星が海をわたるまで
その夜
火葬場の煙突から、白いものが細く立ちのぼっていた。
晴れていた。六月の終わりだというのに、空はよく洗った硝子のように冷たく澄んで、わたしはその一点を、まばたきもせずに見ていた。煙はまっすぐ昇り、やがて高いところで風にほどけ、空に溶けてなくなった。あとには何も残らなかった。残らない、ということが、その日のわたしには、どうしてもうまく呑み込めなかった。さっきまで父だったものが、いま、空気のなかにまぎれて、どこにあるかもわからなくなる。あんなにたしかに、手も足も、声もあった人が。
待合室は、線香のにおいと、安物の畳のにおいがした。職員がときどき出入りして、低い声で何かを告げた。火葬には一時間半ほどかかります、と。喪服の親戚たちが、ぽつりぽつりと、当たりさわりのない話をしていた。父の若いころの話、わたしの知らない父の話。わたしはほとんど聞いていなかった。窓の外で、夏のはじめの光が、まぶしいくらいに照っていた。蝉が、まだ鳴いていなかった。季節は、いまにも夏になろうとして、けれど、まだなりきれずにいた。父は、夏を待たずに逝った。あと半月もすれば、あんなに好きだった鰻の蒲焼きが、店先に出るころだったのに。
時計の針が、ゆっくりと進んだ。一時間半。父が、煙になるまでの時間。わたしは、その一時間半のあいだ、ずっと、過去のことばかり考えていた。なぜか、新しいことは、何も浮かばなかった。これからのことも、考えられなかった。ただ、過ぎ去ったことだけが、つぎつぎと、逆向きに、よみがえってきた。まるで、誰かが、わたしの人生のフィルムを、後ろから巻き戻しているように。
控室で、わたしは彼の手袋を持っていた。片方だけの、灰色の毛糸の手袋。右手のほう。左のほうは、どこにいったか、もうわからなかった。三年前の冬に片方をなくしてから、彼は残ったほうをずっと机の抽斗にしまっていた。「片方だけでも、捨てるのは惜しい」と言って。捨てられなかったのは手袋ではなかったのだと、いまならわかる。
毛糸は、ところどころ目が飛んで、いびつだった。素人が、夜なべして編んだもの。男の不器用な指が、編み棒をぎごちなく操って、何度もほどいては編みなおしたのだろう。指の太さに合わない細い毛糸を、苛立ちながら、それでもやめずに。わたしはその、ひと目ひと目を、指の腹でなぞった。なぞれば、編んでいたときの父の息づかいが、伝わってくるような気がした。
骨を拾うとき、係の人が「のどぼとけです」と言って、小さな箸でつまんでみせた。ほんとうに、坐っている人のかたちをしていた。掌を合わせて、頭を垂れている、小さな人。わたしは膝の上の手袋を握りしめた。毛糸が、てのひらの汗を吸って、少し湿った。骨は、思っていたよりもずっと軽く、白く、もろかった。長い箸が、それを骨壺へと運んでいくたびに、かさ、と乾いた音がした。父の音が、こんなに小さくなってしまった。
骨壺は、思っていたよりも、ずっと小さかった。係の人が、白い布で包んで、わたしに手渡してくれた。両腕のなかにおさまるくらいの、その軽さ。子どものころ、わたしを肩車してくれた父が、わたしを抱き上げてくれた父が、いまは逆に、わたしの腕のなかで、こんなに軽くなっている。順番が、逆になった。いや、これが、ほんとうの順番なのだ。親は先に逝き、子は遺される。わかっていたことなのに、その軽さは、わたしの予想をはるかにこえていた。
「お父さん、安らかなお顔でしたね」と、親戚の誰かが言った。
わたしはうなずいた。安らかかどうか、わたしにはわからなかった。最後に見た父の顔は、息をひきとる前の夜、痛み止めで眠っているあいだの顔で、眉のあいだに深い皺が刻まれていた。あの皺を、わたしは指でのばしてやることができなかった。さわれば起きてしまう。起きれば、また痛むから。いまになって思う。あのとき、ほんの少しでいいから、起こせばよかった。痛んでもいいから、もう一度、目を開けて、わたしを見てほしかった。けれどそんなことは、できなかった。わたしは父の枕もとで、ただ手を握って、朝を待った。
すべてが終わったのは、夕方だった。骨壺を抱いて、わたしは霊柩車ではなく、ふつうのタクシーに乗った。霊柩車は、もういらなかった。父はもう、骨壺のなかにおさまるくらいの大きさになっていた。
帰り道、タクシーの窓から夜空を見た。星はまばらだった。けれど東の低いところに、見慣れない星がひとつあった。蒼白い、長い尾を引いた星。彗星だ、と気づくのに少しかかった。ずいぶん長いこと、空を見上げていなかった。父の看病をしている半年のあいだ、わたしはいつも下を向いていた。床を、点滴を、父の顔を、自分の手を。空のことなど、忘れていた。
ラジオから、低い男の声が、その星のことを話していた。ミラ彗星。長く忘れられていた星が、また巡ってきた、と。前に見えたのは七十年前、戦後まもないころのことで、当時を覚えている人も、もうほとんどいない、と。アナウンサーは、今夜が見ごろです、雲もなく、絶好の観測日和です、と、どこか嬉しそうに言った。父が死んだ夜が、絶好の観測日和。そのことが、わたしには、なんだか出来すぎているように思えた。世界は、わたしの悲しみとは関係なく、晴れていた。星は、わたしの悲しみとは関係なく、巡ってきていた。
「ミラ彗星だよ」と、運転手が言った。「七十年ぶりだとさ。さっきラジオで言ってた。次は、生きてる人は誰も見られないんだと」
七十年。父は七十八で死んだ。とすれば父は、生まれてすぐの、おくるみのなかでこの星を一度見て、そして今夜、もう一度見ることになっていたはずだ。けれど父はもう、空を見られない。生まれた夜と死んだ夜に、同じ星が空を横切る。そんなことが、ほんとうにあるのだろうか。それとも、そう思いたいだけなのだろうか。
「お客さん、お身内、亡くされたんで」と運転手が、骨壺に目をやって、ぼそりと言った。
「父です」
「そりゃ、お気の毒に」運転手は、それきり何も言わなかった。ただ、ラジオの音量を、すこし下げてくれた。やさしい人だった。
わたしは膝の上の手袋を、もう片方の手で、そっと撫でた。
子どものころ、父はよく子守唄をうたった。下手な、調子はずれの声で。──眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。あの一節だけを、何度もくりかえして。続きを父は知らなかった。あるいは、続きなどなかったのかもしれない。わたしは長いこと、その唄をうとましく思っていた時期もあった。父の声が下手すぎて、友だちの前ではうたわないでほしいと思ったこともあった。けれどいま、その声が、もうこの世のどこにもないのだと思うと、あの下手な唄を、もう一度だけ聞きたくてたまらなかった。
星が海をわたるまで。
蒼白い星は、海をわたっていくところだった。窓のむこう、町の屋根のずっとむこう、夜の海のあるあたりへ。星は、ゆっくりと、けれど確かに、わたっていった。わたしは骨壺を抱きしめて、その星を、見えなくなるまで見ていた。
その三日前
父はまだ、しゃべることができた。
病室は六階で、窓から町の灯りが見えた。点滴の管が父の腕に刺さって、透明な液がゆっくりと落ちていた。一滴、また一滴。わたしはそれをぼんやり数えていた。数えていれば、ほかのことを考えずにすんだから。百を数え、また一から数えなおした。
父の腕は、すっかり細くなっていた。若いころ、河原でわたしを軽々と肩車してくれた腕とは、もう別のもののようだった。皮膚の下に、骨と血管が透けて見えた。点滴の針の周りには、青いあざが広がっていた。何度も刺しなおしたからだ。父は痛いとは言わなかった。痛いと言わないことが、かえって痛々しかった。
「悪いな」と父が言った。
「何が」
「最後まで、世話をかける」
わたしは何も言えなかった。世話などと、父は言うべきではなかった。世話をかけたのは、ずっとわたしのほうだった。母が出ていったあとの、長い長い年月のあいだ、父はわたしを、ひとりで育てた。不器用に、けれど精いっぱい。それを「世話をかける」のひとことで返されると、わたしは、どう答えていいかわからなくなった。
「お父さんは、世話なんてかけてない」と、ようやくわたしは言った。
「かけとるよ」父はかすかに笑った。「ようけかけとる。これからも、かける」
これからも。父は、自分にもう「これから」がほとんど残っていないことを、知っていた。知っていて、そう言った。
父はしばらく天井を見ていた。それから、思いついたように言った。「抽斗の、いちばん下のな。手袋が入ってる」
「手袋?」
「片方だけのが。捨てんといてくれ」
「どうして」
父は答えなかった。目を閉じて、すこし笑ったようだった。「いい星が出てるらしいぞ。彗星が」と、まるで関係のないことを言った。「看護婦さんが言うてた。窓からは見えんけどな。この病室、向きが悪うてな。東が見えん」
「退院したら、見にいこうよ」とわたしは言った。嘘だとわかっていて、言った。父もわかっていて、うなずいた。退院などないことを、二人とも知っていた。けれどその嘘は、やさしい嘘だった。たがいに、もう少しだけ、ほんとうのことを言わずにいたかった。
「そうやな。河原にでも、行こか」
子どものころ、父と河原に行った。星を見るためではなかった。父はただ、家にいたくなかったのだと、いまならわかる。母が出ていったあとの家は、夜になると広すぎた。父はわたしを連れて、河原の土手に坐り、煙草を吸った。マッチで火をつけた。深い藍色のマッチ箱だった。三日月が、銀色で刻んであった。父はそれを大事にしていて、なかのマッチが減っても、箱だけは別のところで買い足したマッチを詰めて、ずっと使っていた。すり減って、角の塗りが剥げても、捨てなかった。
「お父さん、あのマッチ箱、まだ持ってる?」
「マッチ箱?」父はけげんな顔をした。それから、思い出したらしい。「ああ、月光堂のな。あれは……どこにやったかな。煙草、やめたからな」
「月光堂?」
「ふるい店や。もう、ないやろうな。三日月の印のついた、青いマッチ箱を売っとった。一度だけ行ったんや。お前が生まれるよりも、ずっと前にな」父は、遠いところを見る目をした。「あの店も、ふしぎな店やった。夜にしか開いてのうて……いや、なんでもない。年寄りの世迷い言や」
煙草をやめたのは、医者に止められたからだった。止められたときには、もう遅かったのだけれど。
その夜、わたしが帰るとき、父は「もう来んでもええぞ」と言った。「仕事、忙しいやろ」
「来るよ」とわたしは言った。
「無理せんでええ」
「来るって」
わたしはドアに手をかけて、すこしためらった。何か、言わなければならないことがある気がした。けれど、それが何なのか、わからなかった。ありがとう、でも、ごめんなさい、でも、さようなら、でもなかった。たぶん、いちばん言いたかったのは、ただ「お父さん」という、その三文字だけだった。けれど、それすら、言えなかった。言えば、何かを認めてしまうようで。
廊下に出てから、わたしはふりかえった。父はもう、目を閉じていた。点滴がまた一滴、落ちた。窓のむこうの夜空には、わたしの位置からは、何も見えなかった。ただ、町の灯りがにじんでいた。あのとき、もう少しだけ、父の手を握っていればよかった。あの病室で過ごした、最後のしずかな時間を、わたしはいま、何度でも、巻き戻したいと思う。
それが、父とまともに話した最後だった。次に病院から電話があったとき、父はもう、目を覚まさなかった。
その二年前
父が倒れたのは、わたしの結婚式の三月のちだった。
式のとき、父はモーニングを着て、慣れない蝶ネクタイに何度も手をやっていた。レンタルのモーニングは、痩せた父の体には少し大きく、肩のあたりがだぶついていた。それでも父は、鏡の前で何度も身じまいを直し、髪を撫でつけ、ふだんは見せない真剣な顔をしていた。
バージンロードを、わたしと父はゆっくり歩いた。父の腕は、わたしの手の下で、すこし震えていた。一歩、また一歩。父は歩幅を、わたしに合わせていた。あるいは、わたしが、父に合わせていたのかもしれない。ステンドグラスから射す光が、白い絨毯に、いろとりどりの模様を落としていた。父の革靴が、固い音をたてた。新調したのだろう、まだ慣らしていない靴だった。父は、この日のために、靴まで新しくしていた。安月給をやりくりして、わたしを育てた人が。バージンロードは、たった二十メートルほどだった。けれどその短い道を、わたしと父は、二十年かけて歩いてきたのだ。母が出ていったあの夜から、この祭壇の前まで。ふたりきりで、長い、長い道を。
「緊張してる?」と小声で訊くと、父は「お前こそ」と言い返した。けれど震えはやまなかった。祭壇の前で、父はわたしの手を、夫となる人の手にゆだねた。その手を離すとき、父の指が、ほんの一瞬、わたしの手を強く握った。離したくない、と言うように。けれどすぐに、力をゆるめた。
写真撮影のとき、カメラマンが「お父さま、もう少し笑ってください」と言った。父はぎこちなく口角をあげた。けれど目は、笑っていなかった。あとで写真ができてみると、父のその表情は、笑っているようにも、泣くのをこらえているようにも見えた。たぶん、その両方だったのだろう。一枚の写真のなかで、よろこびとさみしさが、せめぎあっていた。娘を嫁にやるよろこびと、ひとりになるさみしさが。
控室で、父はわたしのドレスをしげしげと見て、「母さんが見たら、なんと言うかな」と言った。母の話を父がしたのは、ずいぶんひさしぶりだった。十何年ぶりだったかもしれない。母が出ていって以来、わたしたちのあいだで、母は、いないことになっていた。けれどこの日だけは、父は、いないはずの母を、そこに呼んでいた。きっと、ひとりで娘を送り出すのが、心細かったのだ。隣に、母がいてくれたらと、父は思っていたのかもしれない。あんなに何も言わずに出ていった母を、それでも、父は。
「お母さん、来ないよね」
「呼んだんか」
「呼んでない」
父はうなずいた。それきり、母の話はしなかった。けれどわたしは、父がこの日、心のどこかで、母のことを思い出しているのを感じた。母が出ていって以来、父は一度も、母を悪く言わなかった。恨み言ひとつ、こぼさなかった。それがかえって、母への思いの深さを物語っているようで、わたしは子ども心に、切なかった。
披露宴のあいだじゅう、父はにこにこしていた。酒を飲み、知らない親戚と話し、わたしの夫の手を両手で握って、何かを頼むように頭を下げた。何を言ったのか、わたしには聞こえなかった。あとで夫に訊くと、「娘をよろしく、と」とだけ言った。けれど夫の目が赤かったから、それだけではなかったのだと思う。ずっとあとになって、夫は教えてくれた。父は、こう言ったのだと。「この子は、片方だけの手袋みたいな子です。対になる相手を、ずっと探しとった。どうか、もう片方になってやってください」と。
帰りぎわ、父はわたしに小さな包みをくれた。ひらくと、片方だけの灰色の手袋だった。
「なにこれ」
「お前が小さいころ、編んでやろうとして、片方しかできんかった」父は照れたように言った。「下手やからな。もう片方は、何年かかっても編めんかった。捨てるに捨てられんで、ずっと持っとった」
わたしはそれを、ずいぶん長いこと見ていた。毛糸はところどころ、目が飛んで、いびつだった。男の不器用な指が、夜なべして編んだのだろう。母が出ていったあとの、あの広すぎる家で。眠れない夜に、ひとりで編み棒を握る父の姿が、目に浮かんだ。
「ありがとう」とわたしは言った。
「気持ち悪いか、片方だけ」
「ううん」わたしは首をふった。「片方だけでも、嬉しい」
父はほっとしたような顔をした。「そうか。それやったら、ええ」
その夜、新居の窓から空を見た。星がよく見えた。けれどあのときはまだ、蒼白い星は出ていなかった。わたしはまだ、それを知らずにいた。あの星が、もうすぐ巡ってくることも、巡ってきたときに、わたしの人生がどう変わっているかも、何も知らずにいた。
包みを抽斗にしまうとき、子守唄が、ふと頭のなかで鳴った。──眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。誰の声でもなかった。けれど父の、調子はずれの声に、よく似ていた。わたしは、その手袋を、長いあいだ抽斗の奥にしまったままにした。けれど捨てはしなかった。父が捨てられなかったように、わたしも、捨てられなかった。
その五年前
夫となる人を、はじめて父に会わせた夜のことだ。
父は緊張していた。わたしがそれと気づくほどに。掃除のいきとどかない家を、その日にかぎって念入りに片づけ、ふだん出さない客用の湯呑みを出してきた。湯呑みには埃がついていて、父はそれを服の袖でこすった。台所からは、不慣れな煮物のにおいがしていた。父は、料理などほとんどしない人だったのに、その日は朝から、本を見ながら、肉じゃがをつくっていた。
「お父さん、緊張しすぎ」
「してへん」と父は言った。明らかにしていた。エプロンの紐を、後ろ前につけていた。
彼が来ると、父は別人のように無口になった。問われたことに、ぼそぼそと答えるだけ。わたしははらはらした。せっかく連れてきた人なのに、これでは嫌われてしまう、と。けれど彼が、父の本棚を見て「将棋、指されるんですか」と言ったとき、父の顔がぱっと明るくなった。
それから二人は、将棋を指した。わたしそっちのけで、二局も。父は強かった。彼はぼろ負けして、けれど嬉しそうだった。盤を挟んで、二人の男の背中が、だんだん近づいていくのが、わたしには見えた。駒を打つ音が、ぱちり、ぱちりと、夜の台所に響いた。
「お父さん、強いですね」
「ひまやからな」と父は言った。「相手がおらんと、ひとりで詰将棋ばっかりや」
ひとりで。その言葉が、わたしの胸にちくりと刺さった。わたしが家を出てから、父はずっとひとりだった。詰将棋を、ひとりで解いていた。何年も。広すぎる家で、ひとり、盤に向かって。相手のいない将棋を。わたしは、東京で自分の暮らしに夢中になっているあいだ、父のその時間のことを、ほとんど考えなかった。
将棋を指しながら、父は、ぽつりぽつりと、彼に話しかけた。わたしの子どものころの話を。「この子はな、小さいころ、よう泣いた。夜泣きがひどうてな」とか、「運動会で、転んでも転んでも、走っとった」とか。わたしの知らない、わたしの話。父の目を通したわたしが、そこにいた。彼は、駒を打つ手をとめて、それを聞いていた。「いいお父さんですね」と彼が言うと、父は照れて、「ええ父親やない。母親のかわりにはなれんかったからな」と言った。その声の底に沈んでいるものを、わたしはそのとき、聞きとれなかった。
「次は、こっちが負かしますから」と彼が言うと、父は「来れるもんなら来てみい」と、満更でもない顔をした。
帰りぎわ、彼が「また将棋を指しに来てもいいですか」と言うと、父は「いつでも来い」と言った。本気だった。社交辞令ではなかった。父は、ほんとうに、また来てほしかったのだ。
戸口まで送って出ると、夜空に、見慣れない星があった。蒼白く、長い尾を引いていた。
「あれ、彗星じゃないか」と彼が言った。
「ほんとだ」とわたしは言った。
「珍しいな。何十年に一度とかいうやつだ」
父も出てきて、空を見上げた。三人で、しばらくその星を見ていた。父は何も言わなかった。けれどわたしは、父の横顔が、なぜだか泣きそうに見えて、ふしぎに思った。星を見上げる父の目に、町の灯りとは違う、別のひかりが宿っているようだった。
あのとき父は、何を思い出していたのだろう。いまならわかる気がする。父もまた、若いころにあの星を見たのだ。──いや、それはまだ、わたしの知らない話だ。あのときのわたしは、ただ、彼を父に会わせられた安堵で、いっぱいだった。父の横顔のことなど、すぐに忘れてしまった。
「いい星だな」と彼が言った。
「ああ」と父が言った。「いい星や」
そのあとで父は、ぽつりと言った。「星が海をわたるまで、てな。子守唄の文句や。お前が小さいころ、よううたった。覚えとるか」
「覚えてないよ」とわたしは言った。ほんとうは、覚えていた。けれどなぜか、覚えていないと言ってしまった。彼の前で、子どものころの話をされるのが、すこし照れくさかったのかもしれない。父は「そうか」と、すこし寂しそうに笑った。「そうやろな。もう、忘れてしもうたか」
いま思えば、あのとき素直に「覚えてる」と言えばよかった。たったひとことが、どうして言えなかったのだろう。あの夜、父は、わたしがその唄を覚えていることを、知りたかっただけなのに。自分が独りで育てた娘のなかに、まだ自分の声が残っているかを、確かめたかっただけなのに。
その九年前
父と、ひどい喧嘩をした。
わたしが家を出ると言ったからだ。東京の会社に就職が決まって、もうこの町には帰らないつもりだった。父はそれを、なかなか許さなかった。
「なんで東京なんや」と父は言った。「こっちにも仕事はあるやろ」
「お父さんには関係ない」
ひどいことを言った。父の顔が、こわばった。言ってしまってから、わたしも、しまったと思った。けれど、いったん口から出た言葉は、引っ込められなかった。
「関係ないことはなかろう」
「あるよ。わたしの人生だもの」
父は黙った。長いこと黙って、それから台所に立って、洗いものをはじめた。背中を向けたまま、父は言った。「好きにせえ。もう、止めん」
その背中が、ひどく小さく見えた。母が出ていったときよりも、ずっと。父は、わたしまで失おうとしていた。母が出ていき、こんどは娘が出ていく。父にとって、家を出ていくということは、ただの巣立ちではなかった。それは、あの夜の、母の靴がなくなっていた玄関を、もう一度くりかえすことだった。わたしは、それをわかっていながら、出ていこうとしていた。
わたしは自分の部屋にこもった。荷づくりをした。腹を立てていた。父が、わたしを縛ろうとしていることに。けれど夜中に喉が渇いて、台所に下りていくと、父はまだ、暗いところに坐っていた。煙草を吸っていた。あの藍色のマッチ箱が、卓の上にあった。三日月の刻印が、月明かりに鈍く光っていた。煙草の先の、小さな赤い火が、ともっては消えた。
父はわたしに気づかなかった。ひとりごとのように、低く、何かをうたっていた。──眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。調子はずれの、あの声で。
わたしは階段の途中で、立ちすくんだ。下りていけなかった。父のうたう子守唄を、暗がりで聞いていた。それは、わたしを眠らせるための唄ではなかった。父が、自分自身を眠らせるための唄だった。母が出ていったあと、父は何度、この唄を、ひとりでうたってきたのだろう。わたしを寝かしつけながら、ほんとうは、自分を慰めていたのだ。
そのことに気づいたとき、わたしの腹立ちは、どこかへ消えた。代わりに、名前のつけられない何かが、胸にひろがった。それは、申し訳なさと、いとおしさと、それから、なんとも言えないさみしさが、混ざりあったものだった。
けれどわたしは、結局、声をかけなかった。そっと部屋に戻った。声をかければ、わたしの決意が、揺らいでしまいそうだったから。出ていくと決めたのに、父の隣に坐って、いっしょに星を見たくなってしまいそうだったから。
数日後、わたしは家を出た。駅まで、父は送ってこなかった。「忙しい」と言って。けれど改札を抜けてふりかえると、柱のかげに、父がいた。隠れるように。見送りに来ていたのだ。目が合うと、父はばつが悪そうに、片手をあげた。それは、あの五年後の夜、戸口で彗星を見上げたときに彼にあげてみせる手と、同じ手だった。
電車が出るまで、父はそこに立っていた。だんだん小さくなって、やがて見えなくなった。窓に額をつけて、わたしは父の姿が消えるのを見ていた。涙が出そうになって、けれど、こらえた。あのとき泣いていれば、と、いまは思う。
ボストンバッグのなかには、あの片方の手袋が入っていた。出ていく前夜、わたしはこっそり、父の机の抽斗を開けた。母の遺していった手袋でも、父が編みかけていたわたしの手袋でもない、もうひとつの手袋。父が、月光書房の夜から持ち帰ったという、あの最初の片方を。わたしはそれを盗むつもりはなかった。ただ、見たかっただけだった。けれど結局、わたしはそれを、バッグの底に入れて、家を出た。父に、何かを残していくのが怖かったのかもしれない。あるいは、父の何かを、持っていきたかったのかもしれない。父は、それがなくなったことに、たぶん気づいていた。けれど、何も言わなかった。
その夜の空に、星は出ていなかった。曇っていた。彗星は、まだ巡ってきていなかった。あれから巡ってくるまでに、長い年月がかかることを、わたしはまだ知らなかった。次にあの星が空をわたるとき、わたしは、もう娘ではなく、誰かの妻になっていることも。
その十五年前
母が出ていった。
わたしが十二の年だった。学校から帰ると、母の靴がなかった。玄関の、いつも母の靴があった場所が、ぽっかりと空いていた。家のなかは、しんとしていた。簞笥の、母のものだけが空になっていた。書き置きはなかった。あったのかもしれないが、わたしは見なかった。父が、見せなかったのかもしれない。
その夜、父は何も言わなかった。会社から帰ってきて、玄関を見て、簞笥を見て、それから、しばらく動かなかった。けれど何も言わなかった。台所に立って、不慣れな手つきで、味噌汁をつくった。豆腐の切りかたがおかしくて、ぐずぐずに崩れていた。だしも入れ忘れていて、味が薄かった。わたしはそれを、黙って食べた。父も、黙って食べた。二人とも、母のことを、ひとことも言わなかった。言えば、何かが、決定的に崩れてしまいそうだったから。
夜、わたしは眠れなかった。襖のむこうで、物音がした。そっと覗くと、父が、母のものをひとつずつ、段ボールに詰めていた。母の服、母の鏡、母の化粧道具。父の手は、ていねいだった。乱暴に詰めることも、投げ捨てることもなかった。ひとつひとつ、たたんで、そっと入れていた。怒りではなく、もっと別の感情で、父はそれをしていた。
母が忘れていった、片方だけの手袋を、父は手に取って、長いこと見ていた。それから、それだけを段ボールに入れず、自分の机の抽斗にしまった。
なぜ、それだけを。子どものわたしには、わからなかった。ほかのものはみんな箱に詰めるのに、なぜ、その片方の手袋だけを、手もとに残すのか。
父はわたしに気づくと、「眠れんのか」と言った。わたしはうなずいた。父は、わたしを布団に寝かせて、隣に坐った。そして、うたった。──眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
下手な唄だった。けれどわたしは、その夜から、その唄でしか眠れなくなった。父の声は、震えていた。歌っているのか、泣いているのか、わからないような声だった。けれどその声に包まれていると、ふしぎと、安心した。世界が崩れていくような夜に、その下手な唄だけが、変わらずにそこにあった。
唄は、いつも同じところで終わった。──眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。そこまでで、ぷつりと切れる。「お父さん、続きは?」と、わたしは一度だけ訊いたことがある。父は、すこし困った顔をして、「続きはな、まだ、できとらんのや」と言った。子どものわたしには、その意味がわからなかった。唄に、できているも、できていないも、ないと思っていた。けれど父にとって、その唄は、まだ書きかけの、未完のものだったのだ。母が遺していった、ひとつの宿題のように。
わたしは、母を恨んだ。なぜ、何も言わずに出ていったのか。なぜ、わたしを連れていってくれなかったのか。なぜ、片方の手袋を忘れていったのか。子どものわたしには、母の事情など、わかるはずもなかった。ただ、置いていかれた、という事実だけが、胸に刺さっていた。けれど父は、一度も母を悪く言わなかった。「お母さんが悪い」と、一度でも言ってくれれば、わたしはどんなに楽だったろう。父が母をかばうたびに、わたしは、自分の恨みの行き場を、なくしていった。
「お母さん、帰ってくる?」とわたしは訊いた。
父は答えなかった。少し間をおいて、「星を見るか」と言った。
わたしたちは、河原に行った。夜中だった。パジャマの上にコートを着て、父に手を引かれて、暗い道を歩いた。河原に着くと、父はマッチを擦って、煙草に火をつけた。藍色のマッチ箱。三日月の刻印。父はそれを、母からもらったのだと、ずっとあとになって知った。マッチを擦る音が、しゅっ、と闇に響いた。小さな炎が、父の横顔を、つかのま照らした。
その夜、空はよく晴れていた。けれど、彗星はまだなかった。父は、ありもしない星を探すように、長いこと空を見ていた。
わたしは、父の隣に坐った。河原の草は、夜露で濡れていた。川の水音が、絶え間なく聞こえた。遠くで、犬が一度だけ吠えた。父の煙草のにおいと、川のにおいが、混ざりあっていた。寒かった。けれど、家に帰りたくはなかった。あの、母のいなくなった家には。父も、同じだったのだと思う。だから、夜中に、こんなところまで来たのだ。
「お父さん、なに見てるの」
「星や」
「ふつうの星しかないよ」
「そうやな」と父は言った。「ふつうの星しか、ないな」
「探してる星があるの?」
父は、すぐには答えなかった。煙草の煙を、長く吐いた。「ある」とだけ言った。「けど、まだ来んのや。あと、何十年もせんと、来んのや」
子どものわたしには、その意味がわからなかった。何十年も来ない星を、なぜ父は探しているのか。けれど父の声が、あんまり静かだったので、わたしはそれ以上、訊かなかった。
いま思う。父はあのとき、いつか巡ってくる星を、待っていたのではないか。母と一緒に見た星を。──いや、それはまだ、わたしの知らない話だ。父は、わたしには言わなかった。けれど、待っていた。母が出ていったあとも、ずっと、あの星を。星が巡ってくれば、何かが変わるとでもいうように。あるいは、星が巡ってくるそのときまで、生きていようと、自分に言い聞かせるように。
その二十年前
これは、わたしの記憶ではない。
父が、ずっとあとになって──病室で、痛み止めの効いた朦朧のなかで──切れぎれに話したことを、つなぎあわせたものだ。だから、正しいかどうかわからない。夢とうつつの境で、父が見ていた幻だったのかもしれない。けれど、わたしはこれを、ほんとうのことだと思っている。思いたいのだ。
父と母が出会ったのは、ある古書店でだった。
彗星の見える夜にだけ現れる店だ、と父は言った。痛み止めのせいだ、とわたしは思った。けれど父は、まじめな顔で言った。「ほんまにあったんや。月光書房いう、古い本屋でな。朝には、もうなかった。次の日に探しても、その路地ごと、なかった」
その夜、父は若くて、ひとりぼっちだった。仕事もうまくいかず、町をあてもなく歩いていた。財布のなかには、わずかな金しかなかった。生きていくのが、ただしんどかった。ふと、見たことのない路地に、灯りのともった店があった。看板には「月光書房」とあった。
ガラスの引き戸を開けると、古い紙のにおいがした。天井まで、本がぎっしりと積まれていた。蝋燭の灯りが、ゆらゆらと揺れていた。その奥に、母がいた。客なのか、店の人なのか、わからなかった。母は一冊の本を読んでいて、父が入ってきても、顔をあげなかった。
父は、何か本を買おうとした。手にとった一冊を、開いてみた。けれど、ふところに金がなかった。恥ずかしくなって、その本を棚に戻し、出ていこうとした。すると母が、はじめて顔をあげて、言った。
「その星、もう見ました?」
母が指さしたのは、店の硝子戸のむこうの空だった。蒼白い、長い尾を引いた星があった。彗星だった。
「七十年に一度だそうですよ」と母は言った。「次に来るときは、わたしたち、生きてませんね」
父は、その星を見た。それから、母を見た。蝋燭の灯りに照らされた、母の横顔を。
「いい星ですね」と父は言った。気のきいたことが、それしか言えなかった。
「ええ」と母は微笑んだ。「いい星」
母は、読んでいた本を父に差し出した。「お代はいりません。どうせ、この店も朝にはなくなるんですから」
「そんな、悪いです」
「いいんです。あなた、いま、お金がないでしょう」母はいたずらっぽく笑った。「顔に書いてあります」
父は赤くなった。けれど、その本を受け取った。
その本に、母は何か書きつけた。あとで見ると、子守唄の一節だった。──眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。下手な字で。そして、その続きはなかった。
「続きは?」と父は訊いた。
「ないんです」と母は言った。「わたしも、そこまでしか知らないの。子どものころ、母がうたってくれたんですけど、いつも、そこで終わってしまって。だから、いつか誰かが、続きをつくってくれたらいいなと思って」
「星が、海をわたったら、どうなるんでしょう」
「さあ」母は、また星を見た。「わたるところを、見てみたいですね。一度でいいから」
帰りぎわ、母は手袋を片方、店に忘れていった。藍色の毛糸の手袋だった。父はそれを拾った。返そうとしたが、母はもう、いなかった。店も、いつのまにか暗くなっていた。蝋燭は消え、看板の灯りも消えていた。父は、暗い路地に、ひとり立っていた。手には、片方の手袋と、一冊の本があった。
父は、その手袋を持って帰った。返すあてもないのに。捨てるに捨てられず、ずっと持っていた。机の抽斗に、しまって。
父は、その本を、何度も読んだという。仕事帰りに、安アパートの一室で、裸電球の下で。母の書きつけた子守唄の一節を、何度も目でなぞった。──眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。そのうちに、父は、その続きを、自分でつくろうとした。何日も、何日も考えた。けれど、どうしてもできなかった。父には、詩の才能などなかった。続きは、いつまでもできなかった。だから父は、その一節だけを、くりかえしうたうようになった。あの、調子はずれの声で。続きのない唄を。
そして翌年、町の祭りで、父は偶然、母に再会した。人ごみのなか、たこ焼きの屋台の前で、ふと目が合った。母は父を覚えていた。「あ、月光書房の」と母は言った。父は、片方の手袋を返した。一年ものあいだ、大事にしまっておいた手袋を。一年、毎晩、その手袋を眺めては、もう一度あの店に行けないかと、路地を探しまわった。けれど、店は二度と見つからなかった。手袋だけが、あの夜のたしかなしるしだった。母は笑って、それを受け取り、そして、また父に差し出した。「もう片方は、あなたが持っていてください」と言った。「そうすれば、また会えるでしょう」
それが、二人のはじまりだった。片方だけの手袋から、すべてがはじまった。
母が、なぜ最後に出ていったのか、わたしは知らない。父も、ついに話さなかった。人にはそれぞれ、語れないことがある。けれど、はじまりだけは、こうして父が、最期に、わたしに遺してくれた。語れなかったことの埋め合わせのように。
はじまりの夜
だから、これがはじまりだ。
蒼白い、長い尾を引いた星が、空を横切っていく。月光書房の灯りが、路地にともっている。蝋燭のあかりが、古い本の背を照らしている。母が硝子戸のむこうの星を指さして、「その星、もう見ました?」と言う。父が、ふところの金を気にしながら、店に入ってくる。若くて、ひとりぼっちで、生きていくのがしんどかった、あの夜の父が。
二人はまだ、何も知らない。
これから生まれてくる娘のことも、その娘に父が、片方だけの手袋を編んでやることも、母がいつか、何も言わずに出ていくことも、父が河原でひとり、子守唄をうたうことも、娘が東京へ行ってしまうことも、父がひとり、相手のいない詰将棋を解きつづけることも、やがて娘が将棋好きの男を連れてくることも、披露宴で父が泣くことも、病室の窓から、見えない星のことを父が話すことも、そして火葬場の煙突から、白いものが細く立ちのぼることも。
わたしは、巻き戻してきた。終わりから、はじまりへ。火葬場の煙から、月光書房の灯りへ。喪服のわたしから、まだ生まれてもいないわたしへ。一場面ずつ、過去へ、過去へ。そうして、たどりついたのが、この夜だ。何もはじまっていない、けれど、すべてがはじまろうとしている夜。
おかしなものだ。終わりを知ってから、はじまりを見ると、すべての場面の意味が、ひっくり返る。父が病室で手袋を捨てるなと言ったのは、それが母とのはじまりだったから。父が河原でありもしない星を探していたのは、母とこの星を見た夜を、待っていたから。父が下手な子守唄をうたいつづけたのは、それが、母との約束の続きだったから。終わりからさかのぼれば、すべてが、いとおしいしるしになる。
何も知らずに、二人は、星を見ている。
「いい星ですね」と父が言う。
「ええ」と母が微笑む。「いい星」
その星は、七十年に一度しか巡ってこない。次にこの町の空を横切るとき、いま星を見ているこの二人は、もう、いない。母も、父も。けれど──と、わたしは思う。けれど、片方だけの手袋は、まだどこかに残っているだろう。わたしの抽斗のいちばん奥に。対になるはずの、もう片方を、いつまでも待ちながら。
母が、読んでいた本に、子守唄を書きつける。──眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。続きはまだ、ない。母は、いつか誰かが続きをつくってくれることを、願っている。
その続きを、ずっとあとになって、わたしが知ることになる。父が死んだ夜、火葬場からの帰り道、タクシーの窓のむこうで、蒼白い星が海をわたっていくのを見ながら。母が一度でいいから見たいと言った、星が海をわたるその瞬間を、母の代わりに、母の娘であるわたしが、見ることになる。
家に帰って、わたしは父の机の抽斗を、いちばん下まで開けるだろう。そこには、片方だけの灰色の手袋が、父の言ったとおり、しまってある。そしてその奥に、もうひとつ。わたしが家を出るときに持ち去り、結婚してから、こっそり父の机に戻しておいた、あの最初の片方が。藍色の毛糸の。父が、月光書房の夜から、生涯持ちつづけた、母とのはじまりのしるしが。二つの手袋は、色も大きさも違う。けれど、どちらも片方だけだ。対になるはずの、もう片方を、待ちつづけている。
わたしは、その二つの手袋を、並べて置くだろう。そして、思い出すだろう。父が、最期に遺してくれた、はじまりの物語を。終わりだと思っていたものが、ほんとうは、はじまりだったということを。
──眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。そして、わたるそのときが、はじまりだったのだと。終わりだと思っていたあの夜が、ほんとうは、いちばんはじめの夜に、つながっていたのだと。
星は、いま、海をわたりはじめたところだ。