていった。私は、預かり所だった。月光書房の主が言ったとおりに。立派な、預かり所だった。
預かったものは、いつか、返さねばならない。
私は、明日、すべてを返すのだ。土へ。空へ。次に、この場所に立つ、まだ見ぬ何かへ。あるいは、この夜のことを、ふと思い出す、まだ生まれていない誰かへ。
天窓の彗星が、もうじき、四角い空のはしから、消えていこうとしている。
去りぎわに、私は、もういちど、あの子守唄を、こころのなかで歌う。
眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
星は、海をわたった。
私の、長い上映も、もうじき、終わる。
最後に、ひとつだけ、言っておきたい。建物というものは、人が思うほど、孤独ではない。なぜなら、私のなかには、ここで生きられた、すべての時間が、いまも、ともにいるからだ。私は、ひとりで取り壊されるのではない。私は、五十年の、いや、六十年の、無数の夜とともに、土へ還る。
そして、土へ還った私の漆喰のひとかけらが、いつか、風に乗って、どこか遠くの、別の建物の壁に、ほんの少し、まじることがあるかもしれない。場末の映画館か、古い図書館か、あるいは、彗星の見える夜にだけ現れる、あの古書店の、藍色の戸口のあたりに。
そうしたら、その建物も、覚えるだろう。私の覚えていたことを、ほんの少し。来ない人を待つことの切なさを。一秒の闇のやさしさを。片方だけのものを、それでも抱きつづけることの、静かな尊さを。
灯は、消えた。
けれど、私のまんなかには、まだ、いちばん遠い光が、残っている。
それで、十分だ。
おやすみ。星が、海をわたるまで。
おやすみ。次に、この暗がりに、灯がともる夜まで。