燕の刻
崖のいちばん高いところには、風が二種類あった。ひとつは下から吹き上げてくる海の風で、塩と鉄と、遠い船の油のにおいがした。もうひとつは上から降りてくる空の風で、こちらにはにおいがなかった。ただ熱と、光と、白さだけがあった。夏の正午には、そのふたつの風がちょうど台の縁でぶつかって、渦になった。飛ぶ者は、その渦のなかへ、まず片足を踏み出すことになる。
七月の、いちばん陽の高い日だった。
一
私が立っているのは、地元の者が「鷲鼻」と呼ぶ岬の突端だった。名の通り、鷲の嘴のような形をした岩が海へ突き出していて、その先端に、コンクリートで固めた小さな台がある。もとは灯台の跡地だったという。今は台座だけが残り、赤茶けた鉄筋がところどころ折れて空を刺している。地元の子供らは、その台のいちばん外側の縁から、下の入江へ飛び込むのを度胸試しにしていた。
高さは、十五メートルあると言う者もいれば、二十メートルだと言う者もいた。どちらでもよかった。人が飛び込むには十分に高く、失敗すれば命に関わるには十分すぎる高さだった。
高さというのは、下から見上げるのと、上から見下ろすのとで、まるで違う顔をする。岩場からこの台を見上げていたときには、たいした高さではないように思えた。かつて私が飛んだ十メートルの台と、さほど変わらないように。だが、いざその上に立って、下を覗き込んだ瞬間、高さは牙をむく。眼下の海面が、ぐっと遠のく。足の裏の下に、何もない虚空が、口を開ける。身体のどこか、内臓のあたりが、すうっと冷たくなって、地面へ吸い込まれそうになる。眩暈というものは、平衡感覚の狂いではなく、落ちたいという欲望と、落ちたくないという恐怖とが、身体のなかで真っ二つに割れる、その裂け目のことなのだと、私は思っている。
私は縁から半歩のところに立って、下を見ていた。
真下の海は、ありえないほど青かった。空の青とは違う、もっと濃い、藍を溶かしたような青で、その青の底のほうに、白い岩の影が幽霊のように沈んでいるのが見えた。入江は狭く、飛び込むべき場所は限られている。少しでも手前に落ちれば岩に当たる。少しでも右へ寄れば、水面の下に隠れた棚に足を打つ。飛べる場所は、ちょうど畳一枚ぶんもなかった。
背後で、蝉が鳴いていた。
いや、正確には、蝉は鳴いていなかった。正午の熱がいちばん高くなるこの時刻、蝉ですら声を潜める。鳴いていたのは、私の耳のなかの、血の音だった。それを蝉と聞き違えるほど、私の心臓は速く打っていた。
太陽は、真上にあった。
見上げると、白い。青いというより、白い。光が強すぎて、空の青がすっかり漂白されて、天のいちばん高いところは、ほとんど鉛色に近い白さで灼けていた。その白のなかに、太陽はもう色を持たない、ただの穴のように空いていた。見てはいけないものを見たときのように、目の奥がじんと痛んだ。
影が、なかった。
私の影は、私の足の真下に、靴一足ぶんに縮こまっていた。人が正午にいちばん孤独になるのは、そのせいかもしれない、と私は思った。朝も夕も、影は人の何倍にも伸びて、その人がそこにいることを地面の上に長く証明してくれる。だが正午には、影は縮んで、足の下へ隠れてしまう。誰も、自分の存在を、地面の上に長く引きずってはいられない。ただ、この一点に、この一瞬に、立っているだけだ。
過去も、未来も、影のように、足の下へ縮こまっていた。私が選手だった過去。私が跳べなくなった過去。私がこれから、どこかで、何者かとして生きていくかもしれない未来。そのすべてが、正午の光の下では、意味を持たなかった。あるのは、いま、この縁に立っている、たったひとりの人間だけだった。跳ぶのか、跳ばないのか。その問いだけが、白い光のなかで、剃刀のように、鋭く、立っていた。
飛ぶか、退くか。
それだけが、そこにあった。
二
私がなぜここにいるのか、それを話すには、少し戻らなければならない。
私は飛び込みの選手だった。過去形で言うのが正しい。二十六の夏まで、私は板の上で生きていた。三メートルの飛板と、十メートルの高飛び込み。空中で身体を三回半ひねって、指先から水へ入る。入水のとき、水しぶきをできるだけ立てないように――「ノースプラッシュ」と私たちは呼んだ――手のひらで水面を割り、身体をその割れ目に通す。うまくいったときには、水はほとんど音を立てない。空から来た者が、まるで最初からそこにいたかのように、静かに水の底へ消える。
その、音のない一瞬のために、私は十八年を費やした。
六歳で始めた。プールの匂いと、塩素と、ゴムの水泳帽と、コーチの笛。冬の早朝、まだ暗いうちに家を出て、白い息を吐きながら自転車を漕いだ。板は冷たく、水はもっと冷たかった。十メートルの台に初めて上がった日、私は縁に立ったまま、三十分間動けなかった。下のプールが、遥か遠くの、小さな青い長方形に見えた。あそこへ、身ひとつで落ちていく。そんなことが人間にできるはずがない、と思った。
私を教えたのは、一人のコーチだった。もとは自身も飛び込みの選手で、若い頃に指を痛めて選手生命を絶たれ、それから指導者になった人だった。厳しい人ではなかった。むしろ、寡黙で、めったに褒めず、めったに叱らなかった。ただ、私が台の上で凍りつくたびに、下から、じっと私を見上げていた。急かさなかった。「跳べ」とは、一度も言わなかった。私が自分で、自分の恐怖と折り合いをつけて、跳ぶのを、ただ、待っていた。そういう人だった。
「跳ぶのは、お前だ」と、コーチはよく言った。「わしにできるのは、お前が跳んだあと、水から上がってくるのを、見ていることだけだ」
その言葉の意味を、当時の私は、よく分かっていなかった。分かるようになったのは、跳べなくなってからだった。
だが、私は飛んだ。
飛べたのだ、あのときは。恐怖はあった。恐怖はいつでもあった。だが恐怖の向こう側に、もうひとつの場所があることを、私は身体で知っていた。台を蹴った瞬間、恐怖はふいに消える。落下が始まると、そこにはもう恐怖の入り込む隙間がない。ただ、身体の回転と、風の音と、近づいてくる水面だけがある。その、恐怖の消えた数秒間のために、私は飛び続けた。あの数秒間だけが、私が完全に自由になれる時間だった。地上のすべての約束事から、明日の心配から、他人の視線から、自分自身の重さからさえも、解き放たれる時間。空中には、過去も未来もなかった。ただ、いま、落ちているという、純粋な現在があるだけだった。人が空を飛べないのは、翼がないからではなく、勇気がないからだ、と私はよく思った。落ちることを恐れなければ、人は、いつでも、飛べる。落ちることこそが、飛ぶことなのだから。
二十四のとき、代表に選ばれた。世界選手権。私の人生でいちばん高く跳んだ夏だった。
そして二十五のとき、私は跳べなくなった。
三
理由は、ひとつではなかった。
まず、練習で、頭から入水しかけたことがあった。回転が半分足りず、あやうく水面に背中から叩きつけられるところだった。運よく身体をひねって足から入ったが、脊椎に衝撃が走り、しばらく息ができなかった。プールの底で、私は水の重さのなかに沈みながら、初めて「死」というものを、抽象ではなく、すぐそこにある具体的なものとして感じた。
それだけなら、乗り越えられたかもしれない。選手なら誰でも一度は経験する。
だが、その事故のあと、私の身体のなかで、何かが壊れた。
台の上に立つと、飛べなくなった。正確には、飛ぶことを、頭が考えるようになった。それまでは、身体が勝手に飛んでいた。台を蹴るとき、私は何も考えていなかった。考えないことが、飛び込みだった。だが事故のあと、私は縁に立つたびに考えるようになった。ここで回転が足りなかったら。ここで軸がぶれたら。ここで――。
考え始めると、身体は動かなくなる。
台の上で、私は凍りついた。何秒も、何十秒も。下でコーチが待っている。仲間が見ている。それでも足が、台の縁から離れない。まるで足の裏が、コンクリートに縫いつけられたように。
「イップス」と、スポーツ医は言った。心の傷が、身体の動きを止めてしまう。頭で考えすぎることが、かつて身体が知っていた自由を、奪ってしまう。
私は半年、跳べなかった。
半年のあいだに、私は代表から外れた。半年のあいだに、後輩が私の場所を取った。半年のあいだに、コーチは私を見る目を変えた。憐れみと、苛立ちと、それを隠そうとする愛想笑い。私はその目に耐えられなくなって、二十六の春に、飛び込みをやめた。
いや――コーチの目を、憐れみだと決めつけたのは、たぶん、私のほうだった。あの人は、憐れんではいなかったかもしれない。ただ、いつものように、私が自分で折り合いをつけて跳ぶのを、待っていただけかもしれない。だが、待たれることが、私には耐えられなかった。かつて数秒で越えられた恐怖を、いまは何十秒経っても越えられない。その惨めさを、下から見上げられていることが、耐えられなかった。私は、あの人の視線から、逃げたのだ。恐怖からではなく、恐怖に負ける自分を見られることから。
台の上で凍りつくたびに、私は思った。もし、ここで踏ん張って跳べなければ、私はもう、選手ではない。だが、跳べば――もし今度こそ回転を失敗すれば、私は、死ぬか、あるいは、二度と跳べない身体になる。その二つの恐怖のあいだで、私は、身動きが取れなかった。跳んでも地獄、跳ばなくても地獄。人はそういうとき、たいてい、跳ばないほうを選ぶ。跳ばなければ、少なくとも、いまの惨めさは続くが、命は続くのだから。
そうして私は、跳ばないほうを、選び続けた。半年、選び続けて、そして、やめた。
「もう、跳ばなくていい」と、私は自分に言った。それは解放のはずだった。だが、解放されたはずの私は、それから一年、何も感じられなくなった。跳ばなくていい。だが、跳ばない私は、いったい何者なのか。恐怖の向こう側の、あの自由な数秒間を失って、私は自分がどこにいるのかわからなくなった。
そうして、この夏、私はこの岬に来た。
四
なぜここへ来たのか、自分でもうまく説明できない。
海沿いの町に、療養と称して部屋を借りた。誰も私を知らない町だった。朝、海を見て、昼、本を読み、夜、また海を見て眠る。そんな日々を送るつもりだった。何かを取り戻そうとも、何かを決めようとも思っていなかった。ただ、時間が過ぎるのを待っていた。
この「鷲鼻」の岬のことは、宿の主人から聞いた。
「昔は、若い衆がよう飛び込んどった」と、日に灼けた老人は言った。「今どきの子はやらん。危ないゆうて、親が止める。まあ、危ないんは危ない。何人か、死んどるでな」
死んでいる、と老人はこともなげに言った。
「けど、うまいこと飛べば、下は深い。ちゃんと場所を選べば、な。腕のええ子は、燕みたいに飛んどったわ」
燕みたいに、という言葉が、私の耳に残った。
「けどな」と、老人は、湯呑みを置いて、言った。「いちばん高いとこから飛ぶ子は、たいてい、いっぺんは死ぬ気で来とる。度胸試しゆうのは、口実でな。ほんまは、なんぞ、決めに来とるんじゃ。飛ぶことで、なんぞを、断ち切りに来とる。わしにも、覚えがあるわ。若い頃な」
老人は、それきり、自分のことは話さなかった。ただ、遠い目をして、海のほうを見ていた。私は、その横顔を見ながら、この人も、かつて、あの台の縁に立ったことがあるのだ、と思った。飛んだのか、飛ばなかったのか、それは分からない。だが、この人は、あの高さの上で、何かを断ち切ろうとしたことがあるのだ。飛ぶことで、あるいは、飛ばないことで。
その日から、私は毎朝、岬まで歩くようになった。台の上には上がらなかった。ただ、下の岩場から、その台を見上げていた。赤茶けたコンクリートの台が、青い空を背にして、鷲の嘴のように突き出している。あそこから、燕みたいに飛ぶ。かつての私なら、なんでもなかったはずだ。十メートルより高いといっても、水があるなら、私の身体はその高さを知っている。
だが、私はもう、跳べない身体だった。
それでも私は、毎朝そこへ通った。近づいては、離れた。台の下まで行っては、引き返した。まるで、跳べなくなった自分を、もう一度たしかめるために。あるいは、跳べない自分を、罰するために。
そして今日、私は初めて、台の上に上がった。
五
明け方のことを、話しておかなければならない。
今日の夜明け前、私は眠れずに、まだ暗い海辺を歩いていた。空はまだ夜の色を残していて、東の水平線だけが、わずかに白み始めていた。潮が引いていて、濡れた砂の上を、私は裸足で歩いた。冷たかった。冷たさが、かえって心地よかった。
そのとき、空を見上げて、私はそれを見た。
彗星だった。
東の空の低いところ、水平線からわずかに上がったあたりに、蒼白い、細い光の筋が、斜めにかかっていた。星ではなかった。星なら、点だ。だがそれは、尾を引いていた。細く、長く、まるで誰かが藍色の絵筆で、空にひと刷けだけ引いたような。核のあたりはほのかに白く滲み、そこから尾が、水平線とは反対の、天の高みのほうへ、蒼くたなびいていた。
私は、それが何であるか知っていた。
しばらく、私は、砂の上に立ちつくして、その星を見上げていた。潮が、足首を洗った。冷たい水が、寄せては、返した。その繰り返しのなかで、彗星の蒼い尾だけが、動かずに、空にかかっていた。夜のあいだじゅう、そこにあったのだろう。私が眠れずに海辺をさまよっているあいだも。私が部屋で天井を見つめているあいだも。あの星は、ずっと、落ち続けていたのだ。誰にも気づかれずに。ただ、燃えて、尾を引いて。
「ミラ彗星」だと、宿の主人が数日前に言っていた。数十年に一度、あるいは百年に一度、この空を横切る星なのだと。「わしが子供の頃にも見た。婆さんがな、あれが見えると、何か大きいことが起こる前触れじゃ、ゆうとった。まあ、迷信じゃがな」
迷信じゃが、と老人は笑っていた。
だが、その明け方、蒼白い尾を引くその星を見上げながら、私は妙なことを思った。この星は、いま、私と同じように、落ちているのだ、と。彗星は、太陽に向かって、途方もない速さで落ち続けている。落ちながら、燃えて、尾を引いて、そしてまた、遠くへ去っていく。落下することが、彗星の生きるということだった。落ちなければ、それはただの、冷えた岩の塊にすぎない。
落ちること。
私はかつて、落ちることで自由だった。
夜明けの海辺で、私は決めていたのかもしれない。今日、あの台の上に上がろう、と。
そして、朝が来て、昼が近づき、陽が高くのぼり、影が縮み、そしていま――私は、台の縁に立っている。
六
不思議なことに、真昼の空にも、その星は見えた。
見えるはずがない、と誰もが言うだろう。真昼だ。太陽が真上にある。空は光で白く灼けて、月すら見えない時刻だ。まして彗星など。
だが、私は見たのだ。
縁に立って、下の海を見て、それから顔を上げて、灼ける白い空を見たとき――太陽から少し離れた、天の高みのいちばん白いあたりに、私はそれを見た。蒼い、一点の光。
明け方に見た、あの尾は、もう見えなかった。ただ、点だけが、そこにあった。白い光の海のなかに、蒼く、鋭く、まるで空に開いた小さな傷のように。目を凝らさなければ見えない。まばたきをすれば消えてしまう。だが、たしかにそこにあった。真昼の空を横切る、蒼白い星。
これほど明るく灼ける真昼に、なお見えるほどの星というのは、めったにないものなのだと、あとで知った。数百年に一度あるかないかの、稀なる明るさなのだと。
だが、そのときの私は、そんなことは知らなかった。私はただ、それを見て、そして思った。
星が、見ている。
私を、見ている。
飛ぶか、退くか。それを、あの蒼い一点が、天の高みから、じっと見下ろしている。
私は、ふたたび下を見た。
七
高さというものが、これほどまでに、身体の芯を凍らせるものだとは。
十メートルの台なら、私は目をつぶってでも飛べた。かつては。だがここは、それより高い。しかも、下は透明なプールの水ではない。底の見えない、藍色の海だ。飛び込む場所は狭く、周りは岩で、風が渦を巻いている。安全に管理された競技の場とは、まるで違う。
膝が、笑っていた。
私は、自分の膝が、細かく震えているのに気づいた。意志とは関係なく、身体が勝手に震えている。ふくらはぎが、こわばっている。足の裏が、台のコンクリートに、また縫いつけられ始めている。
イップスだ。あのときと同じ。
頭が、考え始める。
――ここで踏切が甘かったら、岩に当たる。ここで軸がぶれたら、背中から叩きつけられる。ここで恐怖に負けて、中途半端に飛べば、確実に死ぬ。
考え始めると、飛べない。それを私は知っている。だが、考えることを止められない。止めようとすればするほど、考えは膨らむ。膨らんだ考えが、身体を縛る。
下から、海の風が吹き上げてきた。塩と、鉄と、油のにおい。上から、空の風が降りてきた。においのない、ただ熱いだけの風。ふたつの風が、台の縁でぶつかって、渦になった。その渦が、私の身体を、前へ押し、また後ろへ引いた。
私は、つま先を、縁からわずかに、突き出してみた。つま先の先には、もう、何もなかった。ただ、二十メートルの虚空と、その底の、藍色の海があるだけだった。踵に、全身の重みがかかった。ほんの少し、重心を前へ移せば、私は落ちる。ほんの少しだ。指一本ぶんの、重心の移動。それだけで、人は、飛ぶことも、死ぬこともできる。生と死のあいだが、これほど近いものだとは。この縁の上では、生と死は、隣り合わせどころか、同じ一点に、重なっていた。
前へ、後ろへ。
飛べ、と海の風が言った。
退け、と空の風が言った。
私は、目を閉じた。
八
目を閉じると、いろいろなものが見えた。
六歳の私が、初めてプールの水を怖がって泣いている。冬の早朝、白い息を吐きながら自転車を漕いでいる。十メートルの台で、三十分間動けずにいる。そして、初めて飛んだ日の、恐怖が消えた瞬間の、あの信じられないほどの静けさ。
代表に選ばれた夏。世界選手権の、大きな会場。何万という観客の視線。そのなかで、私は台に上がり、そして飛んだ。あの日、私は誰よりも高く、誰よりも静かに、水へ入った。ノースプラッシュ。水は、ほとんど音を立てなかった。私が水の底で目を開けると、頭上に、無数の泡が、銀色の星のように昇っていくのが見えた。あれが、私の人生のいちばん高いところだった。
そして、事故の日。回転が足りず、あやうく背中から叩きつけられかけた、あの瞬間。水の底に沈みながら、初めて「死」を、すぐそこにあるものとして感じた、あの冷たさ。
半年間、台の上で凍りついていた、あの惨めさ。コーチの、憐れみの目。後輩に場所を奪われる屈辱。そして、飛び込みをやめた春の、あの空虚な解放。
すべてが、目を閉じた暗闇のなかに、いちどきに押し寄せた。
私は、ポケットに手を入れた。
九
そこには、手袋が入っていた。片方だけの、革の手袋。
これは、コーチのものだった。
いや、正確に言えば、私がコーチから、盗んだものだった。
飛び込みをやめると告げた日、コーチは何も言わなかった。ただ、うなずいて、そして、私の肩に手を置いた。その手には、いつも革の手袋がはめられていた。冬でも夏でも。若い頃に指を怪我して、それを隠すために、と昔聞いたことがあった。
私が部屋を出ようとしたとき、コーチはその手袋を、卓の上に置いて、何か書類を書いていた。片方だけ、外して。私は、ドアのところで振り返り、そして、なぜか、その片方の手袋を、そっとポケットに入れた。
なぜそんなことをしたのか、自分でもわからなかった。盗みたかったわけではない。ただ、そのとき、私は何か、コーチのものを、持っていたかった。私を六歳から見守り、私を世界一の高さへ連れて行き、そして、私が落ちていくのを、憐れみの目で見送ることになった、あの人の。何か、ひとつだけ。
思えば、コーチの手袋は、あの人の傷を隠すためのものだった。若い頃に痛めた指。選手生命を絶たれた、あの傷。あの人は、その傷を、生涯、革の下に隠して生きた。そして、跳べなくなった選手を、幾人も、育てた。跳べなくなった者の気持ちが、あの人には、痛いほどわかっていたのだろう。だからこそ、あの人は、急かさなかった。ただ、待った。傷を隠したその手で、私の肩に触れ、そして、待った。
私は、その傷を隠す手袋を、片方だけ、盗んだのだ。まるで、あの人の傷を、私が半分、引き受けようとするかのように。あるいは、私自身の傷を、隠すために。
コーチは、気づいただろう。片方だけの手袋。だが、何も言わなかった。
私は、その片方だけの手袋を、この一年、ずっと持っていた。療養の町にも、持ってきた。ポケットの底に、いつも入っていた。それは、私がかつて選手であったことの、たったひとつの証だった。対になるはずの、もう片方は、コーチの手のなかにある。あるいは、もう捨てられているかもしれない。
私は、その手袋を、ポケットのなかで、ぎゅっと握った。
革が、汗で湿っていた。
そして、私は思った。この手袋を握っている限り、私は跳べない。この手袋は、私を過去に縛りつけている。片方だけの、対にならない、失われたものの記憶。それを握りしめている限り、私は、恐怖の向こう側へは、行けない。
私は、目を開けた。
十
真昼の光が、目を刺した。
白い。すべてが白い。海の青さえ、光に灼かれて、白く輝いていた。空は、鉛色に近い白さで灼けて、その白のなかに、太陽が色のない穴のように空いていた。そして、その少し離れたところに、蒼い一点。ミラ彗星。真昼の空を横切る、稀なる星。
星は、まだ、そこにあった。
私を、見ていた。
私は、その星を見上げて、それから、下の海を見た。藍色の、底の見えない海。飛べる場所は、畳一枚ぶんもない。周りは岩。風は渦を巻いている。膝は、まだ震えていた。
これは、対決だった。
私と、私自身との。
飛ぶ勇気と、留まる理性。恐怖の向こう側へ行こうとする者と、恐怖に縛りつけようとする者。落ちることで自由になろうとする者と、落ちることを死と呼んで止めようとする者。真昼の、影のない、逃げ場のない光のなかで、私は、私自身と向き合っていた。
頭が、また考え始めた。
――退け。もう、いいじゃないか。跳ばなくても、生きていける。無理をして、死ぬことはない。療養の町で、静かに暮らせばいい。海を見て、本を読んで、時間が過ぎるのを待てばいい。それが、賢明な生き方だ。
だが、私は知っていた。
退けば、私は、二度と跳べない。今日ここで退けば、私は、この一年間の空虚を、これから先、ずっと引きずって生きることになる。跳ばない私は、誰でもない。恐怖の向こう側の、あの自由な数秒間を失ったまま、私は、影のように、生きた気配だけで、生き続けることになる。
飛ぶことは、死ぬことかもしれない。
だが、退くことは、生きたまま、死んでいることだった。
この一年、私は、まさに、生きたまま死んでいた。海を見て、本を読み、時間が過ぎるのを待つ。それは、生きることではなかった。ただ、心臓が動いているだけの、時間の消費だった。恐怖の向こう側の、あの自由を失って、私は、何も感じなくなった。喜びも、悲しみも、痛みさえも。痛みを感じないということが、これほど恐ろしいことだとは、私は知らなかった。痛みは、生きていることの証だった。それすら失って、私は、影のように、生きた気配だけで、この一年を過ごしてきた。
もう、たくさんだった。
私は、選ばなければならなかった。
正午の、この一点で。逃げ場のない、影のない、白い光の頂点で。ここで選ばなければ、私は、一生、選べない。この崖から退けば、私は、これから先のすべての崖から、退き続けることになる。恐怖の前で凍りつき、跳ばないほうを選び、そして、生きたまま死んでいく。それが、私の残りの人生になる。
十一
風が、いっとき、やんだ。
海の風も、空の風も、ふいに止まった。渦が、消えた。台の縁に、奇妙な静けさが訪れた。蝉も鳴かない。波の音さえ、遠のいた。ただ、私の耳のなかの、血の音だけが、どくん、どくんと鳴っていた。
その静けさのなかで、私は、ある声を聞いた。
それは、子守唄だった。
「眠れ、眠れ、星が海をわたるまで――」
誰が歌っているのか、わからなかった。宿の主人が、いつか口ずさんでいた。あるいは、母が、私が幼い頃に。あるいは、それは、風の音を、私が聞き違えただけだったのかもしれない。だが、たしかに、その旋律が、どこからか、聞こえてきた。
眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
星が、海を、わたる。
私は、天の高みの、あの蒼い一点を、もう一度、見上げた。ミラ彗星。落ち続ける星。太陽に向かって、途方もない速さで落ちながら、燃えて、尾を引いて、そして、去っていく星。あの星は、いま、海をわたろうとしているのだ。天の高みから、水平線の彼方へ。落ちることで、生き続ける星。
私も、落ちたかった。
もう一度だけ、落ちることで、自由になりたかった。
私は、ポケットのなかの、片方だけの手袋を、握った。
そして――放した。
指を、ゆっくりと、ひらいた。手袋は、ポケットのなかに、残った。だが、私は、もう、それを握ってはいなかった。私は、その手を、ポケットから抜いた。何も持っていない、空の手。過去に縛りつけるものを、握っていない、空の手。
両手が、自由になった。
十二
膝の震えは、消えていなかった。恐怖も、消えていなかった。
だが、それでよかった。
かつての私は、恐怖を消そうとしていた。恐怖がなくなれば飛べる、と思っていた。だが、それは間違いだった。恐怖は、消えない。恐怖を消そうとすればするほど、頭は考え、身体は縛られる。
飛ぶとは、恐怖を消すことではなかった。
飛ぶとは、恐怖を抱えたまま、それでも、足を、前へ、踏み出すことだった。
私は、震える膝のまま、恐怖を抱えたまま、台の縁に、両足を揃えた。
真上に、太陽。天の高みに、蒼い星。真下に、藍色の海。周りに、白い岩。渦を巻く、二種類の風。そのすべての、いちばん真ん中に、私は立っていた。影のない、正午の一点に。私自身との、対決の頂点に。
私は、息を、吸った。
塩と、鉄と、油と、そして、においのない熱を。
そして、私は――膝を、沈めた。
かつて、十八年、繰り返した動作だった。膝を沈め、腕を後ろへ引き、そして、次の一瞬、すべてを、前へ、上へ、解き放つ。身体が、覚えていた。頭が考えるより先に、身体が、それを、覚えていた。
考えるな、と私は自分に言った。
もう、考えるな。
いま、この一瞬に、すべてを、賭けろ。
跳べ。
十三
私は、台を、蹴った。
その瞬間、恐怖が、ふいに、消えた。
あの、初めて飛んだ日と、同じだった。台を蹴った瞬間、恐怖の入り込む隙間が、なくなる。落下が始まると、そこにはもう、頭の考える場所がない。ただ、身体と、風と、近づいてくる水面だけがある。
私は、燕のように、空へ、身を投げ出した。
一瞬、私は、真上に、太陽を見た。白い、色のない、穴のような太陽。そして、その少し離れたところに、蒼い一点。ミラ彗星。真昼の空を横切る、稀なる星。私は、落ちながら、その星を見た。星も、私を見ていた。落ちる者と、落ちる星とが、真昼の空のなかで、いっとき、見つめ合った。
私の身体は、宙で、回転を始めた。
前へ。一回。世界が、回った。空と海が、白と藍とが、入れ替わった。太陽が、足の下へ来て、また頭の上へ戻った。風が、耳のなかで、唸った。私は、落ちていた。落ちながら、私は、生きていた。この一年で、いちばん、生きていた。恐怖の向こう側の、あの自由な数秒間のなかに、私は、帰ってきていた。
不思議なことに、落下のあいだ、時間は、引き延ばされた。ほんの二秒か、三秒のはずだった。だが、その数秒のなかに、私の十八年が、すべて、詰まっていた。冬の早朝の白い息。塩素の匂い。コーチの笛。三十分間動けなかった十メートルの台。世界選手権の、あの静かな入水。事故の日の、水の冷たさ。台の上で凍りついた、あの惨めな半年。憐れみの目。飛び込みをやめた春。空虚な一年。そのすべてが、落ちる私のなかを、光のように、通り抜けていった。人は、死ぬ間際に、人生が走馬灯のように蘇るというが、あれは、死ぬときだけのことではない。人は、本当に生きる一瞬にも、人生のすべてを、いちどきに、生き直すのだ。跳ぶ一瞬に、私の人生の全部が、凝縮されていた。
二回目の回転に入るとき、私は、下の海が、近づいてくるのを見た。藍色の、底の見えない海。だが、もう、怖くはなかった。私は、水を、知っていた。私は、落ちることを、知っていた。私は、指先を、揃えた。
腕を、伸ばした。
手のひらで、水面を、割るために。
私が、最初から、そこにいたかのように――静かに、水の底へ、消えるために。
十四
私の指先が、水面に、触れた。
その瞬間のことを、私は、うまく言葉にできない。
水は、冷たかった。夏の海だというのに、驚くほど、冷たかった。藍色の水が、私の身体を、包んだ。私は、水の割れ目のなかを、通り抜けた。ノースプラッシュ。水は、ほとんど、音を立てなかった。空から来た者が、まるで最初から、そこにいたかのように。
私は、水の底で、目を開けた。
頭上に、無数の泡が、銀色の星のように、昇っていくのが見えた。あの、世界選手権の夏と、同じだった。私が、人生のいちばん高いところにいた、あの夏と。だが、いまの私は、あの夏よりも、高いところにいた。あの夏の私は、跳ぶことしか知らなかった。いまの私は、跳べなくなり、そして、もう一度、跳んだ。落ちて、そして、帰ってきた。
水の底は、静かだった。地上のすべての音が、遠ざかった。風の唸りも、血の音も、あの子守唄も、みな、水の膜の向こうへ消えた。私は、藍色の静けさのなかに、いっとき、浮かんでいた。まるで、母の胎内のように。あるいは、まだ生まれる前の、光も音もない場所のように。ここで、このまま、沈んでいってしまいたい、という誘惑が、ふと、心をかすめた。跳ぶことで解放されたなら、このまま沈むことで、永遠に解放されるのではないか、と。
だが、それは違った。
私は、跳んだのだ。沈むためではなく、もう一度、水面へ、光のほうへ、浮かび上がるために。落ちることは、終わりではなかった。落ちたあとに、浮かび上がる。その繰り返しこそが、生きることだった。彗星が、太陽に落ちて、燃えて、そしてまた遠くへ去っていくように。落ちて、浮かんで、また落ちる。それが、生きているということの、かたちだった。
私は、水を蹴って、浮上した。
水面を割って、顔を出したとき、真上に、白い太陽があった。天の高みに、蒼い星があった――いや、もう、なかったかもしれない。まばたきをすれば消えてしまう、稀なる星だ。私が水に入っているあいだに、それは、海をわたって、去ってしまったのかもしれない。
眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
星は、海を、わたった。
そして、私は、生きていた。
十五
岩場に泳ぎ着いて、私は、濡れた身体を、陽に灼けたコンクリートの上に横たえた。
真昼の光が、私の全身を、白く灼いた。心臓は、まだ、速く打っていた。だが、その速さは、恐怖のものではなかった。生きていることの、速さだった。私は、両手を、顔の上に、かざした。空の手。何も持っていない、自由な手。
ポケットのなかには、まだ、片方だけの手袋が、あった。海の水で、濡れていた。私は、それを取り出して、陽にかざした。革の手袋。コーチのもの。私を六歳から見守り、私を世界一の高さへ連れて行き、そして、私が落ちていくのを見送った、あの人の。
私は、もう、それを、握りしめてはいなかった。ただ、持っていた。手のひらの上に、そっと、載せていた。過去は、消えなかった。片方だけの手袋は、対にはならなかった。失われたものは、失われたままだった。
だが、それでも、よかった。
私は、その手袋を、握りしめて過去に縛られる代わりに、手のひらの上に、そっと載せて、それと共に、生きていくことができた。
私は、立ち上がった。
濡れた身体から、水が滴り、陽に灼けたコンクリートの上で、たちまち乾いていった。私の影は、足の真下に、靴一足ぶんに縮こまっていた。正午。影のない時刻。人が、いちばん、自分自身と向き合う時刻。
私は、もう一度、台を見上げた。
赤茶けたコンクリートの台が、白く灼ける空を背にして、鷲の嘴のように、突き出していた。あそこから、私は、飛んだ。恐怖を抱えたまま。過去を手放して。そして、帰ってきた。
もう一度、跳ぶだろうか。
わからない。だが、跳べなくても、もう、私は、影のように生きることはないだろう。私は、恐怖の向こう側があることを、もう一度、思い出したのだから。落ちることが、生きることであることを。
私は、片方だけの手袋を、ポケットに、そっと戻した。
そして、岬の道を、町のほうへ、歩き始めた。
十六
宿に帰ると、主人が、縁側で、煙草を吸っていた。
卓の隅に、藍色の、小さなマッチ箱が置いてあった。三日月の刻印。「月光堂」と、細い字で書いてある。主人は、そのマッチ箱から一本を擦って、煙草に火をつけていた。
「どこ行っとった」と、主人は言った。
「鷲鼻へ」と、私は答えた。
主人は、私の、濡れた髪と、乾きかけの服を見て、それから、少し、目を細めた。
「飛んだんか」
私は、うなずいた。
主人は、しばらく、何も言わなかった。煙草の煙が、真昼の白い光のなかを、まっすぐに、昇っていった。それから、主人は、ぽつりと言った。
「わしの婆さんがな、ゆうとった。彗星が見えると、何か大きいことが起こる、と。まあ、迷信じゃがな」
「見ました」と、私は言った。「今朝、明け方に。それから、昼にも」
「昼に?」主人は、驚いたように、私を見た。「昼に、彗星が見えるゆうことは、めったにないぞ。婆さんも、一生に一度、見たか見んかったか、ゆうとった」
「見えました」と、私は、繰り返した。「天のいちばん高いところに。蒼い、一点でした」
主人は、それきり、何も言わなかった。ただ、煙草を吸い、煙が、昇っていくのを、見ていた。
私は、縁側に腰を下ろして、海のほうを、見た。真昼の海は、白く輝いていた。空は、白く灼けていた。天の高みに、もう、星は、見えなかった。星は、海をわたって、去ってしまった。数十年か、あるいは、百年か、ふたたび、この空に帰ってくることは、ないかもしれない。
だが、私は、それを、見たのだ。
真昼の、影のない、逃げ場のない光のなかで、私は、私自身と対決し、そして、跳んだ。あの蒼い一点が、天の高みから、それを、見ていた。
十七
その夜、私は、ひさしぶりに、ぐっすりと眠った。
眠りに落ちる前、私は、あの子守唄を、思い出した。誰が歌っていたのか、いまでもわからない。母だったのか、宿の主人だったのか、あるいは、風の音を聞き違えただけだったのか。だが、その旋律は、私の耳のなかに、残っていた。
眠れ、眠れ、星が海をわたるまで。
星は、もう、海をわたった。だから、私は、眠ることができた。落ち続ける星を見送って、私は、ようやく、眠りのなかへ、落ちていった。
翌朝、私は、荷物をまとめて、町を発つことにした。
療養は、終わった。跳べなくなって、逃げてきた町。そこで、私は、もう一度、跳んだ。もう、ここにいる理由はなかった。
宿を出るとき、主人が、あの藍色のマッチ箱を、私に手渡した。
「餞別じゃ」と、主人は言った。「月光堂の、マッチ箱じゃ。どこで買うたか、もう覚えとらん。夜に、ふらっと現れる、妙な古本屋でな。朝には、消えとる。彗星の見える夜にだけ、出るんじゃ、ゆう話じゃ。まあ、これも、迷信かもしれんがな」
私は、そのマッチ箱を、受け取った。三日月の刻印。藍色の、小さな箱。私は、それを、片方だけの手袋と同じ、ポケットに、入れた。
「また、来い」と、主人は言った。
「はい」と、私は答えた。
私は、駅への道を、歩き始めた。
まだ、朝だった。陽は、東の空の低いところにあって、私の影は、長く、地面の上に伸びていた。朝の影は、人の存在を、地面の上に、長く証明してくれる。だが、私は、知っていた。あと数時間で、陽は、天のいちばん高いところにのぼる。影は縮んで、足の下へ隠れる。そして、また、正午が来る。影のない、逃げ場のない、対決の時刻が。
そのとき、私は、もう、逃げないだろう。
私は、恐怖を抱えたまま、それでも、足を、前へ、踏み出すことを、知ったのだから。
十八
列車が、海沿いを走った。
窓の外を、青い海が、流れていった。私は、ポケットから、片方だけの手袋を取り出して、膝の上に、載せた。革の手袋。対にはならない、失われたものの記憶。
私は、コーチに、手紙を書こうと思った。
長いあいだ、書けなかった手紙だった。逃げた者が、見捨てた者が、どんな顔をして、手紙を書けばいいのか、わからなかった。だが、いまなら、書ける気がした。
拝啓。私は、跳びました。もう一度、跳びました。あなたが片方だけ残していった手袋を、ポケットに入れて。この手袋のもう片方は、まだ、あなたの手のなかにありますか。もし、あるのなら――。
そこまで書いて、私は、筆を止めるだろう。もし、あるのなら、なんと続ければいいのか。返してほしい、とは言えなかった。片方だけの手袋は、片方だけであることに、意味があった。対にならない、失われたものと共に、それでも生きていくこと。それを、私は、あの正午の、崖の上で、学んだのだから。
列車は、走り続けた。
真昼が、近づいていた。陽が、少しずつ、高くのぼっていく。海の上に、光が、白く、散らばっていた。私は、目を細めて、天の高みを、見上げた。
もう、星は、見えなかった。
だが、私は、知っていた。あの蒼い一点は、いまも、どこかの空を、落ち続けている。太陽に向かって、途方もない速さで。燃えて、尾を引いて、そして、去っていく。落ちることで、生き続ける。あの星と、同じように、私も、これから、幾度も、落ちていくのだろう。恐怖を抱えて、それでも、跳んで。
落ちることが、私が、生きるということだった。
列車の窓に、真昼の光が、まっすぐに、射し込んできた。私の膝の上の、片方だけの手袋を、白く、照らした。私は、その光のなかで、目を閉じた。
そして、あの、恐怖の消えた数秒間の、静けさを、思い出した。空から来た者が、まるで最初から、そこにいたかのように、静かに、水の底へ消える――あの、音のない、一瞬を。
真昼の光は、影を持たない。だが、影を持たないからこそ、その光のなかで、人は、まっすぐに、自分自身と向き合うことができる。逃げ場のない、その光のなかで、私は、跳んだ。そして、これからも、跳び続けるだろう。落ちることを、恐れずに。落ちることを、生きることと、呼びながら。